018 高校生の助言
俺がリミスについて調べたとき、なぜか交互に躍進と停滞を繰り返していた。
時勢を読む力があるが、詰めが甘いところがあるのだと思う。
一つ目の失敗は、重機の盗難だ。
公道を走らない重機は、ナンバープレートを取得する必要がない反面、車両登録の義務もない。
大型輸送車でやってきて、深夜に重機を盗んでいくのだ。
盗まれた重機の行き先は大抵海外で、それも東南アジアあたりだが、国内の場合もある。
箱根の関を越えた場所、つまり関東なら関西へと運ばれ、そこで売られたりする。
購入した者は善意の第三者となり、盗まれてから年数が経つと、返却する義務がなくなる。
たいてい五年以上経って、購入した者が重機の修理をメーカーに依頼するときに、ようやく盗難が発覚する。
この時代の重機は鍵も単純で、ボックスの裏から直接エンジンをかけられたり、鍵の複製も容易だったりするのだ。
リミスは三度、盗難に遭っている。
一台盗まれるたびに数千万円の損害が出るのだから、たまったものではない。
かといって盗難対策をいくらしても、プロの窃盗団相手だと、あまり効果がない。
こちらが防犯にかける時間と手間以上のものをかけて盗みにくる。
ハンドルロックしようが、キーを別の場所に保管しようが、盗まれるときは盗まれる。
GPS装置はもう少ししないと民間に出回らないし、最初はわざと精度を落としたものが商品化されるため、カーナビやスマートフォンレベルの位置情報を期待していると、ガッカリすることになる。
「いまも重機は野ざらしのままじゃないですか。外から見えるところに置いておくと、狙われやすいんです。夜間、無人になるところは、とくにそうですね」
「むむむ……」
一度盗まれると、取り返すのは至難の業だ。かといって、対策にも限界がある。
「防犯カメラの設置と、それに連動した警備システムの導入はしておくべきだと思います」
重機一台盗まれたら、その何倍、何十倍もの損失になる。やれることはやっておくべきだと思う。
「盗難対策だな、分かった。検討してみよう」
「それと農機に手を出さない方がいいです。どれほど誘われても、それは断ってください」
リミスはレンタル業へ転身し、それを生業とするようになる。
なぜかそこで、農機具のレンタルや中古販売業に手を出してしまうのだ。
だがこれは地雷。
だれに誘われたのか知らないが、海外の大型農機を中古で輸入して大失敗する。
それなりに足掻いたようだが、結局五年ほどで、農機のレンタル事業から撤退することになる。
そもそも海外の農機メーカーは多数あり、パーツはバラバラ。
しかも日本と違って、自走式の農機具がほとんどなので、やたらと値段が張る。
アタッチメントも大きく、日本の農業に合わない。
大型トラクターの後ろにアタッチメントをつけた場合、1トンや2トンのおもりを前に装着しないとウイリーしてしまう。
よほど広大な土地を持っていないかぎり、需要はない。
メンテナンス費用もかかり、パーツはすべて海外から取り寄せ。
どう考えても、採算が取れるとは思えない。
いまから2030年までの間に、海外の農機を日本に持ち込んで成功した例はないはずだ。
だれに唆されても、手を出さない方がいいと伝えておいた。
「そして最後にひとつ。これは重要なことです」
「な……なんだ」
「税金です」
「税金? ちゃんと払ってるぞ」
「事業を拡大する過程で、おそらく一度は税務調査が入るでしょう。事業が好調になれば、二度、三度。建築業と土建業は、申告漏れ……言葉を飾ってもしょうがないですね。脱税がものすごく多い業種です。税務署はその道のスペシャリストですから、誤魔化しが利きません。税務調査が入り、申告漏れが指摘された場合、受けるダメージは、とても大きなものとなります」
事実、リミスは申告漏れを指摘されて、多額の追徴金を支払っている。
組織的な脱税ではなかったものの、申告漏れの金額がニュースで報道されることになる。
そのことで一時期、リミスの業績は悪化する。
以上の三つさえなければ、リミスはもっと成長し、早い段階でしっかりとした基盤を確立できただろう。
「とりあえず話せることは以上ですね。いますぐにどうこうという話ではありません。ただ、経済は生き物です。今後は土建業にとって好ましくない方向へ向かっていくでしょう」
「そのとき決断を間違えると、廃業へと向かうわけか」
「はい。いまはどの業種も手を広げすぎています。七の黒字で三の赤字を補填していたとしましょう。その割合が、六と四、五と五になっていくとき、どこで引くか。いつ損を切るかが、優秀な経営者とそうでない者の差になるのではと考えます」
利益は深く、損切りは浅くである。もっともこれも、言うは易しなのだが。
「覚えておくことにしよう。……谷」
「はいっす!」
「勉強になったな」
「勉強になりましたぁ!」
「いい話を聞かせてくれた。どう決断するかは、社長である俺の判断だが、たしかに参考になった。礼を言う」
「いえ、些細なことです」
「しかし……アホで何も考えてない娘だと思っていたんだが、人を見る目はあるのかもしれないな」
社長はうんうんと頷きながら、ずっと機嫌よいままだった。
主人公たちが食事をした『味の民営』ですが、実はモデルがあります。
一文字変えた『味の民芸』というお店です。
30年以上前、生田緑地か、専修大学近くの山の中を通る道にポツンとありまして(記憶曖昧)、大学当時、国分寺のアパートに住んでいた私は、「帰りは車で送ってくれる」という約束のもと、その近くでアルバイトをしていました。
そして帰りによく、味の民芸で「せいろうどん」を奢ってもらった思い出があります。
「ざるそば」のうどんバージョンですね。せいろ何段か指定できたと思います。デフォルト以外注文したことありませんでしたけど。
いつも「もっと高いの注文しろ」と言われて「いえいえ、これが好きなんです」と安いのを注文し続けたのもいい思い出です。
味もさることながら、「味の民芸」と縦書きで書かれた湯飲みがお気に入りでした。
自分にとってノスタルジックな場所でしたので、ほぼ同じ場所で、物語に登場させてみました。




