017 リミスの今後
リミスのような中小の土建業は、日本全国どこにでもある。
大手ゼネコンが引き受けるような現場は面積も広く、やることが多岐にわたっている。
いくつかの会社が下請けとして入ることで、決められた工期内に仕上げるのが普通だ。
小規模な現場を町場といい、大きなものは野丁場と呼んだりする。
野丁場には、決められた段取りが存在し、やり方まで厳密に管理される。
職人がその場で創意工夫するような「腕の見せ所」は存在しない。
現場監督や監督員、○○管理という肩書きを持つ人たちが目を光らせているからだ。
リミスのような中小は、大手のやり方を学び、得意な分野を持つことで大手から信頼を得る。
だが今後、公共事業の発注数が減り、会社の設備投資も鈍くなる。
大手から仕事をもらっていた小さな土建会社は、食えない時代がやってくるのだ。
とにかく、ドンドンと潰れていく。
バブル期に独立した会社が増えすぎたのが原因だ。
孫請け、曾孫請けが常習化し、中抜きがひどくて、末端は利益が出ない構造になっていく。
いつ大会社の気まぐれで、仕事をもらえなくなるか分からない世の中になってしまうのだ。
社長は悩んだと思う。
何しろ、似たような土建会社が次々と廃業していくのだから。
だがここで、転機が訪れる。
廃業した業者が使っていた重機を買い取ってくれという依頼が舞い込む。
義理か人情か、社長は重機を買い取った。
それを整備して、貸し出す商売をはじめたのだ。
重機レンタル業である。これが、リミスの分岐点だったのだと思う。
俺がテレビCMで知った「重機のことなら、リミスにお任せ」は、2000年頃の話だ。
つまりいまから十年で、テレビCMを打つにまで会社を成長させたことになる。
だがその間、順風満帆とはいかなかった。
大きな失敗が三つ、リミスを襲っている。
それがなければ、荘和コーポレーションが、重機販売やレンタル業に進出することはできなかっただろう。
名出さんから受けた恩を返すため。
そして荘和コーポレーションの台頭を防ぐためにも、俺はいま動くことに決めた。
と言っても、いきなり会社の舵取りの話をしたところで信用されないばかりか、反感を持たれるだろう。
まず、このあとの日本経済がどうなるのか、そしてリミスを取り巻く状況がどう変わるのかを話すことにする。
俺の話と日本経済の動きが一致すれば、自ずとそれ以外の話も信じてくれるようになるはず。
「いまの経済はまるで泡。何かあれば、泡沫のごとく、はじけて消え去るでしょう」
そう切り出して、社長の反応を見る。
「ううむ。その兆候はもう……あるかもしれんな」
気になっていることがあるのか。社長は少し考えてから、ゆっくりと頷いた。
それから俺は、およそ二時間に亘って、経済が今後どう変化していくのか、丁寧に語って聞かせた。
「……すげえ」
一通りの話を終えたところで、後ろから感嘆の声が聞こえた。
そういえば、谷がいたんだっけ。
「ううむ……たしかにそうなってもおかしくないが……だが……いや、だとすると」
社長は困っている。
当たり前だ。
経済が落ち込み、公共事業と設備投資が冷え込むと言われたのだから、進退窮まったと思っても不思議ではない。
「いまのは前振りです。現状を理解し、これからどうなるのかを話しただけに過ぎません」
「こ、これで前振りなのか? じゃ、じゃあ……」
「ここからは土建業がどうなっていくのか。そして、どうすれば生き残れるのかをお話しします」
社長の喉がゴクリとなった。
話を続けようとしたら、後ろから「ぐぅー」と腹の鳴る音が聞こえた。
「……よし、続きはメシを食ってからにしよう。少し行ったところに『味の民営』がある。うどんでも食おう。谷、おまえも来い」
「はいっす!」
食事に出るらしい。たしかにもう、いい時間になっていた。
社長のライトバンで味の民営に行く。
シルバーメタリックの車は、あちこちに泥はねがあった。
何度もこれで現場に向かっているのだろう。
つけうどんを食べながら、これからについて話していく。
といっても、『夢』のリミス路線をなぞるだけだ。
時がきたら社長が決断しやすいよう、分かりやすく説明していく。
そもそもリミスが成長したのは、大手の下請けをしてきたからだ。
重機のレンタル相手として、実は大手ゼネコンがお得意様になっている。
人はすぐに募集できるが、重機はそうもいかない。
その隙間に入り込むことができたのだ。
一年におよぶ工事でも、一ヶ月間だけ特定の重機が必要になるケースもある。
いくら大手でも、そのために必要分の重機を常に揃えておくことはしない。
重機は購入費だけでなく、維持費や運送費も馬鹿にならないのだから。
必要なときだけレンタルした方が、安上がりとなる。
そして俺が営業でよくリミスとぶつかったのは、まさに大手の作業現場でだ。
たとえば残り工期との兼ね合いで、重機を増やしたいときもある。
そんなとき、背中を押すのが営業マンだ。
そのため、時間があれば何度でも現場に顔を出す。
国内での俺の仕事は、ずっとそんな感じだった。
次の現場にも持っていきたい。
いや、値段次第で購入したいなんて依頼もくる。
重機の中古販売も同時にできたりする。
そのためにはメンテナンスに秀でた人材を確保せねばならず、いつでも余裕をもった数を揃えておかなければならない。
中小の土建業と親しくなれればなれるほど、多くの注文に対応できる。
つまりこれからのリミスは、既存の繋がりを絶ってはならないのだ。
「おもしろいものだな。まるで見てきたように話す」
経験済みですとも言えず、俺は人差し指でこめかみを指した。
「これからは、マーケティングの結果をもとに、シミュレートしてから経営方針を定める時代がきます。その先駆けですね」
「難しいことは分かんねえが、俺の勘がおまえさんの言ってることは正しいって言ってる。不思議なことにな」
「時間はまだありますし、少しずつ世の中が変わってきます。俺の予想と外れなかったら、そのときは本気で考えてください」
そして荘和コーポレーションの割り込む隙をなくしてほしい。
「そうだな。おまえさんとは長いつき合いになりそうだしな」
社長は上機嫌だ。
ついでだし、あのことも言ってしまおう。
「ですが社長。好事魔多しです。いまのリミスには、足元を掬われる要素が三つあります」
「三つ? 意外と多いな」
「そうですね。ぜひ避けてほしいので、いまから話すことを覚えておいてもらいたいと思います」
そう言って俺は、リミスがこれから受けるであろう苦難について語った。