104 復讐者
菱前老人から見せてもらった写真に、俺の上司らしい人物が写っていた。
その人物の詳しい調査を頼んだら、本当に上司だった。
それだけではない。まさか上司が荘和コーポレーションの前身、荘和建設に関係していたなんて。
しかも上司は、調査資料から荘和建設に人生を狂わされたことが分かる。
家族は米国で、荘和建設から見捨てられて苦労しただろう。
とすると、俺の冤罪事件も見方が変わってくる。
実はなぜ、荘和コーポレーションが『自爆』とも言える背任の情報をマスコミに流したのか、ずっと不思議だったのだ。
あの時点でまだ、明らかにもなっていない罪だったはずだ。
なのにマスコミまで集めて公にした。
あれに何のメリットがあったのか。当時、いくら考えても分からなかった。
当たり前だ。分かるはずがない。
俺の上司だった奥津利明がおそらく……会社を脅したのだ。
荘和コーポレーションは、もしかするともっと後ろ暗いこともやっていたかもしれない。
それを知った上司は、荘和コーポレーションを追い込むために、計画を練ったのだと思う。
動機はもちろん『復讐』。
米国で見捨てられ、苦労した家族に変わって、復讐しようとしたのではないか。
荘和コーポレーションの上層部は、消極的な協力者という立場ならどうだろう。
会社に隠蔽工作をさせた上で、上司は本命である荘和コーポレーションを潰す情報を公開する。
あのとき俺は、自分がターゲットにされたと思っていた。
だから分からなかった。だが、荘和コーポレーションが復讐の対象ならば、見えてくるものがある。
俺は本丸を落とすための外堀。
俺が有罪判決を受けて収監されたあと、実は会社ぐるみの隠蔽工作があったと分かれば、世間は厳しい目を向ける。
そんな中、次々と他の不祥事が明るみに出れば、会社のダメージは計り知れない。
俺は、荘和コーポレーションを潰すためにダシにされた気がする。
俺の冤罪事件の裏に『復讐者』がいれば、スッキリとピースがはまる。
「ありがとうございます。色々納得することができました」
「そうか。よく分からんが、スッキリとした顔をしておるぞ」
「ええ、謎が氷解した気分です」
「……ふむ? よう分からんが、それは良かったの」
「はい」
俺は資料を閉じた。
俺の上司は、何十年も復讐する機会を虎視眈々と狙っていた。だから……ん? いや、本当にそうか?
「どうした?」
「少し……考えごとを」
老人が心配そうに声をかけてくれたが、いまはそれどころではない。
俺の上司はなぜあの瞬間、会社を裏切った?
上司が復讐者というのは十分考えられる。
もし内部告発しても、「すみませんでした。以後気をつけます」で終わってしまっただろう。
だから生贄の羊を用意して、引き返せないところまで追い込み――つじつま合わせの隠蔽工作をさせたのだ。
その上で悪事が見つかった場合、会社自体が刑事訴追や制裁の対象になる可能性がある。
米国の場合、企業は透明性と法令順守が求められ、不正が発覚した場合はそれを率直に認め、対処することが重要とされるので、言い訳のしようがない。
あのとき、名出さんや吉兆院が動いたから、俺の冤罪は晴れた。
この時代に来てしまったので、そこまでの記憶しかないが、もしかすると遠からず証拠のねつ造などは露見したかもしれない。
そもそも外部の人間が調べて分かる程度の嘘や証拠なのだ。
社内の人間が一人でも声をあげれば、容易に覆せたのかもしれない。
上司が復讐者ならば、発覚前提で動いた可能性がある。
自分自身の破滅と引き換えにだ。
もしかしてあれは、上司一人の思いつきではなかったのでは?
たとえば、だれかに入れ知恵されたとか……!?
そこで俺は、さらなるイメージが浮かんだ。まるでだまし絵のように。
俺が受注した案件は、今後のエネルギー需要を一変させるかもしれないものだった。
それは九星会の目的と完全に衝突する。
エネルギー問題に端を発した第三次世界大戦を起こさせたい九星会からしたら、あの工場は完成させてはならない。
九星会が、工場の完成を遅らせるために動いたとしたらどうだろうか。
それはうがち過ぎだろうか?
九星会が、荘和コーポレーションに恨みを持っている上司のことを知っていて、その復讐心を利用したとしたら?
策を与え、荘和コーポレーションに復讐すると同時に、工場建設から手を引かせようとしたとしたら?
亜門清秋ならばできる。そのくらい、朝飯前に出来てしまう。
「ラスベガス……!?」
「どうした?」
「ええ、思い出したことがありまして……」
なぜ奴がラスベガスのあの場所を見つけた? 何十年も見つからなかったあのラクガキのような壁画をあの時期、見つけたのだ?
考えてみれば、時期が合いすぎる。
清秋は俺が受注した工場建設をなんとかしようとして、あの地域に注目していたのではないか? その過程で偶然、壁画を見つけたとしたらどうだろうか。
合い過ぎる……時期と場所がピッタリ合い過ぎる……。
もし九星会――亜門清秋が上司をそそのかしたとしたら、いつから交流があったのかが問題になる。
上司は雑貨屋の店員からエリート社員にいつ転職したのか。どこで九星会と知り合ったのか。
もし上司と九星会の関わり……そのミッシングリンクが見つかれば、これまでのすべてに説明がつくのだが。
「そうそう、ワシの方も進展があったぞ。なにしろ、九星会がからんでおることを突き止めたからな」
「……えっ?」
老人はいま、何て言った?
「お主に来てもらったのは、それについて相談したかったからでもある。あのリトル東京の住民の多くは、強制収容所に入れられていた日系人の子孫であるらしい。そしてなぜか、九星会の者どもがおった……いや、あそこに君臨していたとも言える」
老人は難しい顔をした。
「君臨……ですか?」
「残念なことにな。そしておそらくだが、このたびの詐欺事件……黒幕と呼べるのは、あの地に住んでおる者たちかもしれん。奴らは……ワシ、いや菱前重工に復讐戦を仕掛けたのだと思う」
老人の顔がさらに険しくなる。
同時に俺は、『復讐』という言葉の意味が分かった。分かってしまった。
「戦時中、日本に引き上げできず、取り残された社員たちの子孫ですか?」
老人の顔が驚きに染まる。
「いまの話で、そこまで分かるか! いや、その通りなのだが、まさか……」
菱前老人は狼狽えているが、俺の上司のこともあるから、想像するのは容易かっただけだ。
「リトル東京にいる人たちだけでは、そんな大それたことは計画しても実行できませんよね。だから九星会ですか」
「九星会がどこまで関わったのかは分からん。だが、関わっているのではと思った。まあ、ワシの方の調査も聞いてくれ」
そう言って、老人は語り出した。
というわけで、ようやくここで巨額銀行詐欺事件の黒幕っぽい集団が出てきました。
そして九星会の本拠地に乗り込む前にこんな話を聞いた主人公はどう考えるのでしょう。
プロットを整理しまして、あと15話ほどで完結する予定です。
さて、思い出は過ごした年代や、住んでいた地域(都会や田舎)によって大きく違うと思います。
当時、自分が知らない世代や地域(都会や田舎)を知る上でとても有用なのがドラマでした。
たとえば『北の国から』というドラマ。
電気もガスも通っていない山小屋に移り住んできた父親と息子の純、娘の螢の三人の物語です。
北海道の厳しさと雄大さをこのドラマで知りました。
私は純の子役と同年代ですので、ドラマと一緒に成長した感じです。
このドラマは、登場人物がみな格好良くなく、泥臭くて人間味がありました。純と螢も等身大に描かれていて、試練を克服できるわけではなく、どうしようもないこともいっぱいありました。いまのチートに慣れた人が見ると、モヤるかもしれません。
ドラマが終わったあとも二時間の単発で何度も放映されましたので、30代ならば見たこともあると思います。
脇役も豪華です。
ぜひ見てほしいので、内容は書きませんが、たとえば純が定時制高校進学のために純が東京に出るシーン。
記憶だと古尾谷雅人がトラックの運転手をしていたと思います。父親の田中邦衛が彼に純を駅まで乗せていってほしいと頼むわけです。
そのとき運転席にいる古尾谷雅人にお金を握らせるのですが、運転中、純に「これは受け取れねえ」と突き返します。それは、ボロボロになった一万円札で、どれだけ苦労してこの一万円を父親が稼いだのか分かったからこそ、彼は受け取れないと言ったわけです。
水島新司の『野球狂の詩』で、東京メッツが連敗しているときに、木こりが山から下りてきて「球団を買う」とプラカードを首にかけて座り込みをした回があります。買収金額は十万円。球団オーナは、一日だけオーナー権をその十万円で売り、最後は一日分のオーナーの給与を十万円払います。
最後、選手たちの給与(手渡し)の中に一枚だけボロボロの一万円札が入っていて、岩田鉄五郎が「これは使えねえなぁ」というシーンがあるのですが、それを彷彿とさせます。(『野球狂の詩』の方が古いですね)
さてその純に突き返されたボロボロの一万円札ですが、東京で暮らすときもしっかりと持っていたのですが、それが騒動のもとになって……と話が続いていきます。
ある種「お約束」が多いドラマではありますが、ぜひとも見て欲しいです。
とくに二時間枠の『初恋』は必見です。尾崎豊の『I love you』が流れるシーンはとくに!
とにかく淳と蛍の成長物語として見ると、子供が大人になるまでよく撮影したなと思うわけです。
ゲーム『龍が如く』は、桐生一馬が主人公です。
ヤクザは決して幸せな結末は迎えられないというのがコンセプトですが、あれは利発な少女『遥』の成長物語だと思うのです。
ゲームのプレイヤーが遥の成長を見守るのと同じように、『北の国から』の視聴者が純と蛍の成長をリアルタイムで見守ったこそだったと思います。
だからこそ、『龍が如く6』は不評だったり。
東京が舞台のドラマと言えば、『うちの子にかぎって…』『3年B組金八先生』、少し古いですが『熱中時代』も勧めます。どれも学校ものですね。
金八先生はとにかく夕方の再放送が多くて、毎年見ていました。「俺たちは腐ったミカンじゃねえ」で有名な加藤ですが、その前年に1話だけ登場していますね。
マッチ(近藤真彦)たちが不良に憧れて改造学生服で登場した回で、金八先生がそれをマネして驚いた他校の不良3人のうちの一人が(記憶違いでなければ)加藤だと思うのですが、どうでしょうか。
そして現代風味の学校ものといえば『うちの子にかぎって…』だと思います。
毎回、主役となる子役にスポットライトがあたって、昭和末期の中において、新時代の子供を象徴するようなシナリオが多かったと思います。
教師は田村正和で、印象に残っているのが美人(本当に美人)の奥さん。もと教え子という設定で、家でも先生と呼ばれていました。あと、同僚の所ジョージが女性関係で泣いたり笑ったりしていたのが印象深いです。
そのドラマの中で当時、「転校少女に何がおきたのか」の回に登場した子役(女の子)があまりに可愛くて、その後プチ炎上していました。
ネットがない時代ですので、テレビ雑誌や新聞の投稿欄に「あの子はだれですか?」と投書が相次いだのです。
私も見ていて「可愛い子だな」と思っていたので、世間の反応は当然のものだったと思います。
とくに夜の理科室で男の子と会話するシーンはいまでも覚えています。
最近は子役を多数使った教師もののドラマはない気がします。(私が知らないだけ?)
昔はいろんな人が教師役をやっていました。矢沢永吉、田原俊彦とか。
逆に子役に焦点を当てた『家なき子』は強烈でした。「同情するなら金をくれ」の台詞が有名ですが、内容がアレでアレすぎて、いまなら再放送できないんじゃないかと思ったりします。
今なら、「オメエの席ねーから」でイジメをテーマに扱った『ライフ』が攻めている作品ですが、『家なき子』はそれを軽く越えていると思います。
金八先生で中学生(杉田かおる)が妊娠した回がありましたが、『家なき子』のインパクトはそれ以上だったと思います。
ドラマとしての心理描写や、語らずとも雰囲気で状況を察せられるカメラワークが良かったのが『高校教師』かなと思います。表情のアップで画面外でのことを想像させたりしているのが良かったです。
当時、CD-ROM全盛の時代で、ドラマの台本集がよくCD-ROMで売られていたので、『高校教師』のだけは購入して、記憶の中にあるシーンと台本の差異を確認していました。結構そのまま使われていたのが印象深いです。
といような感じで、昔のドラマはいま見てもおもしろいんじゃないかなと思います。
高度経済成長期やバブル期に作成されたものを見てみるのもいいかもしれません。