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愚鈍生徒  作者: 大野木
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鉛筆の行方

暖をとりつつ勉学にでも励もうかと思ったのも虚しく、肝心の鉛筆がない。ついでにノートもないものの、そちらは双書で事足りる。しかし困った。鉛筆の利便性に気づいてからというもの、そればかり使っていた。数年も前を機に筆を使っていないものだから、どうも手が下手れている。慣れと忘却は末恐ろしい。

こんな時間では唐物店も開いていないだろう。安くなったとはいえ無駄使いも憚られる。しかし勉学への熱が灯ったからには止められない。こうした衝動的な集中力が、私を大学までへと導いてきたのだ。今更裏切ることもない。下手に惚けようものなら、私の先も危ぶまれる。

そう考えてみると、こうして暖をとっているこの一刻一刻の内にも、私が私たり得るアイデンティティが喪失続けているのではと、最早、ある種私の存亡を賭けた大事とも言えるのでは無いだろうかと、奥歯がガチガチと鳴るほどにこわばっていた。

ここにいては暖を取りながら凍死などという変死極まりない最期を遂げるに違いない。

さすれば降雪、深夜であっても取りに行くべきではと、深夜特有の奇々興奮のままに外へ出ようとするも、一度は宿の奥さんに引き止められるものの、その決起盛んな私の形相を前に、「せめてこれくらいは」と羽織を差し出して来た。

草履は霜の様に冷たく、ここまで冷たくては裸足となんら変わりないのではと思うほど。

酷く気にかける奥さんを尻目に戸に手を掛け、軍官にも似た決意をそのままに闇を開いた。


向かう先は大学。どうせ私のことだ、いつもの図書室の足下にでも転がっているのだろう。雪ゆえに当然雲で月は隠れ、街灯も消えた午前の夜中では、提灯周辺のみ姿をくっきりと現す。ぼやけた火に少し手を翳せば、張り詰めた指の先も解けてゆく。足の先はとっくに意識を喪い、草履に侵されているのではと錯覚させる。

みっともなく足を上げ翳せば、片足の氷層も溶け出すだろうが、時と効率に著しく反する愚行であることは目に見えている。しかしながら実践しようと試みる気持ちを判ってもらいたい。

目の前に聳え立つ黒い門、到着した頃には雪は唐傘を突き抜け、袴を濡らし積もり出していた。

当たり前に門は固く閉じられている。提灯と傘を放り投げ、木柵をよじ登ってはみたものの、その姿は殆ど不審者変わりない。ここで警察部の者にでも見つかろうものなら、尋問程度では済まない。

運が悪いことに登り切った後正気に戻ってしまったものの、ここまで来てしまっては、目標を全うする方が心地も良いだろうと楽観的思想を挟むことで心の平安は保たれた。


冷える全心をそのままにザクザクと純白の先を進む。慣れない雪道に疲れ果て、手足とは裏腹に内部は火照り、特に肺は焼ききれんばかりに、絶え絶えの暖風を白く吐き出している。

戸に手をかけ、中へ入ればぶるぶると震える体を丸めては思わずへたり込んでしまう。


「はぁ_____はぁ_____」

長い溜め息を吐いた後には床に手を付き、さあ立ちあがろうとするも束の間、物は転がり、握られていた。


「おぉ、あったぞ」

感嘆の声を漏らすも最期、何処からか「誰だ!」と低くおどろおどろしい声。

驚きのあまり、つい小便がちろっと漏れ出るものの、居ても立っても居られずに駆け出した。


その後は散々だった。濡れに濡れ、鉛筆はなぜか手元に無く、それでも命からがら逃げおおせた。


無益な疲れのあまり玄関先で倒れ、結局は何も叶わずに終わっってしまったが、この経験が次の私に繋がれば良いだろうと、結局は何も失うことなく眠りについてしまった。

突拍子な思いつき限りの行動は、今後控えるという教訓のみが胸に残る。


後日、学内の掲示板には不審者の報せが二つ、届いていた。

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