幕開け
俺は今、拷問を受けている。
話してしまえば簡単に終わるものを、こんなに必死になって耐えているのもおかしな話である。
俺は思う。死とは悲しいものではないと。苦しんでいる人にとっては救いになるかもしれないことを信じている。
勢いよく舌をかみちぎる。国家機密を抱えた脳は機能を停止する。
俺の意識は無の空間へと移動する。しかし、その永遠にも近い道の途中で俺の魂はどこかに吸い込まれる。
「いてて」
感覚的に舌に痛みが残っていることを認識し、俺はまだ生きていることを知る。
目の前には白いローブを着た、マネキンのような女が立っていた。
「あなたが死んだことで」
マネキンは話をし始める。
「もといた世界はパーフェクトゲームが達成されましたね。」
俺は誇らしげに頷く。
「ですが」
マネキンは続ける。
「絶対にあなたの意識は途絶えさせません。あなたの持っているその情報は消えてはならぬものです。あなたは次なる世界に生まれなおします。しかし、あなたは絶対に死ぬことはできないのです。その秘密を誰かに話さない限りね。」
俺は反撃する。
「忘れればいいだろ。忘れてしまえば。」
マネキンは笑う。
「絶対に忘れることのできないものだということはすでに知っているでしょう。大丈夫です。生き続け、勝ち続ければいいのです。生きているとはなかなかにいいものですからね。」
マネキンは高笑いをして消えていった。
目の前の景色が光り輝く建物に変わる。
軽装をした白髪の快活な男が近づき、右手を挙げる。
「君、今ここに急に現れなかった?」
俺は頷く。
白髪の男はニコニコしながら握手を求めてきた。
「僕今暇してたんだ。話し相手になってよ。」
俺は再び頷く。
男はこの世界のいろいろなものを教えてくれた。
「君のいたところはどうか知らないけど、ここでは光が大事なんだ。光がエネルギーになるし、ものを作る材料になる。通貨にもなっているんだよ。」
俺は尋ねる。
「どうやって入手するんだ?」
男はふふふと笑う。
「最初は誰かにもらわなくちゃいけないんだ。でもそこからは簡単だよ。もらったかすかな光を”いいこと”に使うと増えていくんだ。そうやって光と気持ちを正のスパイラルに乗せていくんだ。ほかの人に光をあげるのもその一つだ。だから僕は君に一つ光をあげるよ。」
「どうも」
俺がもらった光は俺の周りを浮遊し、やがて薄く俺を覆った。
「さあ、今度は君の番だ。君は今から僕に”いいこと”をするんだ。」
俺は首を傾げた。
「特に思いつかないな。」
男は言う。
「僕は君がいた世界の情報が知りたいかな。特に君しか知らないような情報をね。」
俺は背後から大勢の人がゆっくり近づいてきていることを確認した。
もしかすると、こいつらはすでに俺について知っているかもしれない。
再び拷問を受けるかもしれない。
俺は気が付いた時には舌をかみちぎっていた。防衛本能ってやつだ。
しかし、不協和音が鳴り響き、舌と歯は反発し合った。俺は噛みちぎることができなかった。
そして目の前には文字が表示されている。
『ユニークスキル ダイヤモンドボディーを獲得しました。』
死ねないって、こういうことか。