1-4 改心
まったく、何で俺がラディアスにこんなに言われなきゃいけないんだ!
鉱山の調査が終わって街に帰ってきたら、その後は振り返りという名の反省会が待っていた。そこでラディアスは俺が如何にダメだったかを懇切丁寧に説明してくれた。変なモンスターのときも、考えなしに武器を振るってただけだとか。そりゃ、どうすればいいか分からなかったし……。
他にも姉ちゃんからも、ヴァンさんからも色々ダメ出しをされた大反省会は二時間以上続いた。正直凹む。
でも一番キツかったのは、やっぱり姉ちゃんの一言
「今のままだったら、一緒に仕事したいとは思わないわね。」
と、その言葉ヴァンさんが同意したことだった。
そうなんだ、あとから冷静になって考えたら分かってくる。
俺の行動は、皆を、パーティを危険に晒す行為だった。特にあの三人組のとき、勝手な判断で飛び出して。
確かにこんなヤツと一緒に仕事してたら、命がいくつあっても足りないかな。
あの変なモンスターのときも、結果的にゴリ押しの美しくない勝利だったって三人ともすごい反省していた。この三人でそうなのだったら、自分がちょっと勉強したところで役に立つとは思えない。と思ってたら、
「経験は少なくても、ある程度の知識があればなにか思いつくかもしれない。違う頭で考えることが大切だ。もちろん、それには最低限考える頭を保つ必要がある。」
って、さすがはヴァンさん。
たしかに今まであんまり重視してこなかったけど、もうちょっと勉強していたら、なにかいい方法が思いついたかもしれない。
とりあえず、真面目に勉強しようってぐらいは反省した。俺だって成長してるんだ。
「マリちゃん、ちょっと質問いい?」
「エリオ、君のそう言うふてぶてしいところは嫌いじゃないが、急に勤勉になったのは正直気持ち悪いね。」
「良くなる分には良いだろ?」
そう、最近の俺はちょっと真面目だ。
講義のあとにマリちゃん……あ、真面目に呼ぶなら属性学講師のマリット先生にいくつか質問をぶつけた。
マリちゃんは一つ一つ丁寧に説明してくれた。半分ぐらいは理解できたつもりだ。
「最後に一つ、マリちゃんはエレメンタルって狩ったことある?」
「あー、まあ見かける度ぐらいには。精霊石は面白い研究材料だしね。」
さすが三度の飯よりも研究が大好きなマリちゃん。並のギルド員なら絶対に手出ししない相手に、その辺に咲いている花を摘むようなお気軽さ。と言うか、噂には聞いていたけど強いなマリちゃん!
それならばと、この前の鉱山で遭遇した謎の敵について聞いてみたけど
「あー、あの三人が言ってたやつ?悪いけどまったく検討もつかないね。エレメンタルってのは、属性毎に顕現する形は一定するのよ。聞いた話だと、まったく初めて見るタイプだったって話だし、自然発生的な存在じゃ無いでしょうね。ま、新属性が発見されたってのなら話は別だけど。」
うーん、やっぱりアレの正体は謎のままなのか。
「うーん、そっか。新型とか言われるとワクワクするけど、正直アレは気味が悪いだけなんだよなぁ。」
「ま、私も興味があるし、今度見かけたら欠片でも持ってきなさい。なにかわかるかも。」
本音を言うともう見たくない。って発言は控えた。(これも成長した証!)
「ところで勉強熱心な少年に、私からも一つ質問があるんだけど?」
え?マリちゃんが俺に?
「無詠唱のストーンバレットって興味あるでしょ?」
「え、どういうこと?」
“カーン、カーン、カーン、カーン”
今日も寝ずに講義が聞けた。着実に成長している俺!
今日の講師はマリちゃんではないけど。いや、マリちゃん以外の講義でもまったく寝るつもりなんて無いけど!決してあの粉々に粉砕された訓練用の盾を思い出してビビっているわけじゃないぞ!!
「なあ、エリオ。お前の姉さんって、今どうしてる?」
話しかけてきたのは、同じ訓練生のディラン。
「悪いが姉ちゃんにはもう決まった人がいるからな。お前の出る幕はない。」
「そういうこと言ってるんじゃねぇよ!ちょっと気になる噂があってだな……。」
なんだ、コイツも姉ちゃん狙いかと思ったら違ったか。まあ話ぐらいは聞いてやる。
「噂って何の?」
勢いよく玄関ドアを開ける。“バンッ!“と大きな音が出て、中にいた三人が一斉にこちらを向いた。姉ちゃんとヴァンさん、ついでにラディアスもいる。なぜラディアスまでもが家にいるのかは置いておいて、ちょうどいい。
「もう少し静かにドアを開けられないの?壊れたらどうするのよ。」
姉ちゃんが呆れ顔でそう言うが、それも今は小さなことだ。
「姉ちゃん、ギルドクビになるって本当?!」
「つまり、最近私達三人が揃いも揃ってギルドの仕事をしていないことと、以前の依頼について問題があったから、それが合わさって三人ともギルドから追い出された。って噂になってるってこと?」
だいたいそんな感じだ。言われてみると、最近ほぼ毎日この三人は一緒に過ごしている。単純に休暇なんじゃないかと言われたら、それはそれで……。あのヴァンさんがこんなに長い休暇を取るとか考えづらい。考えづらいだけでありえるけれど。
で、さっき聞いた新しい噂。前回受けた依頼を達成したが、その過程に問題があったため、何らかのペナルティを受けた。ということ。
「クビになんかならないわよ。」
姉ちゃんのその一言で、とりあえずはホッとした。大きなため息とともに力が抜ける。
でも待てよ。ペナルティ自体は否定しなかった。そして、最近三人で受けた依頼といえば……
「もしかして、問題があった依頼って……」
「隠しても仕方ないわね。そう、あの鉱山のやつよ。」
何が問題だったんだろう?強敵は出てきたけど、ちゃんと倒せた。変な三人組を逃してしまったことかな?
「端的に言うとだ、不要な戦闘に一般人を巻き込んで危険な目に合わせたってところだな。」
ラディアスが俺の疑問を察してか説明してくれた。でも一般人って?余計に訳がわからない。
「お前、自分の立場分かってんのか?養成所に行っているとはいえ、お前はギルドの見習いですら無いんだぞ?」
「あ……!」
続けてため息交じりにラディアスが説明してくれた。さすがの俺でもそこまで言われれば理解する。
「俺の……せい?」
そう、俺はまだ一般人だ。ギルドとの関わりを無理やり説明するなら、依頼を出す側であって受ける側ではない。『フリーエージェント』と呼ばれる、ギルドからではなくて一般人から直接的に依頼を請ける人たちもいる。だが彼らも、一応ギルドに名簿登録はしている。何かのときに緊急招集するためだ。彼らも形式上はギルドに属するエージェントであり、ギルドに登録されている人間は、有事の際に招集に応える義務がある。
でも、俺はまだギルドの人間じゃない、今はまだただの一般人。ただの一般人や、ギルドのエージェントが、単独で何処で何をして危険な目に遭おうが個人の責任だ。でも、ギルドのエージェントが一般人と行動を共にしている場合、その一般人が危険に巻き込まれたとしたら……。
一応、有事の際や一緒にいた人間が兵士や名のある戦士みたいな、『ギルドエージェントと同等以上の能力を持つ』と認められればその限りではないということだけど、今回の件はそれも厳しいだろう。
考えれば考えるだけ、自分のせいだってことがわかる。やっと気づいた!気づくのが遅すぎた。依頼に連れて行ってほしいと頼むたびに、ヴァンさんはあれだけ「また今度な」って断ってたじゃないか!
それなのに、俺のワガママで三人に迷惑をかけて、最近姉ちゃんがずっと家にいたのも、少し休暇を取ったぐらいだと、むしろ普段より一緒にいられて嬉しいぐらいに考えていた。俺は馬鹿だ。大馬鹿野郎だ!
「ま、そこまで落ち込むことは無いんじゃないか?」
「そうね。いい薬になっただろうし。」
「経緯はどうあれ、自分で気づいたのなら及第点だな。」
三人が、それぞれ言葉をかけてくれる。
ああ、そうだ。いつもこの三人は優しい。一歩間違えれば、エージェントとしての資格すら剥奪されかねないことをしたのに、させてしまったのに……。
「俺、頑張るよ。」
やっとの思いで絞り出せた言葉は、たったそれだけだった。
「最後に、エリオ・フォールテ」
「はい!」
威厳のある老人の声に、自然と気合の入った返事が口から出る。
「お前は、実力はあったが、その実力の上に胡坐をかき、学力は下位じゃった。」
返す言葉もない。でも……!
「だが、この三か月で見違えるような努力をし、見事に総合成績で五位となった!」
そうだ、俺は変わった。
「今後もその努力を続ければ、お前の憧れの先輩に追いつき、肩を並べ、やがて追い越す日が来るやもしれん。」
「精進します!」
最高責任者直々に、ギルド養成所卒業証であるバッヂを受け取る。卒業時にこの栄誉に与かれるのは、卒業生の成績上位五名のみとの事だ。
そう考えたら、豊作と言われた期の上位三人と深く関われる自分は、この上ない幸運なのだろう。
横に並ぶ四人を見る。
同期でも俺の上に四人もいる。もっと強くなって、あの三人と肩を並べるんだ!
「はは、気合が入っているな。」
グランドマスターの横に立つザックスさんが言葉を発した。ザックスさんはギルドの序列二位であり、グランドマスターに次ぐ権威を持つ。現役のエージェントとしても活躍し、その実力や名声も折り紙付きで、世界中で一番知られたギルドエージェントだと言われている。
そして、ザックスさんはヴァンさんの師匠でもある。
「これからお前たちはギルドの正式なエージェントとして外に出る。正確には、自分の師匠に一人前と認められたら、だがな。」
「お前たちは、まず駆け出しとして、ここヴァンスのギルドで簡単な依頼をこなすことになる。そこで自らが師事する師匠を見つけるのだ。」
グランドマスターがザックスさんの言葉を引き継ぐ。説明されるまでも無く、これらは周知の事実だ。
通常、師匠側から駆け出しへ弟子取りのオファーがある。要はスカウトだ。駆け出したちは、ギルドでの仕事をこなしつつ、師匠側はその働きぶりを観察し、自分の弟子にする人間を見定める。師匠側からのオファーがあり、駆け出し側と双方の同意を得て、初めて駆け出しは従者となる。
とはいえ、基本的に師匠側からのオファーに駆け出し側が断るということはあり得ない。声が掛かるだけで名誉であり、さっさと一人前になって駆け出しから抜け出したいと思うのは自然なことだ。
声が掛からなかったら?その時はいつまで経っても駆け出し。駆け出しが危険な依頼を受けることは許されていない。つまり、師匠が得られなかった駆け出しは、殆どの場合は飼い殺されることになる。『ベテランの駆け出し』なんて冗談がある程だ。まあ、大抵は卒業前に師匠側に根回して、卒業後半年以内ぐらいには従者になっているものだけど……。
「お前たち成績上位五名は、特別に自らが師事をしたい人間を希望することができる。」
そう、成績優秀者、具体的には総合順位で上位五名は、自分が師事したい師匠へ逆オファーができる!この場合も双方の同意が成されないことはほぼあり得ない。師匠側は放っておいても優秀な従者が来てくれるため、ほとんど断る理由が無いからだ。駆け出しの側は説明するまでも無い。
俺は、その権利を手に入れた。