1-3 遭遇
「そっちに行ったわ!」
「よし、いける。後は任せた!」
「これで止めだ!」
ヴァン、ファンナ、ラディアスら三人のチームワークは完璧だった。
槍と盾で敵の攻撃を凌ぐファンナ、銃と言う特殊な武器で戦況を操作するラディアス、長剣と大剣を状況によって使い分けるヴァン。ファンナが引き付け、ラディアスが追い詰め、ヴァンが仕留める。
砦門を出て鉱山へと向かう道中、リーヴィル平原にて、一行は物陰から現れた巨大な魔獣と遭遇戦となった。
「ほえぇ、すっげぇ!」
三人の連携により、ずしんと音を立てて地面に倒れた魔獣を見て、エリオは感嘆の声を上げる。
実際のところ、自信満々で戦闘に臨んだ少年の出る幕は全くなかった。それでも、ベテラン三人が危なげなく敵を倒す姿を見て、今の自分が余計なことをする余地がないことが分からないほど愚かではない。そして、目の前の光景から何も学ばないほど馬鹿でもない。
「次は俺と代わってみるか?」
「え、マジですか?急に自信無くなってきたんですが……」
ヴァンの提案に、珍しく謙虚な姿勢を見せた少年だったが、残念ながらその後鉱山へたどり着くまで、機会は訪れなかった。
「これが鉱山。」
意外と入口は小さいんだな。という感想は口に出さなかったが、岩山にぽっかりと空いた穴は、どこまでも深い闇を纏い、得も言われぬ不安感を感じる。
そんな緊張を悟られまいと、きわめて平然を装った言葉を発したが、多分三人の先輩には悟られているだろう。
「それじゃあ、俺が先頭で、次にファンナ、それからエリオ、最後にラディアスで。」
坑道はそんなに広くない。大人が両手を開いた幅より狭いだろう。どうやら縦一列の陣形で進入するようだ。
「で、ヴァンさん、それは……鳥?」
「ああ、これはカナリアだ。坑道内には有毒なガスが発生する場合もあるからな。こいつが教えてくれるんだ。」
――ああ、そんな話もあったな。どこで聞いたっけ?あ、今ヴァンさんが長剣の他に短剣を用意してるのは、この狭い通路での戦闘に備えてなのかな?てことは、ラディアスも同じ理由で銃から短剣に持ち替えたのか。で、姉ちゃんの槍はそのまま……って、なるほど、松明とカナリアの籠で両手の塞がったヴァンさんのカバーにすぐ入れるようにってことか。勉強になるなぁ。
「足下には線路の跡が残ってるからな。躓かないように気をつけろよ。」
「そういえば、姉ちゃんが普段の長槍じゃなくて、少し短いのを使ってるのって、もしかして?」
「へー、良いところに気づいたわね。長物じゃあ狭いところで邪魔になるだけだし、外に置いておくわけにもいかないからね。」
鉱山の探索は順調と言えた。
狭い通路と、時折資材置き場や休憩所として使用されていたであろう広めの空間、そしてまた狭い通路という風に続いており、ハプニングと言えば時折突然の明かりと音に驚いた蝙蝠と遭遇する程度だった。
「このまま何もなければ良いんだがな。」
最後方でマッピングをしていたラディアスがぽつりと言うと、ほかの二人も同意する。少々刺激に欠けると思いながらも、エリオもまた、その言葉にうなずいていた。こんなのは気が滅入る。
「待て、何か気配がする。」
行き止まりに突き当たり、引き返して別の道を調べる。何度かこんなことを繰り返した時に、先頭にいるヴァンが進行を止めた。
カナリアは反応していない。だが萎縮している?
それに、確かに経験の浅いエリオにも感じられる気配。ラディアスによれば、この先は少し広めの空間があるらしい。そこから流れてくる嫌な気配を全員が感じ取っていた。だが、ここで止めるわけにはいかない。
全員が顔を見合わせ頷き、そして一気に部屋に駆け込んだ。
「た、倒した?」
ハアハアと肩で息をしながら、目の前に倒れた得体の知れない敵を、恐る恐る観察する。
「手応えはあった。」
エリオの言葉を拾ったラディアスの歯切れも悪い。
「こんなやつ初めて見た。」
部屋に突入した一行は、突然得体の知れない敵に襲われた。
襲撃自体はある程度予測していたのだが、その相手はあまりにも想定外で、ベテラン三人をして(足手まといがいるとしても)予想外の苦戦を強いられた。
甲虫のような殻を持っており、その表面は気味が悪いほどに滑らか。刃が全く通らないほど硬いのかと思えば、奇妙に柔らかくて手ごたえがない。例えるなら、剣で粘度の高い水を裂くような、激しい滝を水平に斬るような感覚。
加えて、常人なら触れるのを躊躇うような嫌悪感。闇に蠢く何かに睨みつけられるような不気味さを発するソレを相手に心が折れなかったのは、多少なりとも攻撃が効いている感覚があったからだ。
「みんな、これ……って、あれ?!」
倒れて動かなくなったソレをまじまじと見つめる少年は、皮膚(?)の表面に赤い線状の模様が入っていることに気づいた。エリオがその模様を指さし、倒した敵について議論をする三人に目線を向け呼びかけ、そして再びソレの方を見た瞬間
「え、あれ?消えた……?」
少年は、さっきまでソレが横たわっていたはずの地面と三人を交互に見る。
「消えた……わね。スーッと。」
ファンナはその瞬間を見たようだ。
「周囲に気配は無いから逃げたわけではなさそうだ。まったく、何なんだ?」
ラディアスが珍しくイライラしている。
「倒したら消えたってことは、あれって元素精霊?」
確か授業で習ったことがある。エレメンタルと呼ばれる精霊力だか何だかが、ナントカと言う脅威となって何とかかんとか。で、確かそれは倒すと消える!
「いや、これはエレメンタルじゃないと思う。」
少年の推理は、ラディアスによってすぐに否定されてしまった。
「何もかもが違いすぎる。こいつは実体のようなものがあったが、エレメンタルは実体を持たない。それに攻撃的じゃない。」
冷静に分析する先輩だが、少年は別のところに疑問を抱いた。
「え、ラディアスってエレメンタル見たことあるの?」
「ああ、以前狩ったことがあってな。二度とゴメンだが。」
ヴァンとファンナも苦笑いしながらお互いの顔を見合わせている。
精霊狩り。そもそもエレメンタルはモンスターではなく、魔素の一種だ。自然が力を持った存在であり、つまりは自然そのもの。その力はその辺りのモンスターの比でなく、うっかり手を出そうものなら、どんな結末が待っているか想像に難くない。
ごく稀に狂人めいた学者やコレクターどもが、エレメンタルが落とす精霊片と呼ばれる素材を欲しがる以外には旨味もない。更には出現条件がかなり限られ、特定の天候、地域、時間帯等の条件が揃わないと遭遇すらままならない。そのため、好んで狩ろうなどと言う輩は存在しないと言って良い。
「そっか、なにげに凄いなラディアス。」
「別に凄くないし、お前ナチュラルに俺のこと馬鹿にしてるだろ。」
正直な少年の賛辞も、普段の態度や行動がそうさせるのか、ラディアスへと素直に通じることは無かった。一応、心の底では尊敬している先輩の一人なのだが。
「何にせよ、気味の悪い存在だったな。」
その場にいた全員が、ラディアスの言葉に同意した。ただの調査でこんなモノに遭遇するとは。
「さて、それじゃあ奥に進もうか。」
正直、お腹いっぱいではあったが、これは仕事だ。しかも大切な初仕事だ。自分にそう言い聞かせ、エリオは気分を奮い立たせた。
「シッ!人の声だ。」
ヴァンが鋭く、短く注意を促す。人の声?こんな鉱山の奥で?
この先は鉱山施設の休憩所のようだ。耳を澄ますと、たしかに奥から人の声が聞こえてくる。
「やっと巻い……?」
「兄貴、…………どう………ですかい?」
「そ……な。まずは近……村か街を……。多少……だが、ここ……るよ……マシだ……。」
「兄貴………ばモンスターも……ない…すぜ。」
どうやら男の声が三人分聞こえる。
「今、モンスターって言ってませんでした?」
さっきのヤツのことかな?と、エリオが会話の一部に反応する。実際のところは、休憩所の構造と距離で会話の全貌がはっきりと聞こえているわけではないが、モンスターという単語自体に聞き間違いないだろう。
「兄貴…剣、……の…とか……なんス…ね?それ…見せ……、………らも大人しくなり……んかね?」
「それは……になら……。どうせ……の目…て……の命だ。それに、この剣を使……はま……の話…。」
「そう……です……?」
「ああ、俺の……とかいうアホ……が、…を狙って……から…。流石に……殺さ……ことは………うが、拐って人質……うこと………える。」
「………争う………不幸って………すね。」
「……本人た……全く……でない………な。そもそも、……考えても……の方が………いだろ?…から、いざという………切り札に、…の剣が使え………けだ。」
「さ…がっす兄貴!わかりや……。どこま……ついていきますぜ!」
「……兄貴って………ろって。」
気配を殺しながら徐々に会話の主たちに近づく。流石にすべての会話が聞き取れる距離ではないが、断片的に聞こえる会話から察するに、悪巧みをしている悪党に違いない。エリオは胸の奥に、正義の火が灯るのを感じていた。
物陰から会話している男たちを覗き見る。
体格の良い、髪の毛を短く刈り上げた男がリーダー格だろう。鋭い目つきをしている。その男と向かい合って二人、筋骨隆々の大男と小柄な男が座っている。間にテーブルが置かれているが、長年放置されていただけあってボロボロだ。
「さて、それ……、近く…村か街が………探し……る…。そこで色々……だな。」
その言葉を聞いた瞬間、エリオは物陰から飛び出した。
「お前ら、話は聞いたぞ!これ以上悪巧みさせるか!!」
「あの馬鹿……!」
ラディアスが小さく吐き捨てる。事実、エリオのこの行動は全く褒められたものではなかった。
「何だお前ら?追手じゃなさそうだな。」
エリオを追って飛び出した三人と男たちが対峙する。
「えーっと、お騒がせしてすみません。この鉱山はまもなく閉鎖されます。速やかに立ち退きをお願いしたいのですが。」
ヴァンがあくまで要請と言う形で丁寧に言葉をかけるも、
「ヴァンさん、何言ってんすか!コイツラさっきから殺すだの拐うだの悪巧みしてたじゃないですか!それに追手がいるって、確実に悪い奴らですよ!」
「お前のほうが何やってんだって話だぞ。小僧。」
ラディアスが、静かな口調でエリオに怒りを向ける。この男がこんなに怒るのも珍しい。
「何のことか知らねぇが、優男三人とガキ一人で俺たちに敵うと思ってんのか?」
小柄な男が発した言葉に、ヒートアップしたエリオは半ば叫びながら反論した。
「ふざけんな!男三人と女一人だ!!」
「え、反応するのそこ?」
間髪を入れずツッコミを入れたファンナ。
「確かに今は鎧を着込んでるけどな、こんな美人捕まえて男と間違えるとは、お前ら根性だけじゃなく目まで腐ってるんじゃないか!?」
「おい、エリオ落ち着け。」
ヴァンが諌めるも止まらない。
「お前らが男と間違えたこの人はな、姉ちゃんはな、脱ぐと凄いんだぞ!!」
「ちょっとアンタ何言ってんの!!」
ファンナの悲鳴にも近い叫びが空間を満たす。
遠くでコウモリの集団が騒ぐ音が聞こえた。
「ほう、少年よ、後で詳しく話してもらおう。」
そして、ラディアスの一言でその場の緊迫した空気が緩んだ。
「あー、悪かったな。アンタの姉上を侮辱することになっちまった。確かにそんな美人捕まえて男と間違うなんて失礼だな。」
リーダー格の男が謝罪を口にする。「すいやせん」と小柄な男も小声で謝罪した。
「わかればよろしい!」
何故か誇らしそうなエリオ。
「で、どうするんですかい?」
大男がリーダー格の男へ問いかける。どうする、とは、この場合は……
「容赦しないぞ!」
「え、これって戦う流れ?」
剣を抜いたエリオは、姉のツッコミ兼問いかけに対して、当然という感じで構える。
「ハァ……」
ラディアスが大きくため息をついた。
「クソッ、覚えてやがれ!!」
あまりにもお決まりのセリフを小柄な男が吐き、男たち三人は鉱山の入り口方向へ向かって逃げ出した。
「逃がすか!」
「追うな!」
エリオが追おうとするのをラディアスが静止した。
「あれ?今のセリフ言うヤツって実在するんだな……。」
「怪我は無さそうだな。それじゃ調査続行だ。」
ヴァンが部屋の隅に置いておいたカナリアを回収し、他の三人に指示を出す。
「ほんとに追わなくて良いんですか?アイツら街でなにか悪さするかも。そうでなくても、例えば坑道を塞がれたりしたら、俺たち生き埋めになったりするんじゃ?」
エリオの不安ももっともだが、
「心配しなくてもそんな事にはならんだろ。」
ラディアスがそれをあっさり否定する。
「と言うか、その考えに至る頭があるのに、お前はホント残念なやつだな。」
「え、何のことだよ?」
エリオが素直な疑問をぶつけるが
「帰ったら大説教会だ。」
あっさり無視されてしまった。
その後、坑道の更に奥に進むも、浸水により進行不可能な道や崩落が多数あり、これ以上の調査は危険、そして不要との結論に達した。そして一行はヴァンスへの帰路についたのだった。