表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Philistia  作者: 桜田文也
第二章
42/42

2-12 点と点

「これで最後だ。」

「ああ、そうだな。では引き続き頼んだぞ。」

「……何だと?」

「最後の契約は履行されたが、残りは継続中だろう?期限は設けていないぞ。」

「謀ったな。小賢しい……!」

「それはそれとして、今回の件はお前にも非があることは自覚しているのか?」

「ふん、仕方ない。業腹だがな。」

「存外楽しそうに見えるがな。」

「……抜かせ。」


 ――――――――――――――――――――――――――――


「やあ、お疲れだね。」

「いえ、そうも言っていられません。仕事は山積しています。すぐに戻るつもりです。」

 明らかに疲れ切った目をした少年は、だが気丈に振る舞っている。

「この書簡も誰かに届けさせれば良かったのですが、私自ら届けるようにとヴァレリが。ああ、もちろんその方が良いことは理解しているのですが……。」

 ああ、これは相当疲れているな。と、珍しく口数が多いルキウスを見てアベルは思う。

「つまり、少し休憩しろということですよ。」

 奥からセティが声をかけてきた。アドルフ伯の意図するところは間違いなくそうだろう。


 あれから二十日を数えようと言う頃、城下では王が病気で伏せっているという噂が流れていた。

 つまり、まだ生きていることになっているのだ。

 一国の王が身内に暗殺されたのだ。おいそれと公表できるようなものではない。公式には病死ということにし、時期を見て公表をすることになるだろう。

 こんな話を外国の人間にするのだから、なるほどルキウスは相当参っているようだ。

「まあ、明日一日ぐらいゆっくりしていきなよ。どうせろくに寝てないんだろ?」

 アリスが部屋に運んできた夕食を食べたルキウスは、その後泥のように眠り、翌日起き出してきたのは昼前になってからだった。



「ヴァンスが粛清されただって?!」

 アベルが思わず大声を上げる。

「はい、ひと月ほど前に襲撃され、つい数日前に報告が入りました。まだ公にはされていませんが、すぐに噂になるでしょう。」

 なるほど。王国内で『大神殿』の建造を許可する旨の書簡をルキウス自身が届けに来た理由の一つがこれのようだ。

「幸い大きな被害にはなっていないようです。とても信じられませんが、粛清を撃退したと。それでも、それはヴァンスだから成せたことかもしれません。」

 城塞都市ヴァンスは、アルトリア王国領内にあるが、ほぼ独立都市国家と言って差し支えない。何しろ保有する戦力が、アルトリア王国内の他の都市をすべて合わせたものと遜色がないのだ。

 王国としては常に喉元に刃を突き立てられているようなものだが、王国側は「大地の恵み」をヴァンスへ供している。戦力と食料でお互いを縛っているような状況ではある。ただ、幸いな事に両者の関係は良好と言える。

 だが、今回、アルトリア王国内の全戦力の半分に等しい力を持って粛清が撃退された。裏を返せばそれほどの戦力でないと、確実に撃退できると言う保証はないのだ。

「魔物たちがヴァンスの戦力を勘案していなかったと言うことは?」

 アベルの意見はもっともだ。さして知能が高いとは言えない魔物が、たまたま戦力が集中した都市を襲って返り討ちにされたと。だが、それはすぐさまルキウスによって否定された。

「今回の報告で明らかになったのは、粛清には煽動者、つまり中心となる者が存在していたという事です。それはかなりの知能……少なくとも我々人間と同等以上のものを持っていたであろうと考えられます。それに戦闘力も相当なものだったと。」

 ルキウスが天を仰ぎ見た。今やアリス一人で経営……、だが店じまいを始めている宿の天井。そこに特別ななにかがあるわけではない。単に口にすることに覚悟が必要なだけだ。

「その煽動者は、たまたまヴァンスに滞在していた凄腕の戦士に倒されました。目撃者の話によると、その戦士は、かのザックス・シルヴァンをも凌ぐ存在だったと。そして、煽動者とその戦士は何やら会話をしていたそうです。」

 場に沈黙が訪れた。

 アベルがなにか話そうと口を開けたが言葉が出てこない。

「つまり、たまたまギルド最強と言われる人物と同等以上の実力者が滞在していて、会話ができるほどの知能を持つ煽動者であろう敵を倒し、それによって粛清は撃退されたと。」

 言葉にしてしまうと絶望感すら漂ってくる。

「そんなの、本当に運が良かっただけの、ただの偶然じゃないか……!」

 アベルが言葉を絞り出した。


「それでも、希望が見えたことに違いはありません。」

 ルキウスが力強く声を発した。

 これまでいくつもの都市が為す術なく蹂躙されてきた、天災にも近い絶望を撃退できる可能性が出てきたのだ。

「そして、報告の中で気になるものがありました。」

 ルキウスが姿勢を正した。

「気になるもの?」

 ルキウスの態度から、ただ事ではないと察したセティが問い返す。

「はい。襲撃中に見たこともない敵が、どこからともなく現れたと。」

「見たことも無い敵……。」

 経験豊富なギルドの人間が見たこともない敵とは?

「不定形、突然空間から現れ、おぞましい叫び声を上げて周囲の人間の戦意を削ぐとか。」

 ルキウスの口からゆっくりと紡がれた言葉。その正体に心当たりがある。

「……まさか?!」

 セティは王城での戦いを思い出した。

「大きさこそ違えど、特徴はアレと一致しています。」

「あの、アイツか!」

 アベルも同じ存在に行き着いたようだ。

「先程の戦士は、カオスと呼んでいたそうです。」

「カオス……。」

 混沌。なるほど言い得て妙だ。

「カオスを使役し、国を根底から転覆させようとする。考えすぎかもしれませんが、私はエカテリーナとの関係を疑っています。」

 報告までの時間も考えると、アルトリア王城での事件とヴァンス粛清は同一人物の仕業とは考えにくい。つまり、この二つの事件は、それぞれ別の者が引き起こしたと見て間違いないだろう。だが、双方の事件には共通点が多すぎる。同じような意思、組織が絡んでいる可能性は否定できない。

「エカテリーナ、彼女について伝えておくべきことがあります。」

 セティが口を開いた。


「彼女の正体が、エルフだと言うのですか?」

 セティは驚きの声を上げたルキウスに頷き返した。

「はい、間違いありません。」

 三人は店じまいの準備をしているアリスの宿ではなく、近場の酒場で食事をしていた。

 昼過ぎに開始された三人の話は長時間に及び、既に日は落ちていたため、場所を変えたのだ。

「痩身、長身、尖った耳と言う身体的な特徴。何よりエルフは人間よりも精霊に近い特性を持っていると言います。その一つ証拠として、死後遺体が残らないのです。……代わりに何かしらの残滓(ざんし)が残るのですが。」

「残滓?……そう言えばあの場所には水が残ってたね。」

 エカテリーナを倒した後、その場に水たまりができていことをアベルは思い出した。

 あの時、エカテリーナはルキウスに貫かれ、あの謎の存在とともに跡形もなく姿を消した。元いた場所に水だけを残して。

 押し黙る三人。そこに、不意に詩が聞こえてきた。

 酒場の喧騒の中でリュートを弾き語る吟遊詩人だ。



――聞けや旅人、風が泣く。

西のヴァンスに血の雨が降る。

勇気の紋章、砕け散り、

城の塔には黒き煙。


民は怯え、鐘は鳴る。

叫ぶ声は、主の名を。

「ヴァンスは終わった、夜に呑まれた」

誰が言ったか、もうわからぬ。


されど――その夜、現れしは、

白銀の騎士、陽に煌めく者。

鎧は鈍き鉄とも、金を散らせし輝きとも。

彼の名を知る者なし。

ただ「沈黙の剣士」と人は呼ぶ。


その背に従う二つの影。

一は漆黒、夜より深く、

剣を抜けば闇が泣き、

声なく敵を斬り捨てた。


もう一つは光の子。

金の髪、碧の瞳、

その笑み、天使か悪魔か。

だがその瞳に、炎は宿る。


三つの影、血の海を越え、

仮面の王を追い詰めた。

その仮面、泣くとも笑うとも知れず、

千の呪いを纏いし者。


剣は交わり、塔は崩れ、

夜明けとともに炎は止んだ。

そして――彼らの姿は消えた。

白銀の騎士も、黒き従者も、光の子も。


ただ風だけが語るという。

「ヴァンスは滅びず、灰の中に息づく」と。

誰が真実を知るのか?

神か、人か、それとも――沈黙の剣士か。



「もし、今の詩の内容は……。」

 突然セティが席を立ち、先程吟じていた吟遊詩人にクラウン銀貨をこっそりと手渡す。

「ああ、これはこれは。」

 周囲にちらりと目を配りながら、吟遊詩人は銀貨をポケットにしまいこんだ。

「もうすぐ正式な伝令が来ると思いますけど、実はヴァンスが粛清されましてね。」

「なんですって!?」

 セティが大げさに驚いてみせた。あまりにも演技じみた動きでアベルは吹き出しそうになったが、吟遊詩人は気を良くしたようだ。

「ああ、それがなんと、撃退したんですよ!あの粛清を!」

 吟遊詩人が興奮気味に語りだす。

「一月ほど前です。突然のヴァンス粛清!そしてたった半日で撃退!」

「なるほど。少し詳しく聞かせてもらえますか?」

 セティの指の間に、今度はオーラム金貨がちらりと見えた。

「私もその時にヴァンスに居ましてね。生きた心地はしなかったが生き残った。そして方々に話を聞いてこの詩を作ったんですよ。もちろん多少の脚色はありますけどね。」

 セティの右手の金貨は、吟遊詩人の手に渡った。

「中心となったのは三人。一人が鈍色の鎧……詩では白銀にしましたけど、凄腕の剣士。最初はあのザックス・シルヴァンかと思いましたけど、違ったようです。あとの二人は、どうもギルドの人間だったみたいですが。」

「その剣士の名前はわかりますか?」

「ジギルだかシギルだか、そんな名前だったと思いますけど……。」

「……シギル、と名乗ったのですね?」

 セティの鋭い眼光に、吟遊詩人は一瞬たじろいだ。

「ええ、聞き慣れない名前でしたが、でもそれじゃ面白くないので……。」

 だって、わかりやすい英雄のほうが良いでしょ?と吟遊詩人は悪戯な笑みを浮かべた。


「私はヴァンスに行ってみます。」

 席に戻ったセティは、アベルとルキウスに、吟遊詩人の話した内容を説明した。

 先程の話の他に吟遊詩人が語った内容。……気味の悪い、今まで見たこともない敵。

 そう、王城で戦ったカオス。カオスに似たものがヴァンスで、粛清の最中に目撃されたのだ。()()はあまりにも不気味すぎて詩にできなかったと言う。ヴァンスからの報告を疑っているわけではなかったのだが、思わぬ形で裏が取れた。

 ひと月分の儲けに相当するであろう金額を一瞬で稼いで満足げな表情の吟遊詩人を一瞥し、セティは険しい表情を浮かべた。

「今回のエカテリーナの事件は不可解な点が多すぎます。」

 セティがエールを一口煽る。

「王家に受け継がれてきた力、ってやつが目当てじゃなかったのかい?」

 肉の塊を口に運び、左手に持ったフォークをくるくると回しながら、アベルが問い返す。食事の作法としては褒められたものではないが、街中の大衆食堂にあって、彼はこのような態度をとることがある。

「いえ、それはあくまで手段であって目的ではないと思います。彼女が、いや、彼女たちが何を企んでいるのかを解明する必要があります。」

 席を立つ前と変わらない状況の皿を見つめるセティ。

「粛清……」

 ぽつりとアベルが呟いた。王城の敵と粛清に現れた敵。共通点……。

「はい、エカテリーナと粛清が無関係とは思えません。それに、もし粛清自体が別の目的を達成するための手段だとしたら……。」

 アベルとルキウスが息を呑んだ。

 あれだけの大災害を引き起こしておきながら、それが通過点でしか無いのであれば、なにかとても恐ろしいことが狙いなのではないだろうか。


「それで、ヴァンスに何かあると?」

「わかりませんが、調べる価値はあると思います。それに、ヴァンスには知り合いも居ます。……無事だと良いのですが。」

 自分が大衆に溶け込む芝居を完全に失念していたアベルは、そのことに思い至り周りを見渡した。幸いにも誰もこちらを気にもとめていないようだ。

()()()はもう大丈夫だと思うかい?」

「アドルフ伯が目を光らせているので……。」

 以前から不思議に思っていたが、セティのアドルフ伯に対する信頼は異常なほど高く感じる。

「いつ出る?」

「できるだけ早くに。」

「海路なら十日ってところかな。すぐにでも船の予定を確認しないと。」

 アルトリアからヴァンスへは船便がある。これに便乗すれば陸路の数十倍の速さで目的地にたどり着ける。

「それならば、私から手配をしておきましょう。」

「助かります。」

 セティはルキウスの申し出を素直に受け取った。ここは王家の力でも何でも頼るべきだろう。

 ヴァンス側も粛清後一ヶ月以上経つのであれば、流石に港も復旧しているはずだ。

「ヴァンスへは私一人で行きます。アベルはアリス殿の護衛をお願いします。」

「そうかい。わかった、こっちは任せてくれ。無事にアリス嬢をレーンベルク邸まで届けるよ。」

 セティの実家にはすでにアリスの話は通っており、受け入れの準備もできているとのことだ。

 要するにこちらの片付けが一段落すれば、いつでも立てるのだ。


「一気に寂しくなりますね。」

 ルキウスが少し寂しそうな目をした。

 その気になればすぐに会える距離にいた知己と、今後そう簡単に会えなくなるとなれば致し方ないだろう。

 もっとも、仕事に忙殺されているルキウスには寂しさなどを感じる余裕はないだろうが。


「え?まだ何もしてない?!」

 アベルが心底驚いた声を上げた。それこそ、ヴァンス粛清の報を聞いたとき以上に驚いているようだ。

 一通り、今後の行動について大枠が決まると、話の内容は下世話な方向へと向かっていた。

 下世話。この場でその手の話題は一つしか無いだろう。

「まさかまだ手すら繋いでないなんて……。」

「ふ、ふたりきりでどんな話をしたら良いというのですか!」

 そしてその下世話な話には色気の()の字も存在しなかった。

 はあ、と大げさに頭を抱えてため息を吐くアベルだが、むしろ王族が外でポンポン心当たりを作って、後の火種になるよりはマシかもしれないと、自分に言い聞かせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ