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Philistia  作者: 桜田文也
第二章
40/41

2-10 エカテリーナ

「お待ちしておりました。」

「ご苦労。アドルフ伯。早速だが、父上のところへ案内してくれ。」

 日が落ちた頃合いを見て、三人は城内へ潜入した。

 通路は王城の儀式の間へと続いていた。年に一度、王が豊穣を願う儀式を行う部屋だ。

 潜入後は政務と称して遅くまで城に留まっていたアドルフ伯と合流し、国王フェルディナンドのところまで案内してもらう手筈となっていた。

 アドルフ伯は、この時のための準備を入念に行ってきた。城内では常時数人の従者を従え、その従者は毎日違う者に務めさせた。

 暗い廊下で誰かとすれ違っても、その先頭を歩くのがアドルフ伯であるとわかれば、付き従う者の正体に疑いが向くとこは無いだろう。事実、この作戦は思いの外うまく行っている。


「これはアドルフ伯。このような時分にいかなる御用で?」

「王に火急の知らせがある。すまないが通してもらえないか。」

 王の寝室を護衛する近衛騎士は、一瞬訝しげな表情を見せたが、すぐに四人を部屋に通した。

「王よ、お休みのところ申し訳ございませぬ。」

 寝室の扉が開かれ、アドルフ伯が三歩部屋に入り跪いた。そのすぐ後ろでルキウス、セティ、アベルの三人も跪く。

「内密のご報告がございます。」

 天蓋付きのベッドでむくりと人影が起き上がり、手を挙げた。

 どこからともなく侍女が現れ、室内の明かりを灯して退去、続いて扉が閉められた。


「ヴァレリか。」

 低く、確かな声。それを聞き、アベルは背筋が凍るような感覚を覚えた。間違いない。王は正気だ。

「レーンベルクの小倅と、そちらはドレールか?それから……。」

 背筋がぞわぞわとする。何故こちらの正体を知っている……!

「父上、お久しぶりにございます。」

「……ルキウスか。」

 抑揚のない低い声。数年ぶりであろう、親子の再会にしては感情が動く気配もない。

「どこのを見た?」

「地下のものを。」

 短いやり取り。王はメッセージを複数箇所に残したと言っていた。どのメッセージを見たのかという確認だろう。

「来るが良い。」

 そう言うと、王はベッドから起き上がり、確かな足取りで扉を出た。

「な、王よ、何処へ?!」

 驚いたのは近衛騎士だ。当然だろう。王は寝間着のまま突然部屋を出てきたのだ。

「無用だ。この者たちがいる。」

 右手を挙げて近衛を制し、王はすたすたと廊下を歩き出した。その後にアドルフ伯が続く。

 一瞬呆気にとられた三人も慌てて王の後を追った。


「日に日に時間が短くなってな。」

 歩きながら王が語りだす。

「今ではこの時分の四半刻ほどだ。私が自由にできるのは。」

 つまり、今の王は正気で、それはこの時刻の短い間に限られるということだろう。

「地下のものであれば、四年ほど前であろう。今よりもまだ余裕があった。」

 四人は黙って王の後をついて歩く。誰に聞かれても、まさに、不意に誰かに聞かれても問題のない話し方をしているのだろう。

 もっとも、夜の王城で寝巻き姿の王とその護衛(に見える集団)に出くわそうものなら、普通の人間なら冷静ではいられないだろう。その会話の内容まで気が回るとは思えないが。

 だが王の用心深い話も、玉座までの短い時間で終わりを告げた。

 玉座の下に力を置いている。

 ルキウスは王の言葉を反芻した。言葉の意味するところはよくわからないが、なにか重要なものがあるのだ。

「おそらく、奴が眠っている間はわずかに術が弱まるのだろう。」

 王が玉座に向かい、そして座った。アドルフ伯が灯りに火を灯す。王の顔が少しだけはっきりと見えた。

「それでも日に日に術の精度は増し、私の時間は減っていった。」

 ふうっ、と大きく息を吐く王。

「……立派になったな。ルキウス。」

「父上!」

 フェルディナンド三世がやっと見せた父親としての顔。彼は父である前に王なのだ。だが、ほんの一瞬ぐらい許されてもいいではないか。

「よく学んだ顔をしている。どうやったかは知らんが、レーンベルクとドレールまで引き連れてくるとはな!」

「お二人には助けられました。私も彼らの力になりたいと思っています。」

「そうか、良い友を持ったな。」

「……父上、一体何があったというのですか?」

「伝言のとおりだ。そしておそらく黒幕はエスカテリーナ。」

 王からその名が出た。予測していた上にアドルフ伯からも報告されていたこととは言え、やはり衝撃的だ。

「彼女を排除するには、どうすれば……?」

「まずは、ここにある力を受け取るのだ。そうすれば自ずと分かるだろう。」

「力、とは一体何なのですか?」

「……。」

「父上?」

 突然王のが黙りこくった。よく見ると目が虚ろで焦点が合っていない。

「そんな、まさか……!」

 ルキウスが僅かに狼狽した。

 時間が、切れたのだ。


 セティが入口を振り返り、アベルも一瞬遅れて剣の柄に手を当て、警戒の体制を取った。

「王城、しかも玉座の間で剣を抜こうと言うのですか?」

 入口からガウンを着た女性が入ってきた。

 すらりとした長身、薄暗い玉座の間の灯りでもわかる長い金髪。言いようのない妖艶さを醸し出している。

「このようなお時間にいかがなされました。王妃様。」

 アドルフ伯の落ち着いた声に、ルキウスが反応する。

「貴女が、エカテリーナ様……?」

 エカテリーナ妃の後ろには、先程王の寝室を警護していた近衛が控えている。なるほど、彼はただ仕事をしただけだろう。

「そこに、あったのですね。」

 エカテリーナはまっすぐに玉座を見つめている。彼女の狙いはまさか……

 彼女が近衛に合図をすると、玉座の扉が閉められた。閉じ込められたのだ。

 今部屋にいるのは、王とルキウスとアドルフ伯、セティとアベル、それからエカテリーナと近衛が一人。

 数的にも実力的にも、エカテリーナと近衛の二人だけでこの面子を抑え込めるとは思えない。それなのに……

「随分と余裕がありそうだ。」

 アベルの顔に汗が滲むのが分かった。エカテリーナから発せられる異様な威圧感に気圧されてしまう。

「さあ、王よ。話していただけますか?」

 エカテリーナが大げさな手振りをしながら、つかつかとこちらへ歩いてきた。


「この玉座の下に、代々受け継がれてきた力を置いてある。」

 王が話しだした。エカテリーナの命令に逆らえないのだろう。

 まずい。咄嗟の判断で、アベルが剣を抜きエカテリーナへ飛びかかる。相手が一国の王妃であろうと関係ない。このままでは非常にまずいことになる。

 獲った!そうアベルが確信した直後、剣が空を切った。

「え……?」

 エカテリーナはアベルの背後を悠々と歩いている。振り返りざまに斬るアベルだが、それも空振りに終わる。

「アベル、危ない!」

 驚愕するアベルはセティの声で我に返り、近衛の攻撃を受け止めた。

「邪魔しないでほしいね!」

 そのまま近衛の斬撃をいなし、身体を反転させて蹴りを見舞う。プレートメイルを着込んだ近衛は、そのまま壁に叩きつけられた。

「それで、どうすれば()()が私のものになりますの?」

 エカテリーナが王に問いかける。もはや隠す気もないようだ。

「力は双方の同意のもとに受け継がれる。」

 王の抑揚のない声。

「それ以上、近づかないでいただきたい。」

 セティが魔法触媒である杖を構える。触媒は精霊魔法の威力を増幅させる効果を持つ。魔力が高いセティが使えばかなりの脅威のはずだ。

「あら、たしかに少し厄介ですね。」

 エカテリーナの足が止まった。


「父上、気を確かに!」

 ルキウスが王の両肩を揺すりながら話しかける。王は相変わらず虚ろな目で天井を仰ぎ見ている。

 近衛はアベルによって気絶させられ戦闘不能。こちらは手練れの剣士二人と魔道士。残る相手は一人。

 絶対的に有利なはずなのに、危機感が拭えない。

 ”双方の同意のもとに”力は継承される。

『同意』がエカテリーナによって無理矢理に達成されてしまう可能性は十分にある。

「父上……?なるほど、貴方はルキウス王子ですね?」

 エカテリーナがルキウスの正体に気づいた。こうなってしまうと彼も危ない。

()()()、確実に殺しておくべきでしたね。」

 全員がハッとした。”あの時”が『あの事件』を指すのであれば……。

「まさか、母上の、サクラ姫の事件は……!」

「魔物に食べられでもしたのかと思っていましたが、まあ良いでしょう。」

 否定の言葉は、無い。

「答えろ!母上の事件はお前の差し金か?!」

 ルキウスが激昂して叫ぶ。

「ええ、ええ、そのとおりです。」

 平然と答えるエカテリーナ。

「なぜ、そんな事を……?」

 絞り出すように問いかけるルキウスに、ほほほ、と笑いながらエカテリーナは答えた。

「ヴァルターの力を我が物にするため。王家の血筋は邪魔ですから。」

 セティがピクリと反応した。


 ヴァルターとは、アルトリア建国王ヴァルターのことだ。類まれな”地の魔道士”で、不毛だったアルトリアを実り豊かな土地に生まれ変わらせたと言われている。

 貧しい寒村だった土地は豊かになり、自然と人が集まり、国が作られた。やがてその庇護下に入ろうと、他所の土地も併合され、アルトリアは瞬く間に大国となった。

 驚くべきことに、アルトリア王国は西大陸の北ほぼ全土を占める今の領土になるまで、一切の侵略戦争を起こしておらず、故に一滴の血も流れていない。これは『実りの王による征服なき征服』と言われている。

 この広大な土地を富ませる絶大な魔力は、代々アルトリア王家に受け継がれてきた。

 玉座の下にあるというのは、この力の事だろう。そしてエカテリーナはそれを狙っている。


「やはり、そうか。」

 全員が声の方を見た。

 鋭い目つきでまっすぐにエカテリーナを見据えるその表情は、つい先程までからは想像がつかない。

「父上……?!」

 安堵と疑問が残るルキウスの声。フェルディナンド王は己を取り戻していた。

「……なぜです?」

 自分の洗脳が破られたことが衝撃だったのだろう。エカテリーナに少しの動揺が見られた。

「”自由時間”に私が何も手を打たないと思っていたのか?甘く見てもらっては困る。」

 低く、威圧感のある声。エカテリーナがたまらず後退りする。

「許す。わがアルトリア王家に仇なす逆賊を誅せよ。」

 王の、はっきりとした断罪。

「これは、確かに分が悪いですね。」

 エカテリーナは後退しながらも、まだ頬に微笑を湛えている。

「覚悟しろ……!」

 アベルとルキウスが剣を構え、セティも戦闘態勢を取った。

「仕方ありません。事後が多少面倒ですが……。」

 エカテリーナがごそごそとガウンの中から何かを取り出し、掲げた。相変わらずその表情は笑みを浮かべている。


 その手にあったのは、拳大ほどの暗黒の塊だった。

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