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Philistia  作者: 桜田文也
第二章
38/39

2-8 決断

「そんな……!テレス、テレス!!」

 縋るようにテレスの遺体の前で泣き崩れるアリス。

「やっと、静かに暮らせると思っていたのに……!」

「アリス殿、気を確かに。」

 そんなアリスと、寄り添うルキウスの様子を見て、アベルとセティは密かに話し合う。

「どうやら、本当にアリス嬢は何も知らないみたいだね。」

「ええ、無理に真実を語って傷口を広げるのはやめましょう。」

 二人は昨晩の会話を思い出していた。



「あのお二人の母君についてなのですが。」

 ルキウス、セティ、ファルコの三人は宿の一部屋に集まり、改めて話をしていた。

 部屋には念の為セティが盗聴防止の魔法をかけてある。

「彼女が男児に執着した理由、『この子は王の血を引いている。』と言って聞かなかったそうです。無理やり引きがはすのも逆効果だと、側に置いていたとのことですが。」

「つまり、テレス殿は母親に幼い頃から『自分には王家の血が流れている』と言い含められていた可能性が?」

「ええ、まさにそのとおりです。」

 セティの仮説を即座に肯定するルキウス。

「残念ながら彼女は回復せず、むしろ悪化して最後には自傷行為もするようになったとか。最終的には刃物を持って屋敷内で暴れ出したのを取り押さえたそうです。その際に……。」

 その場面を、”本当の父親”が目撃し、息子共々屋敷から逃亡したとすれば、なるほど辻褄は合う。普通に考えれば、貴族の屋敷でそのような蛮行を犯せば、家族全員の命が危険だ。

「……彼の中では真実だったんだ。」

 アベルの言葉に、ルキウスはこくりと頷いた。


 更にルキウスが話を続ける。

「グリゴリーについても、かなり違和感を感じています。もしかすると裏で操られていた可能性すら感じます。」

「あー、確かに。決闘のときの口上は彼の言葉だとは思えなかったね。」

「アリス殿については、正直わかりません。むしろ何も知らない可能性のほうが大きいかと。」

「君自身もそう望んでるんじゃないのかい?」

「ええ、それは……そうですね。」

 茶化した質問を正面から受け止めたルキウスに、若干の罪悪感を覚えるアベル。だが、そうなると……。

「いずれにせよ、テレス殿には何の力もありません。彼が無害である限り、必要以上に混ぜ返す必要は無いと思います。」

 この言葉に、セティは違和感を感じた。

「……つまり害となる可能性がある、と?」

 ただの一般人であるテレスが?

 ルキウスは少しためらった後、意を決したように言葉を発した。

「……第二王妃がテレス殿に接触した可能性があります。」

「なんだって……?!」


 アルトリア第二王妃エカテリーナ。サクラ姫の事件後に王家に嫁ぎ、王を裏で支えてきたとされる人物。つまりルキウスの義母だが、彼女と王の間に子どもはいない。

「『王の子』の噂を何処かで聞きつけてきたのか……。いずれにせよ、これを機にテレス殿が自分の『血筋』に確信を持ってしまった可能性は否定できません。」

「そして第二王妃ですが、その、彼女を悪く言うつもりは無いのですが……。」

 珍しく歯に物が挟まったような言い方をするルキウス。セティが静かに頷き、先を促した。

「まず、母上……。」

 と口にしたところで、ルキウスは一瞬だけ視線を落とした。

「……サクラ姫の事件のあと、父上は第二王妃は娶らないと宣言をしたらしいのです。」

「……うん?」

 サクラ姫の事件とは、アルトリア王国第一王妃であるサクラ王妃が、王子、王女とともに魔獣に襲われ、その護衛共々命を落とした事件のことだ。これは王国史に残る悲劇として語り継がれ、外国にも広まっている。

「サクラ姫の事件で、母上は亡くなり、私の姉上は行方不明……おそらく亡くなっています。私も公式には死亡とされました。そのうえで、父上は『もう側室も含めて誰も娶らない』と宣言されたとか。もちろん非公式にですが。」

「それは、なんというか……。王族の義務を放棄してない?」

 とんでもなく不敬な発言だが、アベルの疑問はもっともだ。

「父上にどんな意図があったのかはわかりません。ですが実際には数年と経たずにエカテリーナ様と結婚しています。」

「王が心変わりした、というわけで無いのであれば、謎ですね。」

 セティの呟きに同意しつつ、ルキウスは話を続ける。

「サクラ姫の事件後、私はしばらくアドロフ伯の下で生活し、彼が父親代わりでした。そして七歳の頃に東大陸のグランメル共和国へ留学に出ました。私自身はエカテリーナ様とは直接面識はありません。」

 驚いた顔をするセティとアベル。その表情を見て、ルキウスも二人の疑問を察したようだ。


 ふう、と溜息を吐くルキウス。そして何かを決意した表情を二人に向けた。

「……違和感を感じたのは、テレス殿の怪我についての話を聞いた時です。」

 テレスは幼少時に右腕に大怪我を負い、その影響が今も残っているらしい。日常生活に支障は無いそうだが。

「アドルフ伯の性格上、子どもが本を読むことを咎めるようなことはしないでしょう。むしろ奨励すらした可能性があります。その意味では、テレス殿の豊富な知識にも納得がいくのですが……。」

 歯切れが悪い。

「時期的に、テレス殿がアドルフ伯の屋敷に居た時期と、私がアドルフ伯邸に住んでいた時期は重なると思われます。ただ……。」

 そう、そのとおりなのだ。テレスとルキウスの話を総合すると、二人は同じ時期に同じ場所で暮らしていたはずなのだ。

 少し視線をそらし、一言ずつ考えながら言葉を発していくルキウス。

「その、アドルフ伯には子どもがいません。私自身も、幼少期にテレス殿と会った記憶もありません。テレス殿がされた”教育”がまったくの虚言であればまだ良いのですが、もし本当だった場合……。」

「……正体不明の子どもが増えることになりますね。」

 セティの指摘に頷くルキウス。自分の言葉に背筋が凍るような思いをするルキウスだが、この推理にはある程度の自信がある。

「もしその子どもが、エカテリーナ様の手の者だったとすると……。」

「やはり鍵は第二王妃なんだね。」

 この場合、考えられるパターンは三つある。

 一つ目は、テレスの「幼少期」そのものがでっち上げだった場合。正直なところ、これが一番面倒が少ない。

 二つ目は、ルキウスが嘘をついている、または幼少期の記憶が曖昧で、テレスのことを忘れている可能性。可能性は低いがあり得なくはない。だた実際のところ、これも面倒は少ない。

 三つ目は、すべてがエカテリーナの掌の上で転がされていた場合……。これが一番厄介であり、そして一番可能性が高そうだ。


「実はもう少しあちらに居る予定だったのですが、少し帰国を早めました。」

「それで帰国したタイミングで我々と出会ったと。」

 ルキウスはセティの言葉に大きく頷いた。

「ここ数年、父上の様子がおかしいとの報告を受けています。独裁的に政治的悪手を踏み、アドルフ伯を含め側近の言葉を聞かなくなってしまったとか。ですが何故かエカテリーナ様の言葉はよく聞くのだと言うのです。」

 王が嫁いできた王妃に溺れて失政を重ねる。無くはない話だが……。

「父上とエカテリーナ様には子がいません。それどころか、どうやら『通い』がまったく、ただの一度も無いようなのです。」

 そう聞かされると、二人の仲は冷え切っていると考えるのが普通だ。

「先日軍事訓練があったことはご存知ですか?実はあれは王命だったのですが、エカテリーナ様はそれを知って激怒したとのことです。その理由が、『自分が知らなかったから』であったと聞きました。」

 この話しぶりから、ルキウスの情報は伝聞であることは間違いない。だが、彼はこれが「正しい情報」だと信じているようだ。

「エカテリーナ様が嫁いで来てから、父上の失政が続くようになったと。疑いたくはないのですが……。」

 情報源は、彼が信頼を寄せる人物だろう。

「はっきりと申し上げますと、アドロフ伯は王がエカテリーナ様、またはそれに近い者に操られていると考えています。」

「それがアドロフ伯の妄言の可能性は?」

「アドロフ伯を疑う余地はありません。ですが確認はしなければいけません。」

 アベルの指摘を即座に否定するルキウス。彼のアドルフ伯に対する信頼は、もはや異常と言える。

「いえ、アドルフ伯ならば信頼できるでしょう。」

「え、君が言うなら信じるけども……。」

 セティからもアドルフ伯を信頼する言葉。思わぬ方向からの擁護に、アベルも従うしか無かった。


「近いうちに王城へ潜入します。私が帰国していることはまだ知られていませんので、裏口からの潜入となります。」

「そうなるのか……。分かった、手伝うよ。」

「お二人には私になにかあったときに……え?手伝うと?」

 ルキウスはアベルの反応に驚いたようだ。

「いえ、お二人にこの話をしたのは、私に何かがあったときにアドルフ伯と連携して事態を収めていただこうかと……。」

「いやいや、我々はこれでも外国の人間だよ?伯爵様と一緒とは言え、何ができると言うんだい?」

「わ、私ひとりであれば、たとえ捕まったとしても何とでもなります。曲がりなりにも王太子ですので。」

「やはり危険だよ。君は公式には生きていない人間なんだ。この意味わかるかい?」

「ですが……!」

「正直なところ面倒なことに首を突っ込んじゃったと思うけどね。けど、まぁ、君を一人で行かせるなんてのは性に合わない。」

「ああ、ルキウス殿。こうなったアベルはもう止められません。尾行してでも貴方に付いていきますよ。」

 アベルとルキウスの攻防を見ていたセティが、ついに口を挟んだ。

「それに、我々の目的はこの地に神殿を建てることです。もし王が操られているとしたら、まともな交渉ができるとは思えませんから。そういう意味でも我々も同行する必要がありますね。」

「……かたじけない。」

 セティの言葉に、ルキウスは不承不承とは言え納得したようだ。




「落ち着きましたか?」

 墓標に祈るアリスの背中にルキウスが声を掛ける。

「はい。もう大丈夫、とは言えませんけど。」

「彼とはいい友人になれる、と思っていたのですが……。」

 この言葉は、ルキウスの本心だろう。

「そうだ、アリス殿にセティ殿から提案があるそうなのですが、聞かれますか?」

「提案……?」

 不思議そうに首を傾げるアリス。こんな場末の町娘に、ザビオラの貴族であり司祭であるセティから何の提案があるのだろう?


「え、私がレーンベルク様の養成所に?」

 アリスが目を丸くするのも無理はない。レーンベルクの邸宅兼侍女養成所といえば、貴族や大金持ちの娘たちが行儀作法を習う養成機関として、その存在は庶民にまで知れ渡っている。

「ええ、残念ながら貴方は一人になってしまいましたし、これからこの宿を一人で運営するのは難しいと思います。ですので、一度私の母上から経営を学ばれてはどうかと思いまして。そうすれば、人を雇って宿屋を再開することもできます。侍女としての修行は……もののついでです。」

 セティの提案はとてもありがたいことだが、それでも現実味がない。

「でも、そんなお金なんてありませんし……。それに、私なんかがお貴族様たちと一緒に学ぶなど恐れ多いと言うか……。」

「金銭の心配は要りません。アルトリア王家で立て替えます。」

 ルキウスが即座に答える。

「貴方は私の命の恩人です。それぐらいはさせていただかないと、むしろ王家の沽券に関わります。」

「あそこでは身分関係なく、誰でも平等に学べるんだ。それでも気になるなら、ドレールの養女になれば良いよ。僕から父上に頼んでみよう。……剣を突きつけてでもね。」

 ルキウスに続き、アベルの冗談めかした一言が、完全にアリスの退路を絶った。

「大切なのは貴方の意思です。無理にとは言いませんので、本当に嫌ならば遠慮なく断ってください。……アリス殿、あなたはレーンベルク殿の養成所で学んでみたいと思いますか?」

「……はい、ぜひお願いします。」

 ルキウスの問いに、アリスは少し考えた後に返事をした。それは、彼女が初めて自分の意志で決定した、心からの選択だった。

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