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Philistia  作者: 桜田文也
第二章
33/39

2-3 ファルコ

 唐突に暗闇の中で目覚めた。

 からだ中が痛い。瞼が重たい。

 指は動くようだ。どうやら生きているらしい。

 ゆっくりと目を開ける。

 景色が霞んでいてよく見えない。

「うぅ……」

 体を起こすために動こうとして、うめき声が出てしまった。

「あ、目覚められましたか!」

 すぐ近くから女性の声が聞こえた。


 起きられますか?と、若い女が背中を支えて起こしてくれた。情けない。

 礼を言おうとして、声が出ない事に気づいた。

「無理せずに。三日も寝ていたのですから。お水をお持ちしますね。」

 不意に近づいてきたぼやけた顔にどきりとする。優しく諭すような声。

 女はゆったりと部屋から出ていき、程なくして水とパン粥を運んできた。

 カップに注がれた水を咳き込みながら飲み、戻った視力で部屋の中の人物を観察する。青い目、簡素な服(チュニック)にエプロン姿の金髪の女性。典型的なアルトリア人だ。年の頃は二十歳を超えたところだろうか。先程からの行動を見るに、誰かの奴隷や侍従のような立場では無さそうだ。

「さ、ゆっくり食べてください。」


 パン粥をゆっくりと胃に流し込む間、彼女は傍に座ってこちらをじっと見ていた。正直居心地が悪い。

「ありがとうございます。申し遅れましたが、私はファルコです。貴女のお名前を伺っても?」

 だが、恩には礼で尽くすものだ。相手が何者であっても。

「私はアリスと申します。」

「アリス殿、改めて礼を言います。」

「いえ、こちらこそ。」

 なぜ彼女のほうが礼を、と思ったが、それよりも重要な事がある。

 あたりを見回す。見覚えがない部屋だ。

「ところで、ここは……?」

「アルトリアにある私達の家です。何もありませんが、ゆっくりしてください。他にご紹介したい方もいるので、少ししたら呼んできますね。」

 ここは決して広くも豪華でもない部屋だが、彼女は自分のような見ず知らずの人間に一部屋貸し出せる程度には裕福な中流階級以上の人物、またはその奥方だろうか。

 そんな予想をしていると、アリス殿は空になった器を持って部屋を出て行き、程なくして三人の男達を連れて戻ってきた。

 装飾の入った鎧下(ガンビスン)を着込んだ背の高い優男、中背で質の良いローブを纏った美形の男、それと同じぐらいの背丈で線の細い質素な服の金髪の男。

 前者二人は明らかに高い身分にあるか、裕福な人物だ。


「私はザビオラのアベル、こちらはセティ。」

「アルトリアのテレスです。」

 三人がそれぞれ自己紹介をする。アリス殿がテレス殿を指して弟ですと補足した。

「ファルコです。」

 軽く会釈をする。未だ血が足りないのだろうか。少し目眩がした。

「傷は塞ぎましたが、血が足りないでしょう。急に動くのはよくありません。」

「傷……。そうだ、あのときの市民はどうなったのか分かりますか!?」

 セティ殿の言葉で思い出した。自分は魔物に襲われた市民を庇ったのだ。

「……あの時貴方が庇ったのはこの私です。改めてお礼を申し上げます。」

 アリス殿が何故か呆れたような声色で言った。

「そうか、貴女か。いや、無事で何よりです。」

「ちょっと待って。市民って言った?女性じゃなくて市民?」

「まさか相手の性別すら確認する前に行動したのですか?」

 小さくうなずいた。アベル殿の問いに対するセティ殿の推察は概ね正しい。

「私が言うのも何ですが、あまりにも無謀では?簡単に命を投げ出すものではありませんよ。」

 アリス殿はもう呆れ声を隠そうともしていない。だが、自分にも矜持がある。

「投げ出したつもりはありません。それよりも、目の前の人一人救えずに見捨てる方が、命を投げ出すより余程恥です。」

「ははは、この国の貴族様もみんなファルコ殿のような人物なら良かったのにね。」

「滅多なことは言わないで。」

 テレス殿の言葉に、アリス殿が叫び声に近い声を上げた。

 どういう意味だろう。いや、考えるまでもなくそう言う事なのだろう。

「まあ、貴女が無事で私も無事だった。それで良いではないですか。」

「ファルコ様の場合は運が良かっただけです!」

 アリス殿はすっかりへそを曲げてしまったようだ。



「お二人にも改めまして礼を言います。」

 それから二日後、食事の席でファルコと名乗る青年、いや、少年は礼儀正しく感謝の意を述べた。

 丸テーブルにセティ、アベル、そしてファルコの三人が座っている。それぞれの前に大麦酒(エール)はあるが、まだ卓に食事は運ばれてきていない。

 セティの回復魔法にはじまり、アリスの献身的とも言える介護により、ファルコはすっかり元気を取り戻していた。

 療養期間中絶対安静を言い渡されていたファルコだが、意外にもテレスとは馬が合うようで、本人自身も驚くほど退屈はしなかったようだ。

 そしてすでに日常生活に支障が無いほど回復し、食事も普通にできるようになったため、ファルコの快気祝いと互いの親睦を深めるための食事の席が用意されたのだ。


「ファルコ殿はこの国の人ではないのですか?」

 頭を上げたファルコにセティが問いかける。

「実はつい先日入国したばかりでして。……それがなにか?」

「いえ、我々もつい先日入国したばかりなので。」

 まずは探り合い。お互いに悪人だとは思ってはいないのは確かだが、素性が知れないのも事実だ。

「お二人はザビオラから?」

 今度はファルコがセティに問いかける。

「ええ、この地にフィリス様の神殿を建築する事になりまして。」

「それは一大事業ですね。」

 只人ではないと思っていたが、神殿建築に関わるということは、それなりに高位の地位にある僧侶なのだろう。着ている衣服や装備品からも間違いない。この二人と友誼を結ぶのは今後大きな力になるかもしれない。

 ファルコのそのような打算的な考えは、次に続くアベルの言葉で一気に霧散した。

「まずは王様に謁見の許可からだね。多分教皇様から話は行ってると思うけど……。」

「えっ、これから謁見の許可を?」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまったファルコが、はっと口に手を当てる。まだ始まってすらいないということだろうか。

「お待たせしました。」

 次の瞬間、アリスが大皿を卓へ運んできた。見るからに食欲をそそる肉のローストが乗っている。

「少し濃い目の味付けですから、エールに良く合いますよ。」

「おお、美味そうだね。」

「なるほど。これが音に聞く……。」

 ファルコの反応に、大げさですよ、と笑いながらアリスが卓から去ろうとし、アベルがそれを呼び止めた。

「君たちも一緒に食べないのかい?」

「ええ、お料理の準備が終わったらご一緒しますね。先に始めていてください。()()()。」


 実はファルコが運び込まれたのは、アリスとテレスの二人が経営する宿屋の一室だった。アリスは何もないと謙遜をしていたが、これがこの上ない幸運であることは間違いなかった。

 セティとアベルはこれ幸いにとファルコの様子見も兼ねて宿泊先にすることに決定したのだが、すぐにその判断が大正解だったことが判明する。出される食事が絶品だったのだ。それ故に別の大きな疑問が生じることになるのだが。

「惚れたかい?」

 アベルの悪戯っぽい言葉にファルコが我に返ったような表情をした。無意識にアリスの後ろ姿を眺めていたようだ。数日にわたり甲斐甲斐しく世話をしてくれた妙齢の女性だ。悪く思う要素は全く無い。

「あ、いえ、それより。」

 我ながら苦しい話題転換だと思うが、ファルコは強引に話を差し戻すことにした。

「神殿建築の許可どころか、王への謁見すら未だなのですか?」

「これから、です。明日にでも教皇様の親書を届けようかと。」

「正直、そんなに急いてないんだよね。どうせ神殿建築自体が数十年単位の事業になるし。」

 そうは言っても、この二人は何をのんびりとしているのだろう。だが、

「そうですか。そういう事なら私も……。」

 ”バンッ”

「ったく、何日も休業の看板出してると思ってたら、んだよ、やってんじゃねーか。」

 ファルコの言葉は、乱暴に開けられた入り口のドアが上げる悲鳴に邪魔をされた。


「おーい、アリスちゃんよ。やってんなら何か出してくれや。」

 ドアを乱暴に開け、ズカズカと入ってきたのは紋章が描かれた鎖帷子(サーコート)に身を包んだ大男。その後ろに二人、同じく鎖帷子を着た男だ。麦と剣の交差はアルトリアの紋章だ。三人とも兜を抱えており、そして帯剣している。

 卓に座っていた三人全員がそちらを注目し、奥からアリスが小走りで出てきた。その表情は、焦燥、軽蔑、嫌悪……。

「今は休業中です。」

「いや、コイツラが飯食ってんじゃねーか。」

 何だあれ、とアベルが小声で呟く。見る限り、この国の兵士だ。そしてあの大男は見覚えがある。

「今は貸し切りでこの方の快気祝い中です。」

 アリスは厭忌の感情を隠しもしていない。

「そんじゃ、俺様も混ぜてくれよ……って、お前等この前の奴等か?」

 大男はセティとアベルの顔を交互に見たあと、ファルコの顔を覗き込んだ。

「おーおー、死んでなかったか。良かったじゃねーか。」

「何方かは存じませんが、ありがとうございます。ですが今日は友人たちと飲みたいので、ご遠慮いただけますか。」

「おいおい、このグリゴリー様を知らないとは、さてはよそ者だな?」

 大男の明らかに侮蔑と取れる態度に、ファルコはあくまでも丁寧に応じた。それがかえって気に入らなかったのだろうか。大男は芝居がかった身振りで聞いてもいない自己紹介を始めた。

「この王都アルトリアを守護する百人隊長のグリゴリー様だぞ。お前ら一般人がそうそう声をかけていい相手じゃねぇんだが、と・く・べ・つ・に、この俺様が仲良くしてやろうっていうんだぜ?あ、アリスは俺の婚約者だ。」

「そんな事実はありません!」

 アリスが即座に否定と抗議をする。

 そうだ、この大男はアルトリアの街に入ろうとしたときの門番だ。怪我人がいるから早く通して欲しいと頼むアリスを執拗に呼び止めようとした。その時も随分とアベルを苛つかせたことを覚えている。

「もう一度言います。貴方が何者かは関係ありません。今日は友人たちと飲みたいので、ご遠慮いただけますか。」

 立ち上がり、毅然とした態度で接するファルコ。この少年は大物だとセティは感じた。

「あー、そんじゃ俺等はあっちで適当にやってるからよ。仕事を終えた衛兵様に一杯ぐらい奢っても罰は当たらねぇぜ?」

 どこまでも勝手な男だ。そろそろアベルが我慢の限界を迎える頃だろう。どうやって収めようとセティが思案しだした直後、奥の部屋からテレスが出てきた。

「本当に王都を守ってくれているのだったら、ファルコ殿が怪我をすることも無かったのでは?」

「チッ、出てきやがったか。だが門の外の事なんて知ったこっちゃないな。」

 どうやら彼らは知った顔同士らしい。アリスに迫る男だ。その弟のことを知っているのは当然と言えば当然か。

「姉が襲われたのをファルコ殿が庇ったんです。もし彼が居なかったら、守護者殿の面目は丸潰れですよね。」

 だが二人の関係性は良くないようだ。やはり最初の見立て通り、グリゴリーが一方的にアリスに言い寄っており、この姉弟はそのことに良い感情を持っていないと見て間違いないだろう。

「この辺りなんて、いたとしてもアル=ミラージぐらいだろうが。あんなもん子供が狩ってくるような奴らだぞ?」

「子供……が?」

 グリゴリーの言葉に思わず反応したファルコ。それを聞いた周囲は一瞬静まり返った。

「あんな、恐ろしい魔物に子供が……?」

 ファルコの表情は愕然としている。全員がそれを無言で見つめていた。

「ぎゃはははは。こいつ、アル=ミラージ相手にあんな怪我したのかよ!」

 グリゴリーと取り巻きが突然腹を抱えて笑い出した。バンバンと卓を叩く。セティとアベルは慌てて自分のエールが注がれたジョッキを手に取ったが、ファルコのエールが入ったジョッキが倒れて中身がこぼれ、皿は跳ねて盛られた料理が散乱した。

 アベルの表情が曇る。床に落ちた料理はもう流石に食べられないだろう。

「あんなもん、魔物のうちに入らねーよ。十歳の子供でも余裕だろ。それをお前は!」

 少し落ち着いたと思ったら、そう言った途端にまた大笑いを始めるグリゴリー。取り巻きもファルコを指さしながら大笑いをしている。


 事実として、アル=ミラージが危険とされるのはその角あってのものであり、こと戦闘においても、攻撃手段と言えば角を使った突進ぐらいなものである。しかしそれも急な方向転換を苦手とするため、横に動けば簡単に避けることができてしまう。そして角を折ってしまえば危険性はほぼ無くなり、角を折った個体をペットとして飼うことが流行ったことさえある。

 ファルコにとって不幸なのは、おそらく外国から来たばかりである彼にその知識が無かったことか。

 そしてあの場、ファルコが負傷した現場に駆けつけたアベルとセティは、何が起こったのか一瞬で理解していたのだ。

 ファルコとアリスの周りには多数のアル=ミラージの死体があったが、ファルコは()()()()()()()()()()()()


 ファルコは力なく椅子に座り込んでしまった。アリスは困惑の表情を浮かべ、どうすれば良いのか分からない様子だ。テレスは明らかな怒りの表情をしており、逆にアベルは無表情だ。これは良くないな、とセティは危機感を抱いた。

「ひぃー、ひぃー、笑わせてもらったぜ。良いぜ、今日のところは引き上げてやるよ。」

 ひとしきり笑い終えた三人は、興が逸れたのか、退散する気になったようだ。いや、今の話を肴に何処かで飲むのだろうか。

「おお、そうだ。ファルコ君、一つだけ忠告してやろう。」

 グリゴリーはずいぶん機嫌が良さそうだ。

「俺様はアル=ミラージよりもずっと強いぜ。今回は許してやるが、今後失礼な態度は取らないことだ。良かったな、俺様が優しくて。」

 そう言って踵を返したグリゴリーをセティが呼び止めた。

「グリゴリー殿、友人への忠告感謝します。では私からも一つ。」

 訝しげに振り返ったグリゴリーに、セティは少し心配そうな表情を作り、言葉を発した。

「実はアリス殿が襲われたすぐ近くで、アムル・タイガーと遭遇しまして。ああ、その時は我々二人で撃退しましたのでご安心を。」

「アムル・タイガー!?」

 グリゴリーの顔から血の気が引いたのが分かる。

「ええ、街のすぐ側です。今後住民が襲われてはいけませんので、見回りと警備を強化したほうが良いかと。優秀な門衛様に進言いたします。」

 セティがにっこりと笑い、アベルは「ああ、そんな事もあったね。」と自分のエールを一口煽った。

「う、嘘だ。アムル・タイガーは普通十人ほどで対処する相手だ。それを二人でだと!?」

 先程まで上機嫌だったグリゴリーの顔に、明らかな焦りと恐怖が見える。

「嘘ならば良いじゃありませんか。誰も被害に遭わない。それに貴方はアムル・タイガー相手でも臆せずに街を護る英雄ということになる。」

「チッ!」

 ”バンッ”

 グリゴリー達は、セティの正論には何も言わずに、来た時と同じように、乱暴にドアを開けて出ていった。


「良い意趣返しだったよ。」

 アベルがニヤリと笑いながらセティを見た。

「まあ、少しはね。彼らがあのアムル・タイガーと遭遇するとは思えませんが。」

 笑い返したセティに、アベルが「だから美形がその顔すると怖いんだよ」、と軽口を叩く。どうやら彼の溜飲は下がったようだ。

「どうせ彼奴等は見回りなんてしませんよ。」

 テレスが吐き捨てるように言った。

「この国の兵士はあんなのばかりなのかい?」

「全員とは言いませんが……。」

 アベルの質問に対してのテレスの返答がすべてを物語っている。


「さて、大丈夫かい?」

 アベルが項垂れたままのファルコに声をかける。

「……皆さんは知っていたのですよね?」

 ファルコが低く力のない声で呟いた。

「さっきも言いましたが、我々もこの国に来たばかりですが、アル=ミラージには何度か遭遇しました。」

 何とフォローしたものかと考えながらセティは言葉を選ぶ。

「当然、僕たちの相手じゃなかったんだけどね。」

 思わずセティがアベルを睨みつける。だが、彼が何の思慮もなしにこんな発言をするはずがないと、すぐに思い直した。

「まあ、相手じゃないのはアレに限らないさ。アムル・タイガーだって僕たちの相手じゃない。」

 ここは彼に任せてみよう。セティはそう決めた。

「ただ、あの時僕たちが現場に駆けつけた時にはアル=ミラージは既に全滅してたんだ。」

 ファルコが少し考えたあと、ハッとした表情でアリスの顔を見た。アリスは堪らず顔を逸らす。

「つまり、私が助けに入る必要など無かったと……?」

「大切なのはそこじゃないさ。」

 アベルはあくまでも飄々と語る。これが彼の良いところだ。

「しかし、私がしたことと言えば、無駄な行動を起こした挙げ句、大怪我をして貴方がたに迷惑をかけただけではないですか!」

 ファルコはついに勢いよく立ち上がり、怒鳴り声を上げてしまった。握った両の拳が震えている。


 数瞬の後、ふう、とファルコが一度大きく息を吐いた。

「すみません。取り乱しました。私は自分が思っていた以上に弱くてつまらない人間だと自覚しました。」

「そんなに自分を卑下する必要は無いんじゃないかな。」

「それは力を持つ者の目線でしょう?」

 アベルの言葉も、今のファルコには届かないのだろうか。

「いえ、ありがとうございます。でも慰めは不要です。傷も癒えたし、出ていくことにします。世話になりました。」

「え、ちょっと……!」

 アリスが制止しようとしたが、ファルコは無視して奥の階段を上がって二階の部屋へと行ってしまった。

「やっぱり彼は強いよ。それにつまらない人間だとも思えない。」

「ええ、そこは同感です。」

「だって見てみなよ。あの状態にあって、彼は物や人に当たったりしなかったんだよ?」

 アベルの言葉に、アリスがはっとした表情をした。

「君は彼に言うべきことがあるんじゃないかな。」

「でも、何て声をかけたら良いのか……。」

 アベルが話しかけたが、アリスは今にも泣き出しそうだ。

「とりあえず、素直に今の気持ちでも伝えれば良いんじゃないかな。それと、出ていくのももう少し延期してもらったほうが良いね。」

「わかりました。行ってきます。」

 意外な程早く覚悟を決めたアリスが、パタパタと階段を駆け上がるのを三人で見送ったあと、やれやれと言う表情でエールが溢れて食べ物が散乱した卓を見る。

「悪いね。弟くんには面白くない話だったかもしれないね。」

「私が口出しすることじゃありませんよ。」

 テレスはそう言いながら奥にある厨房へ行き、掃除用具一式を持って出てきた。

「今日のところは一先ず中止ですね。」


「ああ、それにしても……。」

「それにしても?」

「アリスさんに声かけるタイミング逃しちゃったなぁ……。」

 外はすっかり暗くなってしまった宿屋の食堂に、アベルの心底残念そうな声が響いた。

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