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Philistia  作者: 桜田文也
第一章
21/43

1-12 不穏

「寒くなってきたな……」

 ぶるぶると体を震わせ、独り言ちる。

 空は白みかけている。もうすぐ朝日が拝めるだろう。

「ふわあぁぁぁ」

 欠伸が出た。伸びをする。まだ息は白くないが、少し季節が進めばそれも見ることができるだろう。

「……ん?」

 薄明るくなりかけた地面で何かが動いているのが見えた。

 街の北西の城壁際だ。この見張り塔からは良く見えない。

 早起きの誰かが散歩でもしているのだろう。そう思った直後、彼の視界は黒く染まり、意識は暗闇へと沈んでいった。

 或いは当初のように二人体制だったならもう少し早い対処が出来ていたのかもしれない。人員削減などという馬鹿げた決定を下した上層部や、平和に染まった彼の意識が、もう少しばかり危機感や責任感を強く持っていれば。または交代の時間があと一刻程早ければ。

 詮無いことだ。変わり果てた彼の姿が発見されたのは、事切れてから二刻も過ぎた交代要員が来た頃。襲撃が明るみになるほんの少しだけ前のことだった。



 薄汚れた黒い外套の下には全身鎧(フルプレートメイル)。長剣を腰に帯び、背中には盾を背負い歩く。並以上の戦士ならば、その異様さに気づくだろう。事実、何人かの人間はすれ違った際に振り返ってこちらを見た。気づかれないように、或いは気づかれようが構わないのか、あからさまに。思わず笑みがこぼれる。思ったよりも練度は高いのだろう。

 そう、これだけの重装備であるにもかかわらず、この鎧は一切音を発していないのだ。

 とある情報(・・・・・)を元にこの街へたどり着いた。いや、戻ってきたという方が正しいのだろうか。

 整然と建ち並ぶ建物。馬車や人通りを考慮して広く確保された石畳の道、区画を隔てる城壁。自分ならばどう攻めるかを考える。今まで何度も考えてきたことだ。

 難攻不落。いくら考えても、この結論に達する。

 ギルドを最初に攻め落とすのはどうか? 指揮系統を失えば、現場は混乱する。後は容易い。

 いや、恐らく各現場で判断して動くだろう。特別な指示系統が無くとも、横の連携は強いと聞く。

 ならば内郭から攻めるのはどうだろうか? この街は外郭に武力が集中しており、内郭は所謂一般居住区だ。

 いや、難しいだろう。外郭と内郭を隔てる城壁は高く、空からの侵入も難しい。そもそも自ら包囲されに行くようなものだ。何かしら重要な目標が内郭に存在しない限り、決死隊を送り込む意味も無い。

 そう、利益が無い(・・・・・)のだ。多大な犠牲を払ってこの街を攻める道理が無い。それが分かっているからこそ、住人は安穏と暮らし、守護者たる戦士たちでさえ大きく油断している。それが致命傷になり得ると知りつつ、そんなことは起こり得ないと信じ込んでいる。いや、信じたいだけなのかもしれない。

「英雄か。くだらん……」

 広場の中心にある戦神エルニアの銅像を見上げ、ぽつりと呟いた。



「今日もいい天気になりそう」

 誰に言うわけでもない、自分自身に語りかける。

 久しぶりの休暇。と言いつつも、つい昨日まで寝込んでいたため、その実感はほとんど無い。つい昨日まで寝込んでいた割には、体調はすこぶる良いし、実際寝込むに至った経緯はよく覚えていない。

 激務と言われれば激務だが、いざ休暇となると手持ち無沙汰でやることが無い。そして普段通りの時刻に目を覚まし、暇を持て余した結果の散歩だ。

「明日ぐらいから復帰しようかな」

 これも独り言だ。上司からは十分な休養を取るようにと言付けされている。直接聞いたわけでは無く、あくまでも伝言なので、本当のところは分からない。上司の性格上、どちらもあり得るのだ。

 ずいぶんと迷惑をかけたに違いない。まだ下っ端とは言え、それなりの仕事を任されてきたのだ。少しお詫びの品でも買っていこうかと思案しながら、まばらにだが人出が多くなってきた大通りを歩く。

「キャーッ!」

 子どもが悲鳴を上げながらこちらへ走ってくる。周りの大人は一瞥してからそれぞれ自分の作業に戻っている。子供が大声を上げて遊ぶことなどいつもの光景なのだろう。

 いや、様子がおかしい。遊びにしてはあまりにも表情が必死だ。

 次の瞬間、通りの奥から、見慣れない、この場所で見えてはいけない影がこちらへ迫ってくるのが見えた。

「に、逃げて!」

 ほとんど無意識に叫んだ。と、同時に魔力を練り上げて詠唱に入る。実戦は初めてだが訓練はしてきた。

 一連の流れを終え、目の前に転がるシルバーウルフの死体を見る。周りでは異変に気付いた大人たちが、子どもたちを引き連れて家の中へ走りこんでいる。

 この一体だけなのか? そうでなければ一大事だが、ギルドはこのことを把握しているのだろうか?

 そう思った瞬間、聞きなれない、聞きなれてはいけない音が鳴り響いた。

『カンカンカンカンカンカン……』

「え、うそ……!?」

 思わず口から言葉が零れる。この警鐘は敵襲の合図だ。自分も一度ギルドに合流した方が良いだろう。そう思った瞬間、少し先に人物の影が見えた。

「早く逃げてください! それか、そのあたりの家で匿ってもらってください!!」

 目の前に現れた、黒いローブの人物に向かって叫んだ。



「はあ……」

「別に付き合う必要ないぞ」

「違うわよ。なんで朝っぱらからそんなボロボロなのかってね」

 自分のため息に反応したラディアスは、流血こそしていないものの、まさに満身創痍といった状態だった。先ほど、今にも倒れそうにふらふらと歩いているところを偶然見かけたのだ。

「無茶な依頼でもやってたの? だったら声かけてくれたらいいのに」

「ああ、いや、違う。ちょっと師匠にボコられただけだ」

「師匠に?」

 彼の師匠のことは知っている。いつも酒場で飲んだくれている男だ。ラディアスを育てたのは自分だと(うそぶ)き、それを笠に着てツケも払わずにいる。女に対しても高圧的で強引。控えめに言って最低の男だ。いつ問題を起こして逮捕されても不思議ではない。正直、あの男がラディアスをこんなに打ちのめすことができる実力を持ち合わせているとは思えないのだが。

 それにしても、完全武装したラディアスをここまで追い込むとは、自分とヴァン、もしかするとそこにミランダを加えても難しいのではないだろうか?

「まあ、たまにはこういうのも良いんじゃないか。天狗にならずに済む」

「その言葉、エリオにも言ってあげてよ」

 肩を貸しながら、心の底からの言葉を発した。

 怪我をした人物を別の人物が診療所まで運ぶ。ヴァンスではごくありふれた光景。邪魔にならないように大通りの端を歩く。

「ファンナ、ポーション持ってるか?」

「なによー。私に支えられるのが恥ずかしくなったの?」

 ラディアスの言葉に冗談で返し、その顔を見てただごとではないと察した。

「少しだけなら」

 懐から水薬を取り出す。自分は常にポーションを持ち歩いている。決して安いものではないが、緊急時に手遅れにならないように。

「俺も見習うべきだろうな」

 ポーションを煽ったラディアスがポツリと呟く。

「急いで武装してくるんだ。途中で見かけた連中にも声をかけてくれ」

「わかった」

 何が起きているのか、とは聞くまでも無い。ラディアスがそう言っているのだから、何か尋常ではない事態が起きつつあるのだ。ここからならば、自宅よりもギルドの方が近い。そこで報告ついでに武装一式を借りるのが良いだろう。そう考えながら駆け出した。

 鐘の音が耳に入ってくるまでに、さほど時間はかからなかった。



 扉を開け、外に出ると、すでに騒ぎは広がっていた。

「モ、モンスターだ! 逃げろ!!」

 男が叫びながらこちらへ走ってくる。それに釣られて大勢が走ってくる。子供の手を無理やり引いて走る親、慌てて石畳につまづき転ぶ人、それを踏みつけながらも走る人。

 ヴァンスの建物は頑丈だ。こういう場合、近くの民家や商店に避難し、扉を閉めてやり過ごすよう通達されているがこの有様だ。街は完全にパニックに陥っていた。

 ヴァンとエリオは人が走ってくる方向へと向かう。途中でシルバーウルフと対峙した。傍には襲われたであろう住人の遺体。事務的に敵を倒し、更に走る。街の中心近くにある武器屋から北西方向へ。そちらに脅威があるのは間違いないだろう。途中にはギルドもある。都合が良いだろう。

 いつの間にか感情を殺し、襲い来る敵を淡々と倒し、出会う人達に避難を促しながらギルドへと向かう。ギルドの屋根が見えかけたその時、聞き覚えのある嫌な音が聞こえた。

「まさか、あんなのもいるのか!?」

 思わず言葉が出たのも仕方がない。目の前に現れたのはランドガレージ。危険極まりない相手だった。

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