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Philistia  作者: 桜田文也
第一章
12/39

1-6 異変

「あれ、ザックスさん、珍しいですね。」

 ヴァンがギルドの応接室前にいたザックスに声をかける。

「ああ、少し落ち着いたからな。たまには後輩の指導でもするかと思っていたところだ。」


 ザックスは若くしてギルドの序列二位だ。人事に経理に依頼の処理、事実上ギルドの実権を握っていると言っていい。その上で合間に通常依頼もこなしているのだから、その仕事量、そして彼の能力は計り知れない。

 そんなザックスが手隙なのだ。弟子であるヴァンが声をかけるのは自然だと言える。もっとも、彼自身と彼と普段行動を共にしている三人以外に、ザックスに気軽に話しかける者などなかなか存在しない。恐れ多くてそんなことを考え付きすらしない者が殆どだろう。

「えっ!マジですか?」

 エリオがザックスの言葉に期待を込めた反応を返す。

「確かに、なかなか無い機会ですね。私たちも同席したいかも。」

 ファンナの言葉に、ラディアスもしきりに首を縦に振っている。

 実のところ、ヴァン、ラディアス、ファンナの三人も、ギルド内ではかなりの信頼と羨望を集めており、そこにザックスが加わったとなると、軽く騒ぎになる可能性すらあるのだが、当の三人にはその自覚が欠けてしまっているのだ。

 ザックスはそれを理解しており、どうやって断ろうかと思案を巡らせていたが、騒々しい足音とともにすぐにその心配も無くなった。


「ザックスさん!ああ、良かった、ここにいたのですね!」

 バタバタと慌てた様子でギルド受付嬢のコレットがザックスに声をかける。

「どうした、緊急か?」

 落ち着いた様子で要件を聞こうとしたザックスだったが、次の言葉を聞いた一瞬の後、顔に明らかな焦りの色が生じた。

「ミランダさんが来ています!!」

 殆ど叫ぶような声のコレット。

「何だと?……機嫌は!?」

 状況報告を求めるザックス。

「良さそうです!!」

 ギルド内部でも人気の高いコレットが必死に叫ぶ様子は、小動物を見ているようで、ある意味微笑ましくもあるのだが。

「……まずいな。」

 ザックスは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「よし、私は出かける。あとは頼んだ。」

 一連のやり取りの後、間髪を入れずにザックスが言った直後だった。

「あ、ザックスここにいたのね!」

 廊下を曲がった先から現れたのは、マリットと、ザックスの妻ミランダだった。

「やあ、良くここが分かったな。」

 ザックスが極めて平静にミランダに話しかけている。

「そりゃ、あれだけ騒げばね。」

 呆れ顔のマリットが、もっともな理由を述べた。


 ミランダはザックスの妻だが、結婚する前は彼と組んで依頼をこなすパートナーだった。

 ザックスとミランダのコンビはその活躍目覚ましく、次々と達成不可能とされていた依頼を片付けていき、二人は異例の出世をしていった。

 多くの困難を共に乗り越えた二人が結婚することは不思議なことではない。結婚を機に引退したミランダだが、それを惜しむ声は未だに多く、ミランダ自身も主婦業の傍ら後輩の指導に当たることもある。そのような事情もあり、ミランダがギルドに居ること自体は特段珍しいことではないのだが、今回はどうやらザックス本人に用事があるようだ。

「ああ、ちょうど良かった。アナタたち三人にも用事があったのよ。」

「お久しぶりです、ミランダさん。」

 ミランダにファンナが応える。ミランダはファンナの師匠(マスター)でもあった。

「聞いてるわよ、弟くん。最近真面目にやってるらしいじゃないの。」

 当然エリオとも面識があるミランダだが、どうやら愛弟子の弟の動向も気にかけていたようだ。

「やっとマシになってきたところですよ。」

 ファンナが厳しい意見を述べる。エリオも思うところはあるが、過去の自分の所業を省みて言葉を飲み込んでいるようだ。

「そうそう、依頼があるの。できれば緊急で。」

「また君はそんな……。」

 ミランダの言葉に対し、ザックスが半ば呆れたような言葉を返す。


 ギルドに対する依頼は、正規の手続きを踏むのならば一旦書面を持って受付に提出する必要がある。ギルド側はその書面の内容を精査し、その依頼内容に対する報酬が妥当かを判断し、その上で依頼達成可能と判断された実力を持つ各エージェントへ正式に通達される。

 つまるところ、ミランダの今回の行動はその手続をすべて省略した『フリーエージェントへの依頼』という格好となる。フリーエージェント依頼の場合、依頼者が直接エージェントを指名して依頼をするのであり、その報酬額は安定しない。ただし、依頼自体は迅速に受注される上に、うまく行けば依頼者側はギルドへ支払う依頼料が安く住むケースが多く、受注側は直接報酬が貰える分取り分が多くなる傾向にある。

 ミランダが金銭を惜しむ事は考えづらいため、今回は『迅速』を重要視したのだろうか。


「本当はザックスから三人。……弟君も入れたら四人に振ってもらうつもりだったんだけど、手間が省けたわ。」

 特別応接室に移動した一行は、そこでミランダから事情の説明を受けていた。

「本来の依頼人はマリット先生、と言うより学士ギルドね。」

「あー、ここからは私から説明するよ。」

 マリットがミランダの言葉を引き継ぐ。

 マリットの説明によると、以前ファンナが調査を請け負った鉱山は、多少の計画変更もありつつも爆破封印は決行された。

 しかし、その後更なる問題が発生し、それと連動して再び鉱山の調査が必要になったとの事だ。

「でも、入り口自体は封印されて使えないんですよね?」

 ファンナの疑問にマリットが答える。

「爆破の影響で別の入り口が出来ちゃってね。人一人がやっと通れるぐらいの亀裂だけど。」

 確か、鉱山ギルドから学士ギルドに爆破の計画を立てる依頼が回っていたはずだ。つまり、学士ギルドが計算を誤ったか、鉱山ギルドが計画通りの爆破を行わなかったか、どちらかだろう。

「前者なのよねぇ。身内の恥を晒すようだけど。」

 心底気怠そうに、だがあっさりとマリットは学士ギルドの過失を認めた。ただの計算違いであれば、『身内の恥』とまでは言わないはずだ。つまり、また別の問題があるのだろう。

「まあ、つまりは再度入り口を埋める必要があるわけだけど……。」

 マリットが珍しく言い淀む。

「再調査に派遣した学士が、恐慌状態で逃げ帰ってきたわけ。」

「え?」

 エリオが驚くのも無理はない。学士ギルドが派遣した者だ。マーセナリーズ・ギルド内でも十分通用する実力の持ち主と見て間違いない。そんな人間が逃げ帰ってきた?

「それで、前回調査した君たちにもう一度見てきてほしいって事。」

 それで名指しの依頼と言うわけだ。


「よし、それなら早速準備しよう。」

「やあね、今回はこの四人に任せるって話でしょ?」

 立ち上がり、部屋を出ようとするザックスの腕をミランダが掴み、引き留めた。

「いや、しかし、私も行った方が良くないか?」

「たまには一緒に食べましょうよ。今日は頑張るから!それとも、仕事優先?」

「いや、それは……。だが、話を聞く限り緊急のようだし……。」

 上目遣いのミランダに狼狽するザックス。他の者がこの光景を見たら、どう思うだろうか。

「この四人に任せておいて良いんじゃない?今のところ君が出張るほどとは思ってないよ。」

 夫婦の時間に配慮したマリットの言葉だろう。だが、ザックスの目はその言葉を聞いた瞬間に、諦めと絶望に染まった。

「そうですね。私たちだけで大丈夫です。お二人でゆっくりしてください。」

 ファンナが張り付いたような笑顔で言う。

 お前たち、恨むからな。と言いたそうな顔で、ザックスはミランダに引っ張られながら退室した。

「明日腹壊してないと良いけどな。」

「え?あの子の()()、まだ直ってないの?」

 ラディアスの呟きに、マリットが珍しく驚いた声を上げた。



「このっ!」

「ギャンッ!」

 エリオの剣がシルバーウルフの前足を切り裂く。

「悪いな!」

 ”ドスッ”と倒れた敵に止めを刺し、次の敵を探す。

「やあああああ!」

 ファンナが叫びながらワイルドボアの突進を受け、そして押し返した。

「終わりだ!!」

 ヴァンが敵の心臓を一突きし、屠る。

「無事か?」

 やや離れた場所から援護をしていたラディアスが駆け寄ってきた。

「ああ、今ので最期……だが、多すぎないか?」

 ヴァンの言葉にラディアスとファンナが頷く。

「多すぎって、どういう事です?」

「敵の数だ。遭遇率が高すぎるうえに、いろいろ混じってる。」

 エリオの質問にラディアスが答える。

「もうこれで5回目の戦闘だ。まだ鉱山まで半分ほどの距離だ。普通ならヴァンスから鉱山までの距離なら多くても1回から2回戦闘があるかどうかってところなんだよ。」

「しかも、いろんな種族が混じってる。さっきはシルバーウルフとワイルドボア。普通は1回に1種のはずなのに。」

 ヴァンとファンナがラディアスに続く。つまり、異常と言う事だ。

「よくないことがなければ良いけどな。」

 ラディアスが不穏な言葉を口にした。


「いくら、なんでも、おかしいだろ!」

 ラディアスが銃でヴェズルフェルニル(暴風鷹)を次々と打ち落としながら叫ぶ。

「ファンナ、スイッチ!」

 ヴァンの合図で囮役のファンナとヴァンが入れ替わる。足元には既に絶命して動かなくなったジャイアントスパイダー、そして目の前にはランドガレージ。

 経験の浅いエリオにも流石にわかる。あまりにも異常だ。

 あれから三度、このような遭遇戦に見舞われた。前回の道程では一度きりの戦闘だったことを考えると、あまりにも敵との遭遇が多すぎる。

「空の敵はラディアスに任せよう。俺たちはこっちを!」

 二度目のランドガレージ戦。二人以下で遭遇したら諦めろとまで言われた相手。歩いて半日程度の鉱山までの間に、こんなに気軽に遭うようでは命がいくつあっても足りない。

「一度撤退しよう。」

 それでも危なげなくランドガレージを倒し、ラディアスの方も片付いたことを確認すると、ヴァンが一つの提案をした。

「え、そんな。」

「エリオ、引き際を間違えたらダメだ。肝に銘じろ。」

 ラディアスの静かな言葉。その重みに、さしものエリオも反論ができない。

「一度体制を整えよう。こんな状況じゃ野営も出来ない。」

 野営。その可能性は考えていなかったな。とエリオは思う。確かにこのような遭遇戦が頻発する状況で野営など、考えるまでも無く危険極まりない。時刻的にも引き返すなら今しかない。

「そうですね。さすがにキツイっす。」

「素直でよろしい。」

 ファンナの言葉に、何故か機嫌を良くしたエリオを囲むようにして、四人はヴァンスへと帰還した。

 帰還中に新たな遭遇戦は起こらなかった。

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