1-5-2 幕間
「うーん、やっぱりヴァンさんは凄いなぁ。」
目の前に出てきた料理を口に運びながら、しみじみと少年が言う。
「剣も強くて、他の武器も扱えて、魔法まで使える!」
先日の討伐任務で、少年の憧れである先輩エージェントの活躍に興奮冷めやらぬ様子のエリオは、ウマいなこれ、と独り言を言いながらも彼の素晴らしさを目の前に座る女性に語り掛けている。当の女性は呆れた態度と目つきを隠そうともしていない。
「ところで今、私は口説かれているのかい?」
ここはヴァンスでも評判のレストランだ。
予約は取っていないが、そのため連日の行列ができる程であり、座ることができれば運が良いと言ってよい。こんなところに男女二人でわざわざ来ているのだ。異性同士であれば、それなりの仲、またはそのような仲になることを望んでいる者たちが利用するものだ。
だが、二人の関係を知っている者たちがこの光景を見れば、その可能性は真っ先に排除されるだろう。
「え、マリちゃん俺が誘ったらデートしてくれるの?」
はあ。とマリットは大きなため息をついた。
「こういうのはもっと年が近い、ミリアとかジェシカとかクレアあたりを誘うものだろう?」
「え、別に誘う理由無いじゃん?」
あえて彼に好意を寄せていると思われる元級友の名前を挙げてみたが、その意図も全く伝わらなかったようだ。
「お礼って言ったじゃん。ランガレの事教えてもらって役に立ったんだぜ?」
本当にそれ以上の意味は無さそうだ。
「魔力を放出しながら気を引く、ねえ。」
「そうそう、ずっと魔力放出しながら、そのうえで槍と魔法で戦ってたんだ。」
「よく考えたと言いたいけど、私ならとりあえず丸焼きにするわね。」
「いやいや、そんなことできるのマリちゃんだけだって!」
ランドガレージ討伐時の作戦を説明したエリオは、予想外のマリットの反応に苦笑いした。そして、ふと思い立ったことを口にする。
「そういえばミリアってそっちに行ったんだっけ?」
先ほども少し話題に出たミリア嬢は、エリオと同期の訓練生だった。
卒業時の上位三位だった彼女は、その後誰に師事するわけでもなく、学士ギルドの門を叩いた。
実はマリットは学士ギルド所属の外部講師であり、その本業は研究職である。
マーセナリーズ・ギルドの養成学校に通うも、その最中に研究職へ興味を持ち、卒業後学士ギルドへ鞍替えをする者も多少は存在する。
学士ギルド自体が狭き門であること、マリットのマーセナリーズ・ギルドに対する多大な貢献、そして、何より両ギルドの関係が良好であるため、これはごく自然なこととして受け入れられてきた。
問題があるとすれば、研究室に籠ってしまう職務の性質上、出会いの場が極端に限られてしまい、特に女性の場合は婚期が遅れがちになってしまうところか。
「なに、気になるの?」
「気になるっていうか、五人ともまだ師匠を決めてないか、決まっててもあの三人じゃないってのが。」
あの三人とは、もちろんヴァンとラディアス、そしてファンナである。
ギルド内で彼等の実力を知らないものは居ない。あの三人に師事することはとても名誉なことのはずだ。それなのに、未だに師事の申し込みが来ない。
「クレアは魔導士タイプだから、あの三人とは戦闘スタイルが違うでしょ?ミリアは学士ギルドで忙しくしてるし、そもそも学士ギルドで師匠は必要ないでしょ。……あとの子たちは遠慮してるんじゃないの?」
本当のところは遠慮と言うより気後れに近いだろう。
本来あの三人は師事するどころか、声をかけること自体が憚られるほどには尊敬の念を集めているのだ。ずっと一緒に行動しているエリオにその意識は無いのだろうが。
可哀そうだけど、こいつには期待できないね。と、美少女と呼んで差し支えない新人の婚期を心配にもなったが、この件でわざわざ自分が精神的リソースを消費する必要もあるまい。
いずれにせよ、あの優秀な頭脳はもう私のものだ。あとは身を守れる程度の精霊魔法を仕込めば、自分の後継として十分に期待ができるだろう。




