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Philistia  作者: 桜田文也
第一章
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1-5 初陣

「ランガレ?」

「ランドガレージね。略してランガレ。」

 姉ちゃんの説明を受けて意味が分かった。ランドガレージ。モンスターだ。こいつの討伐依頼が回ってきたらしい。

「ランドガレージって、確か……」



「マリちゃん、ランドガレージについて教えて。」

「君の、その自分に興味のあることだけ積極的になるところ、嫌いじゃないよ。」

「別に興味があるわけじゃないんだよな。ただ、スコットのおっさんが敵を知れみたいなこと言ってて。面倒なんだけどな……。」

「戦闘顧問の講師に向かっておっさん呼ばわりとは……。」

「まー、でも知ってて損は無いと思うしね!」

「私は君の辞書じゃ無いんだが。図書室で調べればいいだろう?」

 それが面倒だから聞きに来たのに。

「とは言え、教本に載っていないことも多々ある。ランドガレージについては……。」

 ……何だかんだで教えてくれるのか。さすがマリちゃん、外見と普段の態度からは想像もできないほど面倒見が良いと評判になるだけのことはあるね!

「そうだな。あれは美味い。」



「美味いやつだっけ?」

「ヤバイやつよ!!」

 姉ちゃんがすごい勢いでツッコんできた。

「マリちゃんが美味いって言ってたよ?」

「エリオ、あの人の基準で物事を考えたらダメだ。美味いのかもしれないけど、それはそもそも食える状況にならないと……って、アレ美味いのか?」

 あ、流石のヴァンさんも食べたことはないらしい。

「えっと、とりあえずアイツについて説明するところからなのね。」

 姉ちゃんが呆れ声を出した。

 マリちゃん情報は確かに衝撃的だったみたいだけども、それ以外の、と言うか、当たり前の情報が俺からは抜け落ちていたらしい。つまり、マリちゃんは教本に載っていること()()を教えてくれたわけだ。


 で、肝心のランガレについてはこういう事らしい。

 まず、全身が硬くて柔らかい殻に覆われているらしい。どう言うことだよソレ……。うん、この段階で意味不明。

 そして、前足は鋭い鎌状、尻尾は斧もびっくりの刃物状。当然こんなので攻撃されたら怪我じゃ済まない。

 その上、目は体から上に飛び出ていて、ほぼ全方向に死角なし。

「いいか、コイツの前と後ろには絶対に立つな。」

 ラディアスがものすごく真剣に忠告してきた。それなら一体どこに立てば良いんだろう?

「うーん、今回の囮役は俺だな。」

 ヴァンさんが名乗りを上げる。あれ、『鉄の乙女』の異名を取るほど防御が硬いと言われてる姉ちゃんが囮のほうが良いんじゃ?

「あー、ランガレ相手に盾はあんまり意味ないのよ。」

 俺の視線に気づいたらしく、姉ちゃんがため息交じりに説明を始めた。

「コイツの攻撃は避けるしか無いからな。盾受けなんてしたら、腕ごと持っていかれる。」

「鎌状の前足だっけ?でも、それなら挟まれないように気をつけていれば……。」

「ああ、たしかに前足の鎌は怖いんだけど、もっと恐ろしいのが、その前足を使った打撃なんだよ。」

 ヴァンさんの説明を聞けば聞くほど、ヤバいやつの印象がどんどん強くなる。ランガレのパンチは岩をも砕き、その衝撃で岩の表面が溶けて光が発するようなこともあるらしい。光るって何だよ。必殺技かよ……。

「つまり、できるだけ身軽になった囮が回避に専念して、パンチを誘発する。そのパンチの直後に両脇から槍で急所を突く。これが定石だな。」

 囮役、危なすぎない??

「アレは本当に危険なやつなんだ。肉食で悪食。もし二人以下で遭遇したら一目散に逃げるしか無い。」

「まあ、どこかの国では、単独で遭遇したら諦めて食われろって教育されるらしいぜ。そんなの引き連れて人のいるところまで逃げてきたらって考えると笑えないからな。」

「マジか。」

 ラディアスの言葉に、思わず声が出てしまった。

「ま、気負うなよ。ちゃんと作戦を立てて挑めば、勝てない相手じゃない。」

 ふっと笑いながら、ラディアスが頼もしい言葉を言ってくれた。

「それに、別に無理してついてくる必要無いんだぜ?」

 やっぱりコイツは嫌いだ。俺が怖じ気づいたと思っている。

「そうだな。エリオは別にこの中の誰かの従者(スクワイヤ)ってわけでもないしな。」

「でも意外よね。絶対ヴァンに弟子入りすると思ってたのに。」

 ヴァンさんと姉ちゃんの言うことも最もだと我ながら思う。でも

「いや、何か色々経験しておいたほうが良いのかなと思って……。」

「成長したなぁ……。」

 姉ちゃんがしみじみと呟いた。


「今回は槍を使うの?」

 俺と姉ちゃん、そして囮役のヴァンさんの三人とも、今回使う得物は槍だ。俺と姉ちゃんが長槍、ヴァンさんが少し短い槍。てか、ラディアスは何するんだ?

「俺は射撃で援護だな。」

 ラディアスが俺の疑問を先取りして短く答えた。

「ランガレ相手には槍が一番良いんだ。俺は槍は苦手だしな。短剣じゃ危険すぎる。」

 ラディアスは普段銃という特殊な武器を使っている。ラディアス曰く『金食い虫』なこの武器は使用方法が独特らしくて、使用するにはそれなりの訓練と許可が必要らしい。銃を使わないときや近接では短剣を得意としているらしい。

 姉ちゃんは槍が得意、俺もそこそこ。

「ヴァンさんは槍も名手って聞きましたよ。流石ッス!」

「名手って程じゃないさ。昔から色々仕込まれてただけで、ただの器用貧乏だよ。」

「貧乏かどうかは置いておいても、器用なことに代わりは無いな。」

「そうは言っても、ラディアスみたいに銃は使えないし、ファンナほど防御が上手いわけじゃない。結局は色々便利な剣に頼ってるからなぁ。」

 ラディアスの言葉にヴァンさんは謙遜するけど、使える武器が多いってことは、それだけいろんな状況に対応できるってことだ。ふつう、武器なんて二種類か多くて三種類も扱えれば十分なのに、ヴァンさんは剣、槍、斧、短剣、棍棒、弓、更に格闘もこなす。まさに天才だ。

「昔、ある人に言われたよ。『お前は確かに才能に恵まれたかもしれないが、所詮凡人だ。世の中には天才が居る。だが努力する凡人と、何もしない天才では努力する凡人が勝つこともあるだろう。お前が目指すべきは努力する凡人だ。何もしない天才や努力する天才になろうと思うな。』って。」

 え、なにそれ?ヴァンさんを凡人扱い?

「そりゃ悔しかったさ。でも、その言葉の主、……まあ、師匠なんだが、彼には片手で軽く一ひねり、結局一度も勝てなかった。その上、彼の言う天才は剣を始めてたった二年で彼から一本取ったらしい。」

 ここでいう()()は、ザックスさんの事じゃないんだろうな、と感じた。

「まあ、どこまで本当かは知らないけど、要するに自分を過信するな。才能に溺れるなって事だろうな。」

 今になってわかってきたよ、とヴァンさんは続けた。

「ま、誰かさんは明らかに自分を過信してたけどな。」

 ……言われなくても分かってるっての。まったく、ラディアスはほんと嫌な奴だ。



「いたぞ。アレだ。」

 ラディアスが指さした先にいたのは、ランドガレージ。……って何だアレ?

 全身が殻で覆われている。甲殻類ってヤツかな。

 細長い胴体の上体を起こし、頭部からは飛び出した目と、何でも砕きそうな明らかにヤバイ口。

 前足は折り畳まれているけど、内側がギザギザのノコギリ状になっているのが分かる。

 下半身は節状になっていて、その腹側には無数の足が生えており、横側は鋭い刃物状。

 ついでに尻尾の先も両刃斧のように鋭く尖っている。


「え、キモ……。」

 思わず本音が出た。代わりに「勝てる気がしない」と言う言葉は飲み込んだ。

「ツイてるな。成りたてのようだ。」

「なりたて?」

 ラディアスの言葉に質問をする。

「成体に成ったばかりって事。」

 姉ちゃんが説明してくれたが、あれで大人になりたて?

「もう一度言う。見てわかると思うが、アイツの前と後ろには立つなよ?」

 ヴァンさんはそう言うけど、横にも立ちたくない。

「ってか、こんなところで悠長に話してていいんすか?気づかれるんじゃ……。」

「あー、心配ない。とっくに気づかれてる。」

「え」

 ラディアスの言葉に絶句してしまった。

「アレに気づかれずに近づくとか無理だぞ。こっちが気付く前にあっちが気付く。」

「えー」

「気づいても襲ってこないのは、今はまだ空腹じゃないのと、こちらを脅威だと思っていないからね。」

「ええ……」

 ラディアスと姉ちゃんの説明に反応する語彙がこれ以外にないのが情けない。あ、今のちょっと秀才っぽい?

「逆に下手に喧嘩売って仕留め損ねようものなら、次からは人間と見たら襲ってくるからな。学習能力も高いんだわアレ。」

 ラディアスの呆れたような声。いやマジで女神さまは何であんなの作ったんだろう?

「そういえばマリちゃんが、魔力も見えるのかもって言ってたな。魔法使ってると近づいてくるって。」

「ここに来てランガレさんの凄いところ増やしてんじゃねえよ。」

 うん、確かにその通りだけど、マリちゃんによるランガレ様情報はまだあるぞ!

「それ使えるかもしれないな……。」

 ヴァンさんが静かに呟いた。


「さあ、どうした!こっちへ来い!」

 ヴァンさんとランガレが正面から対峙する。

 俺と姉ちゃんは、それぞれランガレの左右に多少の距離を取って様子を見つつ隙を伺う。

 ランガレが右腕を振り上げた直後、“パンッ”と言う乾いた音が鳴って、ランガレの目の付近に何かが衝突した。ラディアスの銃撃だ。

 その直後に “ボンッ”とランガレの右腕が小さく爆発した。これはヴァンさんの炎魔法だ。威力は低くても、気を引いて怒りの矛先を自分に向けるのには良いらしい。

「ギギギギギギギ……!」

 ランガレが歯軋りのような鳴き声を上げる。相当に怒ってらっしゃるみたいだ。

「ヴァン、魔力切れには気を付けて!」

「大丈夫だ。問題ない!」


 作戦はこうだ。

 ヴァンさんが魔力を放出させつつ、ランガレの注意を引き付け、ラディアスが銃で狙撃。こうやって相手を弱らせつつ怒らせ、大振りを誘発させてから、その隙に仕留める。

 この作戦は思った以上にうまくいっているみたいだ。

 ヴァンさんが大岩を背にランガレを誘導する。そして、

「今だ!」

 ランガレの攻撃がヴァンさんを空振りし、岩に直撃した瞬間を合図に、俺と姉ちゃんが一気に脇腹に槍を突き入れた!

「ギィアァァ!」

 “ドンッ!”

 一瞬だけ声を上げたランガレの頭は、その直後にヴァンさんの槍で顎下から脳天にかけて貫かれていた。

「すぐに離れろ!」

 ヴァンさんの指示が出た。何しろランガレの身体はその場でめちゃくちゃに暴れていたからだ。あんなのに巻き込まれたらひとたまりもない。


「ふう、よくやったな。」

「初めてにしては上出来だな。」

「もう、また自惚れるからやめてよね。」

 ま、今回は褒めてあげても良いけど。と姉ちゃんが小さく呟いた。

 もう動かなくなったランガレを見ながら思う。これが俺の公式な初勝利。正直実感が湧かない。

「で、どうだ?」

 ラディアスが声を掛けてきた。

「アレ、食えると思うか?」

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