プロローグ
“たったったったった……。“走る。そこへ向かって。もう少しだ。もう少しで着く。急げ!早く、速く。
奥だ。一番奥だ。長い長い廊下の奥に扉が見える。なぜこんなに、何もかもが大きいのか?いや、自分が小さすぎるのだろうか?
“バンッ!”と大きな音を立て、蹴破る勢いで扉を開ける。部屋の中にいた人物は一瞬驚いた顔でこちらを一瞥し、そしてニヤリと笑った。
それは、ゆっくりと、だが全く無駄のない動きで振り返り、そして待ち構える。来た。ついに来た。待ちに待った時だ。長い間待ち望んだ瞬間だ。
長い間?そうだろうか?少なくとも自分にとってはそうだった。でも、どちらでもいい。今更そんなことは関係ないし、考えている余裕もない。無我夢中で突進する。
“ばふっ”とした鈍い音の直後に「うっ!」という声が漏れたのが聞こえた。自分ではない。その人物が発した声だ。
大きな右手が振り上げられる気配がする。ゆっくりと、大きく。そして、それが自分の頭に向かって振り下ろされた。
「久しぶりじゃの。だが、先にドアを閉めんとダメじゃぞ」
優しく頭を撫でられる。
「うん、わかった!」
“パタン。”先ほどの理不尽な扱いに対する謝罪の意味は全くないが、丁寧に、ゆっくりと部屋のドアを閉め、
「じっちゃん!」
”ばふっ“。再度老人の胸へと飛び込んだ。
「三か月振りか。元気にしておったか?聞くまでもないかの?」
五歳程度の子どもには、三か月は長い。しかも、大好きな老人と次に会える間の三か月。それは永遠にも近い長さだ。
「ねえ、おはなしきかせて!」
その老人のすべてが大好きだった。大きな体、手、優しい目、声、そしてそこから発せられる言葉。とりわけ、語られる物語はそのすべてが魅力的で、刺激的だった。会う度に物語をねだった。
「そうじゃのう。どんなお話が良いかの?
世界を創った神様の話か?
愛のために復讐の人生を歩んだ愚かな男の話か?
己を犠牲にしてでも友を救った男の話か?
それとも、賢哲王と英雄将軍の話がいいかの?」
全部、何度も聞いた話だ。
「うーん、あたらしいの!」
「ふむ、そうじゃの……。ならば、人知れず世界と戦った者たちの物語はどうじゃ?」
一瞬考える。世界と?
「わるいひとたちなの?」
「見方によってはそうかもしれんのぅ。じゃが、彼らには彼らの正義があった。賢哲王ルキウスや英雄将軍アベルが光の英雄なら、彼らは影の英雄というところかの。」
難しいことはよくわからない。ただ、一つ言えることは
「わかった!そのおはなしきかせて!」
この老人の物語は例外なく少年の心を魅了して止まないことだ。