最低の婚約者に苦しめられていたリリーが「勇者の黒百合」が縁で幸せになる物語
リリーは、花屋の娘である。家の手伝いをしている赤毛の16歳の女の子だ。
大した美人ではなく、教養も何もない彼女の取り柄は笑顔しかない。
「いらっしゃいませっ。」
今日も元気よく花を売る彼女であるが、彼女には両親が決めた幼い頃からの婚約者がいた。
婚約者のハリスは酒屋の息子である。
彼は金髪碧眼で、そばかすがあり、誰にも愛想がよい同い年の青年であった。だから、女性に良くモテた。
婚約者だというのに、ちっともリリーは大事にされた覚えがない。
いつも違う女性とデートをし、店の手伝いもしないで、遊び歩いていて。
何よーーー。私は婚約者なのよ。なのに何でデートの一つもしてくれないのよ。
内心ではイライライライラしていたのだけれども、
両親に訴えても…
「まだハリスも若いんだから遊びたいんだろう。」
「そうよ。リリーが我慢すればいいのよ。」
と言う対応でリリーは怒りが募るばかりであった。
それでもいつかハリスは自分を見てくれる。
そんな一縷の望みを抱いて日々暮らしていたのだけれども。
そんなリリーが、王都の中央通りを通る際に気になる物があった。
ジュエリーショップのショーウインドウに飾られた花を模したガラス細工である。
「勇者の黒百合」と名付けられているそのガラス細工の花は、緑の透き通った円形のガラスの中に黒百合の花がキラキラと金の粒を纏っていて、二輪咲き誇っており、そのガラス細工が中央通りのショーウインドウに飾られているのを見て、あまりの美しさにリリーは凄いと思った。
このマディニア王国の破天荒の勇者、ディオン皇太子殿下の魂の姿を模したガラス細工だとの事。
ディオン皇太子殿下は背と胸に黒百合の大きな痣がある事は有名で、彼の銅像が中央広場にあるのだが、その銅像についている黒百合の痣は全国民の信仰の対象になっている。
あんな花を作れるなんて。
誰が作ったのだろう。
あの美しい花を作った人に会いたい。
ソナルデ商会の店の前のショーウインドウの中にそれは飾られているのだが、
ソナルデ商会と言えば、貴族御用達の有名なジュエリーショップである。
平民であるリリーには店に入る勇気すらなかった。
店の外でうろうろとしていると、一人の男性に声をかけられた。
「何か御用でしょうか?」
店員の若い男性のようで、黒髪を後ろに一つに束ね黒のスーツを着ていて、整った顔をしている。その男性はリリーに尋ねて来た。
リリーは思い切って、店員に向かって、
「あの、ケースにあるお花なんですが、綺麗ですね。作った人に会いたいのです。」
「ケースの中にある花でございますか。デザインはソナルデ商会の会長自ら行い、職人に作らせたものですが。」
「会長さんが自らですか?」
「はい。そうでございます。ただ、会長は忙しい方なので、お会いするのは難しいかと。」
リリーは驚いた。自分は平民である。それなのに、店員の態度はとても丁寧で好感が持てた。
「あの、店員さん。私のような者にそんな丁寧な対応をしなくても。」
「これは我が商会の接客マナーですから。お気になさらずに。あ、ちょっとお待ちを。」
小さな黒百合を模した花のついたヘアピンを持ってきて、
「よろしければこちらを差し上げましょう。一般向けの店で売っている商品の一つでございます。あの黒百合のガラス細工に興味を持って下さるだなんて、会長もお喜びでしょう。」
「え?いいのですか。頂いても。」
「ええ。貴方が髪に着けて下されば、ソナルデ商会の良い宣伝にもなります。ですから、差し上げましょう。」
「有難うございます。」
店員から黒百合のヘアピンを貰って、リリーはご機嫌だった。
作り主…いえ、デザインした会長さんには会えなかった。
しかし、リリーはとても幸せを感じた。
幸せの気持ちのまま、自分の家に向かう。
リリーの家は一階が花屋で二階が住まいだ。
しかし、そんな幸せな気持ちも、花屋の店の前に来た途端吹っ飛んだ。
相変わらず、ハリスは女の子を仲良く連れて歩いている姿が見えて悲しくなる。
私だってハリスに愛されたい。
ううん。私だけをハリスに愛して貰いたい。
何で?何で?違う女の子に笑顔を振りまいているの?
ついに耐えきれなくなって、見かけたハリスに向かってリリーは怒鳴った。
「貴方なんて大嫌い。大嫌いよ。ハリス。」
女の子と一緒にいたハリスは呆れたように、
「それならさぁ。婚約解消しようよ。色々な女性と俺は付き合いたいんだ。まだ若いんだし。独占したいのか?お前みたいな冴えない女に独占されたくはない。
今、俺はナンシーに夢中なんだ。ナンシーは可愛くて胸もあるし。」
ハリスに腕を絡ませていた金髪で美人のナンシーと呼ばれた女性は、にっこり笑って。
「貴方が冴えない婚約者のリリー?私の方が素敵って、ハリスは言ってくれるわ。」
「昨夜のナンシーは素敵だったよ。」
「貴方こそ、素敵だったわ。」
「うわっーーん。あんまりだわ。」
花屋の裏手の階段から、自宅の二階へ駆けあがり、部屋に閉じこもるリリー。
ベッドの上で思い切り泣いた。
あんな男でも好きだったのだ。
だって婚約者ですもの。
悲しくて悲しくて。
一通り泣いた後、涙で泣きはらした顔で、階下へ降りて、両親に説明をする。
「私、ハリスに婚約解消を言われたの。私みたいな冴えない女に独占されたくはないって。若いうちは色々と遊びたいって言っていたわ。」
父は怒って、
「お前が我慢しないからいけないんだ。浮気は男の甲斐性を言うだろう?」
母も頷いて、
「そうよ。お前の我慢が足りないから、ハリスに愛想をつかされたのだわ。」
両親も解ってくれない。
リリーの心はどん底まで落ち込んだ。
二階の部屋に夕食も食べずに引きこもったリリー。
ふと、先程貰った黒百合のピン止めを見て、心を慰める。
- そうだわ。また、あのガラス細工が見たい。慰められたいわ。-
こっそり、家を抜け出すと、ソナルデ商会のショーウインドウの前に立って、「勇者の黒百合」のガラス細工を眺めた。
涙がこぼれる。
ふと背後から声をかけられた。
「お客さん。又、いらしたのですか?」
先程の店員だ。
リリーは店員に向かって涙を流しながら、
「私、婚約解消されてしまったんです。冴えない女だと言われて。ハリスは色々な女性と付き合っていて、両親はお前の我慢が足りないからだと言うんです。私の我慢が足りないから?私が冴えない女だから?私って何っ??私って…」
店員の男性は困ったように、
「もうすぐ店も終わりますから、そうしたらこの辺りは暗くなります。お帰りになった方がよいですよ。」
「そうですね…。すみません。つい…」
「女性の一人歩きは危ない。送っていきましょう。」
男性はリリーに、
「ちょっと帰り支度をしますから、店の中で待っていてくれませんか?」
「え…入っていいんですか?」
「ええ。かまいません。」
店の中に入らせて貰う。
貴族御用達の店だけあって、店の中のショーケースの中にも、煌びやかなアクセサリーが飾られていた。
思わず見入ってしまう。
しかし、この世界は自分には縁のない世界。そう思うとリリーは悲しくなった。
先程の店員が帰り支度をしてきて、
「お待たせしました。それでは行きましょう。」
共に人通りが少なくなった通りを歩く。
店員は自己紹介をしてきた。
「私はヘリオスと申します。ソナルデ商会でアクセサリーの販売をしながら、ジュエリーデザイナーの勉強をしているんですよ。」
「ヘリオス様。私は花屋の娘、リリーです。」
「リリー。いい名前ですね。」
「あの…ヘリオス様は貴族なのですか?」
「え?まぁ…貴族ですが、貴族の家の三男なんて、気楽なものですよ。」
二人で星を見ながら歩く。
「あ、もうすぐ私の家です。本当に送って下さって有難うございました。」
「いえ。どういたしまして。」
その時だった。
ハリスが家の前で待ち伏せていたのだ。
「お前、何だよ。その男は誰だよ。」
「関係ないでしょう。貴方とは婚約を白紙になったんだから。」
「両親に言ったら怒られたんだ。だから婚約は継続している。お前が悪いんだ。我慢が足りないから。男はいくら浮気をしても、浮気は甲斐性だからな。だが、お前は…女の浮気は許されない。」
「そんな…酷いわ。どれだけ私を苦しめればいいのよ。」
悔しい悔しい悔しい…
涙が止まらない。
その時、ヘリオスがハリスの前に進み出て、
「リリーは私が預かる。お前の傍にいて幸せだとは思えない。」
「何だと???お前は何様だっ?」
ハリスがヘリオスに拳を振り上げて来た。
ヘリオスが拳を避け、思いっきり回し蹴りをし、ハリスを吹っ飛ばした。
ハリスは悔し気にヘリオスを睨みつけながら。
「覚えておけよ。」
そう言ってふらふらとその場を後にする。
リリーは礼を言う。
「有難うございます。ヘリオス様。」
騒ぎを聞きつけて、両親が家から出て来た。
「何があったのだ?リリー。」
リリーは説明する。
「ハリスが言いがかりをつけてきたの。だからこの人が追い払ってくれたわ。」
リリーの父はチっと舌打ちをし、
「余計な事を。リリーはハリスと婚約をしている。」
リリーの母も頷いて。
「そうよ。リリーが悪いに決まっているわ。それをハリスを追い払うなんて。」
ヘリオスはリリーに向かって、
「良ければ我が商会の寮に入りますか?一般人向けのジュエリーを販売してくれる店員を募集している所だから、我が商会で働いてみませんか?」
「ええ?いいんですか?」
「かまいませんよ。ですから、リリーさんはソナルデ商会で預かります。」
両親は怒り出す。
「そんな勝手な。」
「そうよ。」
リリーは家を出る事を決意した。
「お父さんもお母さんも私の幸せを考えてくれない。私はハリスが大嫌いなの。
だから、家を出るわ。」
こうして、リリーは家を出て、ソナルデ商会で働く事となった。
ソナルデ商会は貴族専門の店だが、最近、一般向けのジュエリーを扱うようになり、
その店の販売員をリリーはすることになったのだ。
客は平民ばかりである。
だが、ソナルデ商会の品の良さは求められた。
黒のスーツを着て、客にジュエリーを売る仕事は、最初は慣れなかったが、
徐々に慣れて来て、リリーは仕事が楽しく思えるようになっていった。
そんな頃、店にソナルデ商会の会長が訪れた。
黒髪で長髪の凄い美男だ。名はルディーンと言う。
後ろにはヘリオスが控えている。
店員達に向かってルディーンは、
「皆、良く働いてくれて感謝していますよ。お陰で売上も順調に伸びています。
これからさらに精進して頑張って下さい。」
ああ、あの人が黒百合の…あのガラス細工をデザインした人なんだわ。
思い切って声をかけてみる。
「あの…会長。私、あの黒百合のガラス細工、好きです。素晴らしいと思います。」
「有難う。デザインに興味があるなら、日曜日、デザインの勉強会を開いていますよ。
そこへ来ますか?」
「学びたいです。行きます。ありがとうございます。」
デザインの勉強が出来る。
リリーは嬉しかった。
私もいつか、あの黒百合のガラス細工のような素晴らしい物をデザインしたい。
ヘリオスが近づいてきて、
「私もデザイン勉強会通っているんですよ。一緒に頑張りましょう。」
「よろしくお願いします。」
日曜日に店の会議室に集まってデザインの勉強をするのは楽しかった。
ルディーンの元で、10人の生徒たちがデザインの勉強をするのだ。
ヘリオスはリリーの隣に座り、色々と面倒を見てくれた。
整った顔、柔らかい物腰。笑顔が綺麗で眩しくて…何だかドキドキする。
- 私、ヘリオス様の事が好きなんだわ。-
しかし、ヘリオスは優しいけれども、どこか一線を引いた感じで。
やはり自分が平民だからなのか…
リリーは悲しくて悲しくて。
そんな事を思っていたある日、勉強会が終わって帰ろうとしたら、同じデザインを勉強している店員のセルジュが声をかけてきた。
「リリーは付き合っている人いるの?」
「え?いないわ。」
「それなら俺、申し込んじゃおうかなー。」
他の店員と話をしていたヘリオスがこちらを見ているようだ。
リリーはヘリオスに近づいて思い切って聞いてみた。
「セルジュが私と付き合いたいって言うんです。付き合った方がいいでしょうか?」
ヘリオスはリリーに向かって。
「嫌だ…私だってリリーの事…」
「え?」
「でなければ面倒見たりしない。セルジュ。悪いが私だってリリーの事が好きだ。リリー。君はどっちが好きなんだ?」
リリーはヘリオスに抱き着いた。
「いつも面倒を見てくれるヘリオス様に決まっているじゃないですか。」
セルジュがハハハと笑って、
「やはりね。ヘリオスはっきりしないんだもん。」
デザインを勉強している仲間達も集まって来て、
「そうだよ。もっと早くリリーちゃんに告白してやれよ。」
「そうだそうだ。おめでとう。リリーちゃん。」
ヘリオスはリリーを優しく抱きしめてくれた。
「勇気がなかったんだ。でも、リリーを他の男に取られたくない。」
「嬉しいです。私…」
皆が拍手をしてくれた。
ヘリオスと付き合うようになって、二人で街に買い物にでたとある日、
ばったり会いたくない男にあってしまった。
元婚約者ハリスだ。
ナンシーと腕を組んで歩いている。
リリー達を見ると近づいてきて、ヘリオスを睨みつけながら、
「何だ。まだこいつと付き合っているのか。」
「ええ。私、婚約したの。ヘリオスと。貴方と違ってとても優しいし、女性を尊重してくれる。私とっても幸せよ。」
ナンシーはうっとりとヘリオスを見て、
「イイ男ねぇ。ハリスと比べると余程、そっちの方がいいわ。どう?私と付き合わない?」
ヘリオスにしなだれかかる。
ハリスは怒って、
「何だよ。ナンシー。俺がいるじゃないか?」
「何よー。貴方だって浮気しているんだから私だって浮気したっていいでしょ。」
「男の浮気はOKなんだよ。女が浮気するなんて駄目なんだよ。」
二人は喧嘩を始めた。
ヘリオスは二人を睨みつけながら、
「男の浮気だって駄目にきまっているだろう。私はリリーを泣かせたりはしない。」
リリーもヘリオスと腕を組んで、
「私、ヘリオス様と幸せになりますっ。もう声をかけないで。」
ハリスはリリーに掴みかかった。
「生意気なんだよ。お前はっ。」
ヘリオスが庇ってくれて、まさに二人が殴り合いを始めるかと言う所で、声をかけられた。
「お前達何をやっているんだ?」
皆、驚く。銅像で見た事がある人だったからだ。
この国のディオン皇太子殿下である。
「勇者の黒百合」のガラス細工はディオン皇太子の魂をモデルにしたものだ。
ヘリオスが、ディオン皇太子に向かって、
「ディオン様。お久しぶりです。言いがかりをつけられていまして。」
ディオン皇太子はハリスを睨みつけ、
「ヘリオスは王族の血を引いている。不敬罪で牢獄へ放り込むが。北の牢獄がいいか?生きて戻れないぞ。」
ハリスは真っ青になる。
北へ行かされたら、まさに生きて戻れない牢獄だからだ。
「も、申し訳ございませんっ。失礼しますっ。」
ナンシーの手を引っ張って、その場を後にした。
リリーは驚く。
「ヘリオス様って…王族だったの?」
ヘリオスは首を振って、
「母が王族だったと言うだけで、公爵家に嫁いで出ているから…血を引いているといったら引いているけどね。」
「ひえっーー。私、身分違いじゃ…」
すると、ソナルデ商会の会長ルディーンが笑って、
「公爵家の三男だけども、家を出て我が商会で働いていますから、大丈夫ですよ。」
ヘリオスも頷いて、
「リリーと同じ志で、デザインの勉強をしているから…公爵家には戻らないし…ずっとソナルデ商会で働きたいと思っているから。」
「有難う。嬉しい。」
ヘリオスに抱き着く。
ディオン皇太子は不機嫌な様子で、
「アレはなんだ?不敬罪で本当に北へ送ってやろうか?」
ルディーンは笑って、
「脅しておいたから、もう大丈夫でしょう。さぁ、行きましょうか。」
二人はさっさと行ってしまった。
リリーは唖然として、
「何故、皇太子殿下がここに?お礼も言い忘れてしまったわ。」
まぁいいかと思うリリーであった。
今はただヘリオスとの幸せを満喫したい。
二人は熱く見つめ合うのであった。
その後、リリーはヘリオスと皆に祝福されて結婚した。
ヘリオスがリリーの為にデザインした、ピンクの可愛い花のガラス細工が今、ソナルデ商会のショーウインドウに飾られている。
それは「勇者の黒百合」のガラス細工より、かなり小さい飾りだったが、それを見る人達は、
その可愛らしさと可憐さに、心が温まったと言う。
ヘリオスとリリーは仲良くソナルデ商会で働きながら、幸せに暮らしたと言われている。