プロローグ
後漢末期
黄巾の乱がいまだ続く中、中原で大きな対立が起きていた。
洛陽では劉協を鼎立させた董卓が略奪、殺戮、誘拐を行い
それに憤怒した曹操が袁紹を総大将として反董卓連合軍を組織したのであった。
そんな中原に関心を持てぬ人物がここにいた。
その名を張済。
十数年、董卓の家臣として努めて来た彼にとっては今回の異動は不服であった。
異動というのは天水の守備で
征西将軍、馬騰の攻撃に備えるというものであった。
反董卓連合軍を倒し出世の道でもあるのにこんな所では活躍するまもなく廃れるであろう。
それだけならまだしも、董卓の娘婿こと牛輔が上官としてついているのだ。
無能で有名な牛輔である。
その能力もない権力だけの人間が上にいるとは憂鬱なもので
今宵も鬱々と書物を読みふけていた。
そんな張済に一人の長身の人物が訪れた。
「そんな事ができるとでも思っているのか!」
訪れた男がいきなり提示した話に動揺を隠せないのか、夜中だというのに怒鳴り散らしている。
投げ捨てた書物が無造作に散らばっている。
「しかし、このままいいように暮らし野垂れ死ぬもどうかと…」
長身の男は、自分の主でもあるのに関わらずずけずけと話す。
「かといって、あいつを簡単に殺せると思うか?
たとえ策士のお前でも、無理があろうに。」
「こちらには協力してくれる人物がいるではありませんか。」
張済は少し男の言わんとする人物を探り出そうと考え込んだ。
「…張繍、胡車児、張先、雷叙、精々この程度だろう。」
身内と信じられる部下の名を挙げていく
長身の男は主の答えを聞くと、目を閉じ張済に続くように人物を言っていく。
「馬騰、劉焉、張魯…」
「なにをお前は!…」
敵対勢力の名を挙げる
張済の言葉も気にせず男は言葉を続けていく。
「王方、李蒙、徐栄、樊稠…」
そして次々とあがっていく同僚たちの名前に、張済は絶句する。
「それは可能性じゃないだろうな?」
「左様でございます、この賈クの言は嘘はございません。」
と賈クと名乗った軍師風の男は強い眼差しで語る。
この賈クという長身の男、武威郡姑臧県の生まれで
昔から自分の才能を隠すように生活してきた。
なぜそんな彼が張済に仕えているかと言うと
数ヶ月前に訳あって長安に赴く所を、偵察に向かっていた張済の甥、張繍に気に入られ登用されたのであった。
張済もこの謙虚な賈クを大いに気に入り幕僚として側においていた。
その賈クが提案した一大作戦。
これが張済の今まで仕えて来た董卓への反逆である。
「確実に不敬罪、もしくは反逆罪だろうな。」
自虐するように張済は答える。
「それ以上でしょうな、一族皆殺しをされるでしょう。」
他人事のように話す賈ク。
「他人事のようだなお前は。」
「他人になれますから。」
少し生意気ながら面白いことを常に持ちかける賈ク
大物かと思ったがここまで大物とは思わなかった。
「ふん、たとえ協力がいても勝算がなくては動く気は無いぞ。」
賈クと言論するのを諦めた張済は椅子にゆったりと腰掛け
彼の作戦に耳を傾けた。
散らばった読みかけの書物を照らすため蝋燭は、彼らを怪しく照らしていた。