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旧世界から旅立つ友へ  作者: 八一目 十小
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第4話 なにがなんだか

 席に座りショートホームルームの時間を待つ。新学期がスタートして3週間が経過した。2年生は全部で5クラス。吾郎のクラスにはターゲットが2人いる。三浦と六本木だ。この2人と同じクラスになったときは絶望的な気分だった。六本木は三浦ほど背丈はないが、恰幅がよく中学で柔道を経験していて、自分の強さを誇示するような横柄な性格をしている。ニキビが目立つ肉付きのよい顔立ちで頭皮が見えるくらい髪の毛は短い。


 先ほどの6人の不可解な言動を考えていたら、担任の加藤が教室に入ってきた。いつもの時間より早い。


「おはようございます。 今日のショートホームルームは、いつもより時間を取りたいから、すぐにでも始めたいんだけど、全員いるかな?」


 加藤が教室を見渡して「いるね」と言った。


「先生、三浦君と六本木君がいませんよ」


 クラスの女子が指摘する。


「ああ、二人なら生徒指導室にいて、遅れてきます。 それでは、今日のホームルーム活動は、立花の件について……です。 立花は、先々週に問題を起こして自宅謹慎になってから、不登校になっていますね。 立花が暴力をふるったと当事者に聞いていましたが、それは誤りだと、今朝、暴行にあった生徒とその場に居合わせた生徒たちから報告を受けました。」


 目を見開いて加藤を見る吾郎、そのとき、コンコンと教室の扉を叩く音がする。


 加藤は教室のドアに視線をやる。扉の外には人が立っていて、加藤が「どうぞ」と声をかける。生活指導主任の浅川が顔を出した。


「加藤先生、ざっくりと実態は把握しましたので、私は校長先生のところにこれから報告に向かいます」

「よろしくお願いします」


 浅川に一礼して、加藤が話を続ける。


「新学期を迎えてすぐの出来事で立花は自宅謹慎になってしまい、とても残念に思っていました。 しかし、その原因はうちのクラスの生徒と他のクラスの生徒が立花に酷い嫌がらせをしたことにより――」


 教室の扉が開き加藤が黙する。三浦、六本木の2人が入ってきた。


「すみません。 遅れました」


 三浦が説明する。


「ちょうど今、ホームルームで立花の件について話していたところだから、とりあえず席についてください」


 二人は「はい」と返事をして席につく。


「ええと、立花は今話したように嫌がらせを受けていて、いじめの被害者だったわけです。 もちろん、いじめられているからといって暴力はいけません。 けれど、卑劣な行動により立花を追い詰めたことで――」

「先生、俺たちに説明させてください!」


 だしぬけに三浦が立ち上がり声を上げた。六本木の隣にいき、それを見て六本木も立ち上がる。


「2人とも……」


 加藤の声を遮り語りだした。


「俺たち、あいつのギターと夢を奪ったんです……」


 三浦は威勢切り出したが、すぐに黙りこくって下を向いた。クラス中の視線が2人に注がれる。


 加藤は口を挟もうとしたが、三浦の無言を六本木が助けるように話を引き継いだ。


「俺、三浦、雲野、奈良、五味は1年生のとき同じクラスでした。 9月の学園祭の出し物で立花たちがバンド演奏をしたときから、いじめみたいなことをしていました」


「本当に最低なことをやっていました。 須藤には許してもらい、今では仲良くやっていますけど、立花、二見にはどれだけ謝っても許されないことをしてきました。 特に立花には!」


 自分の名前が三浦から出たときに同級生の何人かがこちらを向いてきたので、とても気まずい思いがした。ジワリと汗が全身に滲むのを感じる。


 なおも三浦、六本木は数々の悪行を語っていく。加害者生徒の主体的ないじめの解決に向けた姿勢に意義があると考えているのか、加藤は生徒の告白を制止させるのではなく、引き出すように導いていく。


「――そう言うことがあって2年生に進級したわけですね……それで、4月に起きたことは話せますか?」


 三浦が立花を不登校に追いやった話をする。


「俺が立花のギターを弾いていました。 あ、事前に須藤が立花のギターを学校に持ってきていたんです。 それで、立花がギターを取り返してきたんです。 俺、頭に来て殴り倒しました……持っていたギターを立花に投げたあとに何度も蹴ったりしました……。 そして、立花が駅前で路上ライブをしている映像を……なんであんなことをしたのか……」


 三浦の声は上ずっていた。見ると、目から涙が零れ落ちている。散々に悪行を受けていた身だからこそ分かる三浦の変わり様。暴力的で救いようのない不良生徒。それが先週の態度と今週の月曜日の朝とではまるで人が入れ替わったかのように変節している。


「立花の夢だった……アーティストになる夢を……俺たちが潰しちゃったんです」


 六本木もすすり泣きながら罪の告白をする。普段の尊大振る舞いはどこに言ったのか、六本木も変節している。


「もういいよ、わかったから。 他人の学校生活を妨害して、人権を侵害する行為なんて到底許された行為ではないです。 でもな、この事件を通して加害者生徒と被害者生徒、いじめを傍観していた生徒と全く関与していない生徒、教員と教育関係者と保護者の方とで、いじめのない一人一人が真っ当な人間として成長できる学級を作っていける契機にしたいんだ。 そして、万全な学級経営の実現と言うゴールには、立花を再度学校に登校させて問題なく3年生に進級させると言うことが必要なんだ」


 そう言うと加藤は涙を流す生徒の側に寄る。


「三浦と六本木、その涙が嘘じゃないなら、最高の学級作りを主導的に動いていけ。 過去は変えられないが、未来なら変えられる。 先生たちがこれから、立花のご両親のところに一連のことを報告しにいきます。 お前たちの両親には連絡をしたから、時期を見て学校に集まってもらい加害者生徒と加害者の保護者として謝罪の場を設ける。 市教育委員会などに話がいく場合もあるし、 警察沙汰だって覚悟しなければならない。 しかし、今日のお前たちを見て確信した! いじめの加害者のお前らが、和解した立花と意気投合して、別れを惜しんで3年生に進級する姿が目に浮かぶんだ!」

「先生っ!」

「俺っ頑張ります!」


 改心したことが疑わしい両名が泣きながら先生の胸に飛び込んで言った。


 加藤が長身の三浦と恰幅のいい六本木を正面から受け止める。よろけて2、3歩後ろに下がり生徒の机に体をぶつけるが、自分よりも大きな生徒をまとめて抱きしめる。


「よく言った! これから先、大変だけど一緒に頑張ろうな。 もちろんクラスの皆もだ!」


 吾郎は目の前の教師と生徒の青春群青劇に放心していた。


 周囲を見ると、クライメイトは涙ぐむ者、こぼれるような笑みを浮かべている者とがいる。白々しい目で見る者はどこにも見受けられない。


 加藤は静かに落涙している。加藤の教師としての印象は、淡々としていて生徒とは距離を置いている、と言うものだった。


――なにかがおかしい。自分以外の人間が変わってしまったのか?


 三浦と六本木の悪評は新学期が始まったばかりのこのクラスでも知れ渡っているはず。2人の涙が本心だと思えない。 


 この茶番劇はなんなのだろう……。


「先生、立花もですが、二見にも酷いことをしました」


 六本木の声ではっとなる。


「ああ、そうだったな。 二見も立花同様いじめの被害者だ。 いじめの件は親御さんに報告します。 そして」

「えっ」

「ん? どうした?」

「いやっ……あの……」


 両親にはいじめの件を報告してほしくなかった。しかし、上手く答えることができない。精神的に負荷がかかると言葉を発することが難しい。


「一応、二見には6人で朝に謝りました。 もちろん償いこれからやっていくつもりです。 先生、二見の親にも俺たちがやってきたこと洗いざらい話すつもりです」


 三浦がとんでもないことを言い放つ。


「いやっ……あ……朝に……謝ってもらったのでもういいです」

「しかし二見、こうして覚悟を持って生まれ変わろうとしているんだ。 加害者生徒の課題を被害者生徒が取り除くのはいじめの解決にはならないんだよ」

「……もう十分謝ってもらったので、もういいんです」


 心にもない言葉を口にする。


「二見、許してくれるのか?」

「あんな酷いことをしたのに?」


 三浦と六本木が哀れっぽい口調で許しを請う。


 こくっと頷いて返した瞬間、2人が目の前に駆けてきた。


 三浦の両手が両肩を掴む、見上げると満面の笑みを浮かべている。


「ありがとう二見」


なんとか引きつった笑みを返す。


「二見、今日から友達だからな」


 そういって六本木が背中をパシンと叩いてきた。


「先生、俺だって二見君たちを笑ったりしました」


 突然、勢いよく席から立ち上がり罪の告白をする名前も知らない男子。その彼を筆頭に次々に二見に対する謝罪ラッシュが沸き起こる。


「私もあの動画を拡散しちゃいました」

「動画を友達に勧めました」

「見下すような態度をとってしまいました」

「暴言を吐きました」


 吾郎は頭がくらくらして疲れ切ってしまった。


「……気にしていませんから謝らなくてもいいですよ」


 その声にクラスメイトたちが一気に吾郎の席に集い称賛の声を浴びせかける。


「他者を尊重し、平和を愛し、公共の精神を養い豊かな人間性を育むことが学校の目的です。私が初めて教壇に立ったときのことを思い出すなあ」


 なにがなんだか……。


 和やかなムードでホームルールは終わった。

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