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旧世界から旅立つ友へ  作者: 八一目 十小
3/16

第3話 ターゲット

「いってきます」

「いってらっしゃい」

 

 達也と吾郎は自宅を出る。

 二人を送りだした静子は、リビングのソファーに座り、テレビを眺める。テレビからは、緊急速報を告げる、効果音が鳴る。


「〇〇国の武装勢力××が、占拠する△△市から撤退する文書に署名しました。 ××はすでに民間人800名を解放しており、1年以内の完全撤退の実現に応じています。 もう一つ速報が入ってきました。 〇×国と〇△国のが停戦に合意しました。 両国は……」


 張り詰めた冬の寒さを残しながら、草花の香りが柔らかい風に乗って運ばれてくる。春の始動を感じる。住宅地を抜け、国道沿いに入ると人や車が騒がし気に往来していく。同じ制服の生徒たちの姿が目に入る。国道沿いを外れて、路地の中に入っていく。ここまでくると、緊張で心臓の音が異様に大きくなる。吾郎の通う公立高校が見えてきた。


 正門に吸い込まれていく生徒たち。チラチラと盗み見るような視線が送られてくるのは、吾郎が有名人だからだ。ただの視線が、こんなにも辛いと言うのは同じ経験をした人でなければ分からない。  

 

 誰にも目を合わせないように固く目線を下に向け正門を過ぎ、校内に入る。激しい不安と恐怖で息が切れ、ストレス性の発汗で額がにじむ。2年生になったばかり、新たな環境と言う負荷も加わり、心労で倒れそうになる体を押して図書館裏にいく。周囲に首を振りながら、誰も後をつけてこないことを確認し、図書館裏にある木々に身を隠す。


 ここは人の目を気にせず、埋めてある道具を掘り返すことが可能な場所だ。大きく突き出た木の根っこが目印になっている。それを素早く見つけ、あらかじめ置いてある平たい石で掘り起こす。土を何度かえぐると、すぐにビニールが露出した。


 ビニールからケースに包まれた刃長130ⅯⅯのアウトドアナイフを取り出し、ベルトで締められたズボンに入れる。取っ手の部分はブレザーの前裾で隠れているため見えることはない。


 道具の準備は完了。大きく深呼吸をしてから、地面に置いたビニールを鞄に入れて、2年生の校舎の方へ歩いていく。


 靴箱で靴を履き替え、教室に向かう。ここにきて、乱れ狂う心臓の拍動に慣れ、アドレナリンが身体に馴染み恐怖が和らぐ。いつ作戦実行するとも分からない状況下。その最中での体の復調により、計画の成功を予感する。


 落ち着いた調子で廊下を歩いていたら、目の前に人待ち顔の6人がいた。制服をお洒落に着こなし、没個性に埋まる生徒たちから浮いた存在が廊下に集まっている。素行不良の生徒と言うのは、制限された中でも、自分の色を出すものだ。吾郎は顔も見ずに、ターゲットの6人だと言うのに気づいた。


 心臓が飛び出しそうになる。心の動揺を隠し切れず、体に震えが走る。少しでも、怪しい動きを見せれば、絡まれて腰のアナイフを取り上げられ、計画は水の泡になる。


 立ち止まり、逃げだしそうになる体を無理やり自然体に見せ、軽い足取りで6人が集まる廊下を通り抜けようとする。


 心の中で、頼むからこの瞬間だけは見逃してくれ、と強く念じる。もしかして、計画がバレて、6人で先手を打ち、復讐を阻止するつもりなのか?と妄想が広がる。


 無言のままの6人は吾郎に視線を集めた。下を向く吾郎は、顔を見ずとも体の向きで自分に用向きがあることが、わかってしまう。

 

 血液が沸騰しているように全身が熱い。身が縮む思いで6人から避けて、横を通り過ぎようとする。下を向く顔は強張り、耳からは慌ただしい朝の雑音が遠くに聞こえる。


 このまま、一人も殺せずに道具を取られて計画がばれてしまうくらいなら、今ここで……。しかし、6人はなにも手出ししてこなかった。通り過ぎて1歩、2歩、3歩と遠ざかるにつれ、心に安堵が広がっていく。

 

 自分に用があったわけではない、と杞憂に胸をなでおろし、呼吸を再開する。


「あ……二見……」

 

 声がして大げさにビクっと飛び上がった。信じられない気持ちで足が止まる。遠くなった耳でも、自分の名を呼ばれたことがわかる。しかし、振り返る勇気はない。無言で立ち去れば、間違いなく機嫌を損ねて制裁を受けることになる。


 混乱する吾郎に6人のリーダー格の三浦が声をかける。三浦は体が大きく中学のとき空手の全国大会で優勝するほどの実力がある。高校では総合格闘技のジムに通っている。長い前髪は後ろに流され、額がすっきりと露出している。そこから覗く眉毛はつり上がりギラついた目はガラの悪さを物語る。


「二見、少しいいかな?」

「ななななにかな?」

 

 ドキっとして、素早く振り返り返事をする。平常心ではいられない。体は三浦を向いているが、視線は上下左右と落ち着かない。

 三浦はゆっくり近づき目の前で足を止める。他の5人もこちらに歩いてくる。


 もはや打開策はない、そう判断して行く末に身を任せた。


「二見……あの……」


 神妙な口調の三浦の意図はわからない。拳をぎゅっと握りしめ歯を食いしばり、次の展開を待つ。


「二見っ! 謝らせて欲しい。 今まで本当に悪かった。 すまんっ!」


 せきを切るような三浦の謝罪。仲間たちもそれに続く。


「二見、今まで酷いことをしてすみませんでした」

「謝りたい。 本当に本当にすみませんでした」

「ごめんなさい。 本当にごめんなさい」

「今までお前にしたこと全部謝りたい。 すみませんでした」


 呆気にとられる吾郎、視線を上げて下げられた頭を見る。真意はわからないが、新手のゲームかなにかなのだろう、と身構える。


「吾郎……俺も酷いことしちゃったよね。 ごめんね」


 須藤が遅れて謝罪した。その言葉に黒く熱いものが全身を駆け巡る。須藤はマッシュスタイルの髪型で体つきは線が細く女子と同じくらいの背丈だ。頭には包帯が巻かれている。


「……」


 伏せた目で一瞬須藤を見て、くるっと背を向ける。なにもいわずに教室に向かった。そっけない反応にいきり立ち、ターゲットらの一人が無防備な背中を蹴りつけてくるかもしれない。

しかし、どうでもいい。怯んでいる場合ではない。

 

 心が固まった今、本当の意味で覚悟が決まった。ブレザーの前裾に隠された腰のナイフを右手で掴み、足音に耳を澄ます。

 

 頭の中でイメージする。こちらに駆けてくる音がすれば、素早く振り向いてナイフのケースを外し、腹部を突き刺す。

 

 消え去った体のアドレナリンが吹き出し、意欲を取り戻す。

 

 しかし、臨戦態勢の吾郎に仕掛けてくる者はない。


「二見、許してもらえるとは思っていない。 お前たちにしたことは、謝ってすむ問題じゃないのはわかっている。 償いが必要なら、なんだってするつもりだ」


 真に迫る声にちら、と後ろを振り返る。善人顔でこちらを眺める者たちがいる。その様子に奇妙な違和感を覚える。


「無理だ……やっぱりできない……」

 

 トイレの便座に座って独り言をつぶやく。


「できもしないのに」


 誰にも聞かれることのない自嘲めいた言葉を吐き出す。

 

 しかし、さっきのあれは一体? 本当に謝罪しているのだろうか。心境の変化なんてあの6人にはありえない、と思う。

 

 今は焦らずに様子を見よう。

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