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旧世界から旅立つ友へ  作者: 八一目 十小
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第1話 少年が思い描く理想の世界

 少年が思い描く理想の世界。それは、全ての人々が幸せに暮らせる世界。世界は、悲しい事で溢れている。さまざまな人間がいる。そうすれば、相性が存在し、仲が良い悪いが生まれてくる。


 相性と言うものがなくなり、誰もが他人に酷いことをしなくて、優しく振る舞えることが当たり前の世界。どうにかしてそう言う世界にならないかな……。


 少年はいつもみたいに空想をしていた。地上には強烈な日差しが降り注ぎ、夏空には巨大な入道雲が、風で優雅に流れていく。雲の壮大さ心を奪われる。空想が胸のうちに膨らんでいく。理想の世界を夢想する少年の背後を4人組が近づいていく。


 「二階堂!」


 体格のいい少年加藤が、そういって、二階堂一世を蹴りとばす。一世は、驚いた声をあげ、そのまま前のめりに路地に倒れこむ。上体を起こし、尻を地面に振り向くと、いつもの嫌がらせをしてくるクラスメイトがそこにいる。


「ちょうど、帰りが一緒だったから、ランドセル持てよ」


 一世は、膝の痛みに顔を歪ませながら蹴ってきた少年を見て、頭をこくりと下げ同意する。ランドセルを受け取ると、他の少年もそれに続く。


「俺のもお願いね」

「俺のも」

「はい、これ」


 そうして、一世は荷物持ち係をやらされることになる。

 太陽は、容赦なく一世から体力を奪い、体の水分を吐き出させる。片腕にランドセルを2個ずつ持ちながら、構わず歩いていく4人を必死に追いかける。息を切らしながら歩いていると、一人がいきなり大きな声を出す。


「うわっ、めちゃくちゃ汗がついているよ!」

「え、マジ? 汚いだろ、返せよ!」

 

 4人は、慌てて自分のランドセルを荒っぽく、一世からひったくる。


「うわー、きたねー」

「最悪」

「汗がつくなら早く言えよ」

「お前ふざけんな。 汚れたから、弁償しろよ」


 4人は、口々に責め立てる。弱々しくうつむく一世は、一言だけ「ごめん」と小声で謝る。


「聞こえない。 ちゃんと謝れないなら……」


 加藤は一世からランドセルを剥ぎ取り、走り出した。取り返そうとするが、3人が邪魔をする。


 加藤は住宅地の間に流れる川のガードレールの前で足を止めた。一世のランドセルを片手で川に落とそうとする身振りを見せる。

「お願い! やめて!」

 取り返そうとする一世を3人が掴んで阻止する。悲痛な反応を楽しんでいるのか、加藤はニヤニヤと意地の悪い笑みを見せる。


「お前が悪いんだからな」


  加藤は片手に持ったランドセルを大きく反動をつけて川にぶん投げた。3人を振り切って一世がガードレールまで駆け寄る。川の水面を叩くバシャンと言う音がする。幸い川の水位は川底が透けて見えるほどの深さしかなく、流される心配はなかった。


 泣き出しそうな顔をしながら、ゴミだらけの川に落ちたランドセルを眺める。 


4人はゲラゲラ指をさして笑う。


「じゃあ、行くか」


 4人は満足したので帰路につく。


 その場に残された一世は、ガードレールに両手を預け、辛い現実から逃避するように空想の世界に入り込む。川に落ちた持ち物は一時忘れ、その世界に集中する。


 明日の朝になれば、あの4人は悪いことをしなくなる。そして、自分たちが他人にしてきた酷いことを謝る。謝られた方は、それを許し辛い毎日はそこで終わる。人々は互いを尊重し平和に暮らす。

 

 なんだか虚しくなったので、一世の精神活動がそこで途切れる。そんなことよりも、今はどうやってあれを川から拾い上げるかを考えないと。


「んー、どうしよう」

 

 どこか降りられる場所はないかと視線を散らす。ガードレールを乗り越え、下を覗く。思いのほか、護岸ブロックから川までの高さがない。覚悟を決め、飛び降りると安全に着地ができた。そのまま、川を歩いていく。


 濁った水で靴も靴下も濡れてしまった。気持ち悪さを感じていたが、完全に濡れてしまえばどうってことない。

 

 無事、ランドセルを回収して、飛び降りた護岸ブロックまで戻っていく。


 目の前に来ると、あるブロックの高さに戸惑った。両手は空いていた方がいいから、ずぶ濡れのランドセルを仕方なく背負う。ランドセルの中に入っていた水が背中から垂れて来て思わず声が出る。


「うわっ、冷たい!」


 でも、これで両手が使える。ブロックの溝に指を入れてよじ登ろうとする。しかし、壁に張り付くことはできても、よじ登るには角度があって難しい。それでも、果敢に右手を上の溝へ伸ばし、左足を上にある溝まで持ってくる。


 そのとき、かけていた右足がずるっと滑ってしまった。一世は、そのまま川に派手な音を立てて、落ちてしまう。


「あーあ。やっちゃった」


 着ていた服が川の水を吸い込み、立ち上がるとぽたぽたと水が流れ落ちる。ブロックを見上げて、ここに登るのは無理そうだと判断し、そのまま川の中を歩いていくことにした。

 

 しばらく歩くと階段があった。階段を昇ればそのまま路上に繋がっていた。一世は一安心し、走って家路へ向かう。


 今日は、アニメ『地球の仲間たち』が放送しているので、急いで帰らなければならない。


 自分の住むマンションへたどり着いた。階段を駆け上り、素早く家に入る。床に汚れの足跡をつけながらリビングにいく。リビングの時計を見れば、ちょうどアニメの放送時間だ。テレビをつけ座りながら画面を眺める。


 『地球の仲間たち』は、地球に住む様々な生き物たちが一つの町に引っ越してくると言う話だ。その生き物たちは一癖も二癖もある変わり者ぞろい。その破天荒な生き物たちの繰り広げる人生ドラマがたまらなく面白い。一番熱心に見ているアニメだ。


 アニメがはじまった。前回、引っ越してきた植物のモンスターが、この町は雨が少ないと文句をいって雨のモンスターに頼み、大量に雨を降らせてもらっている。すると、動物のモンスターが植物のモンスターに注文をつける。


「いくらなんでも、降らせすぎだ。 毎日、雨なかりで嫌になる」

「でも、あなたたちは私たちを食べないと生きていけないでしょう。 少しは我慢してください」


 動物のモンスターは、困った顔をしていて「……わかりましたよ」といって引き下がる。


 そこに土のモンスターが参加する。


「こんなに雨が降ったら、私は泥になってしまう。 雨を少なくしてください」


 そういって、植物のモンスターに注意する。


「雨がないと私と動物さんが困るんですよ。 そうですよね、動物さん」


 その場にいる、動物のモンスターに賛同を求める。動物のモンスターはこくりとうなずく。


「だから、雨を少なくはできません」

「でも、あなたは私が土でいなければ困りますよね。 泥になったら、あなたは育たない」


 今度は、植物のモンスターが困ってしまった。一世は考える。みんなが納得するにはみんなが我慢しなければいけないのか、と。


 そんな3体のモンスターの頭上から、雨のモンスターが降りてきた。


「それでは、こうしましょう。 私が」

「一世、なにこれっ、床が汚れてるんだけど?」


 アニメの世界にのめり込む一世を現実が引き戻す。ピンっと、直立し、怒声のする方を向く。夕方になるまで寝ている母親が起きて来て、濡れた床のことを聞いている。アニメの時間に間に合わないと焦っていたために、服で濡れていたことをすっかり忘れていた。


「ええと……川に入ったから……」

「え、どう言うこと? 川に入った? どうして?」

「川にランドセルが落ちちゃったから……」


 か細い声で弁明をする一世に、母親は厳しく問い詰める。


「意味がわからない。 どうやったら落ちるの? ん? ちょっと待っておまえっ!」


 母親は、声を荒らげ右手で一世の頬を打ちつけた。一世は、よろけて床にへたり込む。痛みと、精神的な悲しみで涙が目に溢れてくる。


「ふざけんなよ! 服まで全部汚れてんじゃねえかよ! カーペット見ろよ。 なんで気が付かないわけ」


 さらに叩かれて、ついに一世は声を上げて泣き出した。


「もー、うるさいって。 泣くのはいいから早く、掃除しろよ」


 母親の声は耳に入らない。胸にわだかまる悲しい思いが、母親の心ない仕打ちで耐えきれなくなった。大きな声で泣きじゃくる。


 すると、苛立たしげな足音をさせて父親がやってきた。


「さっきから、うるせえよ。 寝られねえだろうが!」


 父親の怒鳴る声は聞こえるが、泣くのを止めらない。


「だから、うるせえって言ってんだろうが」


 父親はサッカーボールを蹴るように一世を蹴り飛ばした。


 一世は激しく吹っ飛び壁に頭をぶつけてしまう。その衝撃で泣き止んだものの、父親の怒りは収まらず動かない一世を何度も足で踏みつける。踏みつけられるたびに何度もうめき声をあげるが、泣き声は一切もらさない。さすがにまずいと思ったのか母親が父親を止めにかかる。


「もういいって。 静かになったんだから」


 怒りが収まりダイニングの椅子に座る父親を見て母親は食事の準備に取り掛かる。


 一世は、横になったまま動かない。


 「これなら、文句はないですね」

「私も賛成です。 この町に、引っ越してきてよかった」


 テレビから、モンスターの声が聞こえる。その声は遠くから聞こえるよう思えた。アニメのことはすでに頭の中にはなかった。両親の仕打ちに心の底から傷つき打ちひしがれていた。


 精神的な深い痛み覚えると決まって身動きすることができなくなる。


 ぼくのせいじゃない。あの4人が悪いのに。どうして、ぼくが叩かれたり蹴ったりされなければいけないのだろうか。


 辛い人生を送る人みなが幸せに暮らせる世界に住みたい。平気で人を傷つける人たちのいる世界なんてどうでもいい。

ここから早く消えてしまいたい。


「この町を作るのは私たちです。 互いに話し合って住みよい町を作っていきましょう」


 誰も見ていないテレビの画面には雨のモンスターが映り、その後にエンドロールを迎えた。


 食事を終え、身支度を済ませると両親は夜の仕事へと出かけて言った。ポツンと一人、リビングに残された一世は、相変わらず横になったまま動かない。


――もう耐えられない。


 少年は心の中で強く念じる。神様でもなんでもいい、誰もが幸せに暮らせる世界に連れていってほしい。


 連れていってくれないなら、この世界を作り変えてほしい。  


 お願いだから、早く。

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