第七話 【さすが先生】
「これは……魔物……。それもホワイトラビットよりも大きい魔力の気配がします。ここから二〇メートルほどの距離……どんどん近づいてきます!」
アンジュの言葉どおり、葉擦れの音も次第に大きくなり、何者かがこちらに近づいてくるのがわかる。
「――わかるのか?」
「はい。――一〇……五……きます!」
茂みから現れたのは俺の腰ほどの背丈の緑色をした醜悪な化け物。
右手に棍棒を構え、既に臨戦態勢を整えている。
「――ゴブリンか」
Dランクの攻撃的魔物だ。
ホワイトラビットよりも力が強く、攻撃をまともにくらえばそれなりのダメージは負うだろう。
だが――ゴブリンの一体程度に怯んでいては、この先が思いやられる。
そう思い、アンジュを傍目で確認すると、アンジュも杖を構え臨戦態勢を整えていた。
――要らぬ心配だったか……。
「アンジュ。一人でなんとかできるか?」
「はい!」
先のホワイトラビットへの一撃で自信をつけたのか、威勢よく返答する。
ゴブリンはじわじわとこちらとの距離を詰めている。
そしてその視線の先にはアンジュの姿。
どうやらゴブリンもアンジュに狙いを定めたようだ。
ゴブリンがアンジュに突撃しようと脚に力を込めた瞬間、アンジュの口が開かれた。
「【烈風魔法】!」
アンジュの杖の先端に小さな魔法陣が展開。
ゴブリンに向けて風弾が放たれた。
風弾はゴブリン目掛けて真っ直ぐに突き進む。
しかし、ゴブリンは右手に構えた棍棒で風弾を撃ち飛ばした。
――土属性のゴブリンには風属性が有効だ。だが、半詠唱の威力ではさすがに厳しいだろうな。
魔法には完全詠唱と半詠唱、無詠唱がある。
無詠唱は魔法を極めたものにしか扱えないが、半詠唱であれば駆け出しの魔導士にも扱える。
そして今回のアンジュの魔法は半詠唱にあたる。
完全詠唱に比べ魔法の威力は落ちるが、発動までの時間が大幅に短い利点がある。
近接戦闘の苦手な魔導士職での単独戦闘は半詠唱で相手との距離を保つのがセオリーだ。
もちろんアンジュもそんなことは理解しているのか、
「【烈風魔法】!」
「【烈風魔法】!」
「【烈風魔法】!」
風弾を連発し、ゴブリンの脚を止め続けている。
だが、それだけだ。
全て弾かれてしまい決定打にはなり得ないのだが――。
そう思った直後、ゴブリンの周囲に砂煙が立ち込め始めた。
なるほど、アンジュの狙いはこれか――。
ゴブリンに弾かれた風弾は地面を削るようにして吹き飛ばしていたのだった。
そして吹き飛ばされた地面は砂煙となってアンジュとゴブリンを包み込んだ。
アンジュは砂煙の外へとすかさず移動して、
「響け響け。空駆ける風のごとく! 【烈風魔法】!」
砂煙の中心へと向けられた杖の先端に大きな魔法陣が展開し、先程までの風弾の倍はあろうかという巨弾が放たれた。
その巨弾は轟音を響かせ、砂煙を吹き飛ばすように真っ直ぐ突き進む。
そしてゴブリンの姿が露わになったと思われた直後、巨弾はゴブリンを飲み込んだ。
ゴブリンはまるでゴミのように大きく吹き飛ばされ、遠くの巨木の枝へと突き刺さる。
「…………ふぅー……た、倒せた……」
アンジュは先ほどまでの勇ましい顔から、気の抜けた顔へと戻る。
「やばそうだったら手助けしようと思っていたが、その必要はなかったな」
しかし、アンジュは思っていたよりもセンスが良いのかもしれない。
いくら妖魔の杖による強化があるとはいえ、Eランク冒険者がDランクの魔物を単独で倒したのだ。
それなりの快挙であろう。
「ははは……さすがに魔力も限界だったみたいで、もう立ってるのも限界です……」
フラフラと
「魔力枯渇か」
「はい……またやってしまいました」
俺の指摘を気にしていたのか――。
「今回のは俺の無茶振りの責任が大きい。――アンジュはよくやった。俺の想像以上だ」
「ほ、ほんとですか!!」
先ほどまでの顔はどこへやら、一転して満面の笑みを浮かべるアンジュ。
「ああ。本当だ。――アンジュはここで少し待っていろ」
そう言うと俺は吹き飛ばされたゴブリンへと近づく。
ゴブリンの全身には切り刻まれたような裂傷。それはアンジュの風弾の威力を物語っていた。
そして短剣を使って魔石を取り出す。
それは緑色に輝いていた。
――他の素材は……傷だらけで駄目そうだな。
魔石を【宝貴の箱】に収納し、アンジュの下へと戻る。
村まで俺が送り届けるのも大変だからな――
アンジュの足元に手を向けて、
「【宝貴創造】」
◇◇◇◇◇◇
【宝貴創造】が発動。
【宝貴の箱】の素材〈魔石(C)〉を使用し、
〈魔力の薬〉を生成しました。
◇◇◇◇◇◇
不思議そうな顔で俺の一挙手一投足をみつめるアンジュをよそに、スキルを発動。アンジュの足元に宝箱が現れた。
「――これは??」
「それを使いなさい。全快とまではいかないだろうが、魔力が回復して少しは動けるようになるはずだ」
アンジュが宝箱を開けると、そこから紫色の液体の入った小瓶を取り出す。
「――!?」
「魔力の薬を見るのは初めてか? 色はあれだが効果は保証する。臆せず飲んでみるといい」
「は、はい……!」
アンジュは小瓶を開けると、グイッと飲み干す。
するとアンジュの身体がぼんやりと光る。
「す、すごい! 力が戻ってくるのがわかります! さすが先生です!!」
「…………それだけ元気があればもう大丈夫だな。もう少しだけ狩りをして帰ろうか」
――この後アンジュの「さす先」は、ミズイガルム村に戻るまで続いたのであった。
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