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声で創造、演じ、恋をする  作者: 早乙女なな
7/13

7「夢を持ちましょう」

教室にて。

「りこ、ちょっと」

私は教室の隅にいるりこを見つけ、声をかけた。


りこは、私が声をかけてきたのに対して驚いたのか、目を丸くする。が、すぐにいつもの無表情に戻った。


「なに、何か用?」

冷たい声が響く。なぜそこまで機嫌が悪そうなんだと思いつつ、めげずに話を続ける。


「話したいことがあるの。このあと屋上に来てくれる?」

は?と、りこは眉間にシワを寄せる。訳がわからないという顔だ。


「何でよ。もう絶交じゃなかったの?ホントあんたって適当っていうか……」

「いいから来いって言ったの」


私は威圧的な声でりこをさとした。意外と、りこには効いたようだ。

「わかったよ、そんな怒鳴らないで」


怒鳴ったつもりは全くないんだけど。

とりあえず、屋上には来てくれるようだ。

「じゃあこのあと、よろしく」


私はそれだけ言って、りこの前をあとにした。

もう、やりたいようにはさせないからね。






放課後、屋上に行くと、まだりこは来ていなかった。

「そのうち来るといいんだけど……」


結局来なかった、なんてこともありえるかもしれない。

それでも、待つだけは待ってみようと思う。


言いたいことは言いたいし、どうせなら殴ってやりたいとも思っている自分がいる。

でもそんなことは許されないし、やっぱり最終的には話し合いになるんだろう。


柵まで近づいて、街の風景を見てみる。

この街のどこかには推しがいて、作品を作り上げるために活躍してくれている。


よく

「ファンのみんながいないと成り立たない仕事」

って言ってくれる人もいるけど、それはこちらも同じ。彼らがいるから私たちは作品も、その人自身も含めて応援し続けられるんだと思う。


その声優という職業を目指すことを否定されたのは許せないし、無駄なんてことは何ひとつないような気がする。

「早くしてくれる?」


後ろを振り向くと、いつ来たのか、りこがそこに立っていた。

「来ないかと思った」

「来なかったらまたキレるでしょ」


少しの間、睨み合いが続く。

「単刀直入に聞くよ」

覚悟を決めて、私はりこの目を見て、口を開いた。

「りこでしょ。クラスに私が夜出歩いてたのを広めたのは」


りこは、わけがわからないという顔をした。

「ちょっとよくわからないんだけど」

「嘘つかないで」

私は声を荒らげた。


「私のクラスのみんなの個人LINEに入れるなんて、ほかのクラスの子じゃありえない。ましてや、夜に遠目から私だってすぐわかるなんて、りこくらいしか思いつかない」


「だからなに?」

と、りこは鼻で笑った。

「夜遊びしてたのは事実でしょ。痛い目見るのはあんたなんだよ。みんなあんたから離れていく」


「みんなは逆に心配してくれたよ」

私は言い返してやった。

だんだんと、身体が熱を帯びていくのがわかる。

「大丈夫?とか、相談があったら乗るよって言ってくれた。りこ、あんた1人の告げ口くらいじゃ、みんな離れていかないんだよ」


やめて、と、りこが叫ぶ。

「私はあんたが嫌い。夢を追いかけてるから。いつもキラキラしてるあんたが大嫌い」


突然の発言に、驚きを隠せない。

キラキラしてる?私が?

試行錯誤の繰り返しで、悩みごとばかりなのに。

「キラキラなんかしてないよ」

私は首を横にふった。


「嘘だね」

りこは、私を見て鼻で笑った。

「いつも推しの話をして楽しそうにしてるのは誰?声優になるんだって言って、目をキラキラさせて本を読んでたのはどこの誰よ」


「それは……」

「いつも自分が目指したいことにまっすぐ向かってぶつかっていって、やりたいことに一生懸命だった」


りこの声が、さっきよりも穏やかになっていく。

「私にはそれができなかった。だから難なくこなしてるあんたに腹が立った。そうやって夢を叶えようとする姿に」


りこは、下を向いて立ちすくむ。

「私だって、声優になりたかった」

ボソッとだが、確かにそう言っているように聞こえた。

「あんたと声優になれたら、どんなによかったか……」


「ちょっと待って!」

私は驚いて、りこの言葉に待ったをかける。

「りこもなりたいの?声優」

「なりたかったの」

りこは言葉を修正するように言った。


「私には無理だよ」

「誰が決めたの?」

私が聞くと、りこは


「学年主任と私」

と言った。


そんなの違う。

りこ。あんたは大きな勘違いをしてるよ。


「そんなの信じなきゃいい」

私の言葉に、りこははっとしたようにこちらを向いた。


「誰が何と言おうが、他人に自分の可能性を否定される権利なんかない。自分がやりたいことには、全力でぶつかっていいと思うよ」


「でも、現実的に考えて、もう進学先を考えないと……」

「進学先は声優養成所でしょ」

りこは、また訳がわからないというように首をかしげる。


「進学しなきゃいけないとか、就職しなきゃいけないとか、そんなの誰が決めたの?アルバイトしながら養成所に通ってた声優さんも沢山いる。大学に通いながら養成所に行った人もいる。りこ、道は1つじゃないんだよ」


「そんなこと言われたって……」

と、りこはその場に立ちすくんで、もじもじしている。

「きっと笑われるし、親は安定が1番だって……」


「あんたの人生だよね?」

私は更に問い詰めていく。

もう弱音なんか聞きたくない。

「親に任せるの?自分の気持ちは?目標があるんだから、そこに向かって走っていけるじゃん」


りこは少しこちらを見る。

「あんたの人生は、あんたが決めればいいの。親とか安定とか、関係ないから」

少しの間の沈黙。


聞こえるのは風の音だけ。

「……まだわかんない」

りこが、恐る恐るといったように口を開く。


「本当に声優になりたいのか、今は決められない。でも、自分が行きたいって思う道に進みたい」

あんたのおかげで決心がついたよ、と、りこは言った。


「生半可な気持ちで声優は目指せない。もうちょっと勉強を頑張ってみる」

……なんだ。

ガタガタと、私の中の熱が崩れ落ちる。

さっきの熱弁が恥ずかしくなってきた。


「そっか」

私は力なく言った。

「でも」

と、りこが付け加える。


「いつか私もなるよ。声優って憧れだし」

"憧れ"という言葉に違和感を覚えた。

「今までのことも謝るよ。だからさ」




先生には噂を広めたこと、言わないで欲しいな。




「え?」

「今まで莉菜に言ってたこととか、申し訳ないなって思うし、また友人としてやり直したいし。平和が1番というか」


何を言ってんの、りこ。

何だか、バカにされたように感じる。

そんな言い回しで、いいよなんて言うと思ったのかな。


また身体が熱を帯びるのを感じる。

「つまりは、今回の件は穏便に済ませたいと」

「莉菜もそう思うでしょ?」

りこはパチパチとまばたきをして、私を見る。


いや、そんなふうに見えただけかもしれない。だけど。

明らかに腹は立っていた。

一体、何様のつもりだろうか。

「ふざけんなよ」


内から溢れ出る熱を、今は吐き出そうと決めた。

「穏便に済ませたいのはりこでしょ?自分のことは大事になってほしくないわけだ」

違う違う、と、りこは必死に首を振っている。


イタズラがバレた時の犬みたいだ。

「何が違うの」

私のいつもと違う声色に、りこの表情が張りつく。

「あれだけ声優なんかやめとけとか色々言っておいて、今更だよ。私が許すと思ったの?」



謝れば済むだろうなんて思わないで。



私はそれだけ言って、りこの真横を通り過ぎる。そして、思い切り屋上のドアを閉めた。わざと音が大きく聞こえるようにした。

数秒前の私をなぐってやりたい。

「あいつに期待はするな」












職員室内。

目の前にいる浅沼が、あぐらをかいた。

「そっかぁ、アイツだったかぁ」

「学年主任も、りこの話を聞いたのかもしれない」

私が言うと、浅沼はさらに頭を抱えた。


「勘違いは訂正しなきゃだが、相手がなぁ」

「先生が言えないなら私が言う」

えぇ?と、浅沼が素っ頓狂な声を上げる。

それに驚いた教師たちが、一斉にこちらを振り向く。


「ずっと悪いことをした人、みたいなイメージのままなんて嫌だ。先生が反論出来ないなら、私が直接言いに行く」

やめとけ、と浅沼が首を振る。


「ちょっと来い」

浅沼は廊下まで出て、私を呼び出した。

小走りで浅沼の元に向かう。

「正義感があるのは大事なことだよ。でもな、周りの目っていうのもそろそろ気にしなきゃいけない時期だ」


「自分を偽るまで気にしなきゃダメなの?」

私はまだ引き下がらない。

何事かと、時々通りかかった生徒がこちらを見る。

ちょっと恥ずかしい気もするけれど。


「私はそうは思わない。誰に対してだって、自分の意見を言う権利くらいある」

「あのなぁ……」

浅沼は困った、というような感じで頭を抱えた。


「お前、まっすぐなのはいいんだけどよ、時々まっすぐすぎるんだよな」

浅沼はふぅ、と一息つくと、もう一度私の目を見た。


あれ、そろそろまこっちゃんのグッズ販売の時間だ。

「来見田、お前そのままだと社会で生きて行けねぇぞ」


え、どうしよう。今回なんのグッズ販売してたっけ。店舗受け取りしてたかな。お金いくらくらいあったっけ?待って、後でサイトチェックしないとじゃん。


「く、来見田?」

「あ、すいません」

「すみません、だろ」

別にいいじゃん、とケチをつける。


「変なところ子どもだよな、お前」

「先生に言われたくないんですけど」

もうそろそろいいですか?浅沼はうんと、1つうなずいた。

さて、いつ襲撃してやろうか。


その前に、グッズ確認か。








「どういうことですか」

いや、聞きたいのはこっちなんだけど。

目の前に学年主任、その隣になぜかりこ。

そして、私の隣には浅沼が座っていた。


ここは学生相談室。普段なら使うことはほとんどないであろう場所に、私は担任と座っている。

何だか気まずくなってきたので、壁にかかっている時計を見る。

時刻は午後5時を指していた。


その日の放課後、下校の電車の中でまこっちゃんのグッズ情報を見ていると、突然スマホがブルブルと震えだし、画面が切り替わる。


名前は書いていない。何度か見たことのある番号だ。ちょうど途中の駅で止まったので、一旦降りて電話に出る。


「もしもーし、先生?」

「来見田、今すぐ学校に戻ってこい」

……え?

「何で?もうすぐ家なのに」

「悪いな。でもどうしてもなんだよ。いくらでも待ってやるから、来いよ」


というわけで、急いで電車を乗り換え学校に戻り、指定された相談室に入ると、この状況になったというわけだ。


「突然話し合いがしたいなんて、これも来見田さんの発言ですか?」

学年主任がイライラした様子で口を開いた。こっちまでイライラしてくる。


「私が呼びました」

いつもの雰囲気はどこへやら、担任の顔をした浅沼が、そこに座っていた。

「下校途中の来見田を、私が呼んでわざわざ来てもらいました」


なぜ?と学年主任が首をかしげる。私も突然の出来事すぎて、頭が回らない。

そんな私を察したのか、今回は浅沼がよく話してくれる。


「彼女が新情報を持ってきてくれたんです。誰が変な噂を広めたのか」

一瞬、りこの目が私を捉えたように見えたが、気のせいだと思うことにした。


「もったいぶらず早く言いなさい」

学年主任もそろそろ限界になってきたのだろう。少しだが声を荒らげて浅沼に命令する。相変わらず更年期らしい反応だ。


「りこです」


声を出したのは、浅沼ではなく私だった。

「えっ?」

りこがこちらをハッとして見る。

「りこが、私に直接言ってくれました。そして、噂を広めたことは言わないで欲しいと」


明らかに、りこの目つきが変わったのがわかった。

「ちょっと……」

「これでも私が全部悪いんでしょうか、先生」

私はまっすぐ学年主任を見た。


りこ本人は完全に下を向いてしまっている。

学年主任はというと、どうも何か言いたげな表情を浮かべている。


どうすればいいかわからなくなって、浅沼の方を見る。

浅沼も私の方を見て、相手に見えないようにガッツポーズをしていた。


何してるんだ、この人は。

「りこが言ったことは事実じゃないし、私も迷惑でした」

私は負けじと言葉を発している。


勝った。と思ったのも束の間。

「でもですね」

学年主任が顔を上げた。

「夜出歩いていたことはいいとして、夢ばかり見ているあなたの姿勢はどうかと思いますが?」


またその話?

学年主任が、もう言いますけどね、と言って座り直す。

「あなたはやりたいことをやると言っていましたが、社会ではそうはいかないんです。ましてや好きなことを職業にして働くなど、出来るのは極わずかの人間」


あなたにはそれがわかっているのかしら、と私を嘲笑う目でこちらを学年主任が見る。


腹が立つ。


「人生とは、安定が1番です。変な幻想を抱くのはやめなさい」


ふうん。

幻想、ね。


「わたくしからは以上です。話がもうないなら……」

「先生こそですよ」

学年主任が、ペラペラ動いていた口を止める。

「先生こそ、変な幻想を抱くのはやめたらどうです」


みるみる、学年主任の顔が赤くなる。

まだ、自分の非を認める気はなさそうだ。

なら、言いたいこと全部言ってやる。


「人生は1回しかないんです。その中で自分がやりたいことをしたいと、私は思ってます。誰かに茶々を入れられる権利もないと思ってます。それに……」


学年主任の目をよく見る。

「先生は、私たちが1年の時の朝会で何と言ったか覚えていますか?」

「そ、そんな前のこと……」


"夢を持ちましょう"


「先生は、夢を持ちましょうと言いました」

学年主任が、うーんと首をかしげる。

「私、そんなこと言ったかしら……」

「言いました。よく覚えてますから」

あの時の学年主任の発言は、ありきたりだったけど、私を輝かせてくれた言葉だった。


「"夢は、私たちに可能性を与えてくれる。夢を持って、あなたたちも羽ばたいてください"。先生は、そう言ってくださいました」


よく覚えてんなぁ。と、横で浅沼が感嘆の声を上げる。

「だから私は、その言葉を信じてきました。夢を持って、羽ばたいてやろうって」


でも、違った。


「大体の先生はそう。小さいうちは夢を見るよう言い聞かせて、自立が近づいてくると、途端に現実を見ろと落としにかかる」


浅沼も少しビクッとしつつ、私の方を向いて話を真剣に聞いてくれている。

こんな先生が担任だったことを、今更ながら誇りに思うよ。


「先生たちが言う"夢を持ちましょう"というのは、ただのその場しのぎの言葉なんですか?私たちを従わせるためだけの上っ面の言葉なんですか?」


学年主任は黙り込んでしまった。りこはというと、あまりの私の発言っぷりに口を開けてこちらを見ている。


そんなに口をあんぐり開かれても、困るんだけどな。

まだ学年主任が何か言うと思ったが、学年主任は口をつぐんだままだった。


もう、言うことはないのだろう。

なら、私も言うことはない。

「もういいですか」

ええ。と学年主任。


「あなたの好きなようにすればいいわ。私が何か言われる筋合いはない」

「じゃあ僕も失礼します」

と、浅沼が立ち上がる。


私も一緒に立ち上がって、前にいる2人に一礼する。

「ありがとうございました」

私はそのまま踵を返して、ドアを開ける。そして相談室を出ると、ドアをゆっくり閉める。


「やるじゃん、来見田」

「先生も、ありがとうございました」

私は浅沼に頭を下げる。

「先生もいたから、言いたいことが全部言えました。本当にありがとうございました」

今回だけだぞ?と浅沼がニヤニヤとこちらを見る。

だから、気持ち悪いって。




無事仲間のみんなの誤解も解け、それ以来りことは全く話さなくなった。

1人と話さなくなったくらいで、クラスでの交流は廃れることはない。


それに、私には雪ちゃんもいる。声優を目指すという夢を、ずっと応援してくれているのは雪ちゃんだ。

だから私は、雪ちゃんの期待に応えないといけない。


きっとその先に、想像以上の未来があると信じて。






想像以上の一報が舞い込んできたのは、それからわずか数週間後のことだった。



大変更新が遅れて申し訳ありません!

「待ってたー!」という方も「いや、むしろまだやってんだって感じ」という方も!読んでいただけたら幸いです。

だんだん方向性を見失いつつありますが(笑)彼女を夢に向かって走らせるという目的は忘れずに、執筆していきたい所存です。

長い目で見守っていただけたら嬉しいです。

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