6 誤解と怒り
それからというもの、家庭内事情は修復され、学校内の交友関係はスッキリしたりと、何かと明るい方を向き始めた毎日。
高校卒業が近づくにつれて、色々な事が変わりつつあるのかもしれない。
それでも1つ、変わっていない事といえば…。
週5通いのオタ活!
相変わらず、グッズ専門ショップに週5で顔を出す事はやめていない。ほぼ、これを毎日目的に生きていると言っても過言ではないのではないだろうか。
これがなくては、毎日を生きられない。
前と違うのは、雑誌などは視点をかなり変えて読んでいるという所だろうか。
以前は、インタビュー記事などはあまり読まずに、載っている写真だけを見る事が多かった(推しを眺める事が最優先だ)。
今はというと、インタビュー記事にはほとんど目を通している。どのキャラクターをどんな気持ちで演じているのか。毎回のアフレコの中で、どんな準備をしているのか。
そんな内容があれば、すぐにノートに書き取る。言ってしまえば、雑誌は声優になりたい人にとって、研究材料にもなるのだ。
雪ちゃんとも、あれからずっと連絡を取っている。年下かどうかは関係ない。後輩かどうかも関係ない。好きな事を語り合える仲間がいるだけで、幸せなのだ。
今は、推しを追いかける幸せはもちろん、夢を追いかける幸せも感じている。仲間がいる事の幸せも感じている。
こんな平和な日々が、ずっと続くと思っていた。
でも、神様はそうなるように人生を作っている訳ではないらしい。皆と同じように、私も例外ではなかった。
お母さんが浅沼に呼び出されたあの日から、少しクラスの様子がおかしい事に気づいた。
コソコソ話が、増えた気がする。
いじめられている訳じゃないし、そんないじめっ子グループもこのクラスにはいない。
至って平和なクラスのはずなのに。
私の事を話しているのか知らないが、どうにもこちらをチラチラと見ているような気がしてならない。気がする、だけかもしれないけれど。
事件が起きたのは、その日の昼休みだった。弁当を食べ終わってすぐの事、教室に浅沼が入って来た。
「来見田、いるか?」
浅沼に呼ばれ、私は席を立って廊下に出た。
「何ですか?」
「学年主任に呼ばれてる。俺も行くから、お前も来い」
え?どうして?私、何かした?
心当たりがなかった。これまで担任に呼ばれる事は何度もあったけど、学年主任にまで呼ばれてしまうなんて。
しかも浅沼まで一緒とは、なかなかだ。私はとりあえず、浅沼の後ろについて行く事にした。
そんなこんなで主任がいる部屋まで通され、浅沼がドアを閉める。
「失礼します」
「そこに座って」
冷たい声で、学年主任が言った。この人には多分、喜・哀・楽がない。
言われた通り、指定された椅子に座る。まるで三者面談の時の構図で、浅沼は私の隣りだ。
「今日呼ばれた理由はわかりますか」
骨まで凍る声で学年主任が言った。
「わかりません」
私も淡々とした対応で対抗する。はぁ、と学年主任が大きくため息をついた。
「これだから不良は困るわね」
え?今、何て言ったの?
「主任、それはどういう…」
浅沼も驚いているようだ。自分の生徒が不良なんて思ってもいなかったのだろう。
「話はこちらまで来てるんです。しらばっくれるのはやめてもらいたいですね」
今まで青白かった学年主任の顔が、段々とピンク色になっていく。
「きちんと説明してもらいたい」
ちょっと待ってよ。
きちんと説明してないのはそっちじゃないの?
「先生こそ説明してください」
ここで引き下がる訳にはいかない。そんな不良と呼ばれるような事をした覚えはない。
「私には呼び出されるような事をした覚えはありません。浅沼先生とも話をした記憶はないですし、母が呼ばれたという報告もありません」
まあ、後半は半分嘘だけど。
そうか、と学年主任。
「なら説明しましょう。あなたが思い出せるように」
思い出せるように?頭の上のクエスチョンマークが消えぬまま、学年主任が話し出す。
「警察から連絡が来たんです。うちの学校の生徒が夜8時以降に外をうろついていたと」
それは…あの日の事かな?
もう過ぎた事だと思っていたんだけど。
「あの、それはもう解決した事なので…」
「いつ?」
威圧的な声色で、学年主任が言う。
「まずそういう問題が起きたら、学年主任に伝えるのが先でしょう。私は報告を受けていませんが?」
あんたに言う必要は無いだろ、と噛みつきそうになったが、何とか堪えた。
「そこまで事は大きくなかったからです。先生が思っているほど、大きな問題にはなりませんでした」
「大きくなかった?」
学年主任はオウム返しで聞いてきた。
「本当に、これだから意識のない子は困るのよ」
学年主任はわかりやすく、やれやれといった仕草をした。
「あなた、法律を知らないんですか?8時以降、18歳未満は親の同行なしに外を出歩いてはいけないんです。あなたは法律を破ったんですよ?」
と、次々と説教の言葉を吐く学年主任。どうしてこんな怒られなきゃいけないの?よくわからない。
「あと」
と、学年主任が口を開く。
「私、小耳に挟んだんですがね」
他にも何かあるんだろうか。そわそわしつつ、学年主任からの言葉を待つ。
「あなた、声優になりたいそうね」
…え?
どうして学年主任がそんな事を知ってるの?私、誰にも言ってないけど。
誰から聞いたの?
「とりあえず無理だから。そんな考えは捨てなさい」
突然の学年主任の言葉に、浅沼も驚きを隠せないようだった。
「主任、その言い方は…」
「もう3年生ですよ?」
学年主任が、浅沼の言葉に被る勢いで言う。
「そろそろ現実を見るべきです。就職活動もあるだろうに…」
そんなの、余計なお世話だ。好きなものを目指して、何が悪いの?
「私はやりたい事をやります」
私は、学年主任の目をまっすぐ見つめた。
「もう3年生。大人に近づく年頃ですから、大人に言われるままの道は歩きたくありません」
私はハッキリ言って、その場を去ってやろうと思った。しかし、これで失礼しますと言う前に、学年主任が叫んだ。
「何ですか、その無礼な態度は!」
勢いで席を立つ学年主任。無礼なのはどっちだよ。
「良いですか。あなたがこの前夜道をふらふらしていた事は、クラス全体に知れ渡っているんです!」
どうするつもりですか、とまた怒鳴り散らしている学年主任。しかし私には、どうでも良い事だった。
クラス全体に?知れ渡ってる?
どういう事なの?
「広めた人は誰なんですか」
うるさい口を止めるように私が叫ぶと、学年主任は一瞬ビクッとして口を閉じた。
「先生もずっと勘違いしてるようですけど、私はただ遊んで外を歩いていた訳ではなく、友人の落し物を探していたんです。
一旦切り上げなかった私も悪いとは思ってますけど、そんなに怒鳴られる程悪い事をしたとは思ってません。
間違った内容で話が広まるのは、私も困ります。話を広めた人が、いるんじゃないんですか?」
私が問い詰めても、学年主任は
「私にはわかりません」
と言うばかりだった。
「とにかく、これ以上変な真似をしないようにお願いしますね。学年の評価が下がりますので」
もう帰ってよろしいですよ。と学年主任は吐き捨てると、今いる教室をそさくさと後にした。
すると、これまでほとんど口を開かなかった浅沼が、口を開いた。
「いやぁ、相変わらず当たりが強いな」
「何で何も言わなかったんですか」
担任のくせに。
「私の担任なら、自分の生徒を守る事くらい出来るでしょ。私、学年主任に根も葉もない事言われて、怒鳴られて。こんな状況辛すぎますよ」
あ、ごめん。と浅沼は男らしくない声を発した。
何て頼りない男だ。
「悪い。やっぱりあの先生には俺も強く言えねぇんだよ」
「学年主任だから?」
私が問いただすと、浅沼は黙り込んでしまった。
「大人の事情だか何だか知らないけど、そんなの私には関係ない。絶対にあいつをぎゃふんと言わせてやる。先生も見といてね」
「お、期待しちゃおうかな」
浅沼はニヤニヤしながらこちらを見た。だから、気持ち悪いよ。
でも、そんな事は良い。
私の夢を否定した事は絶対に許さない。
私の夢を、潰されてたまるか。
教室に戻ると、普段割と仲の良い女子軍達がこちらを心配そうに見てきた。
「莉菜、大丈夫?この前家出してたって聞いたけど」
「何か悩みがあったら言ってね?相談乗るから」
など、まるで私がストレスを抱えている少女のような扱いになっているのだ。
「私、家出なんかしてないけど…」
え?と同時にみんなが声を上げる。
「だって、みんなに話が回ってきたよ?莉菜がヤバいって」
話を聞くと、誰かがあの日雪ちゃんとチケットを探していた所を見て、私がグレて家出をしてしまったんだと勘違いしてしまったらしい。そこで、話が広まってしまったんだそうだ。
「でも私はグレてないし、家出もしてないよ」
「なら良かったぁ」
みんながホッとため息をつく。
「でも、誰がそんな事言い始めたの?」
それがね?と、みんなが意味ありげな顔をする。
「みんなのLINEにメッセージが来たんだけど、すぐに相手のユーザーが退出しちゃって。怪しいなとは思ったけど、変な人が私達の個人垢知ってるわけないよなって話になって」
という事は、このクラスの誰かが情報を流したって事?じゃなかったら、個人のアカウントに連絡を取るなんて、他のクラスの子じゃとても出来ない。
「私も迷惑だよ。誰かがペラペラ話したせいで、さっき学年主任に怒られたんだよ。先生も勘違いしてたけど、アイツ謝ってくれなかったし」
「まぁまぁ、アイツなんて言わないの」
1人が、私を慰めてくれた。
「でも嫌じゃない?莉菜は何も悪い事してないのに」
「仕方ないよ。過ぎたことだし」
私はそう言って、何とか自分の感情を押さえ込んでいた。
昼休みに、私と雪ちゃんはいつものところで待ち合わせをしていた。
「雪ちゃんー、私今日大変だったんだよー」
「え、何があったんですか?」
私は、先程起きた事を全て話した。
「えっ。何だか…ごめんなさい」
雪ちゃんが私に頭を下げた。
「何で謝るの!雪ちゃんが悪いわけがないじゃない!」
私は慌ててしまった。そんな事、思ってるわけないでしょ。
「大体、あの学年主任もおかしいんだよ。夢は無駄だから諦めろとか、色々訳わかんない事言ってくるし…」
「え?!」
途端、雪ちゃんが急に立ち上がった。
「そんな事先輩に言ったんですか?信じられない!」
「まぁ、私は大丈夫だから落ち着いて」
まさか、こんなに雪ちゃんが怒るとは思わなかったけど。
「私的には、声優を侮辱されたような気がして、凄く嫌だった。本当に凄い職人さん達の集まりなのに」
うんうん、と雪ちゃんは静かにうなずいてくれている。
「とりあえず私は、誤解を解きたい」
私は座っていたベンチから立ち上がった。
「夜遊びなんてしてないし、声優になる事は不可能じゃない。やってみせる」
私は雪ちゃんの方を見た。雪ちゃんも笑顔で、私の方をじっと見つめていた。
「まずは、こんなに話を広げた奴をしょっぴきたいんだけどな…」
私は頭を抱えてしまった。元を辿ればそいつのせいだったりするんだけど。
ふと雪ちゃんの方を見ると、何やら下を向いている。
「何か気になる事でもある?」
すると雪ちゃんは、ポツポツとある出来事を話し始めた。
私が雪ちゃんと関わるようになってから、私と同じクラスの子から話しかけられるようになったそうだ。
「それがりこって事?」
雪ちゃんは、こくっとうなずいた。
「先輩と仲が良いからって言われて…私も色々話せるかなって…」
雪ちゃんは、私といつも話している事などを話したそうだ。
つまり、アイツは嘘をついて雪ちゃんに近づいた訳だ。
だって過去形にしなかったんだもん。
「りこが怪しくなって来たな。ちょっと問いただしてみようかな」
「私も行きます。元は多分私の責任なので」
と、雪ちゃん。
そ、そんな!
「雪ちゃんは悪くないよ!自分を責めないで。私の問題だから、私だけで大丈夫」
そう、これは私とアイツの問題。
だから、ケリをつけるのは私なんだ。
何だか最近感想とレビューを頂ける機会が増えまして。閲覧数も気付かぬうちに伸びていました。
皆様、ありがとうございます!!
皆様に少しでも私の作品が届いているのかと、感動しかありません。
大学生活の方も忙しくなり、更新頻度はかなり落ちるとは思いますが、応援していただければ幸いです。
よろしくお願いします!!!