5 絶交
雪ちゃんの言葉を、オウム返しで返す。
「声優養成所?」
「はい、プロの声優になる為に入る、声優専門学校みたいな場所です。とはいえ、学校と両立して通う人もいるみたいですけど」
それに、と雪ちゃん。
「ここ、まこっちゃんも出てるみたいです。まこっちゃんも通っていたなんて、親近感湧きますね」
養成所、か。
どんなものだろうと、雪ちゃんが開いたページを見てみる。
「…高くね?」
まず、養成所に入る為のオーディションもあるだろうし、その壁を乗り越えて、更に金銭面の壁も乗り越えなければならない。
そうなってくると、未成年のうちに通う事は難しい。
「雪ちゃん。せっかく見せてくれて申し訳ないけど、私は無理だよ。お金ないもん」
私がそう言うと、雪ちゃんは
「はっ」
と息を呑んだ。
「そっか、お金払わなきゃ…」
詳細を見ず、すぐに持ってきてくれたのだろう。それだけでも、十分嬉しかった。
「でもありがとう。まだ知らない事いっぱいあるから、助かるよ」
途端に、雪ちゃんはパーッと笑顔を輝かせた。
「それなら、良かったです!」
やっぱり雪ちゃんは、笑顔が人一倍輝いて見える。
でも、申し訳ないな。せっかく見せてくれたのに。
私に、養成所に通うほどのお金はなかった。
また1つ、希望が消えちゃったな。
雪ちゃんに声優養成所の存在を教えてもらった日から、ちらちら他の養成所も検索していた。
例えば、まだ先生が来ない教室の中。
「何調べてんの?」
例のごとく、りこが私に近付いてきた。
「養成所?何それ」
私は、一応聞かれたので答えることにした。
プロの声優になるべく通う教室だという事。
有名な養成所だと、かなりお金も取られそうだと言う事。などなど。
「またそんな事言ってるんだ。やめなよ。安定が1番だって」
「安定?」
私が聞き返すと、りこはうんとうなずいた。
「声優なんて、ずっと仕事が入るわけじゃないんでしょ。そんな不安定な仕事より、きちんと毎日働ける仕事がアンタにはお似合いだよ」
は?
どの仕事が似合うかなんて、あなたに決められたくない。
「どの仕事が似合うかは、私が決めるから」
私はそう言って、その場を後にした。
最近のりこは、以前より増してグチグチ言ってくるようになった。
りこは一体、何がしたいんだろう。
雪ちゃんが再び私の教室を訪れたのは、それから丁度1週間後だった。
「莉菜先輩!朗報です!」
教室に飛び入りする程の勢いで走って来た雪ちゃんを、何とか止める。
「そんな急いで、どうしたの?」
これ!と雪ちゃんは、1冊の本を取り出した。
「昨日、まこっちゃんと仲の良い声優さんが本を出したんです。それに、自分が声優になるまでの道のりを書かれていたんです!参考になればと思って…」
その本は、まこっちゃんと並ぶくらい今大人気の声優様が書いた本で、自分が幼少期から声優になるまで、声優になってから今までを書いた1冊だった。
「これ、借りても良い?」
私が聞くと、雪ちゃんは、はい!と返事した。
「その為に持って来たので」
私はその日に本を借りる事にした。
もしかしたら、何かヒントになる事が書いてあるかもしれない。
普段あまり本は読まない方だけれど、好きな事なら いくらでも読める気がする!
家に帰ってからも、私はずっと借りた本を読んでいた。
この本を書いた彼によれば、養成所に入るだけでは仕事が入るようになる訳では無いという事。そして、中々仕事が入らない自分に焦りもすると…。
一方、どうやって滑舌の練習や、アフレコをする為の練習をしたかなど、学生時代の思い出を書いている章もあった。
これだ!
こういうのを読みたかったの!私は!
そのページを舐めるように、じっくり読み進めていく。
中でも目に留まった一文は
"僕は、負けず嫌いなんです!"
の、一文。
負ける事が嫌なら、誰にも負けまいと、誰より努力出来る。
そんな言葉に、ハッとさせられた。
今も人口が増え続けているであろう、声優業界。沢山のライバルがいる中、自分が埋もれてしまったら、意味がない。
負けず嫌いの精神で、頑張らないと駄目なんだ。きっと。
大切な事を、また1つ教えてもらったみたいだ。
それからというもの、雪ちゃんから教えてもらった本以外にも、声優様が出した本がいくつかあるのを知った私は、近所の本屋をいくつも回っては本を手当り次第読んだ。
練習の仕方も、十人十色だ。
養成所に通わなくとも、何かしらの練習方法はあった。
いくつも。
それでも、養成所に通ってみたい、という想いはどこかに残っていた。
そして私はある日、1つの決断をする事になった。
その日、私はまた教室で養成所を調べていた。
どうも、調べるのが癖になってしまったようだ。
「また調べてる」
どこから現れたのか、りこが顔をひょこっと覗かせた。
「勝手に見ないでよ」
そうは言ったものの、彼女は何か言いたげだ。
「もう、やめたら?」
りこはそう言って、椅子に座っている私の目の前まで移動し、机を叩いた。
「夢だか目標だか知らないけど、そんなの追いかけたって無意味だよ。諦めた方が良い」
またか。と、思った。
いつもの私全否定だと思っていた。
でも。
「大体、安達誠とかいう人馬鹿でしょ」
りこは、はっきりそう言った。
"馬鹿" だと。
「大した大学も行かないで教室行ってたんでしょ。そんなろくでもない大人になりたくない。アンタもならない方が良いよ」
何なんだ、こいつ。
私の否定だけだったら、まだ良かった。
でも、まこっちゃんの否定までしてきた。
好きな人の事を否定されるのが、どんなにつらい事か。
あんたには一生わからないか、りこ。
「もういい」
私も立ち上がって、りこの目を見る。
「私の否定だけなら良い。でも、人が好きなもの、事を否定して楽しい?私は楽しくない」
途端、りこは
「ちょっと待ってよ」
と、しどろもどろになる。
「そんな言い方しないでよ。私たち、友達でしょ?」
「友達?」
そんなはずない。
「きっと私は、りこにとって都合の良い友達だと思う。ストレスが溜まったら愚痴を吐けるし、寂しくなったらくっつける。私は、あんたといて楽しくなんかない。1ミリも」
"絶交、だね"
私はそう言い残して、教室を出た。
その日は、清々しいくらいの気持ち良い天気だった。
何となく、この子とは馬が合わないなぁ。
なんて、思ったりしませんか?
自分を否定してきたり、自分の好きなものを否定する子は、友達とは呼びません。
あなたの夢も含めて、全部、理解してくれる人は、いると思います。
そんな友人を、見つけてみたいですね!