10 雪ちゃんのこと③
私は急いで必要な荷物を持って、家を飛び出した。
「どうしたの?」
「こんな時間にどこ行く!」
お母さんとお父さんが同時に叫ぶ。
私はすぐに戻るとだけ言い残し、玄関のドアを勢いよく閉めた。
少ししか走っていないのに、もう息が上がっている。体力の疲れからではないのはよくわかった。
いつ急変してもおかしくないとは、雪ちゃんからも雪ちゃんのママからも聞かされていた。
でも、このタイミングはあまりにも酷いじゃないか。
まだ雪ちゃんに報告すらしていないのに、このままお別れなんて絶対に嫌だ。
必ずこっちの世界に戻してやる。三途の川は渡らせない。
病院に着くと、私を見て何かを察した看護師さんが、こちらに向かって来た。
「雪ちゃんのご友人ですか」
はい。と、とっさに答えてしまったが、正確には彼女の先輩だ。
でも、今そんなことを言っている暇はない。
看護師さんに案内されるまま、私は集中治療室の部屋の前に通された。
そこには雪ちゃんのママ、知らない男性が立っていた。恐らく雪ちゃんのお父様だろう。
「莉菜ちゃん、来てくれたのね」
雪ちゃんのママが、私の所に駆け寄ってくれた。私は彼女に軽く礼をした。
「ごめんなさいね。こんな時間に呼び出す形になってしまって」
「そんなこと言わないでください。雪ちゃんのためなら、いつでも駆けつけるつもりでしたから」
私がそう言うと、彼女は目を潤ませた。すると、後ろにいた男性が私の前に立った。
「雪の父です。夜分遅い時間にありがとうございます」
「初めまして。よろしくお願いします」
私はお父様にも礼をした。初対面だけど、優しそうな雰囲気が伝わってくる。
「雪ちゃんは今どこに?」
私が目を泳がせていると、雪ちゃんのママは私の目の前を指さした。
そこはガラス張りになっていて、部屋の向こうには横になっている雪ちゃんが見える。
雪ちゃんの周りには管が沢山とおっていて、心拍数が表示されている機械がある。今の表示はゼロで、雪ちゃんのママが言った通り、息をしていない。
昨日まで元気だった雪ちゃんが、今は息もしていなく、目を閉じて横になっているだけだ。
私は雪ちゃんの中の悪魔を憎んだ。どうして。どうして今。
私は悔しくて仕方なくなって、思い切りガラス張りの壁を殴った。
「雪ちゃん……っ」
心臓は止まっていても、耳は最期まで聞こえていると聞いたことがある。私はガラス張りの壁に張り付いて、雪ちゃんの耳に届くように叫んだ。
「雪ちゃんっ。今いなくなってどうすんだよ!」
いつも雪ちゃんに話しかける口調とは違う。今は、先輩として後輩を叱らなければならない。
まだまだ2人で生きるんでしょ?
まこっちゃんを追いかけるんでしょ?
私、林くんのトークショーに出演出来るんだよ。
私が頑張ってるのを、雪ちゃんにも聞いて欲しいんだよ。
雪ちゃん。雪ちゃん。名前を呼び続ける。
神様お願いです。雪ちゃんをまだあちらに連れていかないでください。
まだ一緒に行けていない場所が沢山ある。
まだ一緒にライブにも行っていない。
まだこれから……。
「私、雪ちゃんにアフレコしたアニメを見て欲しいよ」
心拍数が表示される機械を見ても、数字はゼロのままだ。
私はついに力尽きて、その場に座り込んでしまった。
また明日会えると思っていた。いつでも話が聞けると思っていた。
でも、もう話せない。雪ちゃんが目を覚まさない限り、もう会うことも出来ない。
すると後ろで、はっと息を飲む声が聞こえる。
「莉菜ちゃん……っ」
私は呼ばれて驚いたが、とっさにガラス張りの向こう側を見てしまった。
機械に表示されたその数字は、徐々に桁数を増やしていく。赤いランプだったのが、安全の青に切り替わる。
「雪ちゃん?」
息を吹き返したぞ!電気ショックはもういい!
あっという間に室内が騒がしくなり、雪ちゃんの姿は先生たちの背中で見えなくなった。
「雪が戻って来たわ」
雪ちゃんのママが、私の背中に手をそっと置いた。
優しい置き方のはずなのに、それでいてとても力強い。喜びがこちらまで伝わってくる、
戻ってきてくれたんだ。雪ちゃん……。
全ての状況を理解して、私は普段なら抑えられる涙を、抑えることが出来なかった。
よかった、よかった。自分の中から語彙力という語彙力が抜けたかのように、言葉が上手く出てこない。
誰かが大声を上げて泣いている。その声の主が自分だと気づくには、少し時間がかかった。
大人気ないほどに泣きわめく自分に、驚いている自分もいて、何だかわけがわからなかった。
「莉菜ちゃん、とりあえず戻りましょう」
ほぼパニック状態にある私に、雪ちゃんのママは優しく語りかけた。
私は必死で言葉を絞り出した。
「はい、わかりました」
雪ちゃんのママに支えられて、何とか歩くことが出来た。1番平常心でいられないのは親なのに。本当に情けない。
夜も遅いということで、私はとりあえず家に帰ることになった。最後まで雪ちゃんの両親は優しくて、もう外も暗いから気をつけなさいと何度も言ってくれた。
家に帰ると、お母さんとお父さんが腕を組んで、食卓用の椅子に座っていた。
「何してたの」
無機質な声が、部屋全体に広がる。
「こんな時間まで外に出て。何時だと思ってるの?」
私はここで、2人に突然出て行った理由を話していなかったことを思い出し、繰り返し謝りながら理由を説明した。
自分の友人は危篤だという連絡を受けて、急いで病院に向かったこと。幸いにも息を吹き返したということ。
全てを話して、両親の言葉を待った。
最初に口を開いたのは、お母さんだった。
「そっか。ごめんね、何も知らないで。とにかく無事でよかった」
あのチケットを探してあげた子?とお母さんが聞くので、私は1回うなずいた。
「そう、今も仲良くしてもらってるのね。嬉しい……」
最後の言葉はよくわからなかったけれど、とりあえずお母さんにはわかってもらえたらしい。
「お父さんもごめんな」
お母さんに続いて、お父さんが頭を下げる。ここの家の家族は、自分の否を認めてくれるから、本当に助かる。
「私も急に飛び出してごめんなさい。次何かあったら気をつける」
お互いにみんなで謝って、その日は何とか平和に終わった。
本当に久しぶりに更新しました。
これだけ更新ていなかったのにも関わらず、PV数は1000を超えました。本当にありがとうございます。
最初はまさかここまで見てくださる方がいらっしゃるなんて思っても居ませんでした。こんなど素人の小説を読んでくださることが何より嬉しいです。
「ああ、こいつつまんねえな」と思ったら感想の所にじゃんじゃん書いてください。それが私の成長に繋がります。
次の更新まで、今しばらくお待ちください。




