10 雪ちゃんのこと②
それからも私は、毎日のように配信を行った。色々なキャラクターの声マネから、自分で作り上げた声での演技、朗読などを行った。
滑舌の練習も忘れなかった。まこっちゃんが出演している作品を買ってきて1つずつセリフを書き起こし、それを使ってアフレコのように練習を繰り返した。
まずはキャラクターに寄せた声、それから自分なりにキャラクターの声を作り上げて、アニメーションに声を当てる、という感じだ。
最近は声優を目指す理由も、自分の中で変わってきたように感じる。
前までは、まこっちゃんと同じ職業に就きたい、まこっちゃんに会いたいという想い一心だったのが、雪ちゃんをがっかりさせたくないという想いも強くなった。
雪ちゃんが応援し続けてくれる限り、私はこの活動を止めてはいけないと思うようになった。
我ながら、もの凄い成長だと思う。
毎日トークショーに応募するためのハッシュタグを付けてライブを始める。ファンの方が1人でも増えるように、視聴者が求めることをする。
これの繰り返しだった。
ある日の夜。私はいつも通り配信を行っていた。
自分の話をしつつも、コメントを見ることも忘れてはいけない。初めて来た人(つまり初見さん)が、これは面白いライブだと少しでも思うように盛り上げていく。
「今日も配信を見てくれてありがとうございます!今日はまた急に冷えてきましたけど、体調の方は大丈夫ですか?」
初めてライブをした頃よりも、トークの入りが上手になったように感じる。
気のせいかもしれないけれど。
配信開始してしばらく、あるコメントが私の目に止まった。
"いつも同じでつまらない"
私は驚いた。初めてのアンチだったからだ。嬉しい反面、やっぱり少し悲しい。
こういうのはスルーするべきなのだろうけど、私は言わずにいられなかった。
「ごめんね。でも、アドバイスありがとう」
"アドバイスありがとう"
たとえ私のことが嫌いだったとしても、つまらないというのはきちんとした感想であり、意見の1つだ。この大切な成長の材料を、活用しないわけにはいかなかった。
するとコメントには、私の返しを褒めるコメントでいっぱいになった。
"神対応じゃん"
"大人だねえ"
"ちょっと煽ってる?"
などなど、様々な意見も目に飛び込んだ。
悲しいけれど、それだけ私の名前も知られているということなのだろうか。
「みんなは今みたいなコメントを見ても反応しないでね。コメント欄で喧嘩してるの見るのが1番悲しいから」
はーい、という言葉でコメントが埋まる。みんな、物わかりのいい人で助かる。
「うん、みんないい返事で大変よろしい!じゃあ早速、今日はホラーものの朗読から始めようかな」
私はいつものように、ネットから拾ってきた朗読用の台本を開いて、その内容に合わせ部屋の明かりを暗くする。
「これは、マンションにお住まいのAさんの体験談です……」
次の日、私はまた雪ちゃんのお見舞いに行っていた。雪ちゃんは、前日の配信も見てくれていたらしい。
「先輩、昨日はかっこよかったですよ」
「雪ちゃんも見てたんだ」
コメントについて、びっくりしたけど嬉しかったと伝えると、雪ちゃんは首を傾げた。
「どうしてですか?自分のことを悪く言われるのに、嬉しくとも何ともないですよ」
私は雪ちゃんのムスッとした顔が可愛くて、思わずふふ、と笑った。
「確かに嬉しくはないかもしれないけど、自分が成長出来るなら、その材料だと思えばいいんだよ」
雪ちゃんは、ああと言って口を大きく開けた。わかりやすいリアクションだ。
「何事もポジティブに捕えないとね。夢に向かって走るなら、いつも前向きでいなきゃ」
「そう、かもしれませんね……」
雪ちゃんの反応がいつもと違った。
「どうした?具合でも悪い?ナースコールする?」
私は俯いた雪ちゃんの顔を覗き込んで言った。雪ちゃんの顔から、いつもの笑顔が消えている。
「先輩、少し真面目な話をさせてください」
いつもの雪ちゃんの声のトーンではない。一体何があったんだろう。
「母からも聞いた通り、私はがんです。目標は完治ですが、転移する場合ももちろん考えられます。いつ急変するかわからないし、いつ先輩に会えなくなるかわかりません」
重苦しい空気が、雪ちゃんを包んでいるのがわかる。聞きたくない単語が、私の耳をジグザグと通っていく。
「私の夢は声優だったんです」
先輩と同じです。と、雪ちゃんが優しい笑みを浮かべる。
「がんだってわかる前は、私は夢を持っていることが嬉しくて、楽しかったんです。将来に向かって走ってる感じで。でも、そうもいかなくなって」
だから、と雪ちゃんは私の目をしゃんと見据える。
「私の夢を、先輩に叶えて欲しいんです」
雪ちゃんは笑わなかった。目は真剣そのものだった。私も雪ちゃんに応えるべく、雪ちゃんの表情を観察するように見る。
「正直な話、私は20歳まで生きれるかわかりません。だから、声優の夢を諦めたんです」
でも先輩と出会いました。雪ちゃんはそう言って、まるで告白でもする時のようにはにかんだ。
「あの日、まこっちゃんのライブチケットを落とさなかったら、先輩に会うこともありませんでした。きっとあれは、神様が私にくれた最後のチャンスだったんだと思います」
私はその時、雪ちゃんのいつもと違う表情に驚きながらも、自分の中にある覚悟がめらめら燃え上がっていくのがわかった。
雪ちゃんは私より1つ下なのに、もう自分の夢を諦めてしまった。その代わりに、私に自分の夢を託してくれている。
そんなの、頑張らないわけにはいかない。
「先輩」
私は弱々しく膝の上に置かれた雪ちゃんの手から、目を離すことが出来なかった。
「私にはもう、時間がないんです……」
きっと雪ちゃんは、今の話を相当な覚悟をもって話してくれたのだろう。
こんなこと、普通は先輩に言うものじゃない。
私は優しく雪ちゃんの弱々しい手を取った。
「話してくれてありがとう。私、絶対声優になる。雪ちゃんの夢の分まで叶えるから」
だから、まだまだ2人で生きよう。
雪ちゃんはハッとした顔をして、目を赤くし始めた。そして肩を震わせ、目から大粒の涙を滝のように流していく。
私も冷静さを崩しそうになったので、それを隠すように雪ちゃんを抱きしめた。
「生きれるまで精一杯生きよう。最期までまこっちゃんを追いかけよう」
私の言葉に、雪ちゃんは繰り返し頷いた。顔は見えないけれど、それはよくわかった。
私は、雪ちゃんの背中をポンポンと優しく叩いた。
雪ちゃんは、私に沢山笑顔を投げかけてくれたから、たまには泣き顔も見せてくれていいのにと思う。
雪ちゃんと接していると、何だか母性というやつが出てきてしまう。
雪ちゃんが落ち着いてくると、私は抱きしめていた腕をほどく。
「落ち着いた?」
と聞くと、雪ちゃんは小さく頷いた。
「すみません。人前なのにこんな泣いちゃった……」
「いいのいいの。人前で泣ける強さも必要だよ」
私はまた、雪ちゃんの背中をポンポンと優しく叩いた。
「雪ちゃんはいつも笑ってるんだし、たまに泣いたって神様も怒らないよ」
そうですかね、と鼻をすすりながら言う雪ちゃん。
もっと弱い所を見せていいんだよ。と言いたいところだけれど、雪ちゃんはそれを望まないだろう。
私の方が、夢を叶えるために頑張らなければならない。
雪ちゃんとはその後も色々話し、気づけばもう帰らなければいけない時間だった。
「先輩、忙しかったら無理しないでくださいね」
「何言ってるの。声の練習する以外私は暇なんだから」
お互い冗談を言い合って、その後雪ちゃんに見送られて病院を後にした。
後ろを振り返ると、まだ雪ちゃんが私の方を見ていた。私が手を振ると、雪ちゃんも振り返してくれる。
なぜ、最後まで見送ることが出来るのだろうと思う。
私も以前、病院に入院していたことがある。両親の面会時間を過ぎ、両親が帰って行く時は、後ろ姿を見ることは出来なかった。
とても悲しくて、見れそうになかった。
このまま迎えに来ないのではないか。そんな妄想ばかり膨らんで、まともに寝られなかったのはよく覚えている。
まあ、遠い記憶だから、詳しいことは何も覚えていないけれど。
私と雪ちゃんは定期的に連絡を取りあった。今日の授業はつまらなかったとか、また声のことで褒められたとかは私が話した。
今日は1日中眠かったとか、採血があって痛かったとかは雪ちゃんから話を聞いた。
あれ以来、雪ちゃんは時々弱音を吐いてくれるようになった。号泣するなんてことはなかったけれど、話してくれる度に雪ちゃんは
「スッキリしたっ」
と言って更に笑顔を輝かせている。雪ちゃんの笑顔が、もっと増えているような気がした。
そして、トークショー応募締め切りも近づいていた。
私は着々とファン数を増やしていき、疲れて配信をしない日でも、アーカイブを見て新しくファンになってくれる人が何人もいた。
私はいつも以上に力を入れて配信をした。早口言葉も沢山したし、声マネのレパートリーも増やして配信に挑んだ。
いつも見に来てくれる視聴者の人たちからは
"レパートリー増えた!"
"最近頑張りすぎじゃない?"
などのコメントが寄せられた。私はとりあえず
「最後の追い込みになります。みんな応援してね!」
と言ってファンの皆に呼びかけた。皆コメント欄に気持ちのいい返事をしてくれた。
いい人ばかりで助かる。
そうしてついには締め切りを過ぎ、サイトに結果発表が貼られる日が近づいた。
結果発表の前日には、雪ちゃんの病室に訪れた。
私は珍しく、雪ちゃんに弱音を吐いていた。
「私大丈夫かな?1人で努力が空回りしてないかな?」
私が雪ちゃんにすがりつくと、雪ちゃんは
「今更何を言ってるんですか」
と、私の目を見て言った。
「先輩は最近配信を始めたばかりなのに、もの凄い勢いでファン数が増えてるじゃないですか。それは、先輩の実力なんです。努力したからなんです」
しっかりと私の目を見据えて話す雪ちゃんは、いつも以上に真剣だった。例えば、自分の病気について話した時よりも。
雪ちゃんと話すと毎回思うが、本当にいい後輩を持ったなと思う。
ありがとう、雪ちゃん。流れ出そうな涙を必死にせき止めて、雪ちゃんに話しかける。
「そうだね、雪ちゃんの言う通り。私、頑張らなきゃ」
私が笑いかけると、雪ちゃんも笑顔になった。
この笑顔はいずれ、この世から消えてしまう。そんなことになった彼女の中にいる悪魔は許せない。
だからといって何が出来るわけでもない。それでも、私といる間はずっと笑顔でいて欲しい。
人は2度死を迎えるという。1度目は身体から魂が離れた時。2度目は、人々の記憶からその人が完全に消える時。
雪ちゃんに、2度目の死を迎えさせるわけにはいかない。
翌日、ついに結果発表の時間となった。
震える手でスマートフォンを操作し、サイトへとたどり着く。
時刻は夜の8時。夕飯を先に済ませてしまって正解だった。
ゆっくりとスクロールしていき、トークショー参加の欄を覗き込む。
忍び込むようにして見たその欄に、私の名前はあった。私の名前以外も。
「……え?」
わけがわからず、詳しい概要を見る。
どうやら、ファン数が同数の参加者が数名いたため、急遽トークショー参加者を増やしたんだそうだ。
でも、私の名前が入っている。私の名前が、サイトに……。
「……雪ちゃんっ」
興奮して上がる息を抑え、雪ちゃんにメッセージを送ろうとした時、画面に通話通知が入る。知らない番号からだ。
もしかしたらトークショー主催の人かもしれない。私は急いで青い方のボタンをタップし、電話に出る。
「もしもし、来見田です」
しかし、聞こえてきたのは聞き覚えのある声だった。
「莉菜ちゃん?私、雪の母です」
早口でまくし立てるようなその口調に、悪寒がした。
「たった今、雪の容態が急変して、心肺停止なの」
息をしてないの。と、1番聞きたくない言葉が、脳内に響いた。
ちょっと頑張って更新してみてます、ななです。
皆様、PVがあと少しで1000いきそうです。本当にありがとうございます。
皆さんが読んでくださるおかげで、私も更新する気力が湧きます。書籍化も、遠い夢ではなさそうです!
さて、話を作品に戻しまして。
危篤の連絡というのは、いつも心臓が止まる思いです。私はもう大切な人で2回も経験しましたから、莉菜の気持ちはいたいほどわかります。とっさに走る力が出るんですよ、その時だけ最高速度で。
少し不穏な空気が続きますが、ホラー展開には決してならないのでご安心を。




