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2「騒乱」


 ビール、という飲料は大昔に小麦というたんぱく質の塊で出来た植物を酵母と呼ばれるものを使って発酵させた飲料だ、というのは酒の歴史が好きで調べればすぐに出るだろう。酒好きの中でも人気を博した飲料だと聞いている。

 聞いている、というのは今世界でビールを飲む方法は何処にも存在しない。輝かしいNEO-N様の上層部が、一般に出回る量を制限して、ほんの一握りの人間にしか回らないようにしちまったからだ。つまり、この場合の『ビール』は元の味が忘れられなかったもの好きが研究に研究を重ね生み出した『作り物のビール』で、本物のビールではない。

 はずだ。

 この店が裏ルートで手に入れているのならまだしも、シェイカー片手で作るところを見るに間違いなく後者だろう。

「おいおい、あんな偽物で金をとるのか」

「あれが余に出回ってるものですので。あれ以上になるのなら、それこそNEO-Nの会社で犯罪覚悟で試飲するしかないんじゃないですか?」

「それはそうだ。じゃあ、それでいい」

「それでいい?」

「分かっててとぼけるのも大概だと思うんだが……」

「はいはい。ビールですね。大きい方で?」

「まかせるよ」

「やった、ボーナス確定」

「まて。それ客の前で言うか? というか、お前のボーナスになるのか?」

 金づるにされるのはいいのだが、それを自覚させられるのはあまり気持ちのいいものではない。せめてもの抗議をしたが、彼女は楽しそうにカクテルを作り始めてしまったので、仕方なく彼女のカクテルを待つ間、なにか話題はないかと探していく。

 耳にカクテルを混ぜるカシャカシャという音と、楽しそうにしている彼女の鼻歌。それと外の壊れた自販機から流れてくるヌードルの催促音が聞こえてくる。

 それどころか、通りの方で走り回っている喧騒すらも耳に届いてきた。

 いや、どこか騒がしすぎる、といった印象を受ける足音だった。それこそテロリズムの対策兵士が動いているような騒がしさで、ふと先ほど監視システムが動いていたのを思い出した。

「なあ、なんだか騒がしくないか」

「ああ、そうそう。そういえばあなたみたいな怪しい人が良く来れましたね」

「それは誉め言葉か? 貶してるのか?」

「ご希望通りに。まあ、それはともかく、なんでもまたテロリストが出たみたいで」

「また? ついこの前も機械倉庫が襲われたばかりじゃなかったか?」

「ええ。相当恨まれているみたいで」

「まあ、大きい声では言えないが、そりゃそうだろうな」

 NEO-Nを好きな奴なんていない。という言葉は慌てて飲み込んだ。

 どこにNEO-Nの耳があるか分かったもんじゃない。なんでもない噂話一つ聞かれて反逆罪でもかけられようものなら特性の電磁柵に入れられて脳だけ摘出されて快楽物質を永遠と垂れ流されながら尋問されたっておかしくはない。

 みんな仲良く楽しいな、だ。

 冗談に聞こえるかもしれないが、あいつらは時に人間とは思えないほど冷酷で、確実な手段をとって来る。それこそ倫理の枷なんてないほどに。だからこそ、合理的社会で支配をできたのだろうが。

 当然それが許せないやつらも居るだろう。元々の人間の尊厳ってやつを気にする奴は気にする。生きて居られればいいって人間が正義とは言わないが、そう言う奴らがいたっておかしくはない。

 俺はどちらだろうか。

 深く考える前に、目の前にゴトンという重い音がして、思考を中断させられる。

 目の前には、イラストでしか見たことが無い小麦色、と呼ばれる黄色とオレンジを混ぜ合わせたような不思議な色に輝く、白い泡はジョッキの飲み口いっぱいにあふれる飲み物が置かれていた。

「はい。ご注文の通り、ビール。大きいサイズで」

「あ、ああ。ありがとう」

「? なにか考え事でも?」

「いや、悪いちょっと考え事をしてた」

「どうせろくでもない」

「そう言うなよ。これでも人並みには考える」

「何も考えない方が幸せだっていう人も居ますよ」

「馬鹿な話だ。輝けるNEO-N様にかんぱいってな」

 彼女の言う通り、何も考えないために彼女の作ってくれたカクテルを喉の奥に流し込んだ。

 喉の奥にビール特有のきゅっとした苦みと、どこか鉄にも似た風味が鼻を抜けてった。金色の液体を嚥下すると、飲み口に会った苦みが口の中に広がって、先ほど考えていたことなど喉の奥に流し込んでくれる。

 何も考えない一時の平穏が広がって、今日も生きていることを実感する。

 と――。

 カシャリカシャリと時代錯誤も甚だしい思い鉄と地面がすれる特徴的な足音と、「おい、ここの店は開いてるぞ」という電子音交じりの声が聞こえてきた。

 この特徴的すぎる特徴はもはや考えるまでも無い。

「NEO-N? NEO-Nの兵士様がこんな場末に何の用だ?」

「場末で悪うございました」

「路地の端で消えかけのネオン掲げた店が場末じゃないって?」

「あれ、店長が変えようとしないんですよね。知り合いなら交渉してくれません?」

「あいつと会うのは面倒ごとって相場が決まってるんだ。ごめんこうむる」

 いつも通りの茶化しあっていると、突然店のドアが吹き飛ぶような勢いで数人の白いフルフェイスを被ったパワードスーツを着込んだ人間がなだれ込んでくる。

 どの兵士も突撃銃を携帯していて、まさに警備隊と言わんばかりの練度で客である俺が居るのにも関わらず店の中を警戒していく。

 これはもう何も言わなくても何が起きたか分かる。

「はい、平穏終了」

「おい! そこのお前、うるさいぞ!」

 何の考えも無しに兵士をしているのだろう。NEO-Nの起動制服に身を包んだ隊員の一人、電子音の声がして、俺に銃を向けられる。

 これにはさすがのユリネも面倒くさいと感じたのだろう。

 不動だったジト目を崩して、NEO-Nの兵士の方を睨みつける。

 これは傑作だ。なにをしても崩れない彼女の表情が不快感で崩れるのは初めて見た。それ自体は非常に不愉快だが、命に代えられては困るので大人しく両手を上げて反対の意思はないことを示して、ビールに手を伸ばした。

 俺の金で買ったものを取られてはかなわない。

「それで? NEO-Nの兵士様がこんな場末のバーに何か御用ですか?」

 自分で場末というのか。

 癖で茶化しそうになって慌ててビールを飲み込んだ。慌てていたからか。味わっている余裕がなく、後味もへったくれも無かった。

 本当にNEO-Nと関わるとろくなことがない。全部あいつらのせいだ、もったいない。

 飲むことは注意されないらしいので、そのまま二人のやり取りを肴に酒を飲ませてもらうことにした。

「お前たち、NEO-Nに黙っていることは無いか?」

「……すいません。漠然としすぎです。あたし――私も仕事でここに居るので、ちゃんと業務対応したいのですが、その情報だと何を開示すればいいのか」

「情報検索……。では、ここにドレスを着た女が逃げ込んでこなかったか?」

「女性、ですか? このご時世にドレスって……舞踏会でもしてたんですか? あたしは呼ばれてませんが」

 そりゃこんな無礼なバーテンダーを呼ぶ会場があったら即行で首が飛ぶだろう。

 物理だか社会的にかは相手に寄るが。

「情報が足りないのならば追加事項。白いドレスを着た、白い髪の女だ。背丈はお前と同じくらい、年齢は十代前半から後半にかけての女だ。来ていないか」

 俺とユリネはお互いの顔を見合わせると、きっと二人とも訝しんでいたのだろう。眉根が寄って、いかにも彼らが何を言っているのか分からないといった表情をしていた。

 俺が首を振ると、ユリネもNEO-Nの兵士に向かって肩をすくめた。

「さあ……。お客様は見ての通りですので。お疑いになるのならNEO-Nのスキャンで探していただいても構いませんよ」

「いいから黙っていう事を――まて、通信が入った」

 NEO-Nの兵士が首元に指先を当てると、通信の言葉を聞いているのか黙りこくってしまう。やがて周りの兵士に合図を出したかと思うと、店の中になだれ込んできた兵士たちが一斉に外へと駆けだしていった。

「協力感謝する。NEO-Nの点数につけておこう」

「それはそれは。多大なる感謝を」

 うんざりしたようにユリネが返すと、残った兵士も店の外へ駆け出していき、切れかけの電子版がジジっとなった。

 ようやく店の中は閑古鳥が戻ってきてくれたようだ。

「最悪」

「まったくだ。俺のビールが取られないでよかったよ」

「店の中の物は壊れてない?」

「切れかけの電子版。蝶番が壊れかけのドア。薄気味悪いブルーライト。いつも通りだよ」

「……店長に直してもらわないと」

 さきほどとは別の意味でうんざりしたようにユリネはため息をついていた。

 さて、これで平穏は戻って来たかとビールに手を伸ばそうとすると、町の広場がある方でドーンという何かが爆発したような大きな音と世界が怒り震えたかのような大きな揺れが店内に響いていく。

「おっきい花火」

 ユリネはつまらなそうにそう呟いて、仕事に戻っていった。


 ああ、これは。

 本当に大きな事件になりそうだ。


 こぼれかけたビールの飲み口に口をつけて、わずかな休息の終わりを迎えるのだった。


 

※ここまで読んでいただきありがとうございます。少しでも良いと思っていただけたら評価、ブクマ等をしていただけると今後の活動の指標になります。

 

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