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追憶令嬢のやり直し。  作者: 夕鈴
第一章  幼少期編
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兄の苦労日記4 前編

俺はターナー伯爵家に定期的に訓練に通っている。

ターナー伯爵家はうちよりも他家門の同世代の騎士が多く訓練に訪れるので手合わせするのも楽しい。また忙しい父上よりもターナー伯爵は手厚く指導をしてくれる。

そろそろまた訪問する時期が近づいていた。

じっと妹が見ているので、訓練の手を止めて近づくと駆け寄ってきた。


「エイベル、お父様達を説得するので一緒に行ってもいいですか?」

「うちほど自由じゃない。それに色々言われる」

「構いません。お兄様、言うこと聞きます。私も強くなりたいです」

「父上の許可がおりればな」

「ありがとうございます」


妹はにっこり笑って父上を探しに駆けていった。しばらくすると満面の笑みで駆け寄ってくるのを見て結果がわかった。

許可が出るとは思っていなかった。

父上の許しに喜び、上機嫌に話す姿を騎士達が顔を崩して眺めていた。訓練は中断して休憩するかな。妹に腑抜けにされた騎士達にため息をついた。


「もちろんビアードの騎士が一番ですよ。ですが、」


騎士達の視線を勘違いした妹が必死に言い訳している。笑みを浮かべたりデレデレしている騎士を見て咎められていると勘違いしている妹は大丈夫なのか・・。


「お嬢様の御心のままに。」


空気を読んだ騎士の声に焦った顔をしている妹が勝気な笑みを浮かべた。


「立派なビアード公爵令嬢になって帰ってきますわ」

「俺達もふさわしくあるように頑張ります。無理はしないでください」

「ありがとうございます。頑張りますわ」


騎士達は妹の言葉に笑って、緩んだ顔を戻し、訓練を再開した。空気を壊したくせに妹のおかげでもとに戻った。いや、余計にやる気をだした奴らばかりだ。訓練をする騎士達を誇らしげに見る妹は士気を高めるのがうまいらしい。

ターナー伯爵家か・・・・。

最近は聞き分けもいいから、そこまで手がかからないだろう。

あれ以来、門限を破ることもないしな。

うちより上位の家格の騎士もいないし、ビアード公爵令嬢に手を出す奴はいないだろう。

たぶん父上が伯父上に手出しすれば報復すると伝えていそうだが・・・。


***

早朝にビアード公爵邸を出発し、昼過ぎにターナー伯爵家に到着した。

馬で駆けたので馬車よりも時間がかからなかった。

ターナー伯爵夫妻の前では妹はうちでのお転婆が嘘のようだった。

馬を預けて、乱れた服と髪を整えた妹が息を整え俺の隣に立った。視線を向けられたので頷きターナー伯爵夫妻に礼をした。


「お久しぶりです。伯父上、伯母上」

「お初にお目にかかります。レティシア・ビアードです。兄共々よろしくご指導お願い致します」


妹は母上自慢の淑女の笑みを浮かべて上品に礼をしていた。

ターナー伯爵夫妻は微笑ましく見ていた。一見お淑やかに見える令嬢が武術を習うことには何も思わないのだろうか。


「事情は聞いてるよ。体調管理が一番だから、具合が悪い時は教えてくれ」

「かしこまりました」

「エイベル、レティシアを案内してあげて。訓練は明日からよ」


荷物を置いて、妹を連れて歩いた。すれ違う騎士達に上品な笑みを浮かべて挨拶をする妹に不安になった。父上に邪な者は近づけるなと言われているがすでに視線を集めている。危害を加えられなければいいか。


「エイベル、彼女は?」

「兄がお世話になってます。妹のレティシアと申します」

「深窓の令嬢?」

「ふさわしくない呼び名にお恥ずかしいですわ。兄共々よろしくお願い致します」


上品な笑みを浮かべる妹に見惚れる奴が多い。武骨な友人達は妹の外面に騙されている。

妹と共に訓練していると近づいてくる奴らの多さに心の中で父上に謝った。令嬢が武術を習うのは珍しく、変な悪名が増えないために妹のことは周りに話さないでほしいと頼むと騎士達は快く了承してくれた。

食事の時間になったので移動した。伯父上達と食事を共にするのは親戚の俺達だけだった。

運ばれてきた食事を見た妹に袖を引かれた。目の前の料理は妹には食べきれない量に苦笑した。


「レティシア、俺の皿にうつしていい。伯母上達も無礼を咎めたりしない」


安堵の顔をした妹が俺の皿に移す量に伯母上が眉を吊り上げた。


「食が細く、補助食を取らせているんです。」

「少しずつ食べられる量を増やしていかないとね」

「申しわけありません。」


殊勝な顔をしている妹への食育がはじまった。情緒不安定になるとさらに食事量が減るとは口に出さない。

伯母上の食育は全くうまくいかないがターナー伯爵家での生活を妹は楽しそうに過ごしていた。訓練で倒れる数も減った。妹のへっぽこ訓練でも多少は成長しているらしい。


***

妹と訓練すると誰かしら寄ってくる。

久しぶりに二人で訓練していると、挑戦的な笑みを向けられた。


「エイベル、弓の勝負しましょう」


「は?早射ちな」


非常に悔しいが弓は妹の方がうまい。

驚異の上達に伯父上が驚いていた。教えてないのに綺麗な構えで弓を披露し、初日で的の中心を射抜いたらしい。腕力さえあれば名弓手も夢じゃないと言っていた。本人には伝えていないらしい。

俺に勝機があるのは非常に悔しいが早射ちくらいだった。


「ずるい」


頬を膨らませて拗ねる妹に笑ってしまった。ターナー伯爵家で二人の時だけはおしとやかな令嬢ではなくなる。


「勝負をお前の得意な弓に譲ってやるんだ。剣は勝てないだろうが」


「わかりました」


勝負の結果は2本差で負けた。


「勝ちました!!約束です。ビアード公爵家に帰ったら、王都に遊びに連れて行ってください」


満面の笑みの妹の中では賭けになっていたらしい。


「おい!?願いを叶えるなんて言ってない」

「お買い物に付き合ってください。お兄様」


ビアード領では全然構ってやらなかったからな…。

遠乗りも連れてってないし、たまには連れ出してやるか。


「一人で行かないだけいいか。深窓の令嬢が」


「その設定どうしましょうか。社交デビューしたら深窓の令嬢やりますか?」


妹の中では悪名ではなく設定か・・。首を傾げる妹はふざけて遊んでいる。


「それは母上と相談しろ。できるのか?」


「お兄様のお願いなら頑張りますわ」


確かに、勝ち気に笑うこいつならできそうだよな。おしとやかな時と普段が違いすぎる・・。

妹の遊びに付き合っていると伯母上が迎えにきた。

客人の出迎えをしろと言われたので訓練を中断して、客人の到着を待っていた。

まさかマール公爵家の三男が来るのは予想外だった。噂は聞くが面識はない。

同派閥だがうちより家格の高い家なので無礼は許されない。

穏やかな笑みを浮かべるリオ・マールに礼をした。


「お目にかかれて光栄です。ビアード公爵家嫡男のエイベル・ビアードです。」

「レティシア・ビアードと申します。よろしくお願いします」


顔をあげるとマール様の視線が妹に注がれていた。妹を見ると、瞳から涙がこぼれていた。


「レティシア!?」


顔を覗くと、今にも号泣しそうだった。


「伯母上、マール様、失礼します」

「ええ、そうね・・」


二人に挨拶をして抱き上げると驚いた顔をした後、首に手を回して抱きついてきた。

部屋に入った途端に号泣した。座って抱きかかえたままゆっくりと背中を叩く。最近は少なくなったけど昔はすぐに号泣していたから慣れている。両親は留守が多かったから俺のとこに来たんだろう。

泣き声が止まると、気まずそうな顔で見られた。


「ごめんなさい。挨拶・・」


ターナー伯爵家は礼儀が緩い。最近は礼儀に厳しい母上もいなかった。礼儀に厳しいのは俺に対してだけだけど。妹は要領がいいから母上の前では礼儀正しく指摘をを受けることはほとんどない。


「母上もいないからいいよ。怖かったか?」


「わかりません」


妹の泣く理由がわからないのはいつものことだ。


「お前の癇癪には慣れてるから。先に帰るか?」


首を横に振った妹がよわよわしく笑って俺から離れた。


「エイベル、ありがとう」

「いいよ。無理に関わらなくていい。俺が相手してやるよ。食事の時間には起こしてやるから休め」


頭を乱暴に撫でるとふんわりと見慣れた笑みを浮かべた妹に安堵し部屋を出ることにした。

マール様に謝罪するため面会依頼をすると了承の返事が来たので、部屋を訪ねた。


「マール様、このたびは妹が申しわけありませんでした」

「頭をあげて。気にしてないから」

「ありがとうございます」


穏やかな顔なので、気を悪くした様子はないようだ。


「彼女は大丈夫だった?」

「はい。疲れが出たのでしょう。」


「リオ、準備は終わった?」


伯母上が入室してきた。


「エイベル、レティシアは?」

「落ち着きました。お見苦しいところを申しわけありません」

「いいのよ。子供らしくてほっとしたわ。リオは驚いたわよね。令嬢に人気なリオは女の子を泣き止ませるのも得意かしら?」


楽しそうな伯母上に向き直った。


「伯母上、俺が責任もって、面倒をみるので不要です」

「レティシアがブラコンすぎて心配よ。いつかエイベルと結婚したいって言ったらどうする?」


ブラコン?

楽しそうな顔の伯母上に遊ばれているだけか。母上も妹もだが人で遊ぶ悪癖は治らないだろうか・・。


「ありえません。父の命に従うって言ってますから。俺はお邪魔ですね。失礼します」


用はすんだので礼をして退室した。まだ食事までは時間があるから、弓の訓練に向かうか。

聞き慣れた音が響いていた。妹はフルートの演奏をしているのか。俺にはよくわからないが妹の音は切なくなると侍女達が話している。

次は負けないように弓の訓練に集中するか。妹に負けたのは悔しい。


***


食事の時間に妹を迎えにいくと手を繋がれた。

無礼を働いたから怖いんだろうか。それとも自分より高位の存在が怖いのだろうか。

引くほど王家を怖がっているし…。

部屋に入ると手を放した妹が頭を下げた。


「お見苦しいところをお見せして申しわけありませんでした」


「気にしないでいいわ。それに貴方は全然手がかからないからたまには子供らしくて安心したわ。」


妹で遊ぼうとする伯母上に困惑した妹を庇うことにした。無礼に本気で反省しているから今は冗談も通じない。


「伯母上、ほどほどにお願いします。さすがに気にしてますので」


「食事にしようか。早く座りなさい」


伯父上が空気を読んで席をすすめてくれた。妹の料理はあらかじめ少なめに用意されている。それでも俺の皿に半分うつした。伯母上の咎める視線は気付かないフリをした。上品な顔で食事をしている妹に時々マール様が視線を向けているのに嫌な予感がした。俺はマール様の取り巻きの令嬢の一人に妹を加わらせる気はない。マール様が令嬢に常に囲まれているのは有名だった。


***


翌日からマール様と一緒に訓練を受けることになった。妹は俺の手合わせを時間が合う時はいつも見学している。

手合わせするとマール様は強くなかった。外交官だから護身用程度でいいんだろう。

妹はきょとんとしていた。


「エイベルが勝った・・?」


お前、俺は負けると思ってたの?妹はマール様を不思議そうに眺めていた。負けても穏やかな顔をしている相手が珍しいのか。


「さすがビアード様」


妹が勢いよく飛びついてきたので慌てて受け止めた。危うく後ろに倒れそうだった。


「エイベル、凄いですわ。悲願達成ですね。おめでとうございます」


興奮して俺の勝利を喜んでいる。

悲願?

情緒不安定なんだろうか。手合わせの後にここまで喜ぶ姿は初めてだ。敗者への気遣いを怠らないので、いつもは手合わせした相手がいなくなってから賛辞を言う。

マール様が腹を抱えて笑い出した。妹は背中にしがみついて怯えた視線をマール様に向けている。やはり怖がっている。妹がここまで怖がる相手は初めてだ。


「ごめん。深窓のビアード公爵令嬢があまりにも想像と違って」


笑った理由に納得した。


「悪いな。体が弱くて神殿以外は外に出してないんだ。」


妹が俺の服を引っ張って見つめてきた。


「お兄様、私はお邪魔なので、弓の訓練に行きます。」


「え?」


妹の言葉に不満な声を漏らしたマール様に気付かないフリをして手を振って。


「わかったよ。また後でな」


礼をして去っていく妹を見送った。


「邪魔ではないんだけど」

「うちの妹は自由なんで放っておけばいい。男慣れしてないんで、」

「何か誤解してないか?」


マール様の噂は色々知っている。興味はなくても入ってくる。女に人気な男を忌々しく思う男は多いから。俺は興味がないけど。女は手のかかる妹と母上だけで充分だ。マール様のことは気にせず訓練を再開することにした。

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