第五十話後編 接待
マール公爵邸の夜会に参加したメイ伯爵にローナを会わせることに成功してほっとしていました。
ビアードとの縁もでき、メイ伯爵がローナ達と新しい関係を築いていくことを想像し幸せな気持ちになりましたわ。私はそろそろ帰りましょうか。ビアードには海の皇国と結びたい縁はないのでこれ以上の社交は不要です。海の皇国の貴族の皆様の接待は私のお役目ではありません。
『お兄様、お気を確かに』
聞き覚えのある声が響きメイ伯爵と顔を見合わせました。
皇女様達がこの夜会に出席する予定はないのでローナを連れてきました。王宮でリール公爵家の演奏会を鑑賞しているはずの二人がどうしていらっしゃるんですか?
声の聞こえる場所に行くと、扉の近くでローナの腕を皇子様が掴んでいます。髪の色も変えないと駄目でしたか!?どうして一目でわかるんですか!?驚いている場合ではありませんわ。
『母上、ご無事で』
いつも静かに笑っていらっしゃるのに見たことのないほど嬉しそうな笑みを浮かべる皇子様に腕を掴まれ茫然として固まるローナの隣に立ちました。
『ごきげんよう皇子様。うちの侍女がなにか無礼を働きましたか?』
『ビアード嬢、母上を連れて帰りたいんだが』
人目のある場所で冗談でも口にしないでいただきたいですわ。笑顔が消え声も顔も真剣で冗談に聞こえません。目を吊り上げてローナを睨んでいる皇女様に寒気がしますわ。
『我が家の夜会にようこそお越しくださいました。部屋を用意しましょう』
穏やかな笑みを浮かべたマール公爵が礼をして場を収めてくれるようです。ローナを掴む腕を振り払いたいのに不敬にあたりますわ。
『申しわけない』
『お兄様、私と踊ってくださるんでは!?』
『後にして』
『嫌です!!お兄様は全然一緒に過ごしてくれません』
拗ねた顔の皇女様に頭が痛くなってきました。このままローナを連れて逃げてもいいでしょうか。
きっとこのままですと皇女様が癇癪をおこされます。さらに目が吊り上がってますもの。癇癪を起こすお姿は生前のアリア様にそっくりですわ。ただアリア様よりも分別を持たないのが厄介です。お二人は同族嫌悪で相性が悪いので、アリア様の代わりにお一人の皇女様には私が常に接待の席を任されております。
『皇子様、夜は長い。おもてなしの準備を整えますのでお待ちください』
『感謝する』
マール公爵の言葉に静かな笑みを浮かべ頷き皇子様はローナの腕を離しました。皇女様に腕を引かれて皇子様がダンスホールに歩いていきました。皇女様は上機嫌な笑みを浮かべているので一安心ですわ。癇癪をおさめるのは大変ですので。
呆然としているローナを連れて中座し、人目の少ない場所で足を止め、震えている冷たい手を両手で包みます。
「お嬢様・・・」
「ローナは私が守ります。これからもビアード領での生活を望みますか?」
「はい」
ローナが望むなら私は絶対に守ります。久しぶりに生前クロード様の婚約者だった頃の笑みを浮かべます。絶対に譲れない交渉の場に望む時の生前のお母様直伝ですわ。
「でしたら、任せてください。家族から引き離したりはしません。私を信じてマナと一緒にいてください」
「はい。私はお嬢様を信じます。失礼します」
手の震えも止まり微笑んだローナをマナに任せます。視線でローナの退席と護衛を命じるとマナが頷きました。二人の背中が見えなくなったので、会場に戻り指示を出しているマール公爵の傍に行くと苦笑されました。
「大丈夫か?」
「はい。申しわけありません」
「いや、まさか皇族が先触れもなく訪問されるとは思わなかったよ。大変だったな」
マール公爵も皇女様のことは知らなかったみたいです。お淑やかな皇女様の外面に騙されたようです。
「クロード殿下の命がなければ、倒れたいです。私は家臣を連れて帰ってもよろしいですか?」
「侍女を連れていかれていいなら」
「失礼しました。喜んで同席させていただきます。皇女様を魔法で眠らせてもいいですか?」
「気持ちはわかるけど、許可できない」
冗談ですけどやはり駄目ですわね。
ダンスホールに視線を向けると皇女様は皇子様とダンスを踊ってます。やはり他の方と踊るつもりはないようです。
海の皇国は常識が違うので仕方ありませんわね。皇族は崇拝対象ですから、どんな行いも許されます。分別のある方しか外交には出さないのに皇女様は権力を使い無理矢理付いて来たそうです。皇女様の御生母は力のある家のご出身です。侍女達の噂話なのでどこまで本当か知りませんが。皇女様は夜会が終わっても、皇子様の腕を抱いて離れません。兄妹よりも恋人もしくは母親を離さない幼子に見えてきました。私とエイベルならサラリと振り払われるのでありえない光景ですわ。
『先に帰ってほしい』
『嫌です。あの女のもとには行かせません。お兄様には私の認めた者以外近づけません』
『先に帰国させるよ』
『お母様に言いつけますわ』
いつもは皇子様にそこまで反抗されないのどうしたんでしょうか。魔法で気を紛らわすことはできますが、一緒に帰ろうと誘われても困ります。たぶん近づけば兄君との素敵な時間の話を延々と聞かされ、眠るまでお付き合いさせられますわ。
『皇女様、お話が終わるまで私におもてなしさせてください。皇子様には夫とレティシアが同席します。間違いなどおきません』
『レティシアが?』
『息子もつけましょう』
マール公爵夫人が皇女様を宥めていますが不穏な会話が。
皇女様が私をじっと見るので礼をしました。そしてリオに何か囁くとリオが頷きました。
伯母様、リオはいりませんよ。なんでですか!?でも皇女様の不機嫌なお顔が少しだけ分別を持った時のお顔に変わったので口を挟んではいけませんわ。
『わかりました』
皇女様が抱いている腕を離してマール公爵夫人と離れていきました。皇女様を宥めるとはさすがマール公爵夫人ですわ。私には真似できませんわ。
感心しているとマール公爵の視線を感じました。私にとっての本番はこれからでしたわ。応接室に移動し、上座に皇子様、その隣にメイ伯爵。皇子様の正面にマール公爵、隣に私、リオという不思議な席ですが、気にするのはやめましょう。
部屋を防音と目くらましの結界で覆います。
『私の母を保護していただきありがとうございます。連れて帰ります』
穏やかな顔で見つめる皇子様の強引な言葉に怒りたい気持ちを抑えて笑みを浮かべます。ローナを母と思い込んでいるのでごまかすのは無理です。でも本人の意思も確認せず強引に連れて帰るとは横暴ですわ。メイ伯爵は皇族を咎められないので戸惑うお顔は無視しますわ。
『恐れながら皇子様、彼女は記憶を失っております。最近、ようやく穏やかな顔を浮かべるようになりました』
『これからは私がお守りします』
皇子様は言葉を遮り、穏やかなお顔なのに冷たい瞳で見つめられています。反抗しない貴族に慣れている皇子様は私が逆らうなんて思わなかったんでしょう。残念ながら上位皇子でない皇子様に力がないことは知っているので信用できません。そして海の皇国はローナを大々的に捜索した記録はありません。海の皇国から探し人の申し出も受けていませんし、海の皇族として帰還を心待ちにしている状態ではないのは調べてありますわ。
『彼女は望んでおりません』
『私はずっと』
「レティシア、会わせてやりなさい」
皇子様の言葉に従うつもりはありませんがマール公爵の命には逆らえません。マール公爵の顔を見ると譲っていただけないことはわかりました。非常に不本意ですが結界を解除してローナを呼びました。
『母上、覚えてないですか!?』
部屋に入ってきたローナを見て皇子様は立ち上がり真剣な顔でローナを見つめています。
私は記憶喪失と言いました。私の言葉は聞こえてないんですね・・・。
ローナは戸惑った顔をして私のほうを向きました。
「お嬢様?」
「行方不明のお母様を探していて、貴方に似ているそうです。皇子様フラン王国語でお話ください」
「母上、皇宮に帰りましょう。あの頃とは違います。今度こそ守ります」
ローナの体が震えました。立ち上がり怯えているローナの手を握り、下を向いた顔を覗き込み、瞳を見つめてゆっくり言葉をかけます。
「ローナ、大丈夫です。私は貴方が望まないなら手放しません。帰りましょう。私達はビアード領民を守ります」
ローナの震えは止まりましたが皇子様が茫然と見つめています。顔色の悪いローナにニッコリと笑いかけ手をほどき背中を軽く押します。
「ローナ、皆様にお茶の用意をお願いします。」
礼をして立ち去っていくローナを見送り、再び結界を構築し席に座ります。
「どうして」
呆然としている皇子様に向き直ります。突然知らない男に触れられ連れて帰ると言われれば怯えますわよ。
『彼女を保護した時は衰弱していました。過去を聞くと発狂しました』
メイ伯爵がフラフラと座った皇子様の肩に手を置いて顔を覗き込みました。
『皇子様、ローナはビアード嬢にお任せしましょう。国に帰って苦労するより、ここで穏やかに暮らしたほうがよろしいかと』
『私はなんのために今まで』
『無事に見つかりました。生きて笑ってます。私はそれだけで十分です』
優しく笑うメイ伯爵と迷子のような顔をする皇子様を見て怒りがおさまってきました。冷たい笑みを浮かべるのをやめました。
行方不明の母親が見つかったのに自分を覚えていなかったら悲しいですよね。私はローナ達のことしか考えてませんでした。
『皇子様、ローナは責任もってお預かりします。いつでもお越しください。心からおもてなしします』
顔を下に向けて黙り込んだ皇子様が勢いよく顔を上げ、私の手を握りじっと見つめられました。
『ビアード嬢、私と結婚してくれないか』
ローナが私の侍女だからですよね。どう考えてもそんな婚姻は両家が許しません。まだ子供ですし、冷静になれないんでしょう。
『ありがたい申し出ですが、うちは皇子様を婿にもらうことはできません。また嫁ぐ際もローナはビアード領に残します』
『私は母上がいなければ、』
呆然としていますが、皇子様の世界はローナだけなんでしょうか。
『あんなに妹君に慕われてます。貴方を必要とする方はたくさんいますわ』
ノックの音がしたので結界を解除します。お茶の用意をして入室したローナを皇子様が悲しそうに見つめてます。やっと見つけた母親に自分の記憶がないのは辛いですよね。抱き合って感動の再会もできません。それでも私はローナ達のほうが大事なので、譲れません。できるのは
『いつでもビアード領にお越しください。歓迎します。傷が癒えて思い出す日もあるかもしれません。ローナは愛情深いので皇子様の幸せを喜ぶと思います。皇子様とローナの絆はなくなりません。私の想像ですが、皇子様を残して消えたのは貴方のためだと思います。皇位争いに巻き込まれれば皇子様のお命も危険にさらされます。ローナが皇宮に戻らなかったのは、母として生きてほしいと願ったからではないでしょうか?ローナのためを思うなら幸せになってください。皇子ではなく旅人として訪問されても構いません』
『いずれ、伺うよ』
『歓迎しますが、妹君を説得してからお願いします。皇子様を探して国を荒らされてはかないません』
『善処しよう。母上を任せるよ』
『お任せください。ビアードの名に懸けて守りますわ』
強がりかもしれませんが笑みを浮かべ皇子様達は王宮に帰っていきました。機会があればローナの手作りのお菓子でもお渡ししましょうか・・。
皇子様の母親が見つかったのは勘違いだったとメイ伯爵が手を回してくれるようです。無事に収まって良かったです。
「マール公爵、このたびはありがとうございました」
「うちは場所を提供しただけだ。ゆっくり休みなさい」
「ありがとうございます。明日は早朝に発ちますので、ここでご挨拶をお許しください」
「早朝?」
「皇女様の命で、朝食にお付き合いを」
マール公爵が苦笑しました。皇女様は自由奔放で私の都合など考えてくださいません。
「邸内は好きに過ごしていい。書庫も自由に」
「ありがとうございます」
礼をして、体は洗浄魔法で綺麗にし着替えて休もうとしましたが寝つけません。マール公爵の言葉に甘えて書庫に行きました。マール公爵邸でリオの部屋の次に過ごした時間の長い場所です。
いつもリオの座っていた椅子に座ります。懐かしい。
こんな夜遅くに書庫にいたらお説教され、抱き上げられてベッドに連れて行かれます。そして眠るまで手を握って頭を撫でて傍にいてくれますわ。
ローナ達のことを伝えたら頭を撫でて褒めてくれますね。
国外逃亡した私を探しているときは心配で狂いそうだったとリオは話してました。皇子様も同じなのかもしれません。でも私は皇子様よりもローナ達を選びました。
私の選択は正しいのかな。「俺に任せろ」という頼もしい声も肯定してくれる声も聞こえません。
心が疲れたので目を閉じて少しだけ優しい思い出に浸りましょう。
***
目を醒ますとベッドの中にいました。書庫に行ったのは夢だったんでしょうか?時間がなかったため慌てて支度をして馬車で王宮に戻りました。皇女様は起きてきませんでした。本日は体調不良で休まれるようなので、私はクロード殿下の執務室に行くとすでに執務をされていました。
今日は皇子様は国王陛下夫妻と過ごされるので、私はクロード殿下の手伝いをして過ごしましょう。全然書類の山が減りません。
翌日から元気な皇女様に振り回されました。ローナに作らせたお菓子を届けさせメイ伯爵にお詫びとして差し入れしました。皇女様の嫉妬が怖いので皇子様には直接お渡しできません。
船が出航したのを見送ると長いため息をこぼしてしまいました。隣にいるクロード殿下も痩せた気がします。アリア様と皇女様に挟まれ、大量の執務に過労で倒れませんよね・・?
「ご苦労様だった」
「殿下もお疲れ様でした。次回は別の方を指名してください。私は何度倒れそうだったか・・」
「よく相手を務めたよ。評価をあらためるよ」
「殿下、評価は低いままで構いません。願わくばずっと領地に引きこもりたいです」
「次の接待も頼むよ」
「ご勘弁を。味さえわからない食事はご勘弁を」
「ほとんど手をつけてなかったな」
「殿下の偉大さが心にしみわたりましたわ」
クロード殿下に礼をして学園に戻り、寮で休みました。午後の授業には間に合いますが心身共に疲れたのでお休みです。王宮での公務が無事に終わって一安心です。
リオ、私は頑張りましたわ。褒めてくれる腕はありませんがこのまま眠れば優しい夢が見れそうです。私はビアード公爵令嬢として生きないといけません。何があっても幸せな記憶があれば大丈夫ですわ。神様、女神様、精霊様、どうかこの記憶だけは残してくださいませ。




