第五十話前編 接待
海の皇国から皇族がフラン王国に訪問されます。
私は学園を休み接待を命じられています。リアナ・ルメラ男爵令嬢のことは準備に忙しく気にかけている余裕はありません。一番大事なのはビアード公爵令嬢のお役目です。
確認したいことがありロキを呼び出しました。
ロキに視線を合わせて、ゆっくりと問いかけます。
「ロキ、もしお兄様がいたら会いたいですか?」
「いりません。僕の家族は母さんとナギだけです」
迷いなく答えるロキをそっと抱きしめます。
ロキはいつの間にか俺から僕に一人称を変えてました。身長も伸び、ますます頼もしくなり子供の成長は早いです。ロキが望まないなら私は会わせません。ここにいたいと望むなら守ります。海の皇国の方々と会わせないために皇族がいる間はロキは学園で過ごしてもらいます。私の留守中はアロマとステラにロキのことをお願いしてあります。
「お嬢様?」
不思議そうな声を出すロキを腕から離し、ニッコリと笑います。
「なんでもないわ。私は当分学園を離れますが頼りないお兄様をお願いします」
「はい」
嬉しそうに笑ったロキの頭を撫でて、絶対に守ることを決めました。海の皇国のような怖い国に帰したくありません。ロキはフラン王国で育ち幸せになればいいのです。
***
クロード殿下からいただいた資料を読んでます。
皇族の随行にメイ伯爵の名前がありました。
随行者の接待の予定にはマール公爵家の夜会がありました。一つだけ閃きましたのでマール公爵にお願いのお手紙を送ると翌日に了承の手紙をいただきました。
「エイベル、ローナだけはマール公爵邸で会わせようと思いますがロキ達のこと秘密にします」
「ロキが成長してから話せばいい。その時に望むなら手伝ってやれば」
エイベルの言葉に驚きました。今はお兄様に会えなくても、大人になって望むなら手配をしてあげればいいんです。海の皇国では話は皇族に全部聞かれてしまうなら、会うことも簡単です。ロキのことは守ると決めましたが迷いが消えました。
「エイベル、成長しましたね。私は感動してます」
「俺はお前の危機管理能力が育つことを期待している」
「充分あるので、ご安心ください」
頭を軽く叩かれました。不服ですがエイベルの成長に免じて文句を言うのはやめました。
ビアード公爵夫妻にもローナを極秘で会わせることは許可をとりました。ビアード公爵家は心が広い方が多くて助かります。
***
海の皇族を迎える日を迎えました。
初日の接待のパーティは滞りなく終わりました。
私が忙しくなるのは翌日からです。やはり生前の記憶と同じ皇女様と皇子様が訪問されました。皇子様はロキのお兄様ですが今は明かすつもりはありません。
私は皇女様と一緒に王都で有名な庭園を散策してます。今世ではこの庭園に来ることは初めてです。
皇女様は豪華で花の咲き誇る庭園にご満悦です。クロード殿下に視察の予定を相談された時に博物館ではなく庭園に変更してもらいました。生前に接待したときは博物館に飽きた皇女様がお忍びしたいと申されて困りましたので・・。
『レティシアは魔法が使える?』
『嗜み程度です』
『見せて!!』
魔法で水球を作って浮かせます。皇女様が水球に勢いよく手を入れたため割れて水が飛び散りました。あまりの早さと躊躇いの良さに驚き魔法を消すのが間に合いませんでした。魔法は危険なものですのに・・・。水球を壊すと水の刃が飛び散ることもあるので素手で触れないのは常識です。
『無礼をお許しください』
後にいるマオに目配せすると暖かい風が皇女様を包み濡れたドレスが乾きました。風の魔法騎士を連れてきて良かったです。
『この国は皇族以外も魔法が使えるのね!!』
興奮した皇女様に頼まれて簡単な魔法を見せていると雨の気配がしたので、まだ魔法が見たいと嫌がる皇女様を宥めて馬車に移動しました。馬車に乗るとすぐに雨が降り、皇女様を雨に濡らさずにすんだことに小さく安堵の息をこぼしました。
『雨が降るのわかったの!?』
大きい声をかけられ、動揺しましたが平静を装い興奮している皇女様を穏やかな顔で見つめます。
『はい。空気が変わりましたので』
『レティシア、私の護衛魔導士にならない?』
『申しわけありません。私は体が弱くお役にたてません』
『薬も手配してあげる』
『お気遣いありがとうございます。王国の医療で充分ですわ』
不服そうな皇女様を笑顔で宥めました。自由な皇女様の相手は疲れます。
皇女様と王宮に戻り、お茶の用意をして話し相手をしていましたが、お忍びに行きたいと騒ぎ始めました。必死に止めても聞いていただけず、途方にくれていると皇子様が来て宥めてくださいました。皇女様にご兄妹での時間を希望されたので私は退室させていただきました。皇女様の部屋を出た途端に力が抜けて座り込みたくなりましたが王宮なので気合いをいれて背筋を伸ばします。
クロード殿下に挨拶するために執務室を訪ねると書類の山で机が埋まっています。休みたかったんですが諦めました。
「殿下、お手伝いできることはありますか?」
「接待は?」
「皇女様はご兄妹での時間を望まれました」
無言でクロード殿下に書類を渡されたので、受け取りペンを進めましょう。ここまで書類に埋もれている執務室は初めてです。
目の前では不機嫌そうな殿下がペンを進めております。
殿下の様子を見ながら、時々お茶を出して書類にペンを走らせるといつの間にか晩餐の時間になりました。ただ書類の山は減っていません。このまま接待と書類と戦えばいずれ殿下は体を壊されます。
「恐れながら殿下、明日の接待はレオ殿下にお任せしたらいかがでしょうか?」
「正気か?」
冷たい視線を向けられましたが、引くわけにはいきません。皇子様はフラン王国語を話せるので海の皇国語を話せないレオ様でも務まります。
「海の皇国の視察でも立派にお役目を真っ当されました。私も随行致します」
「無礼があれば」
クロード殿下はレオ様の信用が皆無なんですよね。
「させません。このままですと殿下のお体が心配です」
「大丈夫か?」
「お任せください」
「わかった。任せる」
さすがにこの書類の山を見て、無理だと気づかれたんでしょう。他に仕事をまわせばいいのに今世のクロード殿下は一人で仕事を抱えているようです。さしでがましいですが、もう少し臣下に頼ってほしいと思います。殿下にエスコートされて晩餐の席に向かいました。王族と一緒など恐れ多いですが仕方ありません。自由奔放な皇女様の言葉にアリア様が怖い笑みを浮かべてます。家族の自慢は国に帰ってお願いします。うちのクロード殿下が物足りないような言い方やめてください。言えませんけど。高級な食材を使い最高の料理人が作ったのに全く味を感じられない晩餐が終わり、部屋に戻ってベッドに倒れました。魔力や体力は回復できても心を回復させる薬がないことが非常に残念です。
***
翌日の接待はレオ様と皇子様のおかげで滞りなく終わりました。
皇女様は皇子様が大好きなため、お兄様がいればご機嫌なようで何よりですわ。全部同じ行程にしてほしいですが、皇子様は遊びにきたわけではないので難しいようです。皇子様の公務に離れたくない妹姫様が無理矢理同行されました。ただ落ち着きがなく静かにしていられない皇女様を会議等に参加させられないため、私がお相手しているようです。皇女様の侍女から話を聞いて驚きました。
私は夜会があるので今日の晩餐は辞退させていただいてます。マール公爵邸での随行した貴族達への接待に参加することを話すとクロード殿下が了承をくださいました。今日は皇女様は常に皇子様と一緒の予定なので私がいなくても問題ありません。ご兄妹の時間に上機嫌な皇女様に挨拶をしてマール公爵邸を目指します。今までは王宮に泊まってましたが、マール公爵より部屋を用意してくださると言われたので今日はマール公爵邸にお世話になります。ビアードよりもマールのほうが王宮に近いので、突然の呼び出しを受けても対応できるでしょう。
マール公爵邸に着くとマール公爵夫人が出迎えてくれました。
「マール公爵夫人、このたびは」
「レティシア、挨拶はいいから用意をして少し休みなさい。顔色が悪いわ」
「ありがとうございます」
そんなに顔色が悪いでしょうか。心配そうなマール公爵夫人に礼をして案内された部屋にマナと一緒に向かいました。
案内された部屋にはローナが待っていました。マール公爵からお借りしたマール公爵邸の侍女の制服と瞳の色を変える魔道具を身につけさせています。ローナは私のお願いに何も聞かずに頷いてくれました。
私は二人に飾り立てられ顔色が悪いのは化粧でごまかしてもらいました。精神的な疲れでしょう。皇女様の相手は大変でした。
夜会にはマール公爵家は全員参加されてました。嫡男のカナト様、次男のレイヤ様、リオと三兄弟が揃うのは珍しいです。私は挨拶をおえて、誘われるままにダンスを踊っています。メイ伯爵とお話したいんですが、ダンスホールから抜けられません。ダンスの誘いを断るのは親睦を深めたくないと誤解を生むので接待の席ではダンスの誘いを断ってはいけません。また年若い令嬢や美しい夫人と踊ることで喜ばれる方もいます。招待客を気持ち良い一時を送れるように取り計らうのは大事な役目です。まぁ今の私は殿下の婚約者ではないので、そこまで気配りはいらないんですけどね。ただ公爵令嬢として最低限のおもてなしはこの場にいるかぎりしないといけません。差し伸べる手を取り、笑顔を浮かべて顔を上げたらリオでした。なんで、私にダンスを申し込むかわかりませんが断れないので気にせず踊りましょう。
「ずっと踊ってるけど大丈夫?」
「接待なので、ダンスを断ることはできません。気付くと申しこまれてました」
苦笑したリオに曲が終わる前に強引にエスコートされダンスホールから連れ出されました。グラスを渡されお断りするのも不敬なので笑みを浮かべて受け取り喉を潤していると腰を引かれて抱き寄せられました。
『リオ、いつまで独占してるんだ?』
『そろそろ返して欲しくて。』
海の皇国の貴族の令息に挨拶しようにも腰に回った手が離れません。礼を取れないので穏やかな笑みを纏って、過ごすしかないんでしょうか?振り払うのもこの状況ではいけませんね。フラン王国の淑やかな令嬢のイメージを壊さないように過ごさないといけないので。
『こんな美しい令嬢を、羨ましい』
『気を効かせてくれないか?』
『美しいご令嬢、リオが嫌になったらいつでも歓迎しますよ。睨むなよ』
優雅に礼をして去っていく令息を笑みを浮かべて見送りました。状況がよくわかりません。腰の手を解いてくれないリオを笑顔で睨み小声で囁きます。
「離してください」
「これなら、声を掛けられないよ」
楽しそうに笑いかけられても困ります。
「お気遣いありがとうございます。私は」
『これはリオ様』
『お久しぶりです』
談笑する二人に合わせて静かにしているとメイ伯爵を見つけました。笑みを浮かべてリオに向き直ります。
「お話中申しわけありません。人酔いしましたので、夜風に当たって参りますわ」
『申しわけありません。休ませてきます』
『是非、また訪問される時はお二人でお越しください。歓迎します』
『ありがとうございます。レティシア、行こうか』
リオに強引にエスコートされバルコニーに連れ出されやっと腰を抱かれた手から解放されました。
「マール様、私は一人で大丈夫です」
「俺の役目は終わっているから。連れて来るよ。待ってて」
「はい?」
どういうことでしょうか・・。私は動かない方がいいんでしょうか?
しばらくするとメイ伯爵がリオと来ました。マナには私の作戦を話しております。
会場に潜んでいるマナに目配せしてローナに飲物を持ってくるように頼みます。
公式では初対面なのでメイ伯爵に礼をしてお互いに自己紹介します。
「お嬢様」
ローナのお盆の上のグラスを笑顔で受け取ります。
「ありがとうございます。伯爵にもお渡しして」
笑顔でグラスを差し出すローナの顔を見てメイ伯爵が目を見開きました。
「ありがとう。仕事には慣れたかい?」
「皆様よくしていただいております」
「幸せかい?」
「はい」
「ありがとう。君が娘に似ていて」
ローナの持つお盆を強引に借りて、ローナの背中を伯爵に向けて思いっきり押します。
「え?」
メイ伯爵がよろけたローナを抱きとめました。しばらくすると我に返ったローナが顔を上げて謝罪しました。
「申しわけありません」
「いや、大丈夫だ」
本気で戸惑うローナに罪悪感がわいてきました。ローナの前に立ち、優しく笑うメイ伯爵に頭をさげます。
「メイ伯爵、私がよろけたばかりに。申しわけありません。うちの侍女をありがとうございました。お怪我はありませんか?」
「頭をあげてください。大丈夫です」
「ありがとうございます」
頭をあげるとローナに心配そうな顔で見つめられてました。
「お嬢様、お怪我は?」
「ローナ、ごめんなさい。私は大丈夫です」
「お嬢様にお怪我がなければ構いません。失礼します」
礼をして立ち去っていくローナを見送りました。ローナ、突き飛ばしてごめんなさい。
メイ伯爵がローナの背中を見て優しく笑いました。
「ありがとうございます」
「私の不注意で申しわけありません。お詫びにわが領でおもてなしさせていただきたいので、いずれ訪ねていただけると幸いです。我が家自慢の執事をお世話につけますわ」
「是非。いつか私的に伺わせてもらうよ」
「お待ちしております」
これでメイ伯爵がビアード公爵領に訪問する理由ができましたわ。
ローナは覚えていないようですが一緒に過ごすことはできます。
記憶になくても我が子の元気な姿が見れるのは幸せです。二人の関係がどうなるかはわかりません。ローナには幸せになってほしいです。ローナから聞いていないので何があったかわかりません。それでも大事な記憶を消すほどの・・・。私は何があっても大事な記憶をなくしたくありません。感傷に浸っている場合ではありませんね。
メイ伯爵にローナと会わせ、ビアード公爵家と接点をもたせること。この夜会に参加して一番やりたかったことが成功してよかったです。
どうか二人に幸せが訪れるように祈ることだけお許しください。
さて、私のお役目もここまでなので、折を見て帰りましょう。今日は久しぶりにゆっくり眠れますかね。昨日は遅くまでお付き合いして疲れましたわ。夜空に広がる満天の星空の美しさは変わりませんわね。星に祈りを捧げる国もありましたわ。
お星様、ローナやメイ伯爵が幸せでありますように。どうか祝福を。




