兄の苦労日記 21
頭のおかしい女、リアナ・ルメラが入学した。
妹には教えるつもりはなかった。
後輩の面倒を見る妹が会わないようにステラとフィルとアロマが手を回していた。
妹は厄介ごとに巻き込まれることが多い。
クロード殿下が妹に支給する魔道具の笛だけ音色を変えた。
妹の笛の音が響いたので、駆けつけるとルメラがマールの腕の中にいて、座り込んでいる妹は顔や手が傷だらけで頬から血が流れていた。
ハンカチで血を拭いても気づいてない。
茫然としている妹に手を差し出すと力なく笑った妹が手を取り立ち上がった。
マールの胸で泣き叫ぶルメラに視線を向け、しばらくすると周りの生徒達に事情を聞きに動いた。
ルメラを庇う男子生徒とクロード殿下に不敬を働いたことを責める女生徒の争いを妹が仲裁しようとしたらしい。
妹がふらついたので、支えると意識を失った。
ルメラはマールに任せた。他の生徒達は言い聞かせて帰らせた。妹を抱き上げて保健室に連れていくことにした。ルメラには俺は関わりたくないし、女に見境ないマールなら大丈夫だろう。
眠っている妹を保健医に任せて生徒会室を目指した。
生徒会室に入るとクロード殿下に視線を向けられた。
「レティシアは?」
「倒れたので保健室にいます。眠っているだけです」
「リオから報告は受けた。ルメラ嬢はレティシアにいじめられていると訴えている。面識があるのか?」
生徒会役員は生徒の模範である。相応しくなければ処分しないといけないから殿下は生徒会役員の動向は把握したいんだろう。
話したくないけど仕方がない。
「お恥ずかしい話なんですが、レティシアがルメラ男爵領に出かけた時に知り合いました。恋した相手を探してほしいと頼まれたレティシアが一時的にビアード領に引き取りました。
うちとしては親元から離すのは思う所がありましたが、本人が譲りませんでした。散々手を尽くして探しましたが、見つかりませんでした。しばらくして探し人と再会した彼女はもう会えないと言われたそうです。妹の所為と酷い言葉を浴びせ、出て行くと言うのでルメラ男爵領まで送り届けました。それからは会っておりません。本人の希望で一時的に侍女として雇っていたので給金を渡してあります。全てにおいて承諾書もありますので、必要でしたらご用意します」
呆れた周りの視線の意味はよくわかる。
「侍女として役に立ったのか?」
マールの言葉に苦笑するしかなかった。
「妹は侍女として育て学園に同行させる予定でしたが職務怠慢でうちとしては許せなかった」
「職務怠慢?」
「妹への不敬に、侍女の仕事をさせ、嫌な仕事は癇癪をおこし、子供と本気で喧嘩をする」
「レティシアにか?」
「あいつは妹に茶を淹れさせて自分は座っていた。」
ノックの音に視線を向けると妹が入室して頭を下げた。頬の傷が痛々しい。
「殿下、申しわけありません」
「どうした?」
「見回りの途中で倒れました。」
倒れたことは誰も責めていない。
「報告は聞いている。ルメラ嬢は君にひどいことを言われたそうだが心当たりはあるか?」
妹が悩んでいるので首を横に振った。妹は酷いことは言っていない。妹が俺を見て頷いた。
「覚えはありません」
「そうか。今日はもういい。」
不思議そうな顔をして礼をして出て行った。
「身分を貶められ、きつい言葉を浴びせたというのは?」
「ビアード公爵家の侮辱に対しては、厳しい口調でいいましたが酷いことは言っていません。また妹は今日まで彼女が入学していることを知りませんでした」
「殿下、身分を貶めるような発言をレティシアがするとは思いません」
「ビアード嬢は下位貴族と平民に慕われてますもの」
「生徒の保護をいつもしてるもんな」
「厳重注意で様子を見ようか。」
妹は信頼されているようだ。殿下の声で解散になった。
やはり妹の拾い物は災厄だった。
「ビアード、大丈夫なのか?」
「近づけたくなかったんだが・・。」
「俺の真の願いを知ってるって言われたんだけど」
「頭がおかしいから。ビアードの破滅とレティシアの死、言い出したらきりがない」
マールが呆れた。
やはり妹以外はあいつが頭がおかしいことがわかるらしい。
***
「エイベル様、すみません」
フィルが教室に訪ねて来るのは珍しい。
「男爵夫人の死がレティシアの所為って責められ落ち込んでます。俺では無理です。」
フィルに手に負えないのは相当だよな。
知らせたくないことを知ったか・・。
ストームに妹を探しに行かせた。
前ルメラ男爵夫人が亡くなったことは知っていた。死ぬように仕向けた人物がいたことも。
妹は泉で水を弄んでいた。声をかけると、顔が歪んでいた。隣に座って事情を教えることにした。
「バカだよな。ルメラ男爵は助ける気がなかったんだよ。夫人が亡くなった翌日に愛人を本邸に呼んでいた。」
「なんで」
純真な妹には理解できない事象だろう。俺も理解したくない。
「綺麗事ばかりじゃない。これから、お前には理解できない闇がたくさん出て来る。見たくないなら見なくてもいいよ」
妹は泉を見ながらぼんやりしている。しばらくすると俺に視線を向けた。
「エイベルに押し付けて目を背けるなどしません。強くなります」
明らかに妹は強がっていた。強情な妹をたまには甘やかしてやることにした。
「泣きたいなら胸を貸そうか?教室に戻ったらその甘えは捨てろ」
しばらくすると抱きついてきたので背中に手をまわした。
制服が妹の涙で汚れるのは初めてだった。頭を撫でて落ち着くのを待つことにした。
両親は妹の治癒魔法の腕を喜んでいる。
妹は治癒魔法の練習はビアード領でやっている。
救えない命に泣きそうな顔を我慢して家族に別れを告げるように話していた。責められても、静かに耐えていた。小さい肩に背負うには重すぎるかもしれない。
ただ気付くと自分で見切りつけて前を向いている。バカみたいに優しくてお人好し。嫁がせてやったほうが幸せになれるんだろうか。
俺がそれを言えば妹の矜持を傷つけるか。ビアード公爵家のために生きると覚悟を決めた妹には侮辱になるか。
「強くなります。絶対に生きて帰ってきてください。目を背けず受け止められるようになります。」
妹の零した言葉に苦笑した。いつから俺のことになったんだよ。
「ああ。無理はするなよ」
「エイベルは無理しても帰ってこないと駄目です。帰ってくれば治してあげます」
「バカ」
男爵夫人のことで落ち込んでいた妹の思考は別の物に変わったらしい。
もう大丈夫そうだな。すぐ落ち込むのに立ち直りは早い。
ステラの言う災厄が妹に仕掛けてこないといいんだが、期待は薄いよな。
やはり処分しておいたほうが良かっただろうか。斬っても咎められない罪状はいくらでもあるんだけど・・。




