第四十七話 後輩の面倒
私は1年3組に来ています。
生徒達が学園生活に慣れるまでは定期的に様子を見に来ています。
3組は愚かな貴族から理不尽な言いがかりをつけられることも多いですがビアード公爵令嬢が目をかけている生徒に手を出す貴族は少ないので、去年よりは取り締まる数が減りました。
「レティシア様、エイベル様を紹介してください」
サイラス様の弟のノア・グランド様にまた声をかけられました。
最近はエイベルの訓練希望者が多く、自身の訓練時間が減っているのでビアード公爵と相談しました。意欲のある生徒の指導も大事ですが、最優先はエイベルが強くなること。
教壇の前に立ち息を吸い大きい声を出します。今だけは淑女はお休みです。
「訓練に興味のある方は耳を傾けてください。エイベル・ビアードとの訓練の前に基礎固めをしていただきます。体一つで来てください。ビアード領で月に2度初心者のための訓練を用意します。学園から馬車も用意しますので、お金もかかりません。興味ある方は教えてください。訓練道具もありますので、何もいりません。基礎固めが終わっている方はうちの自慢の騎士がお相手しますわ」
「行きます!!」
「俺も」
ノア様や一部の生徒達の目が輝きました。
隣にいるロキの肩を抱きます。
「紹介させてください。執事のロキです。皆様の訓練の手配と付添いを任せてあります。何かあればロキに声をかけてください。ロキに意地悪すれば許しませんので心に刻んでください。希望の方はロキのところにお願いします」
ロキが私を見て頷いたので任せて大丈夫です。
私はお勉強指導に入ります。
「レティシア様、教えてください」
教科書を睨んでいるアナに解説します。まだ不愛想な先生には質問にいけないようです。
挙手する生徒の多さにステラを連れてこなかったことを後悔しました。時々アリス様も手伝ってくれますが今日はいません。
「レティシア」
「ごきげんよう。マール様、どうされました?」
「寝込んだって聞いたから」
「ご心配おかけしました。もう大丈夫です」
「よかったよ。手伝うよ」
笑っているリオの言葉の意味がわかりません。
「はい?」
「さすがに1年の勉強はできるよ」
いえ、その心配はしてません。
リオがいつの間にか黒板を使って授業をしています。え?
わかりやすいですがいいのでしょうか・・・。戸惑わずに説明を聞く後輩達の順応力に感心しますわ。
服を引かれて、小さい声で質問する生徒に近づき解説します。
「今日はここまでだ。男子は女子を送れよ」
リオの授業は終わったようで、生徒達が片付け始めています。
確かに窓の外は真っ暗です。
「また教えてくれますか!?」
「ああ。構わないよ」
アナの無邪気な声に目を丸くします。物怖じしない子ですけど、アナ、公爵家の子息なので遠慮を覚えて欲しいですわ。
「アナ、私が教えますわ」
「レティシア様はすぐにいなくなってしまいます」
頬を膨らますアナの言葉を否定はできません。
指導する生徒が多すぎて・・。一人のところにゆっくりしている余裕がありません。
今度はステラかアリス様を連れてきましょう。とりあえずリオに断ればいいんですよね。
リオにお世話になるのは色んな意味で厄介ですわ。
「マール様、お気遣い」
「後輩の指導は先輩の務めだから気にしないでいい」
悔しいですが私はリオほどわかりやすく教えられません。
1年生は3回もやったのに・・・。穏やかに微笑むリオはきっと殿下のために優秀な生徒を増やしたいんですよね。生徒達が望んでリオが了承するなら邪魔する権利はありません。仕方がないので覚悟を決めましょう。
「ありがとうございます」
「任せてよ。レティシアの勉強も教えるよ」
「お兄様がいるのでお気遣いなく」
「残念だ」
私は令嬢に人気のリオとは関わりたくありません。このクラスはリオに任せてしまいましょうか。わからない勉強はレオ様か先生に聞きますわ。
「レティシア様の恋人ですか!?」
アナの言葉に頭を抱えたくなりました。
「残念ながら、まだ。中々振り向いてもらえなくて」
アナで遊ぼうとするリオを睨みたい気持ちを我慢して、穏やかな顔を向けます。
「恐れながら、本気にする子もいますので、冗談は場所を選んでください。アナ、マール様には恋人がいらっしゃるので誤解しないで。ありえませんから」
「恋人?」
「俺にはレティシアだけ」
「お戯れを。さてそろそろ帰りましょう。私も失礼します」
放っておいて帰りましょう。ロキにビアード領の訓練の件は一任してあります。私は休養日は社交があるのでずっと付き添うことはできません。ロキは手配が終わったのでエイベルのもとにすでに返しましたわ。
「レティシア、送るよ」
「お気遣い不要です。失礼します」
「俺のファンには手を出させない」
リオに強引に手を取られたので不敬は承知で振り払いました。リオが付いてくるので、足早に寮への道を進みます。
「相手を間違えてます。私は遊ぶつもりはありません」
「いずれ婚約者の座を手に入れるから遊びじゃない」
「利がありません」
「マールの夜会に時々参加して翻訳を引き受けてほしい。俺が婿入りして社交と領主代理をつとめるよ。エイベル・ビアードを支えてレティシアの望みは叶えるよ」
「うちには利がありません」
「サイラスと何が違うの?」
「私に頷く権利はありません。私は遊びも恋も興味がありません。他をあたってくださいませ」
寮に着いたので礼をして別れました。リオの女遊びに付き合うなんてごめんですわ。今世のリオは最低です。こうやって令嬢達を口説いているんですかね。
誠実なサイラス様と何が違うって全然違いますわ。比べる価値もありません。
***
1年3組の生徒達が私とリオの仲を取り持とうとします。
本当はリオにアナ達の指導を任せようかと思いましたが危険と気づきやめました。
純真な後輩達がリオに狙われるよりは、あしらえる私が相手をするほうがいいですわ。
後輩達のビアード家門での訓練は滞りなく終わりロキの報告を聞いて安堵の息を吐きました。やり遂げたロキを褒めると嬉しそうに笑いました。
今日の社交は終わったのでウォントを連れてビアードの森に出かけました。
「ウォント、言葉がうまくなりましたね」
「はい。ご指導ありがとうございます」
最初の頃と違い今は流暢にフラン王国語を話しています。
ローナに過去の話をするのはウォントには禁じています。
「大事な臣下のためですから。不便はありませんか?」
「はい。それに元気な姿を見られるだけで幸せです」
泉に足をつけると冷たくて気持ち良いです。以前魔物が住んでいたこの泉に人は近づいてこないので、二人で話すには最適です。森以外だと領民に声をかけられるのでゆっくり話せません。
魔物の出るビアードの森にも騎士以外は近寄りませんので静かです。
ウォントは自分に興味がないローナをいつも優しい目で見てます。
過度に近づくこともせず、見ていて切なくなりますが私の立場では協力できません。一歩間違えると命令になります。
「レティシア様の愛する方はどんな方だったんですか?」
ウォントの言葉に明るい笑みを浮かべます。
お互いに大事な思い出を共有できる愛しい人がいないのは同じです。ふわりと髪を撫でるそよ風に愛しい色を思い浮かべます。
「強くて優しくて頼りになって、お説教は長いし、細かくてしつこいですが全てが愛しい人です。ずっと守ってくれましたわ」
「素晴らしい方だったんですね。離れてます。何かあればお呼びください」
ウォントは泉でよく私を一人にしてくれます。
ウォントにだけは私のリオの話をします。ローナを想う姿が重なってしまい、嘘をつくのもごまかすのも嫌な気がして・・・。
泉の中には足を進め、泉の中に潜ります。この泉は微量な魔力が漂い体が馴染むと温かくて気持ちが良いですが、この光景を見たらリオなら小言を言いますわ。リオの小言を恋しく思う日が来るとは思いませんでした。失ってはじめていかに大事か気付きます。他愛もない日々が愛しさに溢れるものなど昔の私は知りませんでした。この世界も優しく大事と思えるものはたくさんあります。それでも、一番胸を占めるものは変わりません。全て投げやりだった二度目の生で、いつも抱きしめて傍にいて手のひらの上に諦めた物も捨てた物も乗せてくれたのはリオでした。レティシア・ルーンではなくレティシアを肯定して大事にしてくれた初めての人。
ウォントにとってのローナがどれだけ大切かはわかりません。それでも運命に切り裂かれた二人に幸せが訪れるようにと願ってしまいます。ビアードのためにとウォントが復縁するための切り札を取り上げている私が願うのがおこがましいですが、心の広い神様や精霊様は願うだけならきっと許してくれるでしょう。
泉からあがると愛しい色がありました。この泉で泳ぐと時々リオが会いに来てくれます。泉の魔力のおかげでしょうが無粋なことは考えるのをやめましょう。
どんなに時が経っても恋しい腕の中に飛び込みます。
「シア」
愛しい瞳を見つめると優しく口づけられました。甘さを含んだ銀の瞳は何度見てもうっとりとしてしまいます。私が何者でも、ビアード公爵令嬢として歩む道が決まっていても心は自由です。忠誠でもなく、レティシアの心を捧げたい人は一人だけ。
「リオが一番ですわ」
リオの胸に顔を埋めると頭を撫でる手に口元が緩みますがそろそろ時間ですわ。ゆっくりと顔を上げて、そっと唇を重ねます。欲張りはいけないので、最後にギュッと抱きついて離れます。
笑みを浮かべてウォントと合流して帰りました。
別人のリオが最低でもどうでもいいです。
私のリオはリオだけです。女遊びなんて絶対にしない目を閉じると浮かんでくるリオに顔が緩んでしまいます。ふわりと漂う暖かく優しい風にさらに笑みが零れます。
リオのおかげで力が沸きましたので明日からまた頑張りましょう。




