元夫の苦難5
学園にはレティシア様をお助けする会がある。会員は下位貴族と平民の生徒が多く、会長はステラ・グレイ。幹部はフィル・カーソンに最近はアロマとロキが加わった。
情報収集とさりげなく助けることが活動内容らしい。レティシアは存在を知らない。
レティシアが閉じ込められた事件の情報提供はこの団体である。俺はこの団体に後輩を送りこんだ。
「リオ様、俺は自信がありません。あの団体おかしいです。俺が間者って知られたら・・」
「蔭から助けるよ。しっかり情報を掴んでこい」
「近々レティシア様の災厄が学園に現れるそうです」
ただレティシア様をお助けする会は俺の欲しい情報はない。レティシアが令嬢に絡まれていることや男子生徒に人気があることはよくわかった。腰の低いレティシアは公爵令嬢と知られていないため、絡んだ生徒にレティシアへの不敬を教えているらしい。後日謝罪に行く生徒にレティシアが微笑み優しく言葉をかけるので、また会員が増えるらしい。兄のエイベル・ビアードも団体のことは知らなかった。
俺の心強い味方はリール嬢だった。
珍しい異国の音楽の資料を集めることで協力を取り付けたおかげで、レティシアの男の好み等有益な情報や帰省の予定を教えてくれ非常に助かっている。
***
レティシアと二人で森の調査を任された。クロード殿下は満足のいく働きををするとレティシアとの仕事を任せてくれる。利用されているけど、彼女と過ごせるならありがたいので甘えている。
森を調べていると雨が降ってきた。レティシアはぼんやりと空を見上げて、声をかけても反応がない。ぼんやりしていると、声が届かないことは知っていたので手を引いて雨宿りできる場所に移動した。ビアードは彼女がぼんやりしているとされるがままになることに頭を抱えていた。小屋に閉じ込められた時も、気付いたら目の前に小屋があったらしい。無自覚なため全く理解が得られないらしい。
洞窟に入り、服を乾かすために魔法を発動させようにも使えなかった。省略せずに詠唱しても駄目だった。
レティシアが不思議そうな顔で俺を見た。
魔法が使えないことを話すと首を傾げてしばらくして頷いた。
上着を絞り、再び着ると壁際に座って穏やかな顔で見つめてきた。
「雨宿りしましょう。」
野外に慣れたレティシアに従い隣に座った。この森の調査はレティシアが指名された。俺はお目付け役である。
雷鳴が鳴り響く森を歩くのは危険なので雨があがることを待つことにした。
お菓子を渡されたので口に含むと素朴な味がした。手作りと思うとニヤケてしまった。彼女が俺に手作りの物をくれるのは3度目だった。いつもサイラスが譲ってくれるけど、彼女からもらえるものは格別だ。
レティシアは膝を抱えてぼんやりしていた。俺が眺めていることに全く気付いていない。
輝かしい銀髪に整った顔立ち、華奢な体、綺麗だよな。
時々見せる無邪気な姿は可愛らしく、器量も良く、悔しいけど男に人気なのは仕方ない。
彼女に婚約を申し込む男も多いがビアード公爵家は成人までは婚約者を選ばないらしい。
母上の情報だとレティシアとビアードが認めることが最低条件らしい。
レティシアの視線が俺に向いた。
「マール様、これを」
俺の手を掴んで、手のひらの上に粉を出した。レティシアが粉を舐めたのをみて、真似ると塩だった。
「なんで塩なんて持ち歩いているんだ・・」
「ビアード公爵令嬢の嗜みですわ」
さらりと言った言葉の意味がわからない。
「え?」
「私はお兄様と生きるために足掻くと約束しました。そのための準備を怠りません。今度は火打石も持ち歩かないといけませんね」
頭をよぎったのは、猫にレティシアを助けろと言われて向かった小屋で怪しい動物に囲まれ目を閉じて祈りを捧げていた姿。
全く動かないので慌てて抱き上げ小屋を出た。
何度か呼ぶと目を開けたレティシアが抱きついてきた。しばらくするとふんわり笑って意識を失った。あの時、確か・・・。
「最後に会えて良かった。幸せになってね。次は従兄妹に生まれたい」って。
死ぬ気だったのか?彼女はあの小屋の存在を知らなかった。放っておいたらすぐに死ぬんじゃないか。苦笑している彼女に俺が生きてほしいと懇願する権利はない。ビアードが言い聞かせてあるから平気か。彼女の中のリオとは別に一心に心を傾けられるビアードが羨ましい。
「たくましいな」
「はい。ビアードの者として恥じないようにと決めてます」
綺麗な笑みを浮かべた彼女が相応しくないようにはみえなかった。
令嬢なのに武術を学び、風属性をもたない、まがいものの令嬢を否定する者もいる。嫁がせないのは役不足と蔑む声も。令嬢達は当主に嫁ぐことが至上と思い彼女の価値を否定するのに躍起になっている。
俺はここまで家のためを思って動く令嬢を知らない。公爵令嬢としての志の高さは一番だと思う。王家の行事に参加しないため相変わらず彼女の評価は低いけど・・。
雨はおさまらず、暗くなってきた。レティシアの肩が震えていた。
上着を渡すと断られた。他の令嬢なら間違いなく受け取る。体の弱いレティシアをこのままにはできないので無理矢理抱きしめた。驚く声が聞こえたけど離れないように強く抱く。
「一番効率的だよ。ビアードだと思って我慢して」
噴き出して笑っている彼女の愛らしさに口角が上がる。
避けられているけど俺のことを嫌ってるわけではないらしい。頭を撫でると体の力が抜けていき、俺の胸に顔を埋めて寝息を立てた。
不謹慎でも俺の腕の中で眠る様子が堪らなく嬉しかった。
冷たい頬に手をあてると徐々に暖かくなる。無防備に眠る様子に顔が緩んでしまう。
時々俺の名前を呼ぶので、頭を撫でると口元がほころぶ。
彼女の中のリオもきっと惚れこんでいたんだろうな。
シアと呼ぶことを許された唯一の存在。彼女の愛称はレティでシアと呼ぶものはいない。
寝顔を見つめているとゆっくりと瞼が上がり、不思議そうに見つめる瞳に笑いかけると嬉しそうに笑い、すぐにいつもの上品な笑みに戻る。
寝ずの番を代わると言う申し出に頷き目を閉じる。一晩なら起きていても平気だが彼女は気にするだろう。
目を開けると目の前には潤んだ瞳のレティシアと目が合い、脳裏にうちの書庫で耳を塞いで涙を流していた姿が浮かんだ。腰を強く引き寄せて抱きしめる。
「俺が傍にいるから泣かないで」
自分の零した言葉に気付いた。
腕の中で離れようと、もがいている彼女を離したくなかった。彼女の理想の男の情報は持っていた。強さはまだ足りない。でも今の俺でも他の条件は敵える自信があった。
「ずっと傍にいる。君だけを想う。いずれビアード公爵にも認めさせる」
俺は代わりでもいい。レティシアのリオになってもいい。
ずっと傍にいて、いくらでも抱きしめるし、頭も撫でる。優しくするし、レティシア以外に目を奪われない。
「好きなんだ。君が欲しくてたまらない」
「愛を囁く相手を間違ってます」
聞こえた声の冷たさに腕を緩めて顔を覗くと、呆れた顔をされていた。
「え?」
「縁談はお父様に従います。私は私だけを見てくれないと嫌なんです」
俺はレティシアだけが欲しいって言ったよな?
「俺はレティシアしか見ないよ」
「騙されません。私は数居る貴方の恋人の一人などごめんですわ」
誤解をされていないか!?俺は恋人を作ったことはない。
「いないから。俺が望むのは君だけだ」
「その言葉は貴方のファンのご令嬢に。私には不要です」
にっこり笑ったレティシアは可愛いのに言葉は可愛くない。いつの間にか離れた彼女は残酷な言葉を告げて微笑んだ。
「マール様、冗談も終わりにして帰りましょう」
立ち上がって歩き出した彼女を慌てて追いかける。
冗談って言われた・・?俺は彼女にどんな人間と思われてるんだ・・・。
本気だし、嘘もついてない。
生涯レティシアだけだと誓ってもいい。
帰りの馬車を呼ぶと、殿下や兄に怒られるとポツリとこぼし、顔を曇らせ報告書を書いている。話しかけられたのは報告書の確認についてだけ。
学園に着き生徒会室に入り、礼をしてレティシアがクロード殿下に報告書を提出した。
「御苦労だった。他には何か?」
「記載してある通りです。他は特には」
「殿下、失礼します。レティシア、行くぞ。今度はローブと、説教は後だ」
レティシアはビアードに手を引かれて出て行った。クロード殿下は騒がしい二人を咎めずに、上機嫌に笑っている。
俺への態度は変わらない。彼女の中の俺はどんな人間なんだよ…。どうすれば…。
クロード殿下に肩を叩かれ我に返り、寮に戻り登校する準備をした。




