第四十二話 最後の休み
短期休みの最後の日を迎えました。社交に忙しく遊びにいけませんでした。気分転換に視察の帰りにビアードの森の泉に足を運びました。
「マオ、一人で潜りたい」
護衛騎士のマオが安全確認して、離れて行きました。泉の中は安全なので一人にしてくれます。呼べばすぐに風魔法で駆けつけてくるでしょう。
足をつけてゆっくりと泉に体を馴染ませ息ができるように魔力を纏って潜ります。
この休みはほとんど殿下のお傍に控えていたエイベルほどではありませんが疲れました。
ルーン公爵領の泉ほどではありませんがこの泉も気持ちがよいです。水に潜ってリオにお説教受けたのが懐かしい。
ルーン公爵令嬢だったらこんなに自由気ままに泉に潜れませんね。リオと二人で冒険していた頃も懐かしい。国外逃亡しなければ決して冒険者にはなれませんでしたわ。
そろそろあがろうかな。学園に戻る準備をしないといけません。課題もまだ少し残ってます。
泉から上がると人影があり愛しい色を見つけて笑みがこぼれます。夢でも幻覚でも構いません。他国には人の求める物を映す幻想の泉があります。幻で人を惑わす魔物もいますが、マオが反応しないので安全ですわ。
駆け寄るとやはりリオがいました。
「シア」
リオの胸に飛び込むと背中に手が回ります。私のリオが会いにきてくれました。頭を撫でる手も抱きしめられる腕も呼ばれる声も覚えています。
「リオ、」
憂鬱だった気持ちが溶けていきます。リオの腕さえあれば大丈夫です。
顔をあげると心配そうに見られてます。隠してもいつも見つかってしまいます。
「大丈夫だよ。エイベルがすごく優しいの。ステラもいる。それに時々でもリオが会いにきてくれるなら頑張れる。知らなかった。こんなに好きだったなんて」
リオがいないとこんなに寂しいなんて知りませんでした。学園にはリオとの思い出が詰まっていて幸せな思い出なのに切なくてたまらなくなります。セリアやクラム様やニコル様と一緒にいるとリオが来て、他愛もない話をして頭を優しく撫でて帰っていく当たり前の光景はもうありえません。あの頃とは全てが違い、今はビアード公爵令嬢です。
いずれは、
「リオ、私はいずれは嫁がないといけません。でも心はリオだけです。だからまた会いに来てくれる?」
リオが優しい笑顔で頷いてくれました。こぼれた涙を拭ってくれる手も優しく胸が温かくなりますわ。リオの顔が近づき目を閉じると優しく口づけが。口づけされて幸せを感じるのはリオだけです。目を開けると赤面しているリオに笑みがこぼれました。もう一度口づけるとまた赤くなりました。
「お嬢様、」
マオの声に現実に戻されました。そろそろ戻らないといけないようです。愛しい時間はすぐに終わってしまいます。
「リオ、行ってきます」
「シア、好きだよ」
「私もリオ兄様が大好きですわ」
リオの腕を解いて立ち去ります。幻覚でもリオが消えるのを見たくありません。きっとまた会えます。リオは約束を守ってくれます。新学期も頑張りましょう。
涙を拭いて、マオと合流してうちに帰ることにしました。
***
ビアード公爵邸に帰るとエイベルがいました。
最終日しか帰ってこられなかったんですね・・。
私はエイベルに告げられた言葉に正気を疑いました。
「レティシア?」
不思議そうな顔で見られても、視線が冷たくなるのは仕方ありません。
「疲れて頭がおかしくなりましたか?」
「お嬢様、僕は嬉しいです。連れてってください」
学園にロキをエイベルの執事として連れていくそうです。
嬉しそうなロキには申しわけありませんが学園はロキの教育に悪いです。
「ロキにはまだ早いですわ。それに汚い世界を見せたくありません」
「俺の傍に置くから平気だ。執事長からも一人前だと。お前に反対されても連れてくけど」
全然大丈夫ではありません。
社交や学園生活に関しては全くエイベルを信用できません。
やはりポンコツですわ。もしかして生前より酷いかもしれません。
「冷静になって、よく考えてください。ローナやナギが寂しがります」
「喜んでたけど」
「ナギは毎日手紙を書くと言ったら喜んでました。母さんも立派になったって」
ナギが手紙がお気に入りなのは知ってますよ。ナギ、私がいくらでもお手紙を書くからロキを止めてください。ローナはロキの好きにさせるのはわかってます。ローナよりロキのほうがしっかりしてるんです。
「反対です」
「魔道具で瞳と髪の色を変えさせるから心配いらない」
容姿の心配ではありません。もっと根本的な問題に気付いて欲しいんですけど。
「エイベル、正気に戻ってください。そこの心配ではありません」
「お嬢様、お役にたちたいんです。駄目ですか?」
ロキに目を輝かせて見られてます。こんな顔をされたら断れません。ここまでキラキラした瞳をするロキは初めて見ました・・・。そっと抱きしめてロキの顔を見つめます。
「嫌なことをされたら必ず教えてください。夜はエイベルの部屋で寝ていいですわ。休養日は必ずローナに会いに帰りなさい。守れますか?」
「はい」
嬉しそうなロキを見て、ため息を我慢しました。
エイベルはポンコツでしたわ。マナにロキのことを頼みましょう。
***
ルメラ領の領主が代りました。お父様達が動いてくださったみたいです。
国王陛下に満足していただけるきちんとした統治がなされるといいですわ。
授業が明日から始まるので学園に帰ってきました。
寮の部屋にリオから贈り物が届けられてました。治癒魔法のお礼と書かれ水の魔導書と異国の物語がありました。魔導書は貴重な物なのでいただけません。返礼するよりも貴重な物なのできちんとお返しするべきですわ。魔導書は貴重で大事な財産なので、人に譲ることはほとんどありません。マナにリオに面会依頼を出すとすぐに了承の返事がきたので、本を持ってリオの部屋を訪ねました。
レオ様とお茶会をしてましたのね・・。レオ様が誰かと仲良くする様子をみると頬が緩みそうになり、慌てて笑みを浮かべます。
「レティシア、久しぶり」
「お久しぶりです。レオ様、少しだけマール様をお貸してください」
「お茶を淹れようか?」
レオ様は自身でお茶も淹れるのを気に入ってます。レオ様のお茶は美味しいですが今日はお断ります。
「いえ、すぐにすみますので。マール様、お時間をいただきありがとうございました。こちらお返しします」
「気に入らない?」
「このような貴重なものをいただく理由はありません」
「お礼だから受け取ってほしい。何度、傷を治してもらったか」
感謝されるほどのことではありません。治癒魔法でお礼をもらうことも、期待したこともありません。感謝はいらないので放って置いてほしいですが無礼なので言えません。
「恐れながら治癒魔導士の務めですから気にしないでください」
「うちにあっても使わないんだ」
まさか価値がわからないんですか!?
貴重な魔導書は書庫に置いておくべきですわ。でもいらないなら欲しいですわ。風以外の魔導書はうちにあまりありませんので。
「でしたら、買い取らせていただきますわ」
「レティシア、受け取れよ。お前好みのものだろう?贈り物は大事にすべきだろう。」
レオ様の反撃に驚きました。エイベルへの贈り物を不思議そうに見ていたレオ様には情操教育の一貫として贈り物は大事で取り扱いは要注意と教えましたわ。
「せっかく用意したから受けとってほしい。」
どうしてここまで贈りたいんでしょうか。あまりお断りするのも無礼なので、受け取って返礼すればいいでしょうか?マールにとって価値のあるものがビアードにあるでしょうか・・。ビアードにある魔導書は全てマールにありそうですわ。後で考えましょう。
「ありがとうございます」
「返礼はいらないから」
「え?」
「お礼にお礼の返し合いになるから」
あんなに貴重なものをいただき返礼しないのは・・。
「ですが・・・」
「なら、名前で呼ばせてもらえないか?」
「はい?」
「ビアードが二人いて、紛らわしい」
今更ですが、不便に感じてたんですか。確かに生徒会にビアードは二人いますし、エイベルとはよく行動を共にしています。ビアード兄妹と二人一緒に呼ばれることも多いですが。
「エイベルに伝えておきますわ」
「レティシア、違う。エイベルじゃなくお前のことを言っている」
「私?」
「駄目かな?」
リオに名前を呼ばれるのはあらぬ誤解を生むので避けたい。本を返してすぐに帰るつもりでしたのに、どうして面倒なことになってるんでしょう。こんなことなら素直に受け取り、返礼しておけば良かったですわ。エイベルの戯言も含め頭が痛くなってきましたわ。
「申しわけありませんが、兄の名前を好きにお呼びください。ご令嬢達に」
「俺のファンに手出しはさせない。君に俺のことで声をかけないように言い聞かせている」
遮られた言葉はいささか信用できませんがこれ以上断るのも失礼にあたります。
学園では生徒会以外で会わず、社交もほとんど会わないので大丈夫と思うことにしましょう。
「わかりました。」
「ありがとう」
「レティシア、夕飯作らないか?」
「レオ様、今日は材料を用意してません」
「ある。道具も」
「好きに使っていいよ。」
まさかレオ様がリオの部屋でも料理をしているとは思いませんでした。
二人の関係が良好なのは大歓迎ですが私を巻き込まないでほしいです。
「レオ様、明後日エイベルの部屋でお待ちしてます。今日は予定があるのでまた。失礼します」
「そうか。またな」
「はい。失礼します」
礼をして退室しました。
課題が残っているので急いで終わらせないといけません。
新学期は不安しかありません。すでに心労で心が折れそうですわ。
課題が終わったら木の上に登って星を見上げましょう。そして平穏な生活を送れるように祈りましょう。
いつも読んでいただきありがとうございます。
ブクマ、評価も励みになり有り難いです!!
ビアード公爵家は身分に関しては緩いです。
名前で呼ぶのを許すのは親しい相手と周囲に思われます。
レティシアは令嬢には自由に名前で呼ばせていますが貴族令息は基準があります。
互いに名前で呼び合うのはエイベルと自分の友人と親戚とエドワードだけです。
レティシアと呼ばれるのを許容するのは人気のない令息と婚約者のいる相手、力のない貴族と平民です。
上位の相手に呼ばれれば不満は言わず受け入れますが、面倒な相手はやんわりとお断りしています。お断りできなそうなら用がなければ決して近づきません。
レティシアにとってモテる相手から逃げるのは大事な日課で協力者はステラとフィルです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




