閑話 レティとフィル
フィル視点
俺の友人は変わっている。
俺とレティシアの出会いはターナー伯爵家。
ターナー伯爵家で騎士達の訓練に令嬢が訓練に参加していると噂になっていた。
ターナー伯爵よりビアード公爵令嬢の訓練は極秘のため他言無用と命じられ、外に漏らせばビアード公爵家より制裁があると言われたが交流を深めることは禁止されなかった。
武門貴族でビアードに逆らうバカはいない。
妖精だの女神だの強面な男の口から似合わない言葉で表現される姿に笑ってしまった。その数日後に騎士達に謝るとは思っていなかった。
初めて会ったワンピースを着たレティシアの綺麗な仕草は母上や礼儀にうるさい教師よりも綺麗で、美しい笑顔に見惚れた。この綺麗な令嬢が武術を嗜むなんて想像がつかずに、赤面して固まり友人にからかわれていた頃が懐かしい。武門貴族の令嬢は体格が良く、図々しい性格が多いから小柄で淑やかで控えめに見えるレティシアは特別に見えていた。
レティシアは最初の頃は兄のエイベル様とずっと一緒。俺達の手合わせを見学し、無邪気な笑みを浮かべて両者に称賛の言葉を掛ける姿は武門令嬢の鏡と騎士が騒いでいた。汗臭く薄汚れた騎士を見ても綺麗な顔を崩さず労りの言葉をかける姿に見惚れる奴も多い。レティシアの興味を引きたくてエイベル様に手合わせを誘う奴や訓練に夢中になる奴も多かった。
ターナー伯爵家に慣れたのかしばらくすると一人で訓練していたので一緒に訓練しないか誘うとニコリと笑い頷く顔は可愛かった。
普段はお淑やかな綺麗な令嬢だが、訓練している時だけは笑顔が可愛らしい好奇心旺盛で負けず嫌いの女の子だった。
華奢な体で丈夫な体を作るため一生懸命に訓練している姿はターナー伯爵領で癒しで、レティシアに恋する奴も多く俺もその一人。
運よく会えれば、いつも近づき話しかけた。
ターナー伯爵領の滞在期間が終わりに近づいた頃に勇気を出してビアード公爵領を訪ねていいかと聞いたら嬉しそうに笑って了承してくれた。
それからはビアード公爵家に訓練するために通った。訓練場では騎士達に声をかけ、時々差し入れを配りに駆けまわるレティシアはターナー領にいる時よりも大人気だった。
初めて着飾ったレティシアを見たのは社交デビューのパーティ。地味なドレスなのにきらびやかなドレスを着た匂いのきつい令嬢達とは比べられないほど綺麗で輝いていた。俺以外にもレティシアのドレス姿に見惚れているやつも多かったが当然かと苦笑した。ただそんな彼女をまがいものの深窓の公爵令嬢とあざ笑っている貴族達がいた。ほとんどが俺達に嫌味を言うのが趣味な文官貴族ばかり。
ターナー領でもビアード領でも大人気の彼女を嫌う貴族がいるのは驚いたがどんな酷い言葉を言われても笑顔で受け流す彼女を強くなって守りたいと初めて思った。俺より身分の高い令嬢に囲まれる彼女を連れ出す権利は今の俺にはない。
それからさらに頻繁にビアード領に通いはじめた。うちの訓練よりもビアードの訓練のほうが厳しかったし、レティシアに会えるのもやる気が出た。うちで訓練するよりも、強くなれるとわかっていた。
しばらくすると複雑な顔をした両親に呼び出され、レティシアと結婚することはできないと言われた。
婿をとることが決まっているという話を聞いて俺の初恋は終わった。
嫡男の俺は嫁をもらわないといけなかった。
むしろ嫡男だからこそ、彼女を嫁にもらえる可能性があると思っていたのに、逆だったとは…。
ショックで訓練もやる気がでないが日課の訓練をサボれば父がうるさいのでサボらない。
ビアードでのレティシアの激励に慣れた俺には、うちで淡々とする訓練は全くモチベーションが上がらない。
守りたいと思った彼女は手に入らない。
それでも会いたくなってビアード公爵領を訪ねるとレティシアが近づいてきてニコリと笑って礼をした。
「フィル様、お帰りなさいませ。お久しぶりです。紹介しますわ。お友達のステラです」
久しぶりって・・・。こんなにたくさん通う人間がいるのに、俺がいないことに気付いていたのか。
上機嫌なレティシアは手を繋いで初めての友人を騎士達に紹介に離れていく。
嬉しそうに話すレティシアを見て、友達として傍にいるのもいいかと思いつく。
結婚なんて先の話だ。先のことは後で考えればいい。
勝手に落ち込んで悩んでいたのがバカらしくなった。
友達になる方法が思いつかず悶々としていると弓の訓練をしているレティシアを見つけたので久々に勝負に誘う。
なぜか勝負に負けた彼女に願いを聞かれたので、友達になってほしいと頼むと花が綻ぶような満面の笑顔で了承された。
初めて見る満面の笑みに目を奪われたが当時は免疫がなかったから仕方ない。
友達になったレティシアに俺の初恋は砕ける。
俺への警戒心が抜け落ちたレティシアはお転婆で放っておけない奴になったが嫁にしたい気持ちはなくなった。俺は嫁には家で静かに待っていてほしい。狩りで率先して獲物を捌くよりも、怖がる令嬢のほうが好みだ。初恋は砕け散ったが側にいるのはおもしろく、誰よりも突拍子もないことをする友人だった。
レティシアの唯一の男友達の座を手に入れ親しくなった俺に不満を持つ男もいた。
「レティシア嬢、友人は選んだ方がいい」
「はい?」
「カーソン伯爵家は騎士道精神がない」
「どういうことですか?」
「こいつの兄は家を捨てて逃げたんだ」
俺には年の離れた兄がいる。
兄は魔力を持たない無属性だったが両親は兄を嫡男と決めていた。兄も努力していたし、俺は将来兄を支えるように教育されていた。
ただ兄は平民の病弱な女性に恋をし、女性の命が尽きるまで傍にいたいから廃嫡にしてほしいと願った。兄は真面目な性格だから愛人として迎え入れるのは許せず、家族でさんざん話し合い兄は廃嫡になり、想い人の家に婿に入る。今は幸せそうに義姉上と穏やかに過ごされている。
「女のために逃げたんだ」
事実だし、よく言われることだから気にしていない。動揺させられ、隙を作り無様に負けないように常に心は冷静にあれと父上に言われている。周囲の兄への苦言も心を鍛えるのに利用しろと。
「フィル、貴方のお兄様は家訓を破って勝手に出て行ったのですか?」
適当に流そうとするとレティシアに勝ち気な顔で意思の強い瞳に見つめられる。
「違う。話し合った結果だ」
「フィルは不満はありますか?」
昔から兄上は俺のほうが、当主として資質があると言った。
たぶん家を出たのはカーソン家のためで、両親も兄の本音に気付いたから許した。魔力のない兄よりもカーソンの火属性を受け継いだ俺が引き継いだほうが不満は出ないと兄なりにカーソンのこと想っての決断だと思う。
「ないよ」
俺に向かってニコッと笑ったレティシアは余計なことを言った奴に向き直り睨んでいる。
「謝罪を要求します。カーソン伯爵家への侮辱が過ぎます」
「レティシア嬢!?」
いつもと雰囲気が違う様子に周りが驚いている。レティシアの本性が短気で好戦的と知るやつは少ない。俺も初めて知った時はショックだった。
「私のお友達は騎士道精神を守っています。カーソン伯爵家も立派な名家です」
「事実には目を向けた方がいい。押し付けられた嫡男は弱いだろう?」
「私は事実から目を逸らしたことはありません。今は弱くてもいずれ強くなります」
「ありえないだろう」
俺は強くない。エイベル様や年上の騎士達に全く敵わない。
自信満々に話すレティシアに視線が集まっている。
「強くなりますわ。いずれ貴方よりも。その時は謝罪していただきますわ」
「弱かったら?」
俺を庇い強気に笑うレティシアにおもしろくないのか、たしなめるような顔で挑発している。
「貴方の申し出受けますわ。お父様を説得して嫁ぎます。曇った目のビアード公爵令嬢なんて不要ですもの。誠心誠意貴方に仕えますわ」
「そんな約束していいのか!?」
レティシアが婚約の了承をするのは初めてだ。視線がさらに集まり冷たい空気が流れはじめた。レティシアは周囲の空気の変化など気づかずに綺麗な笑みを浮かべ、俺は寒気に襲われた。
「はい。フィルが成人までに貴方に勝てなければお約束しますわ。謝罪の言葉を用意して待っていてくださいませ」
レティシアは礼をして去っていき、我に返った俺は小さくなった背中を慌てて追いかけた。
「レティシア、待って。意味わかって、」
足を止め振り返ったレティシアにきょとんとした顔を向けられる。
「なにを慌ててるんですか?」
「俺、一度も勝てないけど」
「まだ経験と体格の差が大きいですもの。でもいずれ追いつきます。謝罪させたいので、負けるなんて許しません」
「は!?」
「フィル、頑張ってください。信じてますわ」
俺の動揺など気にせずにレティシアはニッコリ笑い手を振って屋敷に戻っていく。
そのあと俺はビアードの騎士に捕まり鍛えられた。レティシアの期待に応えられないことはビアードでは許されないらしい。
嫁入りの話を聞いたビアード公爵に指導され、俺の地獄の訓練など知らないレティシアは「当然の結果です」と勝利した俺に言い、エイベル様に同情のこもった目で肩を叩かれた。
でもレティシアに信頼のこもった眼差しを向けられるのは気持ちが良かった。
落ち込んだり行き詰まると鼓舞する言葉をくれた。情けないけどレティシアがいたから強くなれた。
徐々に勝率が上がりフィル・カーソンとして名を知られるようになった俺に「当然の結果です」と笑う姿はたまらない。
ビアードのまがいものと言われる彼女を友人として守ろうと決めた。
ただレティシアを守るのは大変だった。
領民を守るために突っ込んでいき、生き倒れの人間を拾い、怪しい侍女を連れ帰って来た時もドン引きだった。
ビアードの護衛騎士はレティシアの力を信じているのか、命に危険がなければ動かない。
うちのお茶会に訪問した帰りに義姉上の家に忍び込み治療してるのも驚いた。ビアード領で治癒魔法の練習をしていたのは知っていたが、うちでもとは・・。
レティシアの治療により義姉上は体質改善し人並みの生活を送れるようになり、俺を驚かせたかったと悪戯っぽく笑った顔は悔しいけど可愛かった。
義姉上はレティシアの正体を知り目を丸くした。村の子供が忍びこんでいると思っていたらしい。抜けている義姉上に突っ込むのはやめた。
エイベル様に内緒と笑う悪戯好きな友人は憎めず、ついつい許す自分も甘い自覚はある。
「フィル、協力して」
「は?」
「ハク様を探してほしいの。特徴は・・・」
登校した友人は新しい侍女の恋の相手のハクが行方不明なので、捜すと意気込んでいる。同じ特徴の生徒にハクかと聞きにいこうとするのを慌てて止める。対象人数が多すぎた。
そして新しい侍女は頭がおかしかった。
新しい侍女はハクを見つけられないレティシアを遠回しに責め、レティシアは申し訳なさそうに謝罪していた。おかしいだろ!?自分で探せよ!?お前はなんで、レティシアにお茶の用意をさせてるんだよ!?
突っ込みたかったけど、レティシアに言っても無駄なので傍で見守ることにした。
いつの間にかハクにフラれた新しい侍女はレティシアを責めた。悪いけど俺がハクの立場でもフルよ。こんな頭のおかしい女はごめんだ。傷ついたレティシアの顔を見たステラがキレているのがわかった。
フラれたおかげで新しい侍女をもとの場所に戻すことに成功した。
沈んだレティシアの注意を逸らしてステラと協力して慰める。翌日は心身ともに疲れ果てたレティシアが起きてこないのは当然だよな。
眠っているレティシアはエイベル様に任せてステラとロキが変なことを言っていた怪しい侍女を調べると意気込んでいるのでついて行く。
男に取り入るのがうまく、他の人間に嫌われる奴だった。もう辺境の男爵領の平民の女とは関わることもないと思っていた。
***
登校するとステラが冷たい笑みを浮かべている。レティシアはステラを愛らしく優しく気の弱い性格と思い込んでいるが実際は正反対である。
「フィル様、災厄がきます」
ステラが災厄と呼ぶのはあの侍女だった。しばらくするとエイベル様に呼び出された。
「あれが次年度の新入生の名前にあった。ルメラ男爵令嬢として入学する。レティシアには話してない」
ステラがまた冷笑を浮かべている。
レティシアが見たら嘆くだろう。レティシアは愛らしくて可愛いとステラを気に入っている。
「近づけません」
「ロキも学園に連れてくる。レティシアが私情に飲み込まれないように注意してほしい」
「あれで終わりでなかったんですね…」
「私は準備に入ります。失礼します」
ステラが意気込み去っていくのをエイベル様は苦笑して見ていた。
「フィル、二人を頼むよ」
「わかりました。ロキを連れてくるほどですか?」
「念のためだ」
エイベル様がここまで干渉するのは珍しい。
事後に叱ることはあっても、事前に手を回すことはない。ビアードは直感に優れるからなにかあるのかもしれない。ただでさえ厄介事に好かれるレティシアに災厄か…。目立たず平穏に過ごすことを望む友人の些細な願いは叶わないらしい。
俺はステラを追いかけた。
ステラは立ち上げたレティシアを助ける会の生徒を集めていた。レティシアに恩のある生徒ばかりでレティシアの信者だ。レティシアが知れば絶対に解散させろと言うのがわかっているので極秘である。厄介事に好かれるレティシアの味方はたくさんいるほうがいい。ビアード家門だけでなくうちの家門のスカウトを引き受けているレティシアには感謝している。
「では皆様、これからもお願いします。レティシア様を悪女と呼んだ災厄を許してはいけません」
「はい!!」
ステラが暴走しないように気をつけないと。
風邪を引いて寝込んでいる友人はこの状況を知ったらまた倒れそうだ。
常に凛とした麗しのビアード公爵令嬢が実は弱点が多いことを知る奴はどれだけいるんだろう・・。




