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追憶令嬢のやり直し。  作者: 夕鈴
学園編 一年生

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第三十七話 休養日

久しぶりにビアード公爵領に帰ってきました。

ウォントにフラン王国語を教えようと思ったらお休みでしたわ。予定が空いたのでビアード領の視察に行くことにしました。

訓練場に顔を出し、領民の様子も見てきました。

元気に手を振る姿に笑い返して手を振ります。

ビアード領民はいつも気さくに話しかけてきます。領民と領主一族との距離感は各領で違います。ルーン公爵領の領民はいつも礼儀正しく一定の距離感がありましたわ。


じんわりと体を包み込む温かさに気付いて顔をあげると泉の中に下半身が浸かっていました。いつの間にビアードの森の泉に・・・。水も恋しかったですし、せっかくですので泳ぎましょう。泉の底を目指して潜ります。

ルーン公爵家でエディ、いえエドワード様と会うと記憶が混同します。全然違うのに生まれ育った環境、香りやルーン公爵邸の水の結界から漂う懐かしい魔力に、澄んだ空気、懐かしい人達にルーン公爵令嬢に意識が戻りそうになります。うっかり命令したり親しそうに話さないようにしないと・・・。

ビアード公爵令嬢として生きると決めたのになかなか上手くいきません。

魚と戯れ、しばらく泳ぎ沈んだ気持ちが段々落ち着いてきましたわ。泉の中は気持ち良く名残り惜しいですがそろそろあがりましょう。たぶんマオを置いてきましたから探してますわ。

泉から顔をあげると、お日様の光に照らされた木の下で佇んでいる愛しい色に目を丸くし、泉から慌てて上がります。髪色も瞳も恋しくて堪らなかった存在に近づくほど、胸の鼓動が速くなります。


「え?リオ?」


目の前にいるのは私のリオです。夢でも構いませんわ。

そっと手を伸ばし触れても消えない体に、おそるおそる抱きつき胸に顔を埋めると背中に腕が回りました。触れ合う温もりに覚えている香りに胸がじんわりと温かくなります。すぐ消えてしまうんでしょうか…。我儘は言ったら消えちゃうかな。でも久しぶりのリオに我慢できずに、ずっと堪えていたものが、


「リオ、ずるい。でも会えて嬉しい。幸せなのに寂しい」


何も言わずに優しく抱きしめてくれる腕に力が抜けます。

昔から安心できるのはここだけ。いつも味方で誰よりも頼りになる人。いつでも傍にあった腕がなくなる世界があるなんて知りたくなかった。頭を撫でてくれる手があったからこそ、私でいられた。どんなことも耐えられた。同じ世界に存在するだけで心が慰められましたわ。

リオさえいるなら、いつか消えようと偽物と責められても怖くありません。



「ビアードに慣れない。我儘言わないから。時々でいいから会いに来て。リオ兄様の腕に帰ってこれるなら、シアは頑張る」


シアはリオだけが呼ぶ名前。レティシア・ビアードもレティシアも本物(わたし)ではなくても、シアだけは私の名で私のこと。

リオの腕に帰れるならどんなことも頑張れます。最期は迎えに来てほしい。それなら一人になっても、斬首も監禁も怖くありません。きっとリオは叶えてくれます。私のリオ兄様は凄いんです。私のお願いはいつも叶えてくれるっていつも言ってましたもの。


「お嬢様」


マオの声が聞こえ、夢の時間も終わりです。顔をあげるとリオの銀の瞳に見つめられます。私の恋しい瞳が今は帰れ、また来るよ、シアと言っています。ひどいです。でも、そんなリオも愛しくてたまりません。

夢でも幻でも会いに来てくれことに感謝して泣きたい気持ちを我慢して笑みを浮かべます。


「見つかりました。リオ、約束です。愛してますわ」


背伸びをして触れるだけの口付けをして、ギュッと強く抱きつきます。名残り惜しいですが幻は他者に見られれば消えてしまいます。最後にリオの愛しい瞳を目に焼き付けて体を離します。

大丈夫です。いつかリオが迎えにきてくれます。だって会いに来てくれましたもの。私はビアード公爵令嬢ですわ。寂しくてたまりませんが、少しずつ気分を上げられそうです。リオの腕の中に帰れるまで頑張って貴族に生まれた務めを果たさないといけません。振り返れば甘えて縋ってしまいそうなので、決して振り向かずにマオの声の聞こえる方に走ります。苦笑しているマオに手を振って合流しました。両親には逸れたのは内緒にしてほしいと頼み帰路につきます。マオが領民に捕まっている間に私が勝手に進んでしまったようです。護衛を撒いたのが見つかれば咎められるでしょう。そしていかに危険なことがビアード公爵夫人に長々と語られるのは勘弁してほしいですわ。大事にされているのですが、いささか過保護な気がします。向けられる愛情はくすぐったいのに、ふと自分が偽物かもしれないという罪悪感に襲われます。心配かけないように仮面を被るのは簡単ですが、本物でしたら・・。考えるのをやめましょう。

ビアード公爵邸に帰り、湯浴みをして着替えました。

まだ時間に余裕があるのでロキとナギにお茶の相手をお願いしました。

ロキとナギのお皿にお菓子を取り分けるとゆっくりと食べ始めます。


「ロキ、ウォントはどう?」

「しっかりお仕事されてます」

「仲良くなれそう?」

「はい。きちんと挨拶を」


淡々と話すロキの様子は業務連絡を聞いている気がして個人としてはあまり興味はないようです。嫌うよりはいいでしょうか・・?


「お嬢様、お話して!!」


お菓子を食べ終わり飽きてしまい立ち上がったナギを咎めようとするロキの頭を撫でソファに移動します。

ナギを膝の上に乗せ、ロキを隣に座らせておとぎ話をしましょう。


「ロキ、ナギ、幸せですか?」

「うん。毎日たのしい」

「はい」


笑顔の二人を抱きしめます。この笑顔を守れるように頑張りましょう。

この世界には頼りになるリオ兄様の力は借りられないから、私が頑張らないといけません。

でも良いことがあったのできっと頑張れます。リオが話してくれた優しい物語をロキとナギに話しながら、二人にも愛しい人ができ幸せを見つけられるように願います。


***

学園に帰った私は必死に課題をしています。

私は不器用なので実は刺繍が苦手ですが、令嬢の嗜みなのでもう少し上達するようにとビアード公爵夫人から刺繍の数をこなしなさいと課題を出されてます。生前のルーン公爵令嬢時代は刺繍の腕は求められませんでした。刺繍を極めるために勉強もしましたが、あまりに上達しないので諦めましたわ。ただビアード公爵家では諦めるのは許されませんでした。無駄だと思いますがビアード公爵夫人が諦めるまでは必死に課題をこなそうと思います。エイベルの合同訓練を見学しながら針を進めて刺繍をしています。凡人は努力して秀才にはなれても天才にはなれません。天才は少数なので秀才でも生きる上ではそこまで困らないはずなんですが・・。


「またやってるのか」


休憩にきたフィルの声に顔をあげました。


「お母様からの宿題です」

「これは、なに?」

「鳥ですわ」

「嘘だろう!?」


ストーム様をモデルにしたんですが、まだ翼を刺繍してません。未完成なので、想像力豊かなフィルでもわかりませんね。


「あとは、翼をたせば完璧です」

「飛べなそうだな」


馬鹿にした顔をするフィルを睨みつけます。


「酷いです。飛べますわよ。なら雲も刺繍しますわ」

「いや、題材を変えろよ」

「どう見ても空を自由に飛ぶ可愛らしい鳥ですわよ。私が考えましたのに」

「自由な鳥?壊滅的」

「フィルだって、絵が下手です」


「うるさい。これ以上騒ぐなら出ていけ」


お腹を抱えて笑うフィルを睨んでいるとエイベルの怒声が聞こえました。

フィルは笑いながら訓練に戻っていきました。フィルのおやつは、もうあげません。

翼と雲を刺繍し完成品を見ると、ストーム様の愛らしさには敵いませんが鳥に見えますわよ。エイベルの視線を感じますわ。

騒いだことをエイベルに怒られそうなので、逃げましょう。訓練の見学は決して騒いではいけません。騎士たるものどんな状況でも集中すべきですが、集中を乱す誘引はできるだけ排除し訓練に取り組めるように心を配るのはビアードの常識です。

寮に帰ると廊下で令嬢と目が合い嫌な予感がしました。


「レティシア様、これを」


リオのファンのご令嬢に贈り物を渡されました。直接渡して下さいとは言えないので笑みを浮かべてかしこまりましたと受け取りました。もう暗くなるので贈り物は翌日に届けましょう。マナに託そうとも思いましたが、中身の破損等で言いがかりをつけられたら面倒ですので、私が届けるしかありません。

リオの熱烈なファンの令嬢は言葉が通じませんもの。後輩なので、おとなしく従いましょう。

マール公爵家三男は女性に大人気です。でも今世のリオが一番人気がある気がします。関わりたくないのに平穏のためには引き受けるしかない現実が悲しいです。

せめて従兄妹なら自分でしっかり受け取り対処して下さいと苦言が言えますのに…。リオと話すのに身分を気にするなんて人生何があるかわかりませんわね。


***


翌朝、授業の前にリオの教室を訪ねました。挨拶をかわし、贈り物を差し出すと手が伸びてきません。


「ごめん。受け取れない」


目の前の気まずそうな顔のリオは暇そうです。

昨日お預かりしたので、お菓子は早めに食べないといけません。それに今日は予定がありご令嬢に贈り物を返し謝罪にまわる時間はありません。


「そんな・・・」


マール公爵夫人にお会いする頃にはお菓子が駄目になります。リオのファンに文句を言われ付き纏われることを想像すると、非常に面倒です。受け取らない理由はわかりませんが説得しましょう。平等精神の学園なら私の無礼も見逃していただけること願い悲しい顔を作ります。


「想いがいっぱい詰まってます。自己満足でも受け取ってもらえるだけでも幸せなんです。渡せる相手がいることがどれだけ、幸せか・・」


気まずそうな顔のリオの瞳を見つめて、よわよわしく微笑みかけ、視線を贈り物に向けます。


「受け取る。ごめん」

「いえ、ご迷惑なら」


うん?受け取ってくれるって言いましたか?


「俺が浅慮だった。感謝する」


聞き間違えではありませんでした。これで私の貴重な時間はつぶれません。顔を上げて贈り物を渡します。

リオが受け取ったので気が変わる前に、礼をして立ち去りました。

放課後はステラとレオ様とお茶会です。リオのファンに謝罪に回らないですみましたわ。

私の予定が狂わなかったことに感謝しますわ。

教室の自分の席に座って本を開くと目の前にお菓子があり、視線を向けると髪がボサボサのフィルがいました。


「やる。悪かったよ」


フィルからお菓子を受け取り口に含むと蜂蜜の味がします。

貴重な蜂蜜菓子を手に入れてくれたフィルに免じて許してあげましょう。


「次はありません」

「わかったよ」

「放課後、ステラ達とお茶をしますが来ますか?」

「行く」


フィルに手を出すと握り返され仲直りの握手をしました。喧嘩したのは久しぶりですわね。

反省しているなら許してあげましょう。フィルの好物はありませんけどお茶は好みのものを用意しましょう。

フィルのボサボサの髪を手櫛で整えているとステラが愛らしい笑顔で登校してきました。

そろそろ授業の用意を始めましょうか。

フィル!?せっかく整えたのに髪をかき乱してグシャグシャにしないでください。

仕方ないので宿題を忘れたフィルを手伝ってあげましょう。



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