第三話 魔力測定
ごきげんよう。3度目の人生のやり直しをしているレティシア・ビアードです。
今日は神殿に寄付金を納めに参りました。
王都には精霊を祀る大神殿があります。
この大神殿は多額の寄付金を納める上位貴族専用の神殿です。神殿では血の汚れが忌避されるので護衛騎士が入ることは許されません。
神殿に寄付金を納め祈りを捧げるのは貴族令嬢の務めです。時々令息が来ることもありますが女性貴族が務めることがほとんどです。社交デビューしてない私の唯一のお役目です。
寄付金は直接神殿に納めないと信仰心が薄いと非難されます。
4精霊を祀る大神殿にどんなに忙しくても月に1度訪れるのは上位貴族の義務です。
今世は体を鍛えているため生前のルーン公爵令嬢時代のように神殿で転ぶことも人にぶつかることもなくなりました。有り難いことに、クロード殿下の婚約者になりたい令嬢にもリオのファンにも声をかけられることもありません。
毎回声を掛けられ、嫌味を言われて面倒でしたわ・・・。
ローブを被った私をビアード公爵令嬢と知る人はいないのが一番の声をかけられない理由ですが。
誰にも気にされず視線を集めないのは気楽で幸せですわ。
こんなに穏やかな時間が過ごせるとは思いませんでした。
「どうかお許しください」
祈りの間を目指していると幼い下位神官様の懇願の声に足を止めます。
「お前の所為で汚れた。どう落とし前をつけるんだ」
睨んでいる令息の袖が濡れてます。ぶつかって花瓶の水がかかってしまったんでしょうか。
大神殿にいるなら魔力が強く将来有望な神官様でしょう。
まだ幼い下位神官を怖い顔で睨むのはありえませんわ。まず神殿では荒事がいけません。下位であっても神官様には礼節を持たないといけません。
言いたいことはありますが、神殿で荒事はいけません。何より目立ちたくありませんので穏便な方法を選びましょう。
「お話中に失礼いたします。神官様をお借りしたいのですが」
「ご令嬢、後に・・」
令息に睨まれたので、よわよわしい顔を一瞬作って、穏やかな顔を作ります。
「・・・。申しわけありません。あまりに怖いお顔でしたので驚きましたわ。神官様をお借りしてもよろしいですか?もし寒いのでしたら、私のローブをさしあげます。お父様が贈ってくれたので暖かいですわ」
ローブを脱いで、目の前の令息に差し出しました。サイズは合わなくても羽織れますわ。濡れた袖を隠すのもできます。
ビアード公爵に外出時は必ずローブを着るように言われてます。
私の怯えた様子を見て、自分の愚かな行いを反省したのかぼんやりと見つめられます。
子供や女性を怖がらせるのはいけないことですわ。特に上位貴族なら尚更許される行為ではありません。
「君は・・」
敵意はなくなりました。反省したなら家を調べて抗議するのはやめましょう。神殿は祈りの所作を学ぶ場所ですもの。次は見逃しませんが。
名を聞かれて私から下位の彼に答える義務はありませんが、無視するのも目立ちますわね。
礼をします。
「申し遅れました。私はビアード公爵家レティシア・ビアードと申します」
「え!?」
「噂の」
荒げる声に睨みたいのを我慢します。彼の所為でいつの間にか視線と人を集めていました。撤退したほうが賢明です。
驚いている令息達は気にせず微笑みかけます。
「神官様をお借りしても」
「どうぞ。俺達はこれで」
下位の彼らは私には逆らえないので立ち去っていきました。下位のもの上位のものに声を掛けることはマナー違反です。
周りの方々も私に声を掛けたりしないでしょう。
身分にとらわれない神職は別ですよ。
ビアード公爵家の名前は便利です。ビアード公爵に何かあれば遠慮なく名前を使っていいと教えられました。
生前の生家ルーン公爵家は宰相一族で常に民の模範になるようにと教えられ、視線を集めていたので迂闊なことは許されませんでした。ルーンの名前は慎重に使わないといけませんでした。
ただビアードは武門貴族なので、心配はいらないと言ってましたので甘えましょう。怖がられてもいいそうです。武門貴族については勉強中なのでまだよくわかりません。
受け取られなかったローブを着ていると下位神官様に怯えた目で見られてます・・。
「私に用とは・・?」
「いえ、お困りだったので。失礼しました。寄付金を納めさせてくださいませ」
何もしないで離れたら目立ちますわ。
怯えがおさまるように優しい笑みを浮かべます。子供を怖がらせる気はありません。
寄付金を納めたあと、ポケットの中のおやつを渡します。私の食の細さを心配したビアード公爵夫妻から非常食用にお菓子を常に渡されています。エイベルと食べる量が違いすぎ心配されてます。私はしっかり食べているんですがビアード公爵家の基準がおかしいんです。
「神官様、ありがとうございました。心ばかりですが、どうぞ」
にっこりと笑って、戸惑う下位神官様の手におやつのお菓子を握らせて礼をして離れます。今度はもっとたくさんのお菓子を持ってきましょう。神殿を訪ねたのに気配りが足りませんでした。
下位神官は厳しい戒律の中で大変な生活を送っています。お菓子等は中々食べられません。魔力持ちの孤児の赤子は神官として育てられます。生前の私には時々供物にお菓子を混ぜるくらいしかできませんでした。ただ下位神官までは回らないことが多いそうです。
ルーン公爵令嬢がお菓子を直接あげたら目立ち、神官にも遠慮されます。何か思惑があるとたくさんの人に警戒されてしまいます。ただ誰にも気にされないビアード公爵令嬢なら可能です。便利ですわ。
祈りの間に着いたので跪いてお祈りを捧げました。
感謝と国とビアードの繁栄を祈り終ったので帰りましょう。
ゆっくりと立ち上がり神殿を出て、護衛騎士と合流し馬車に乗り込みビアード公爵邸に向かいました。王都のにぎやかさはいつの世も変わりません。
生前はリオやエディとよく神殿に足を運びました。
生前と比べ神殿の神官様が少ない気がしますが、気にするのはやめました。
あの二人と一緒にいるのは今世ではありえない光景ですわ。ビアード公爵令嬢なので、リオと婚約することもありえません。
3度目のやり直しですが立ち位置が違いすぎて戸惑います。
ビアード領での生活は生前にほとんど関わることのなかった人達ばかりなので、逆にありがたいと思うことにしました。新鮮と割り切って楽しんでいます。
「レティシア?」
自室でぼんやりしていると珍しくエイベルが訪ねてきました。
「調子悪いのか?」
心配そうな顔に首を傾げます。
「え?」
「神殿から帰ったら部屋にこもってるって」
「疲れただけです。」
「ならいいが、今日は休めよ。明日は儀式だろう」
使用人達は私が部屋で静かに過ごしていると心配します。
日記を書いていたので疲れて休んでいました。誰にも見られたくないので、人払いをしました。
もしかしたら本物のレティシア・ビアード様が目覚めるかもしれませんのでその時のために。
起きた時に空白の記憶があると困りますから。
ん?儀式!?
エイベルの言葉に驚いて一瞬思考が止まりました。
フラン王国の貴族は8歳で魔力測定を受けます。
水晶に手を当てて魔力の有無と属性を判定する儀式があるなら今は8歳です。
嘘でしょ!?
お勉強の内容を見て4歳位と思っていました・・・・。それでもレベルの低さに呆れてたのに・・。
エイベルも私も体の成長が早いと感心してましたが、大間違いでした。目の前のエイベルは10歳なら生前と同じ成長をとげていますわ。
最近のお勉強で儀式の説明を受けたのは明日のためだったんですか。
あまりの詳しい段取りの説明に気が早いと思いながら聞き流しておりましたわ。
「忘れてたか。まぁそんな緊張するものでもないしな」
勘違いされていますが、動揺した顔をしているのでそのまま流しましょう。
結果はすでにわかっているので気が重いです。
明日になれば全てがわかることです。今日は気にするのはやめましょう。細かいことは気にしてはいけません。
儀式があるなら明日は早起きしないといけません。
「エイベル、お話してください」
エイベルにお話を頼むとなぜか兵法の話をはじめます。せっかくなので、ベッドに入り眠くなる話に耳を傾けながら明日に備えて目を閉じました。
***
魔力測定のため準備のため暗い時間に起こされました。お風呂で磨き上げられ、白いドレスと白いヴェールを被りました。
準備が終わった頃にはすっかりあたりは明るくなっていました。
魔力測定は無事に育ったお祝いでもあります。
この儀式の後からは、貴族として相応しく生きることを求められます。
儀式の後のことを考えると気が重いです。
私のことを大事にしてくれているビアードの皆様に申しわけないです。
「レティ、大きくなって」
「可愛いわ」
「お嬢様が妖精、精霊か・・」
使用人とビアード公爵夫妻に大絶賛されてます。
こんな明るい雰囲気は今だけなので精一杯の笑みを浮かべます。
「ありがとうございます」
「レティシア、おめでとう。気楽にやれ」
「はい。お兄様、ありがとうございます」
エイベルは周りの様子に引いています。エイベルに手を差し出されたので、手を重ねます。自然にエスコートしてくれるところは評価しましょう。
結果を知ったらどんな顔をするでしょう。迷惑かけるのがわかって悲しくなります。
不安が顔に出たのか、心配した顔を向けられました。
ごまかすように笑いかけると苦笑されました。
ビアード公爵邸の小神殿室に移動します。
貴族の本邸には小神殿室が作られます。
信仰する四精霊の像が置いてあり、祈祷部屋として使われます。神職以外は儀式の時しか入ることが許されません。
特別な魔法がかかっているのか掃除をしなくても常に清潔な部屋です。
小神殿室には定期的に当主が魔石を収めているので何か魔法陣が仕掛けてあるんでしょう。詳しく調べるのは禁じられているので推測ですが。
当主にならない私は一生真実を知ることはないでしょう。
儀式は神殿から派遣された高位神官と下位神官の二人で行います。
小神殿室の中でビアード公爵夫妻とエイベルと一緒に神官様を待っていると扉が開きました。
「本日はおめでとうございます。ビアード公爵家の皆様。
これより、属性の儀を行わせていただきます。
我らを見守る誇り高き四精霊に祈りを」
神官様の言葉に合せて祈りを捧げます。
高位神官様がゆっくりと進み教壇にあがられ私を見ました。
「レティシア・ビアード」
「はい」
高位神官様の正面に進みます。
「レティシア・ビアード。そなたは、自身に相違ないと誓えるか」
静かに問う神官様の言葉に、自信がありませんが答える言葉は教わっております。
「我が家の信仰する風の精霊、シルフ様の名のもとに誓います。私はレティシア・ビアードです」
4精霊を信仰しますが、各家は守るべき属性を王家より定められています。ビアード公爵家は風の精霊を強く信仰しています。
本人確認のための儀式ですが、私は風の属性ではありませんが大丈夫でしょうか・・。
「精霊の名のもとにサインを」
誓約書にサインを書き、渡されたナイフで指を切り、血判を押しました。
精霊の名のもとの誓約は破ると誓約書は燃えて精霊の加護を失うと言われています。誓約書が何も反応しないことにほっとしました。
「これより儀式を行う。
偉大なる四大精霊。
地を司るノーム様。
火を司るサラマンダー様。
水を司るウンディーネ様。
風を司るシルフ様。
かの者に加護をお与えください。」
目の前に出された水晶に手を当てると青く輝きました。
そっと手を離すと色が消えます。
目の前の高位神官様が固まっています。
水晶を持っている下位神官様にもう一度と囁かれたのでもう一度手を当てると青く輝きました。
わかってましたよ。水の魔法が使えましたもの。
何度やっても結果は変わりませんよ。言えませんけど・・・。神官様の動揺に申しわけなく思います。前代未聞でしょう・・・。
「水の女神の加護を与えられしレティシア・ビアードに幸多きことを。」
祈りを捧げます。
神官様達が扉を出て部屋から出て行ったのでゆっくりと顔を上げました。
神官様は神殿に帰り、神殿と王家に結果を報告して儀式は終わりです。
人生3度目の儀式をおえました。
私はやはり水属性でした。
驚いた顔の神官様に言われ二度ほど水晶に手をかざしても水属性はかわりませんでした。二度目の人生は無属性の判定を受けるために仕込みましたが、今回は何もしてません。
ビアードなら風の属性持ちが望まれますので神官様が固まって二度も確認しました。わかっていましたが今後のことを考えると気が重いです。平穏な生活が終わりました。
充分穏やかで平穏な時間を満喫させてもらったので、これ以上望めば我儘ですね。
儀式が終わったので顔をあげて、恐る恐る後ろにいるビアード公爵夫妻を見ると笑顔を浮かべてます。
「勝ったわ!!」
「とうとう叶ったか。レティシア、よくやった。」
明るい声で盛り上がるビアード公爵夫妻にエイベルが苦笑してます・・。意味がわかりません。
私の結果に絶望して頭がおかしくなったのでしょうか・・・。
生前のお母様は無属性の結果を聞いてしばらく寝込みました。
「お兄様・・?」
エイベルに肩を抱かれました。
「困惑するよな。父上はお前を手元に置きたいらしい」
「はい?」
「俺が産まれた時に風の属性持ちと直感が告げたんだと。二人目は水属性を持つように作ったらしい。父上は一族に優秀な治癒魔導士が欲しいと。ルーンに頼りたくないらしい。」
「私は風属性を継がなかったビアード公爵家の恥と言われるのではと」
「ないだろうが。ビアードの外見で水属性なんて前代未聞だがな・・・」
「私は平穏に過ごしたいのに。将来は分家に嫁ぐんですね。」
「さぁな。まぁおめでとう」
ビアード公爵夫妻の考えに驚きました。風属性を守るビアード公爵家がまさか水属性を望むとは思いませんでしたわ。
私の結果を喜んでもらえることにほっとしました。
ビアードの皆様に賞賛され、誰も悲しい顔をしていないことに涙腺が緩んでしまい慌てて涙を拭きました。今世は私の結果に誰も悲しまないことに心底ほっとしました。
今世はビアード公爵家のために生きるんですね。ビアード公爵家は緩すぎて、自分の立場を忘れそうになります。
属性により得意な魔法が異なり治癒魔法は水属性が一番特化しています。
最も水の精霊に愛されるルーンの直系ではないのでどこまで治癒魔法が使えるかわかりません。
治癒魔法は生前は得意だったのですが、念のためしっかり復習しましょう。
ビアードの直系一族なのに水属性を持ったため、まがいものの深窓の令嬢なんて不名誉な通り名がつきましたがビアードの皆様が歓迎してくれるなら気にしないことにしました。
私は大事にしてくれるビアードのために頑張ろうと思います。
生前のレティシアは幼い頃から厳しい母親による異常な英才教育とアリア様主体の王妃教育を受けたので一般教養のレベルがズレています。
また二度目の人生の神殿訪問時には、クロードに見初められたレティシアに嫉妬する令嬢達から、いじめられ転ばされたり突き飛ばされたりしていました。安全のため命に危険がある時のみ作動する防御魔法の洋服を着てたので大怪我はしません。
レティシアへの嫌がらせに気づいたリオと弟のエドワードが付き添う様になってからは身体的に危害を加えられることはなくなりました。
当時のレティシアは故意とは気づいていません。
2度目の人生の幼いレティシアの神殿訪問については小話があります。
追憶令嬢の徒然日記 小話
レティシア7歳 嫌がらせ調査 (従兄の過保護なリオ視点のレティの神殿訪問のストーカー記録)
https://ncode.syosetu.com/n6517fw/5/
レティシア7歳 リオとセリア(レティの親友セリア視点のレティの神殿訪問とリオの観察)
https://ncode.syosetu.com/n6517fw/9/
まだ性格が悪くなっていないレティの話です。まだ本編に未登場の二人ですが、興味のある方が是非。
最後まで読んでいただきありがとうございます。