第三十三話 頼りない兄妹
ステイ学園には研究生という制度があります。
教師はそれぞれ研究室を持ち、指名した生徒と一緒に研究を行っています。
指名を受けた生徒は研究生と呼ばれ、個人の研究部屋を与えられます。
私は生物学の研究小屋に閉じ込められました。
魔力をかけ合わせた動物が飼育されていたため、魔封じが小屋に仕込んでありました。
水の精霊のデイーネは魔封じがあると中に入れません。
私の声を聞いて、エイベルを呼びに行く途中でリオに会って連れて来てくれました。ディーネも魔封じの場所は初めてで焦り猫の姿で駆けていったそうです。ディーネ、今世もお世話になります。
私は死を覚悟しましたが、人を襲わないように調教されていたそうです。
単なる悪戯に取り乱した自分が恥ずかしく、恐怖で気絶したなんて、生前のお母様に知られたら怒られてしまいます。
違います。ビアード公爵令嬢として恥ずかしいですわ。どうしても、生前のルーン公爵令嬢だった癖や考え方が抜けません。
エイベルも動物の説明を聞いて表情が抜け落ちました。
研究内容は一部の方しか知らないので無知な私達が悪いのではありません。学園ではたくさんの研究がおこなわれており、クロード殿下さえ全てを把握していませんわ。
ただ無かったことにするには事が大きくなり、閉じ込められた原因を聞き頭が痛くなりました。
令嬢は研究生の平民でした。
他の生徒に意地悪されているのをエイベルに助けられ恋したそうです。
エイベルのファンだったようですがファンクラブの存在は知りませんでした。エイベルのファンクラブは貴族ばかりです。
学業と研究とエイベルという狭い社会で生活していたため、正しい情報を持たず、エイベルに特別扱いを受ける私が許せなかったそうです。
私とエイベルが恋仲と勘違いしたって似てませんが兄妹です。私の教科書の名前を見なかったんですか!?
現実逃避している場合ではありませんでした。
生徒会室でクロード殿下の冷たい視線を受けています。
「このたびは申し訳ありませんでした」
「加害者の処分の希望はあるか?」
「殿下の判断にお任せ致します」
「無罪?」
「構いません」
「レティシアならどう裁く?」
クロード殿下の冷たい瞳に探られるように見られています。
これ以上機嫌を損ねればブリザードに襲われますわ。罰を考えるのは私の役目ではありませんし全く興味がありませんが真剣に考えましょう。
彼女は協調性がなく、興味があることしか反応しないため一人ぼっちでした。そんな彼女にクラスメイトは声を掛けることはなくなりました。そして彼女と共に当番を任されるのが気まずく押し付けて逃げていました。押し付けて逃げた生徒には先生から厳重注意がありました。どんなに声を掛けても彼女自身が望まなければ無駄というか迷惑ですよね。平民なので素行は最低限で許されますし。今回は彼女の境遇は置いておきましょう。どんな理由があっても嫌がらせ?を許す理由にはなりません。正当防衛、報復なら口を出しませんが・・。
私があの動物達に危害を加えたら、学園の研究を台無しにしたと批難されました。
もしフラン王国の至宝のシオン令嬢の研究作品だったら重罪でしょう。セリア・シオンは生前の親友です。セリアは研究の邪魔をするものには容赦がなく、ビアード公爵家に多大な被害を与えるでしょう。セリアの報復が恐ろしく、思い返せば寒気がしてきましたが震えている場合ではありません。
セリアの報復は私刑なので考えるのはやめましょう。
もし、攻撃して相打ちになって死亡すれば、公爵令嬢殺害で生徒は死罪。そして連座、生徒の家族はもちろん、この研究の責任者も巻き込まれます。安全管理と研究生の指導不足を咎められ…。
でも私は生きているのでそこまで大事にはなりませんね。
ただ、無罪にはできません。無罪にできないからここで私が殿下の冷たい視線を受けてるんですよね。
研究生なら研究成果の価値がわかるはずです。研究対象の大事な動物を危険にさらす行為は許されず、国の研究に携わる者として意識の低さは問題です。一般生徒の行いではなく研究生の行いとしてありえません。子供でも研究生は特別な待遇を受けられる誓約書を書き、しっかりと教え込まれているはずです。研究生には担当教師が成果に応じて学園から用意される報酬を分配されています。他にも秘蔵書庫への出入り等部屋を与えられる以外の優遇が受けられます。
顔を上げて、冷たい空気を出すクロードの殿下に向き直ります。
「研究生の資格を剥奪。罪の意識を確認して、謹慎か修道院です。」
「退学は?」
「研究内容を他国に伝えられてはたまりません。信頼できるまで監視できる場所に置くべきだと思います。研究の価値のわからない愚かな研究生を自由にするなど許されません」
「そうか。考えることはできるのか」
冷たい視線が和らぎ、呆れた声が向けられてました。バカにされてますか?今世の殿下は違いすぎますわ。
「修道院が妥当だな。悪戯にしては悪質すぎる。研究者として有能らしいが残念だ」
私は修道院に呪われてるんでしょうか。
勘違いで投獄は可哀想な気がします。優秀なら尚更…。更正の道は、
「レティシア、余計なことは言うな」
エイベルに止められました。私が引き取ろうとしていたのに気づいたんでしょうか……。確かに引きとって狂信的にエイベルを追いかけられても困りますわ。エイベルにとって危ないものは引き取れませんね。修道院で人間関係を学んでいただきましょう。善行をつめばクロード殿下の婚姻や即位の恩赦で出られる場合もありますし…。何年後かはわかりませんが…。
「話は以上だ」
クロード殿下の機嫌が悪くならずに良かったです。
礼をして仕事に戻ろうとすると大事なことを思い出しました。
関わりたくありませんが、助けられたならお礼を言わないといけません。生徒会として動いてくれたとしても、リオの手を煩わせましたわ。リオの前に立ち、頭を下げます。
「マール様、このたびはありがとうございました」
「無事でよかったよ。気にしなくていい」
「ありがとうございます。失礼します」
頭を上げて礼をして立ち去ります。リオに残念そうに見つめられているのは、やはり気絶したのをビアード公爵令嬢として情けないと思われているのでしょう。何も言われないなら気にするのはやめましょう。リオとは関わるつもりはありませんし、指摘を受けるほどの関係性はありません。文官一族のリオは私に武門貴族の在り方を説ける立場ではありませんもの。
カトリーヌ様に呼ばれたので意識を切り替えましょう。
***
念願のエイベルのお母様ではなく、ルーン公爵夫人との訓練の日が決まりました。マール公爵を伯父様と呼び掛けたので日頃から呼び方に気を付けないといけませんね。
私はエイベルと一緒にルーン公爵邸を訪ねています。懐かしい使用人に笑みがこぼれます。ルーンの常に冷静で洗練された所作の使用人はいつの世も変わりません。生前の専属侍女のシエルに会えないのは残念ですが、執事長に挨拶を終えたので、訓練部屋に案内されました。ルーン公爵家はビアードに数は負けますが広くどんなに暴れても壊れない結界で覆われた訓練部屋があります。訓練部屋の壁にはルーンの紋章が掲げられ一見すると何も置いていないただ天井が高く広いだけの部屋です。
魔法の訓練部屋は別にあります。ここは武術というかルーン公爵夫人専用の訓練部屋です。
お母様、ではなくルーン公爵夫人が見えたので、エイベルの挨拶に合わせて礼をします。顔をあげると無表情で見られてますわ。
「ビアード嬢、見学するんですか?」
「結界の中で見学させていただきます。自衛はできますのでご安心ください」
「わかりました」
邪魔するつもりはないと伝えると素っ気なく呟かれました。お母様は社交が苦手で不器用なので悪気はありません。
私は部屋の隅で結界を構築して見学します。
エイベルとルーン公爵夫人の手合わせがはじまりましたが、風使いの戦いは速くて見えません。気づくとエイベルが倒れてました。
「ありがとうございました。」
ルーン公爵夫人に礼をして、エイベルに治癒魔法をかけます。気づくとルーン公爵夫人はいませんでした。エイベルを水魔法で浮かせて帰りましょう。訓練部屋の外には執事長が控えていました。
「このたびはありがとうございました。またよろしくおねがいします」
「ビアード様・・。」
いつも穏やかな顔の冷静な執事長に申しわけなさそうに見られてます。エイベルの情けない姿を見せているので気持ちは物凄くわかります。
「うちの兄が不甲斐なく申しわけありません。ビアード公爵家としてお詫びいたします」
「他言は致しません」
「ありがとうございます」
私は次回の日程を執事長と相談し礼をして、エイベルを馬車に乗せて魔法を解除しました。
学園に着くまでには起きて欲しいんですが…。
しばらくしてエイベルが目を醒ましゆっくりと起き上がりました。
「お疲れ様でした」
「俺は」
「倒れたので回収しました。挨拶は私がしました」
「ルーン公爵夫人は?」
気まずそうな顔は無礼を気にしています。生前のお母様なので良く知ってます。ルーン公爵夫人の訓練を受けた方は皆、倒れてしまうので、不甲斐ないと思われるだけで気にしません。
「特に何も。ルーン公爵夫人は戦いの中での学びを大切にする方です。言葉での指導はしてもらえません。次回の日程も決めましたがやめますか?」
「いや、助かった。父上より強いかもしれない…」
「私が治してさしあげますので、思い切って倒れてください」
「倒れる前提かよ!?」
心外そうな顔をするエイベルに笑ってしまいます。
「当分は。いずれは歩いて帰れるようになりますわ。ルーン公爵家ではよくあることです」
「よくあるのか…」
「はい。指導方法の強引さゆえ師事を仰ぐものが少ないのです。きっとルーンの護衛騎士は精鋭です」
「武門名家って…」
「ターナー伯爵家のご出身ですから。私、他人事のように話してましたが、」
「待て、強くならなくていい。うちは求めてない。生き残ることは望むが戦うことは求めてない。ルーン公爵夫人を目指すより、倒れないように努力してほしい」
「私もいつかはエイベルに勝ちたいのに」
「攻撃の風と守りの水だから厳しいだろう」
「お父様が私の訓練量を増やしてくださればいいのに」
「お前は社交をこなしてくれればいい。お前が社交をこなしている間に俺が訓練に専念できるから」
「わかりました。」
打倒エイベルを掲げることはやめません。もしかしたら奇跡が起きるかもしれませんもの。エイベルとの訓練量の違いを分かっているので、勝てる見込みが少なくても諦めたら終わりですもの。
でも私よりエイベルが強くなることが優先です。未来のビアード公爵が強いのは王家や国のために必要なことですから。自分の野望よりもビアード公爵令嬢の務めが優先です。




