第三十二話 嫌がらせ
ダンスパーティも終わり、生徒会の仕事が落ち着き久しぶりに穏やかな時間が流れています。一つ気になることがありますが、今のところ実害はそこまで出ていないので捨て置いています。
授業の支度をしていると机の中に置いていた教科書がありません。エイベルの昔の教科書を借りに行きましょう。ノートを開くと近づくな。わきまえろと悪戯書きされています。誰に近づいてはいけないかを書き忘れるなんて困った方ですわ…。
「それは?」
ノートを閉じて片付けようとしましたがノートはすでに声の主のフィルの手にありました。フィルは気配を消すのは得意ですが平常時はやめてほしいです。突然、フィルが現れても驚きませんが、見られたくないこともありますので。ノートを捲っているフィルに手を伸ばして、ため息を溢します。
「フィル、私のノートを勝手に見るなんて無礼です。気配を消して近づかないでください。教えてくれれば宿題は教えてあげますよ」
「フィル様、無礼は許しません」
愛らしい声でステラがフィルを咎めるように見上げて、取りあげたノートを見て目を丸くして固まりました。ステラがフィルから取り返せるとは思えませんでした。いえ、関心している場合ではありませんわ。ステラにも知られたくなかったです。私は新しいノートを買うお金もあるし無くした教科書も代わりをもらえる兄がいるので困らないんですが。エイベル以外にも教科書をくださる上級生の先輩方の知り合いもたくさんいますし・・・。教科書を購入するお金もありますよ。
「どういうことですか!?」
驚いているステラににっこり笑います。
「授業中に落書きを」
「字が違います」
ステラに即答され誤魔化せませんでした。できれば最近の物がよく消えてしまうことは見つかりたくないので首を傾げます。
「誰かの間違えでしょう。新しいノートもあるので大丈夫です」
「荷物全部出して」
「はい?」
「追跡魔法をかけて犯人見つけようぜ!!」
フィルが悪戯をする時に見せる楽しそうな顔をしてます。心配されるよりは気が楽ですが、今回はフィルの悪戯に付き合いたくありません。フィル!?いつの間にか私のカバンがすでにフィルの手にあります。
「面倒ですし、興味がありません」
「追跡魔法の練習したいから付き合ってよ。試す機会なくてさ・・。絶好の機会だろ?」
「わかりました。好きにしてください。」
楽しそうなこのフィルは止まりません。フィルも普段はしっかりしていますがまだ子供ですものね。男の子は悪戯好きなのは仕方ありませんわ。やりたいなら任せましょう。フィルは人気がないので、庇ってもらってもやっかみを受けないですし、楽しそうに魔法陣を書いている姿に力が抜け咎める気もなくなりました。ステラも愛らしい笑顔を浮かべて手伝いはじめました。
もしかして私も手伝う雰囲気ですか・・。
「俺達でやるから読書してろよ」
楽しそうな二人に任せてありがたく読書をさせてもらいましょう。
私は誰に嫌われてるんでしょうか。せめて誰に近づいて欲しくないか名前だけ教えてくれればいいのに。生前は学園では嫌われていたので荷物は親友のセリアに渡された私にしか開口できない箱を使っていました。箱を持ち出すと怖いことが起きると言われましたが詳細は恐ろしくて聞きませんでした。あの頃は気付きませんでしたが、私の物に手を出せば、リオが怖いお顔をして報復しそうなのでセリアの実験のためにくれた箱はありがたかったですわ。
フィル達に荷物を返されて魔法陣を見て固まりました。
「フィル、物騒過ぎませんか!?」
「怪我したら、魔法で治せばいい。軽い火傷だ」
魔法陣はフィルの得意な火属性で私達以外が持ち出したら、段々熱くなるよう仕掛けてあります。いつの間にかフィルも魔石の魔法陣について詳しくなり、最近は改良もできます。追跡魔法も仕掛けられてますが、どうして報復するような魔法を・・。改良された魔法陣は解除するのも面倒ですし、火傷されたら責任を持って治癒魔法をかけましょう。人の物を勝手に持ち出すのは悪い事ですし、それに目的、誰に近づいてほしくないか教えていただければありがたいですわ。
エイベルの部屋に置いてある教科書を取りに行き、教科書の補充はできました。エイベルの部屋の物は自由に使えますのでありがたいです。
追跡魔法をかけてからは物がなくなることはなく、誰も怪我人が出なくて良かったですがフィルがつまらなそうにしていたので、好物のチーズケーキをあげると嬉しそうに笑いました。
お菓子で機嫌が取れるのはありがたいですわ。
放課後にエイベルの部屋で宿題をしていると、エイベルが部屋に入ってきました。
「レティシア、忘れ物が多すぎないか?」
「教科書を返したほうがいいですか?」
「好きにしていいけど」
「寮に置いておきたいんです。持ち運ぶのが」
「面倒って」
ため息をつくエイベルに笑ってごまかします。エイベルも真面目なので教科書のことを言えば気にしそうです。いつも以上に呆れる視線が痛いので、宿題も終わりましたし生徒会の見回りに逃げましょう。にっこり笑って手を振り、部屋を出た時に向けられた呆れる顔に文句を言うのはやめましょう。忘れ物が多いと先生の評価が下がりますが、今のところ補充しているので殿下から注意も受けていませんしね。生徒会役員として生徒の模範になれるような生活を送っているつもりですし、成績も悪くはないので、公爵令嬢として問題ありませんとエイベルに話しても無駄でしょう。
学園の裏庭を歩いていると腕を捕まれました。
「来て!!」
令嬢に力強く腕を引かれるままに歩きます。切羽詰まったお顔なので何かあったんでしょう。
小屋の前で足が止まりました。怪我人でしょうか?扉を開けて、勢いよく背中を押されて小屋の中に入り勢いを殺せず転びました。情けないですわ。バタンと勢いよく扉が閉まる音がしました。
「私は忠告したわ。貴方が悪いの!!」
怒気の孕んだ声はどういうことでしょうか。
怪我人が出て困っていたから連れて来られたのでないなら一安心です。
扉から出ようとにも開きません。気配がして振り返ると、変な動物がたくさんいます。
嫌な予感がします。
私が悪いってことは私を嫌っている生徒なんでしょうが面識はありません。面識のない方に嫌われるのはよくあるので、って考え込んでる場合ではありません。これはさすがにまずい状況ですわ。
笛を吹きますが音が鳴りません。魔力も纏えないので、魔法も発動しません。やはりこの嫌な感じは魔封じの小屋ですか!?思いっきって扉を蹴とばしましたが痛いだけ・・。エイベルの蹴りならきっと壊れるのに、自分の非力さが悔しい。そう、エイベルです。今は殿下の傍に控えていないので暇なはずですわ。
「デイーネ、エイベルを連れて来てください」
デイーネが姿が見えないので、出てこれないみたいです。学園に魔封じの小屋があるとは知りませんでした・・。そして、馬以外の動物を飼育していることも・・。
見間違えであって欲しいと願いを込めて後ろを振り向き何度も瞬きしても見えるものはかわりません。
見たことのない白黒模様の腕より太い蛇がいます。顔よりも大きい黄色い蛙に長く鋭利な二本の牙を持つ中型犬、犬と同じ大きさの鼠に手のひらサイズの黒い虫。
研究生の作品でしょうか。学園では優秀な生徒と教師が手を組み様々な研究をしていますので・・。
気配を消して笛を吹きます。得体のしれないものばかりです。また笛を吹きます。魔道具だからやはり音がなりませんわ。混乱して無駄なことをしてしまいましたわ。さすがに知らない動物と閉じ込められるのは怖いです。淑女として許されませんが非常事態ですので仕方ありません。
「誰かいませんか!?開けてくださいませ!!」
駄目でしたわ。そうですよね。こんな怪しい小屋に近づく生徒はいませんよね。
どうしましょう。
リアナは私は死ぬって言ってましたが、ここですか!?ここで食べられて死ぬんですか!?
やはり私は監禁される運命なんですね・・・。まさか生前の死に方のほうがマシと思うなんて・・。狂ったレオ殿下も気持ち悪かったですが、この動物たちも・・・・。未知の恐怖・・。
人生、諦めが肝心ですよね。跪き両手を組んで最後の祈りを捧げましょう。
お父様、お母様、先立つ不幸をお許しください。エイベルが国一番の騎士になるのを見届けたかったですがきっとエイベルなら大丈夫ですわ。支えてくれる方もたくさんいます。ロキとナギの成長も見守りたかったですが、ビアードの皆が代りを努めてくれるでしょう。どうか幸せになってください。マナ、マオ不甲斐ない主でごめんなさい。後追いはやめてくださいね。ステラ、いつもありがとう。どうか泣かないでください。フィル、ステラ達をお願いします。約束を守れなくてごめんなさい。レオ様どうかまともに育ってください。いずれ夢が叶うのを祈ってます。クロード殿下、今世もお役に立てず申し訳ありません。
最後はリオに会いたかったです。
蛇がゆっくり近づいてきます。後ろは扉なので逃げ場はありません。睡眠薬を常備しておけば良かったですわ。もし4度目のやり直しがあるなら睡眠薬を常備しましょう。
デイーネごめんね。私の前に姿を見せてくれてありがとう。またいつか出会えたらいいな。ビアード公爵家の皆様お世話になりました。私は幸せでしたわ。食べられるのは怖いので、目をギュッと瞑って、痛みを受け入れます。浮遊感がして、きっとこれから食べられるんでしょうが怖くて目を開ける勇気はありません。
「レティシア!!」
神様は優しかった。愛しい声に目を開けると愛しい瞳があり、走馬燈が見えました。
「リオ」
抱き上げてくれているリオの首に手を回します。
「最後に会えて良かった。幸せになってね。次は従兄妹に生まれたい」
恋しい腕に帰れて幸せです。もう望むものはありません。そのまま目を閉じました。
最期に私のリオに会え、3度目も幸せな人生でしたわ。
***
目を開けると見覚えのある天井がありました。学園の保健室でしょうか。
4度目のやり直しでしょうか。さすがに慣れたのでもう驚きませんわ。
「レティシア!」
ゆっくりと起き上がるとエイベルに抱きしめられました。
「エイベル?」
「無事で良かった」
私は制服を着ています。
もしかして倒れて夢を見ていたんでしょうか?背中に手を回し恐る恐る呟きます。
「お兄様?」
「マールが見つけた。研究小屋に閉じ込められたって」
リオに助けられた?あれは走馬燈ではなく?
4度目の人生でも、夢でもありませんでした。
まだ3度目の人生の途中でしたか・・。
「私は助かったんですか」
3度目の人生の途中とわかればもう大丈夫ですわ。強引にエイベルが抱きしめるなら相当心配をかけたんですよね。エイベルの胸から顔を上げます。
「心配おかけしました。私は大丈夫ですわ」
「なんで言わなかった?」
エイベルに肩に手を置かれて眉間に皺がある顔で睨まれてます。
「笛を吹きました」
魔封じの部屋なので、音が鳴りませんでしたが。
「物が盗まれたこと」
エイベルにも気づかれたくなかったんですが・・。形あるものいずれはなくなりますわ。今はそれを伝えたら絶対にさらに機嫌が悪くなりますよね。
「無くしてしまいました。怒られるかと思い隠してましたわ」
「ノートに落書きは」
なんで知ってるんですか!?フィル、話したんですか!?フィルへの苦言は後にして笑って誤魔化しましょう。
「誰かが間違えたんですわ」
「バカ。」
「最近はないので安心してましたわ。マール様にお礼にいってきますわ。」
ベッドを抜け出そうにも肩に置かれた手も眉間に皺もなくなりません。
「マールは生徒会だ。今日は休め」
「エイベル、私は元気ですよ。怖くて倒れてしまうなんて、お父様に申し訳ないですわ」
「死ぬ気だったのか?」
真剣な顔で強い瞳で見られ、嘘は許さないって顔に書いてあります。死んでも仕方ないと思っていましたが、濁しましょう。
「気配を消すしかできませんでした。明日からは睡眠薬を持ち歩きます」
「短剣持ってるよな?」
確かに追跡魔法を仕込んだ護身用の短剣を隠し持ってます。ビアード公爵がどんな手続きで、刃物の持ち込みの許可をとったのかはわかりません。殿下の護衛のためにエイベルが隠して武器を持ってるのはわかるんですけど。
「研究物なんて恐ろしくて捌けません。もし、何かあれば研究生にも」
強く頭を叩かれました。
「いくらでもなんとかするから、次は足掻け。生きることを諦めるな。ビアードの者なら最後まで諦めずに足掻き続けろ。」
忘れてましたわ。
私はビアード公爵令嬢。ビアードは諦めることを許さず、命ある限り王家の剣であれ。私の行動はビアード公爵令嬢の最期としては相応しくありませんでした。エイベルが怒る理由がわかりました。
「申し訳ありません。ふさわしくなるように努めます。」
エイベルの強い瞳を見つめ返します。
「それでこそ俺の妹だ」
エイベルの誇らしげな笑みを見て、ビアードの者としてふさわしくなろうと気合いを入れました。生前の自分に引っ張られないように気をつけましょう。今の私はレティシア・ビアードです。ビアード公爵家が一番です。とりあえず、フィルに頼んで扉を蹴破れるように訓練してもらいましょう。
さて終わっていなかった3度目の人生のこれからをしっかり考えないといけませんね。訓練する時間をどうやって増やしましょうか。




