兄の苦労日記18
俺はルーン公爵夫人の訓練を受けられることになった。ターナーが生んだ風の申し子の訓練を受けられるのは限られた者だけと伯父上に言われていた。妹の申し出は冗談かと思っていたから、本当に叶うとは思わなかった。父上の帰宅を聞き、うちに帰った時に意味深なことを言われた。
「エイベル、ローゼ・ルーンに師事する覚悟はあるか?」
「え?はい」
「耐えられると信じている」
俺の肩を叩いて複雑な顔をしたのはなんだったんだろうか。父上の訓練よりも厳しいんだろうか?強くなるため必要なことだし、やることは変わらないから気にしても仕方ないか。
妹が泉で訓練しているからそろそろ迎えにいくか。防御に優れ攻撃に向かないといわれる水魔法でも妹は巧みに攻撃してくる。妹の魔法で潜り見学したら水の中は自由自在だった。水中の手合わせは悔しいけど敵わないだろう。水中で戦うことはないから手合わせするつもりもないが。
泉に呼びかけても上がってこない。集中しているなら聞こえないか。一人で訓練しているときは危ないので水の中に入ってくるなと言われている。
「ストーム、呼んできてくれ」
ストームが泉の中に消えていく。ようやく泉の中からでてきたので説教しようとすると満面の笑みを浮かべて猫を抱いている。
妹は水の精霊と契約したらしい。
上機嫌の妹の希望で魔力を送っていると猫は消えていた。精霊は珍しいと言っていた。ストームを見つけたのも妹だ。
精霊に皇族、次は何を連れて来るんだろうか・・。
できればあんまり拾ってこないでほしい。
妹の濡れた体を乾かして寮に送った翌日に熱を出し、寝込んだ。
回復した妹に説教してもずっとニコニコと笑っている。水の精霊と契約したのが相当嬉しかったらしい。
妹は水の中に入って、風邪をひいたことを絶対に認めない。いい加減自分の体が弱いことに気付いてほしい。ただここまで上機嫌な妹は何を言っても頭に入らないから無駄だよな。
学園では初めての生徒会主催のダンスパーティの準備が進められていた。俺は担当ではないからいつもと変わらない。ただ妹は毎日忙しそうに駆け回っている。教室に飛び込んで来た妹に腕を掴まれる。
「エイベル、お願い」
「なんだ?」
「1年3組にエイベルの訓練と手合わせを希望者がいるんですが、受けてもらえませんか?」
強くなりたい者がいるなら指導するのは武門貴族の役割だ。
「わかった」
「ありがとうございます。あとは、」
ブツブツ言いながら手を離して立ち去ろうとする妹の肩を掴む。
「待て。俺以外も指名が来てるか?」
「サイラス様とソート様希望の生徒も」
「訓練の手配はしてやる。希望人数と日付の調整だけでいい」
「いいんですか?」
「ああ」
「ありがとうございます」
にっこり笑った妹の頭を撫でて送り出した。
あいつは忙しいのにまた仕事を増やそうとしたらしい。ダンス指導にドレスの手配、会場準備等忙しいらしい。他の役員は妹のきめ細かさに呆れ半分で苦笑し、レート嬢とクロード殿下だけが感心していた。妹の担当する1年が一番参加希望者が多かった。平民達への気配りは同じことを求められてもできないと役員達は言っている。参加者の一人一人に合うドレスを用意しようとするのは妹だけ。ドレスは妹の知人達からも貸してもらえるように駆け回っていた。
うちにあるドレスだとサイズが合わない生徒がほとんどらしい。
フィルとステラが手伝っているから、まだ大丈夫だろう。同学年のカーチスは巻き込んでいない。妹に付き合えるのはあの二人くらいだから仕方ないか。
***
妹の希望で訓練の準備をした。体力の限界を迎えて倒れそうな妹には基礎訓練だけ許した。うちの妹は健康管理ができない。
「サイラス、ソート悪いな」
「まさか3組の生徒から希望があるとは思わなかったよ。構わないよ」
「レティシアはどれだけ知り合いを増やすのか」
苦笑している二人の言葉に返す言葉がわからない。確かになんの接点もない見知らぬ生徒に訓練を頼まれるのは初めてだった。
レティシアがステラとフィルと共に生徒達を連れて来た。
「今日はありがとうございます」
俺達に礼をして生徒達に向き直る。
「ご存知と思いますが、そのお顔ですと自己紹介はいりませんね。4人とも強くて立派な騎士です。騎士道精神にのっとる限りは無礼を咎めません。ただ期待する方には厳しい指導があるかもしれませんが。遠慮なく、立派な先輩方の胸を借りてください。もし直接声をかけられないなら私が代弁しますので遠慮なく声をかけてください」
妹は礼をして一番後ろの訓練の列に並んだ。
緊張していた生徒達が妹の能天気な笑顔と能天気な言葉に笑い空気が変わった。
「レティシアは言葉選びも空気を支配するのも上手いよな」
ソートが感心して妹を見ているが、ただ怖がるなと言っているだけだ。フィルが準備運動をさせているから、終わったら指導を始めるか。
下級生だからまだまだ基礎が甘い。最初だから仕方ないか。
訓練が一段落する頃レティシアに魔法の手合わせが見たいと言われた。この4人でやる機会はあまりなく、思いっきり体を動かしたいし丁度いいから引き受けるか。
「エイベル、せっかくだからレティシアと組めば?」
「たぶん倒れる」
「レティシアは見学です。俺はサイラス様と組みたいです」
フィルはサイラスとはあまり関わりがない。フィルの要望で俺はソートと組むか。妹が生徒を結界で覆ったから暴れても平気だろう。
手合わせが終わると生徒に囲まれる。
話しかけてくる言葉に答えながら剣の音に視線を向けると妹が手合わせしていた。生徒はソート達に任せて俺の目を盗んで手合わせした妹の頭を叩く。
俺の説教を聞き流し、いつの間にか笑顔で訓練を締めている。礼をして去って行く後輩に能天気に手を振って見送っている。
後輩に慕われている妹にサイラスがあんまり勧誘するなと苦言をこぼしている。妹は父上の魅力と誇らしげに笑いサイラスのスカウトも始めた。サイラスは妹への婿入りの申し出を冗談と言っているが妹は本気である。サイラスなら妹も懐いてるし預けても構わないけどグランド伯爵家が手放さないから無理だな。武門貴族は優秀な騎士は抱え込む。うちが妹を嫁に出さないのと一緒だ。
サイラスを諦めた妹の切り替えは早く訓練指導の礼をはじめた。
サイラス達にわざわざお礼に手作りのお菓子と魔石を用意して渡している。指導するのは俺達の役目だからお礼はいらないし、妹がお礼をする必要もない。でも妹らしいか。
「治癒魔法を付与してあります。体力回復と小さい怪我なら治ります」
わざわざ貴重な魔石を用意したらしい。魔石に魔法を付与するのは高度であり俺はまだできない。売ったら相当な額がつくだろう。妹は実用性以外の魔石の価値をわかってるんだろうか。
「こんなに魔法の腕が凄いのにな」
「気にしないでください。どの令嬢も悪名はありますもの。私はまだマシなほうですわ」
腹立たしいことにビアード公爵家で風属性をもたない、まがいものの深窓の令嬢は有名だ。ソート達は妹の魔石の出来に驚いているが妹の本気の魔石はもっと凄いけどな。
本気で作った魔石を見た父上が人に渡すことを禁じ、人に渡していい純度を教え込んでいた。
父上は妹が王宮魔導士としてスカウトされることを危惧している。王宮魔導士は名誉な職業だが騎士よりも危険である。国のために、遺体さえ利用される。ビアードと家のためなら被験者にされても受け入れそうな妹を王宮には渡したくないと言っている。ただでさえ水属性でビアードの瞳を持つ妹の遺体の提供を研究者から求められ父上達が断っていた。
学園内の成績だけでは王宮魔導士にスカウトされないが武術大会で目立てば話は変わる。
ただ妹に魔法の授業だけは誰にも負けるなと言ってある。ビアード公爵家なら成績優秀で当然だから目立たない。まがいものに負ける奴らは何になるんだろうな。
この日から妹の頼みで下級生の合同訓練の指導を任されるようになったが務めだから構わない。
***
ダンスパーティの前日に妹の部屋に呼ばれた。
妹の部屋には大量の花があり、ステラとフィルとレオ様がいた。
数本の花をリボンでまとめ小さい花束を作っている。参加人数分の花を用意するとは聞いていたが、
「エイベル、手伝ってください。これが終わるまで帰れません」
各学年の花は学年の担当が用意していた。俺の学年はまとめた物を取り寄せていた。自ら手作業で作っているのは妹だけだろう。ステラ達は無言で色とりどりの花で小さい花束を作っている。
「カーチスは?」
「最後の会場のチェックに行ってもらってます。手伝ってください。ちゃんとバランスを考えてください」
仕方がないから手伝うか。不器用な妹の手の進みが一番遅く、一番早いのはレオ様。
あまりの量にマナや俺の侍従も呼び寄せた。
妹は顔が広いのに頼れる人間はこれしかいないらしい。
日付がかわる前には作業が終わり力尽きた妹を寮まで運ぶ。
「なんとか終わりましたね」
「フィル様、本番は明日ですよ。明日はさらに忙しいそうです」
ステラの言葉に妹の多忙はまだ終わらないらしい。
手がかかる妹である。いずれは倒れず学園生活が送れるんだろうか。




