もしものもしものやり直しの物話
覗いていただきありがとうございます。
本編とは関係ありません。
やりなおしの世界で夫になったリオと二度目の人生で冒険者生活をしていたレティシアが記憶持ち同士で出会ったらどうなるか。遊びで綴った小話なので広い心で読んでいただけるとありがたいです。
「シア!!会いたかった!!これからは俺が守るから、俺に任せて――――――――」
私を抱きしめているのは、初対面のはずの生前の従兄。そして、ビアード公爵家に生まれた私にとって同派閥であるだけの無関係の人間。
美しい濃紺の髪色と銀の瞳が特徴のマール一族。
フラン王国序列一位のマール公爵家の三男であろうこの少年は初対面の令嬢を抱きしめるなど、無礼極まりないことが許される教育を受けていないはず。
私の知る最初の人生の従兄のリオ兄様も二度目の人生の夫のリオも絶対にしません。がっしりと抱きしめる腕は記憶の中とは異なるもの。そして、微笑むお顔さえも見覚えのないもの。
爽やかさも、優しさも可愛らしさもないリオ。
私は三度目に生まれおちたレティシア・ルーンではなく、レティシア・ビアードの立ち位置に戸惑いながらも、それなりに適応してきましたわ。
ええ。適応する努力をしてきました。
知らなければ幸せなことが世界に溢れていることはよくわかっています。
目の前のリオ・マールであるはずの人物がなにか話していますが、言葉として理解できません。
「寂しいよな。俺は君のリオに負けないように努力するから」
自分が新たに生まれた世界に、そしてこれから待ち受けるだろう未来に震えが我慢できません。
レティシア・ルーンでは人前で震えるなど許されませんでしたが、ビアードは全てにおいて甘いので私の体が震えても咎めることはしないでしょう。
呆れるほど子供に甘い両親に家臣達……。エイベルがお馬鹿なのは環境がよくなかったなんて知りたくありませんでしたわ。
ポンコツを育てた者はポンコツ。
ですがエイベルは私が知っていたエイベルと似ているところもあり、別人と感じることはありませんでした。
でも、私をきつく抱きしめているリオにはマール公爵家の特色の髪色と銀の瞳以外恋しいものは感じません。
やり直しの世界でリオに会いたくありませんでした。
恋しいリオを見れば、手を伸ばしたくなるものと不安に感じてましたが世界は甘くありません。どんな世界でも私にとってゆるぎないリオ兄さまは幻想でしたわ。
恋に溺れて変わってしまったクロード殿下、ブラコンいえ兄に見向きもされないことに拗ねて変態になってしまったレオ殿下…。
襲ってきた絶望にふらつきそうになるとそっと頭を撫でられました。
いくらマール公爵家よりもビアード公爵家の家格が低いといえども面識のない令嬢の髪を撫でるなどありえません。意図も理解できません。未知の恐ろしい存在から逃れたく胸を押しました。
「え?」
きつく抱きしめる腕は解けません。
勇気を出して意図を探るために顔を上げると銀の瞳を細め、どんどん顔が近づいてきます。
「はなしてくださいませ……」
「俺はどんな君でも受け止めるよ。ビアードに婿入りするから、俺と婚約してくれないか。愛してるよ」
なんですの!?
この言葉が通じない感じ……。
覚えがありますわ。
先ほどから予兆はありました。
頰にじんわり濡れた感覚。
目の前の相手に指で涙を拭われているのに気付き息を飲みました。
私の心ではなく、体が先に悲鳴をあげているのでしょう。
この感覚に覚えがありますわ。
新たに生まれた世界、受け入れがたい現実に二度目の絶望ですわ。
初めての絶望はくだらない兄弟喧嘩のために殺された最初の人生の終わりに経験しました。
二度目の人生は幸せだったので絶望などしませんでしたわ。
まさか、リオが変態だったなんて……。
リオは私の知るリオではありません。
涙は止まりませんが思考する余裕ができました。
私にとっては受け入れがたくとも、フラン王国にとっては大惨事にはなりません。
嫡男ではない三男のリオはそこまで権力を持てる立場にないので国への影響は少ないのが救いでしょうか。
ええ。フラン王国は精霊様の加護がありますから。
「いい加減にしろ!!妹に触れるな!!」
エイベルがリオの腕を掴み、私を引っ張り背に庇ってくれました。
エイベルの背中に庇われ安堵することがあるんですね。
「義兄上、初めましてではないが態度を改めるよ。どうか」
「妹に近づくな!!」
家格の高いリオへのエイベルの無礼な態度を諫めなくてはいけません。
でもリオと関わりたくありません。社交デビューしていない私なら見て見ぬふりをしても許されるでしょう。
「お母様を急いで呼んでください。私は部屋にもどります」
侍女のマナに命じて怒っているエイベルと笑顔のリオの話し合い?は見ないフリをして部屋に戻りました。
その夜、熱が出てしばらく寝込みました。
そして目を覚ました私は知りませんでした。
外の世界は地獄でした。
ビアード公爵家は武術を極めたい方が訓練を希望すれば拒みません。
リオがなぜかビアードの訓練に参加しています。
そしてエイベルに勝利したとマオに聞いたときは言葉が出ませんでした。変態でもリオは強いそうです。生前もリオはエイベルに負けることは一度もありませんでした。
強い人物に弱いエイベルがリオに懐柔されていくのは時間の問題ですわ。
男同士の友情は特別。お友達の恋を応援するなんて展開も珍しいものではありません。
ビアード公爵家とマール公爵家の婚約に利はありません。
ただビアード公爵家は強い者が好き。
変態は私との婚約したいと話されていますが…。
「リオは強くて素敵じゃないかしら?お母様はレティが好きなら利なんて気にしないわ。婿入りして、うちの条件はすべて受け入れるなんて」
わくわくしたお顔でほほ笑むビアード公爵夫人、いえお母様の言葉に口に含んだお茶の味がわかりません。貴族令嬢は当主の意向に従うもの。でもビアード公爵夫妻は私の気持ち優先と言ってくださります。変態に嫁ぐなど生きた心地がしません。ビアード公爵家に生まれたのに水属性を持つ私はまがいもの。生前の世界はレティシア・ビアードは存在しません。それなら私の役割などないのかもしれませんわ。
「私には難しいですわ。それに正直、苦手です」
「殿方のアプローチなんて初めてよね。お母様はね、」
お母様のお父様との出会いの話を聞きながら、話題が逸らせたことに安堵します。
変態になったリオを眺めれば眺めるほど心が冷えていきます。
私は将来の監禁回避と変態回避のために策を練るしかありませんわ。
****
私は一晩かけて策を練り上げました。
直感重視のビアード公爵家では物事は、スピード勝負が基本です。迷っている間に先手をとられれば危機。そう!!先手必勝ですわ。
私の計画として、幼いうちにクロード様とレオ様の仲を取り持つのです。クロード様はレオ様が問題をおこさなければ、心のうちはどうであれレオ様を対外的には弟としてきちんともてなすと思います。クロード様がお怒りになるレオ様の問題行動の尻拭いは私が引き受けましょう。
もしもレオ様という王族のお気に入りになれれば、リオの婚約者にされることもないはずですわ。
「私にお任せください。無能な使用人は全て暇を出しました。レオ殿下やサラ様が過ごしやすいように
整えてみせますわ」
レオ様のお母様であるサラ様と親しいビアード公爵夫人のおかげで幼いレオ様を紹介していただきました。王族のお二人の過ごす環境に驚きました。
掃除もできない、配膳もできない、礼儀もわきまえられない、できないばかりの侍女が王族に仕えるなど許せませんわ。
お二人に王族として相応しい環境を整えおえたころ念願達成です。
私はレオ様とサラ様と親しくなりました。
離宮という変態が近寄れない安息の地を手に入れ、しばらくしてアリア様にお茶会に招待されました。
二度目の人生は王族には関わらないのモットーにアリア様を避けておりました。
今世はその方針はもちろんありません。
実は私、アリア様の機嫌をとるのは得意ですのよ。
クロード殿下を褒めたたえればいいだけですもの。ご満悦なアリア様とのお茶会を何度かこなし、気づくとクロード殿下の婚約者に選ばれていました。
「クロード殿下、私は家族を大切にできる誠実な方が素敵だと思います」
「エイベルみたいな?」
「はい。ポンコツですが、妹の私を守ろうとしてくださる姿は素敵ですわ。私はお兄様が守ってくださいます。殿下が心をくばるのは、民と同じくらい求めている方がいませんか?」
「私はこ、婚約者である君とは」
「婚約はいつでも破棄できますわ。契約ですが、切ろうと思えば簡単に切れるもの」
珍しく歯切れの悪いクロード殿下に微笑みながら間違いを正します。まだ幼いから殿下が間違えても仕方のないこと。完璧ではないクロード殿下の姿もなかなか可愛らしいですわ。恋に狂う前のまともなクロード殿下であっても警戒を緩めはいたしませんよ。私はきちんと先のことも考えてます。
「レオ様にとってクロード殿下はお兄様です。レオ様も殿下を慕っておりますが素直になれませんのよ。お兄様が手を差し伸べてあげるのは」
「君が望むなら」
「ではお茶会をしましょう。私、レオ様を呼んできますわ!!」
「待って、レティシア嬢、それは」
クロード殿下との定例のお茶会を中座しレオ様を呼びにいきます。
レオ様とはお友達です。
先触れもいらないとレオ様達に許しを得ていますし、近衛騎士はお父様の部下ですから。
私の無礼を子供らしく元気で微笑ましいとあたたかく見守ってくれます。
ルーン公爵令嬢では許されませんがビアード公爵令嬢は許されますのよ。
「クロード殿下、レオ様、決して忘れないでください。好きな方ができたら教えてください。私は全力で応援します。もしも私が邪魔になるなら国外追放ですよ。もしくは処刑してください。監禁だけはやめてください。私以外の者を巻き込むのもおやめください」
「俺はレティが好きだ」
「私も誠実できちんとお役目をこなそうとするレオ様が大好きですわ。失敗しても私やクロード殿下がフォローします。王族といえど素直にわかりやすく甘えるのも大事ですわ」
「どっちが婚約者かわからないわね」
「まだ子供ですから。将来玉座につくなら婚約者の心くらい自力で手に入れなさい」
「母上!?」
アリア様とサラ様と両殿下と仲良くお茶を飲む日がくるとは思いませんでした。
「最年少で妃教育を終えたお祝いは何が欲しい?私以外におねだりしてもいいわよ」
「ありがとうございます。アリア様。私、レオ様からいただきたいですわ」
「本当に仲がいいわね。レオとレティはねぇ」
美しく微笑むアリア様がクロード殿下をなぜか見つめています。
「何を作って欲しいんだ?」
「レオ様の発明も好きですが誓約、誓いが欲しいですわ」
「私が用意するよ。君は私の婚約者だから」
「お気持ちはありがたくいただきますわ。クロード殿下からのお祝いはそのお言葉だけで十分ですわ。レオ様からはどうしてもいただきたいんです」
「最後まで聞かせてもらいましょう。レオに何を誓って欲しいのかしら」
美しい顔でほほ笑む王妃様達の楽しそうな雰囲気とは正反対の冷たい空気が両殿下から流れています。まぁ後宮はアリア様の管理下。アリア様が許してくださるなら気にするのはやめますわ。
「レオ様、私は精霊の誓約を望みます。私を絶対に監禁しないという」
「は!?」
「え?」
なぜか唖然とする皆様。沈黙が訪れましたが譲るつもりはありません。私が欲しいのは監禁回避の保証。王族の婚約者という立ち位置はリオをはじめ、変態回避にはちょうどいいもの。ですが両殿下という変態に豹変するかもしれない爆弾を抱えている現実は変わりません。
「ふふふふふ」
沈黙を破ったのはサラ様の笑い声。続いてアリア様も声を出して笑い始めましたわ。
「そんなことしない」
「監禁なんて許さないよ」
「人生何があるかわかりません。変わらないものがあるなんて信じておりませんの。私個人が望むのはそれだけですわ」
全否定するクロード殿下もレオ様もわかっておりませんわ。私は地獄も絶望も知りました。二人が変態になり、リアナ様を選んだときはトンズラしようと思います。
国外に逃げて冒険者として生きていく。
レティシア・ビアードは存在せずとも支障のない存在。
それなら迷いませんわ。
ですがそれまではビアード公爵令嬢として最善を尽くします。
幸せな世界から地獄に落とされ続けるなどごめんですわ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




