第十八話 交渉
リアナは孤児院に預けました。
私はロキとお茶をしています。ロキの将来の夢はマナのように私の専属執事になりたいそうです。侍女や執事も立派な仕事とわかっていますが幼い子供が憧れるにはもう少し別な仕事が・・・。
「ロキ、もしもお金持ちのお父様が貴方を迎えに来たらどうしますか?」
「帰ってもらいます」
曇りのない瞳で即答しました。
「俺はもう欲しい物はありません。家族は母とナギだけです。他はいりません」
「貴方のお父様を恨んでますか?」
「感謝してます。捨ててくれたおかげで俺はお嬢様に会えました。大変だったけど、もしもう一度人生をやり直せるなら、あの場所でお嬢様を待ってます。俺はお嬢様の傍で家族と生きたいです」
純真無垢な笑顔を向けられ切なくなります。恨んでない心根の美しさは素晴らしいですが、まだ子供なのに・・。今の人生に満足するのは早すぎます。もしやり直しがあった時のために今度は頼りにならない愚かな役人以外に助けを求める方法を教えておきましょう。良識ある貴族はきちんと困った民の相談窓口を設けております。王都にあるビアードの騎士を派遣している詰め所も今度教えるように執事長に頼みましょう。いえ、今は話を脱線している場合ではありませんでしたわ。
「ロキの気持ちは嬉しいです。ですがナギ達を守ってつらい日々を耐えた貴方にはもっと幸せになってほしい。私に仕える以外の道もあります。たくさんの出会いや経験を積んで、広い世界を見てそれから決めてほしいんです。ロキの人生はまだまだこれからです。私はどんな道を選んでも、できる限りの応援したいと思っています。」
「俺は幸せです。お嬢様のお役にたてるようにもっと頑張ります」
ロキの堂々とした物言いとまぶしい笑顔は可愛いんですけど、伝わってるんでしょうか…。生前のロキもですが、頑固すぎます。生き方を決めるのは早すぎます。エイベルに相談したら好きにさせろと言われました。ロキのお兄様はきっと今もロキ達を探していますが、母親のローナは過去の話題に触れると真っ青な顔で震え気を失いました。それからは決して触れません。ロキ達にはこのままの生活が幸せ・・?
情報が欲しいです。生前の伯父様であるマール公爵に相談したいです。外交大臣のマール公爵ならロキの故郷の海の皇国の情報も一番持っている可能性が高いです。ルーンならともかく、ビアードでは情報を手に入れられません。残念ながらビアードの諜報部隊は政に関するルーンとは質が違うため、使えません。ビアードに力があっても海の皇国を探る理由は説明できないので、ここは自分で動くしかありません。私が家臣になにか頼めばビアード公爵夫妻に報告がいきますもの・・・。
リオには関わりたくありませんが手段は選べません。マール公爵家のお茶会の招待状があったはずです。情報は貴族の命綱。情報がなければ何も判断できないので、ロキ達の為に覚悟を決めて動きましょう。
***
今世初めてマール公爵夫人主催のお茶会に参加を決めました。マール公爵へ手紙を用意しました。1枚目には挨拶を。二枚目には古語で二人でお話したいと綴りました。マール公爵家で古語を読めるのはマール公爵だけです。今世のリオもマール公爵夫人も古語を読めないと神官様から情報を買ったので間違いありません。ルーン公爵家では古語は一般教養でしたが、他家では事情が異なり神官を目指す者以外は習得しないそうです。
生前は頻繁に足を運んだ懐かしいマール公爵邸に着きました。馬車を降りるとリオに出迎えられ、休暇中なので、会わなければいいなという淡い期待は打ち砕かれました。馬車の外で家臣ではなく、貴族にお出迎えされることは滅多にありませんが新手のマール公爵家の接待でしょうか・・・。周囲を見渡すと、令嬢も夫人もいないのだけは救いです。
「ようこそ。案内するよ」
嬉しそうな顔で手を差し出されました。
ここでエスコートを断れないので笑顔を作り手をを重ねます。
「ありがとうございます」
リオに庭園を案内されています。見事な庭園ですが、ゆっくり楽しみたい気分ではありません。
庭園のサロンに向かうようですがわざわざ遠回りをしているのはどうしてでしょうか。生前マール公爵邸によく訪ねていたので邸内は詳しいです。
ふと見覚えのある面影に目を止めました。あれは・・。運が良いですわ。手を振り解いて足を進めると穏やかな顔のマール公爵と目が合いました。偶然会えたのは奇跡ですわ。
「これはビアード嬢、ようこそ」
「お招きありがとうございます。マール公爵、大変差し出がましいお願いなんですが、お手紙を受け取っていただけませんか」
「私に?」
「はい。マール公爵夫人に失礼なことは書いておりません」
「愛らしいご令嬢からいただけるなんて光栄だ。喜んで受け取るよ」
「ありがとうございます」
穏やかに微笑むマール公爵にお手紙を渡します。やはり伯父様、いえマール公爵はお優しいです。
生前の癖で伯父様と呼ばないように気をつけましょう。
私がマール公爵に手紙を送れるほどの繋がりはないので直接渡すしか方法がありませんでした。また二人で会いたいと不躾な内容を読まれてもあらぬ、疑いを持たれても困ります。無事に渡せて気が抜けそうになるのを堪えます。
「そろそろお茶会がはじまるだろう。リオ、お前は何をしているんだ」
いつの間にかリオがいました。気を抜いている場合ではありませんでした。
「申しわけありません。私が勝手を致しました。」
咎めようとするマール公爵と不機嫌な顔をするリオに謝罪します。飛び出したのは私なので、リオが客人を蔑ろにしたわけではありません。そして無礼な行為をしたのは私なので咎められても仕方ありません。うっかり本能のままに動いてしまいましたが、後悔はありません。抗議されてもきちんと謝罪して対応できる自信はあります。
「気にしないでいい。頭を上げて。私が案内してもいいが」
「俺が案内します」
「ありがとうございます」
ゆっくりと頭を上げて、リオに差し出される手を重ねます。穏やかな顔のマール公爵に礼をして手を引かれて足早に立ち去りました。
「父上が」
「マール様?」
「なんでもない」
素っ気ない態度にも歩みの早い足にも慣れません。無礼を働いた私が悪いとわかっていますが、そっくりな外見の所為で別人だとわかっているのに心が追いつきません。いつも優しい顔で歩みを合せてくれた私のリオとは正反対。短いはずの距離が永遠に続くように感じ、サロンが見えた時は、ようやく離れられることにほっと息をつくのを我慢して笑みを浮かべて礼をして離れました。私が最後の到着でしたので、マール公爵夫人に頭を下げます。
「遅れて申しわけありません。お招きありがとうございます」
「構いません。うちの愚息の所為ですから気にしないでください。どうぞ、座ってください」
穏やかに笑うマール公爵夫人にリオではなく私が悪いのですが、この場では誤解を招くので口にせず笑みを浮かべて席に足を進めます。リオのエスコートを夫人達に見られたことに不安を覚えますが大丈夫ですよね。マール公爵家の接待なので皆様もエスコートされているはずです。
目の前に広がるのは生前見慣れた同派閥の夫人ばかりが集まるお茶会です。生前のお母様であるルーン公爵夫人とエイミー様のお母様のリール公爵夫人もいます。珍しくマール公爵嫡男カナト様の奥様のエレン様もいらっしゃいます。カナト様達は国外の仕事が多くあまり王国に帰ってきません。
「お初にお目にかかります。ビアード公爵家レティシア・ビアードと申します。」
礼をして座ると派閥の情報交換がはじまりました。私は耳を傾けながらお茶をゆっくりと口に含みます。マール公爵家のお茶は甘みがあり、香りも高く美味しく笑みが零れます。
「ビアード様、お怪我は大丈夫ですか?」
お茶を楽しんでいる場合ではありませんでした。自然にふられた話題へ困惑する気持ちを隠して微笑みを浮かべます。お茶会での怪我の件がどうして広まっているんでしょうか・・・。
「ご心配ありがとうございます。完治しております」
「私も遠目から見てましたが驚きましたわ。妨害を冷静に魔法でおさめ、取り乱さずに演奏を再開されたお姿に。深窓の令嬢でもさすがビアード公爵令嬢ですわ」
カトリーヌ様のお茶会は夫人達も気にかけるほどの注目を集めていたんですね。全く気づきませんでした。
「ありがとうございます。お恥ずかしながら、エイミー様の素晴らしい演奏と兄の支えのおかげです。またカトリーヌ様におさめていただき、滞りなくおわり感謝しかありませんわ。私の未熟を先輩方に補っていただきました」
私は何もしてませんし、お茶会が無事に終わったのは3人のおかげです。後半の私は全く役に立たず、確実に減点対象でしたわ。役立たずの私を責めない3人の優しさに泣きたくなったのは内緒です。
「最後は立っているのもお辛かったでしょ?」
足のしびれと痛みが辛く顔に出ていたことを反省します。笑顔を浮かべていたつもりですが、駄目だったようです。公爵令嬢失格ですわ。
「お見苦しい姿を申しわけありません。兄に甘えてしまいました」
夫人達が朗らかに笑うので、咎められているわけではないようです。
「ご兄妹仲がよろしいですね。」
「私が不甲斐ないばかりに兄に頼ってばかりです。いずれお役にたてるように励みますわ」
「ビアード様もお兄様を慕ってらっしゃるんですね」
「貴方のお兄様が絶対にダンスを踊らないご令嬢がいるのはご存知?」
楽しそうに話す夫人達の言葉に困惑を隠して頭を下げます。
エイベル、非難されてますが、何してますの!?
「兄が無礼を」
「違いますよ。お兄様は貴方に不躾な言葉をかける令嬢は絶対にダンスに誘わないのよ。ビアード公爵令嬢は自慢の妹ですって」
微笑んで話された予想外の言葉に驚きました。
思わず顔に熱がこもります。私はエイベルに褒められることはほとんどありません。エイベルは社交が下手なのに、つい嬉しくて、きっと笑みがこぼれています。
「初めて聞きました。私はいつまでも自慢の妹であるように努力しますわ」
顔の熱をなんとか引かせないと。赤面なんて淑女としていけませんが夫人達が好意的な雰囲気なことが救いです。
「貴方のお兄様の婚約者は苦労しそうね」
「候補はいらっしゃるの?」
エイベルは令嬢達に人気があります。楽しそうな夫人達に視線を向けられています。
「お兄様は訓練が恋人です。時間ができると訓練ばかりです。婚姻はお母様達の判断に任せると仰せです」
「妹よりも訓練かしら?」
「はい。私とのお出かけの約束が叶うまで2年かかりましたわ。」
「まぁ!?それはひどいわ」
「どこに連れていってもらったんですか?」
「王都の市を案内していただきました。ビアード領以外の初めてのお出かけでした」
エイベルの話をしていたらお茶会は終わりました。エイベルは容姿端麗なので話を聞くのは楽しいんでしょう。和やかにお茶会が終わり頬の赤みも引いて一安心です。時々エレン様に探るように見られて、気に障るような言動をした覚えはありませんが、頬を染めたのは公爵令嬢らしくないので咎められても仕方ありませんが声を掛けられないなら問題ないですわ。
礼をして帰ろうとするとエレン様に呼び止められ、安心するのは早かったですわ。
「ビアード様、外交官に興味はありませんか?」
「ありません。」
「興味が出たら教えて」
「お心づかいありがとうございます。」
予想外の言葉ですが上機嫌な笑みを浮かべているので問題なさそうです。
礼をして立ち去ると執事に声をかけられ、マール公爵の執務室に案内されました。
お手紙を読んでいただけたようです。零れる笑みを堪えて気合いを入れるために深呼吸します。本番はこれからです。マール公爵と取引するのは初めてですが負けられません。
執務室に入り礼をします。
「二人はまずいので侍従を同席させてほしい」
「結界をお許しいただけますか?」
マール公爵に探るように見つめられたので、視線をそらさず見つめ返ししばらくすると頷かれたので私とマール公爵の周りに防音と目くらましの結界を構築しました。これで唇の動きをを読まれることはありません。マール公爵が目を見張ってますが結界の許可は取りましたから気にしません。優秀な使用人は口唇を読む技術を持つのは知ってます。
「1年生でここまで使えるのか」
この程度の結界ならステラもフィンも作れますが・・。笑みを浮かべて再度礼をします。
「ビアード公爵令嬢ですから。お時間を作っていただきありがとうございます。慎重な話題故他言無用をお願いします。お守りいただけるなら対価に貴重な情報を差し出しましょう。」
「対価とは?」
「海の皇国の皇族の情報を」
マール公爵が目を見張りました。
生前に海の皇国の情報は手に入りにくく貴重とカナト様に教えていただきました。生前の冒険者時代に海の皇国に一時期滞在したので多少の情報は持っています。カナト様が喜ばれた情報なら対価としての価値はあるはずです。情報の入手先の偽造の準備はしました。ビアードには時々旅商人が訪問します。すでにフラン王国を旅立ち次に訪れるのは二年後と聞いているので、自由奔放な彼はマール公爵でも掴まえられないと思います。彼から偽の情報を買ったのを目撃されているので調べられても誤解してもらえると思います。
「旅人の話ですので確かな情報かはわかりませんが、お役にたてると思います」
考え込んだマール公爵が穏やかな笑みを浮かべられ、視線を向けられました。
「約束しよう」
取引成功です。カナ兄様、情報の価値を教えてくれてありがとうございます。この情報に価値があるならマール公爵は私のお願いを聞いてくれます。誠実な人柄なので、情報を受け取るだけで放り出したりはしないでしょう。もし、それで動いてもらえないなら私の力不足なので、違う方法も考えています。
「ありがとうございます。海の皇族は数が多く上位・中位・下位と分けられています。上位皇族のみが継承権をもち、中位は他国でも皇族として扱いを受けられ、下位は力のない名ばかりの皇族です。中位、下位皇族はほとんど力がないので、上位皇族の傘下に入る必要があるそうです。海の皇国の歴史では頻繁に皇位争いが起っているそうです。現皇帝陛下は黄色の瞳を持っています。初代皇帝陛下と同じ黄色の瞳の皇族は優遇されると言われています。」
マール公爵の銀の瞳に探るように見つめられるのは変な感じですが立場上仕方ありません。
「ここからは他言無用でお願いします。」
静かに見つめると頷かれたので、きっと大丈夫でしょう。マール公爵は、約束は守っていただける方です。
「私は王都で親子を保護しました。子供の一人は黄色の瞳を持っています。母親は記憶喪失で過去のことに触れると発狂します。子供はうちでの生活に不満はないと言っております。悪夢にうなされる母親の言葉からメイ伯爵の名前を聞きました。調べていただけませんか?」
「望みは?」
調べた先のことを聞かれてます。私がへたに動けば問題になりますものね。マール公爵はエイベルのように甘くありません。
「なにが彼らにとって幸せなのかわからないんです。願わくば内密にメイ伯爵と相談したいんです。彼らは望んでません。ただ突然消えた家族の生存を願う家族のことを考えると、どうしたらいいか・・。彼らを探す家族がいないなら私はこのことは胸に留めて、ビアード領民として幸せに生きられるように力を尽くします」
マール公爵が一瞬目を丸くし、穏やかな顔をされました。
「海の皇国の情報は手に入りにくい」
一般的には結束の固い海の皇国の情報は手に入りにくいと言われていますが、簡単に手に入る方法があります。
「海の皇国には落とし子がいます。落とし子とは皇帝の血を引く者のことです。海の皇国の魔法は遺伝なので、海の魔法の使い手は皇族の血を引くことになるそうです。皇族の血を引いていても、皇族とは名乗れません。落とし子は民たちに大事にされます。海の魔法は風と水の魔法が主流です。海の皇国民の外見で風か水の魔法を使えば落とし子として勘違いされます。情報や貴族への伝手も快く紹介していただけると聞きました。私が海の皇国まで行く許可はいただけませんでした」
「どこでその情報を」
「答えられません。無理なお願いは承知しております。ご検討いただけないでしょうか」
「深窓のご令嬢が・・」
マール公爵に見つめられるので視線をそらさず見つめ返します。
「調べてはみよう。もしビアード公爵の許しが出たら、一緒に来るかい?」
「是非お願いします。」
「甘く見ていたよ。外交官を目指さないか?」
「私は兄と一緒にビアード公爵領のために生きると決めてます。恐れながら、父の命でなければ従う謂れはありません」
「まさか古語までわかるとは・・。勿体ない。君の婚約者候補は決まっているかい?」
どうして今世は外交官を勧められるんでしょうか。もしかして人手不足ですか…。
「お父様の条件が厳しいのでわかりません」
「条件とは?」
「お父様より強く、婿入りして一緒に兄夫婦を支えてくださる方です。婚期を逃せばうちの騎士達がもらってくれると言うので心配無用ですわ。お時間いただきありがとうございます。」
私は礼をして結界を解除して退室しました。ロキのことはローナの父であるメイ伯爵と相談できればいいんですが・・。マール公爵ならなんとかしてくださるでしょう。
平穏なのに全然うまくいきません。でもマール公爵と面会できたので一歩前進です。初めてのマール公爵との取引が終わり安心した所為か背中のじっとりとした汗に気付きましたわ。久々に嫌な汗をかきましたわ。公爵相手の取引は何度しても慣れません。もっと実力をつけないといけませんね。
読んでいただきありがとうございます。
レティシアはクロードの婚約者時代に外国の内情も頭に叩き込まれています。二度目の人生は15歳から冒険者として生き、相棒の精霊のディーネが情報を集めてくれたおかげもあり、一般には知られていない情報も持っています。ただ裏取りしてない情報ばかりなので信憑性がないので、人に話すつもりはありませんでしたが今回は特別です。やりたいことのためなら手段を選びません。そして、自身の情報を渡してマール公爵かどう判断し利用するかは自己責任と丸投げしています。
未成年には大人の余裕のつもりで優しさを見せますが、大人にはシビアです。
最初の人生の貴族らしい一面が時々顔を出します。




