第十七話 ストーム
エイベルにお願いして遠乗りに付き合ってもらいました。
エイベルがいないとビアード領から出られません。ビアード領は広いので遊び場には困らないんですが、領外に行きたい場所が幾つかあるんです。
その一つのマール公爵領の森に来ています。生前は弱った風の精霊のフウタ様を保護しました。精霊は力がなくなると消えてしまうので、もしまた同じ状況なら保護しないといけません。好奇心旺盛な風の精霊様は力を使いすぎてうっかり消えてしまうことが四精霊の中で一番多いと生前の相棒のディーネに教わりました。
フウタ様と出会った湖を見つけ馬を止めました。
「エイベル、少し歩いても良いですか?」
「ああ」
馬を繋いで散策すると汚れた小さい祠を見つけたので魔法で洗い流します。祠は精霊や神を祀るためのものなので、日頃の感謝をこめて、常に綺麗にするのが望ましい。最初の人生では祠を見つけると、クロード殿下は必ず祈りを捧げました。クロード殿下は私よりも長く祈りを捧げ、祈り終わるとゆっくりと目を開け優しく微笑まれます。誰よりも信心深い殿下の影響でどんな場所でも祠を見つければ祈りを捧げる習慣が身に付きました。
水魔法で汚れの綺麗に落ちた祠に笑みを浮かべ後を振り返ります。
「エイベル、風魔法で乾かしてください」
エイベルは頷いて、暖かい風を起こして祠を乾かしてくれました。暖かい風がふわりと髪を揺らす姿に笑みかこぼれますが、和んでいる場合ではありませんわ。
お掃除を終えたのでお供え物のお菓子を置いて、両手を組んで祈りを捧げます。
フウタ様、生前はお世話になりました。どうかリオ達が幸せでありますように。
「鳥?」
生前の家族を思い浮かべ祈りを捧げていると後ろから聞こえるエイベルの声にゆっくり目を開けると白い鳥が祠の前で眠っていました。やはり今世も遊び過ぎて弱ってしまったんですね。間に合ったことに安堵の息をつき、風の精霊様が擬態している白い鳥にそっと手を触れ、冷たい体を丁寧に抱き上げます。精霊にも相性があるので、魔力を送るのは私より風属性のエイベルが適任です。
「エイベル、この子に魔力を送ってください。」
「ああ」
笑顔で圧力をかけて、エイベルが魔力を送ってもらっています。しばらくすると白い鳥の瞼が持ち上がり、美しい銀の瞳を覗かせます。いつの世も精霊様の瞳は美しく、消える前に間に合ってよかったです。こんなに美しいものが消えるなんて、美への冒涜、許されませんわ。エイベルの視線を感じてうっとりしている場合ではないことに気づき、眉間の皺のあるお顔にニッコリ笑いかけます。
「エイベル、ありがとうございます。」
「助かった」
腕の中から聞き覚えのある高めの幼子のような可愛らしいお声が聞こえたので、やはり風の精霊様です。
「良かったですわ」
「契約する?」
風の精霊様のつぶらな瞳で見つめる姿が可愛いですが契約するなら適任者は私ではありません。
「エイベル、風の精霊様と契約したいですか?」
「説明しろ」
エイベルの眉間の皺が増えて睨まれてます。説明するのは、私の役割ではないので、腕の中の精霊様にお願いしましょう。
「精霊様、説明していただけますか?」
精霊様が私の腕から抜け、翼を羽ばたかせ飛び上がるとふわりと風が起こります。懐かしい気持ちの良い風を感じて笑みがこぼれてしまいます。
「僕は風の精霊。魔力が尽き果てて、祠で休んでたんだ。
誰かが来たら魔力を分けて貰おうかと待ってたんだけど、中々こなくて、もう消えちゃうかなって思ってたら、君の祈りが聞こえたの。
だから最後の力を振り絞って擬態したの。君の魔力は、すごいよ、量も、質も最高級!」
エイベルの魔力も良質なんですね。さすがビアード公爵家ですわ。風の精霊様がはしゃいで飛びまわる様子が可愛いですが契約する前に大事な説明が抜けていることに気付きました。人の理に縛られない精霊様は言葉が足りないのはよくあることです。精霊様に常識を求めてはいけないと、ディーネは話してました。水と地の精霊は人の理に理解を示してくださるありがたい存在だそうです。ディーネとフウタ様以外の精霊は会ったことがないので知りませんが。エイベルには細かい説明は不要なので、大事なことだけ伝えましょう。
「精霊様との契約は一生に一度です。ただ精霊様に出会える機会はそうそう巡ってきません。私が契約したいですが属性的にはエイベルの方がよろしいかと」
「レティシア、悪いものではないのか?」
生前は見ることはありませんでしたが、今世のエイベルの強さを宿す真剣な瞳、まっすぐで揺るぎなく貪欲に強さを求めるエイベルにこそ必要な力だと思いますが、決めるのはエイベルなので余計なことは言わず、必要なことしか言いません。
「ありえません。私が風属性なら迷うことなく契約します。契約したら私の訓練にも精霊様を貸してください。」
にっこり笑いかけしばらくするとエイベルが頷きました。
「俺と結んでくれるか?」
「いいよ。名前を教えて」
「エイベル・ビアード」
「我、風の精霊、エイベル・ビアードと契約を結ばん。エイベル・ビアード、我に名を与えよ」
「ストーム」
「我の名はストーム。生涯そなたに仕えよう。我が主に祝福を」
魔法陣が足元に浮かび上がり、エイベルとストーム様が一瞬だけ神々しい光りに包まれ、光が収まるとエイベルが小さい光に包まれ光って見えますわ。端正な真剣な顔で、輝いて見える姿は絵師を呼びたいほど素敵です。初めてエイベルに一目惚れする令嬢の気持ちがわかりましたわ。確かに性格さえ知らなければ真剣な眼差しとがっしりとした体、堂々たる立ち姿は物語の騎士の用で格好良いですわ。
二度目の人生はリオが契約しました。三度目はエイベルが契約するとは人生何があるかわかりません。私は願わくば会いたい精霊がいるので羨ましくはありません。二度目の人生の私の相棒の水の精霊のディーネは元気かしら・・。
いつの間にかストーム様は見えなくなりました。契約した風の精霊様は主の命令がないと姿を見せてくれません。
「エイベル、私は貴方が命じないとストーム様は見えないし、声も聞こえないのでなんとかしてください」
「ストーム、レティシアの前には姿を見せて声を聞かせてやれ」
鳥姿のストーム様が見えました。
「わかった」
「ストーム様、レティシアと申します。よろしくおねがいします。レティで構いません」
「主」
ストーム様がエイベルを見ています。風の精霊様は主の指示でしか動きません。
「レティと呼んでやれ」
「レティ」
「ありがとうございます。」
ストーム様に魔法を披露していただき、エイベルと一緒に食事をして、軽く魔法で手合わせをすると日が陰り始めたので、馬を目指します。
「レティシア、精霊の知識はどこで」
エイベルなら気にしないと思いましたが甘かったですわ。でも私は魔法の言葉を知っているので慌てません。エイベル用の魔法の言葉を使います。
「本で読みましたわ。ただ隠しておいたほうがいいと思います。世界には精霊に出会えない者のほうが多いそうです。私はお兄様以外にストーム様のことを話したりはしません。お父様や王家にも言うべきではありません。精霊は気まぐれです。私達が精霊様を求めることはあってはいけません。精霊様に気に入られ好意に甘えさせていただける幸運な者だけが知ればいいんです。」
考え込んでいたエイベルが頷きました。エイベルは単純なので、ありがたいですわ。生前のリオならどの本かと確認を取ります。
「そうだな」
「きっと授業で習わない魔法の使い方を教えていただけますわ。また強くなれますね」
「まだまだ父上には勝てないからな」
「私もいずれお兄様に勝てるように頑張ります」
「勝ちは譲らない」
パチンとウインクすると呆れた顔を向けられましたがいつもの顔に戻りました。
心意気は大事ですわ。もしかしたら一度くらいは勝てるかもしれません。人生は何があるかわかりませんもの。
私は楽しい気分でエイベルとビアード公爵邸に帰ると目の前の光景に唖然とし、一気に楽しい気分が霧散しました。
リアナとロキが睨み合ってます。
「子供なのに生意気よ」
「俺は間違ってない。お嬢様の侍女にはなれない」
「ルリは侍女にしてくれるって」
「お嬢様を第一に考えないものがなれない。泣いて嫌なことから逃げるやつならまだナギのほうが役にたつ」
思わずエイベルの腕を掴み、見つめ合ってお互いにため息をつきました。
ロキは幼いのに真面目で努力家で、執事長をはじめ使用人達にも評価され、リアナはあまり使用人達には好かれてません。
「何事だ」
「ルリ、ロキが」
「申しわけありませんでした」
エイベルの声に礼をするロキと近寄ってくるリアナに頭を抱えたくなりました。
ビアード公爵家嫡男のエイベルの声を無視したリアナの行動は侍女としては許されず失格です。ここがルーン公爵家なら厳しい叱責のあとに暇を出すでしょう。
「エイベル、ロキを任せるわ。リアナ、お茶に付き合ってください。マナ、用意が出来たら二人で私の部屋に」
「かしこまりました。」
マナがリアナの手を引いてお茶の用意にいきました。不満そうなリアナを無理矢理連れ去る行動を咎めたりはしません。
落ち込んでいる顔をしているロキに近づき、視線を合わせて頭を撫でます。
「怒ってないわ。私のために怒ってくれてありがとうございます。ロキ、ただもう少し優しい言葉を覚えて欲しいわ。明日のお茶はロキに任せてもいい?」
「お嬢様」
元気のない声の暗い顔をするロキに優しく微笑みかけます。
「内緒にしてね。私はロキとマナのお茶が一番好きなんです。明日のお茶とお菓子を楽しみにしてるわ。」
暗い顔をしたロキが嬉しそうに笑いほっとして、釣られて笑ってしまいました。ビアードでは貴族の顔をしなくても許されるので、気にしません。
「はい」
「今日は貴方のお茶はお兄様に譲ります。」
「ロキ」
エイベルに呼ばれて、ロキが一礼して離れていきました。リアナとの差は歴然ですわ。私は自室に戻りしばらくするとリアナとマナが入室してきました。
リアナとマナにも椅子をすすめ、お茶を口に含むとマナが淹れたのがわかりました。
不満そうな顔のリアナに話さないといけません。
「リアナ、ハク様に会うためのもう一つの方法を聞いてください。平民として編入試験に受かれば、ステイ学園に通うことができます。ビアード領には学費を貸す制度もあります。貴方自身が頑張るのなら、貴方の力でハク様を探せます。あの時はこの方法を思いつかなくてごめんなさい」
「ルリの侍女としては?」
顔をしかめて、さらに不満そうな声を出すリアナに首を横に振ります。
「貴族の世界は物凄く厳しいんです。ビアード公爵令嬢の侍女として連れて行くのなら、マナに合格を貰うのは最低条件です。本音は違ってもビアード公爵家への忠誠第一に動くように見せないといけません。この短期間で身に付けることは難しいと思います。」
生前のルーンの使用人達と比べて緩いビアードの使用人を甘くみていたことは反省します。緩くてもビアードの使用人達の忠誠心はルーンの使用人達と変わりません。決意もなく簡単になれるものではありませんでした。私もマナの報告をリアナに聞いて侍女は厳しいかと思いましたがエイベルに咎められ、謝罪できなかったのは致命的でした。エイベルの言葉を聞かずに私に助けを求めようとしたことも。ビアードで優先すべきは私ではなく嫡男のエイベルです。
リアナに不満そうに睨まれますがビアード公爵令嬢としては譲れません。
「貴方はビアード領民です。この環境が辛いなら孤児院でお勉強ができる手配を整えます。自分のために人を動かすのではない、人とのかかわり方を学んでほしいんです。」
リアナの顔はかわらず、不満そうに睨まれてます。
「ハクに会えるの?」
「貴方次第です。貴方がビアード領のリアナとして学園に通うなら多少の手助けはできます」
マナが強く唇をかみ、目元がつり上がってます。ここまで不満を顔で主張するマナは珍しいです。
「マナ、どうぞ」
「お嬢様と坊ちゃんはビアード領のために必死で励んでおります。それなのに、貴方はお嬢様に甘えるばかりです。貴方の希望を叶える方法は自分で考えるべきです。ご友人同士でも礼儀があります。お嬢様を自分の意のままに動かそうなんて私は許しません」
マナが私達を大事に思っていることはわかっています。怒っていたのは私のため。
「マナ、相手は子供ですよ。リアナ、孤児院でも学園の試験に合格するための勉強は教えています。私も少し急ぎすぎました。時々、お勉強を見にいくので、侍女はお休みしませんか?それに侍女よりも生徒のほうがハク様ともお話しやすいですわ」
「ハクと話せるなら・・」
リアナの顔が穏やかになり静かに頷きました。
「私は貴方のことを応援してます。マナ、手配をお願いします」
マナが静かに頷いて退室していきました。
「リアナ、貴方にとって好きな物が増えることを願ってますわ。ルメラ領に帰りたくなったらいつでも教えてください」
リアナが退室していきました。中々うまくいきません。孤児院で協調性を学んでいただけると良いんですが・・・。
翌日からはリアナの孤児院での生活が始まりました。
公爵家の侍女って大変な仕事なんですね。自分の見識の甘さを反省しました。マナにはリアナの件で嫌な思いをさせたことを謝罪すると逆に慰められてしまいました。マナにとって恥じない主になれるように頑張りましょう。




