兄の苦労日記9
別名:第二王子とビアード兄妹
妹は倒れることなく学園生活を送っている。レート嬢は覚えが早いと妹を褒めている。うちの妹は書類仕事が得意とは知らなかった。手のかからない妹をマールが残念そうに眺めている。出来が悪くてもマールに任せるつもりはないので自分の指導するカーチスに集中してほしい。妹のためを思うなら近づかないでほしい。頼まれないと動かないマールが妹を気にするのは邪な気があるとしか思えない。マールは面倒見がよくない。殿下の命令も断るマールがカーチスの指導を受けたのさえ意外だ。
「お嬢様が倒れました。」
妹が倒れた時は報告を命じている。自己管理ができるようになったと感心するのは早かった。マナが耳下で囁いた言葉に慌てて保健室に駆けこむ。迷惑をかけたのはマールよりも厄介な相手だった。
「レオ様、兄のエイベルです」
第二王子のレオ殿下に保健室まで運ばれた妹は能天気な顔で殿下に俺を紹介する。
「殿下、申しわけありません。妹が」
「お兄様、謝罪と感謝は私がしっかりしてレオ様にお許しをいただきましたわ。兄として感謝したいのなら、お兄様のお部屋でレオ様にお茶を振舞わせてください」
頭を下げた俺は妹の能天気な言葉に顔をあげた。気づいたら自分の部屋にレオ殿下と向かい合わせで座っていた。
レオ殿下とはほとんど面識がなく、公式の挨拶以外で話したことはない。この状況がわからない。
「レオ様、兄のエイベルはレオ様より1つ年上です。趣味は訓練で得意なことは馬術です。苦手なものは甘い物と押しが強いご令嬢です。」
お茶を出しながら、気安い態度でレオ殿下に話しかける妹の頭を叩く。いつもの母上を感心させる礼儀作法はどこにおいてきた!!勝手に人の苦手を話すな。しかも恐れ多くも王子に!!
「不敬だ」
「レオ様はそんなに心の狭い方ではありません。」
毒味をしたお茶とお菓子を差し出す様子は自然だった。ただレオ殿下への態度が軽すぎる。レオ殿下は気難しく問題児と噂がある人物である。
「エイベル、毒味です。不敬なことはしてません。王宮に行かなくても、毒味の作法は覚えてますわ。レオ様、何も知らない兄で申しわけありません」
呆きれた視線を向ける妹に頭を抱えたい。毒味ではなく、態度に不満があるんだよ。
「いや、構わない。いただくよ」
「レオ様、話し相手が欲しければいつでもここにいらしてください」
お茶を飲むレオ殿下に不敬極まりない妹の相手はあとにする。説教している場合ではない。
「殿下、嫌なら断ってください。図々しい妹ですみません。」
「俺と関わる覚悟はあるのか?」
「平等な学園ですから。ビアード公爵家の力目当てならお断りいたします。私やエイベル個人としてのお付き合いでしたら歓迎いたします。」
妹は俺の意思を聞く気はないらしい。問いかけられたの俺なのに、お付き合いの枠に俺の名前も当然のように勝手に入っている。でも二人で関わらせるよりはいいのか・・?
「変な奴」
「申しわけありません。私の兄が変なのはどうにもなりません」
笑っているレオ殿下に妹が見当違いなことを言い出した。変なのお前だから。いい加減にしろよ。
謎のお茶会が終わり、殿下と別れ説教しながら澄まし顔の妹を寮に送るが、全部聞き流されている。
「エイベル、殿下は大丈夫です。礼儀正しさよりも人との温もりを大事にされる方です。新しいお友達として付き合いましょう」
その自信はどこからくるんだよ!!一度決めたら頑固な妹は譲らないよな。
「よく考えて行動しろよ」
「お任せくださいお兄様」
妹の勝ち気な笑みに全然信用できない。俺の不安など気付かないフリをして上機嫌に手を振って寮に入っていく。いくつになっても手のかかる妹にため息がこぼれた。
***
武術の授業でエメル先生から手合わせの評価を聞いていた。
「ビアードは兄妹で優秀だな。妹も鬼ごっこで逃げ切り、鬼をやらせたら歴代3位の記録を出したよ」
武術の授業を選択したのは知らなかった。
「先生、妹は武術の授業を選択したんですか?」
「知らなかったのか。グレイとカーソンと開放日には訓練室に通ってるよ。熱心に励んでいるよ」
ステラもか…。一言相談する気はなかったのか。
「ありがとうございます」
友人に肩を叩かれた。
「エイベル、知らなかったのか?」
「ああ。」
「怒るなよ。レティシアなりにお前の役に立ちたいって一生懸命だから。忙しいお前を気遣って何も言わないんだろうが」
問題を起こさないならいいか。問い詰めるのはやめるか。武術の授業ならフィルがいるから平気だよな。選択授業まで俺が干渉するのはおかしいか。
放課後は部屋に行くと妹が椅子に座ってお茶を飲んでいた。
「エイベル、風の魔石をください」
妹は魔石を欲しがるので、よく渡していた。つい最近渡したばかりだが・・。
「もう足りないのか?」
「ステラに魔石と魔法陣の魔法を教えているんです。水よりも風のほうが初心者向けです。」
ステラは無属性だから魔力に関係ない魔法陣の魔法を教えるのか。
妹は魔法陣の勉強にはまっている。魔法陣の改良もできるらしい。妹から魔法陣がまとめてあるノートをもらっている。独学で勉強して有力な情報があるといつも勝ち気な笑みを浮かべて伝えにくる。魔法については俺よりも妹のほうが詳しいだろう。
妹にいくつか魔石を作り渡すと、嬉しそうに笑う。
「後は土の魔石が欲しいです」
「あげようか?」
「レオ様?」
レオ様が突然訪問するのも慣れた。妹の勘は正しかった。気安い態度を好まれる。妹が期待する目でレオ様を見ている。
「遠慮を覚えろ!!」
「エイベル、いいよ。俺もレティシアの魔石に助けられてる。純度と大きさは?」
レティシアが目を輝かせてレオ様に注文をつけている。こうなったら止まらないか。
「ありがとうございます。」
「何に使うんだ?」
「魔法陣に。レオ様、お友達にこの魔石を譲ってもいいですか?」
「好きにしていい。魔力なら有り余ってるからいくらでもやるよ」
「素敵です。ありがとうございます」
いつの間にか二人は魔法陣の話で盛り上がっている。レオ様と妹は気が合うようだ。楽しそうならいいか。この二人と付き合う時は深く考えても仕方がない。二人の話は内容が難しすぎて俺には理解できない。
***
最近妹はレオ様と一緒に俺の部屋で料理をしている。和気あいあいと料理をする姿は楽しそうだ。ただ王家と関わるのを妹は嫌がっているのに大丈夫なのか。
「王家と関わる気はありません。レオ様とは友人としてお付き合いしているだけです。レオ様は深い事情を抱えておいでです。聞く気はありませんが、学園では気が抜けてもいいのかなって。クロード殿下の周りには人がたくさんいます。一人は寂しいです。」
「お人好しが」
「私は頼りになる兄を持って幸せです」
妹は本気でレオ様の友達になるらしい。もうすでに友達か。もしレオ様の婚約者に選ばれたらどうするんだろうか・・。
俺の書類仕事をしている妹を見るとものすごい速さでペンが動いている。
妹が入学してからは俺の学園生活は前より楽になり訓練できる自由な時間も増えた。
うちのために一生懸命な妹には幸せになって欲しいと思う。
「レティシア、婿入り希望で有能でお前の気に入る奴ができれば連れて来いよ」
「ビアード公爵家として必要な方を選んでください。私はお父様達の命令に従います。婚約者が出来ても、時々で良いので私と遊んでくださいね。お兄様」
妹は見当違いなことを言い出した。俺は恋など興味がない。
家として必要な妻を迎え入れられればいい。ただ妹とうまくやれる人物だと尚更いいとは思うけど。妹と上手くやれない者をうちの騎士達が認めないかもしれないが・・・。そしたら妹が動くか。俺よりも両親に溺愛されている妹の婿取りのほうが大変かもしれない。




