兄の苦労日記8
しばらく両親が留守なため妹の様子を見るために久しぶりにビアード公爵邸に帰ってきた。
庭にいる妹の顔を見に行くと勉強道具を広げている。
「フィル、そこ違いますわ。」
「レティシア、合格圏内だと思うけど」
「油断はいけません」
偉そうな妹がずっとフィルに勉強を教えていた。来月は妹達はステイ学園の入学試験を控えている。
「レティシア、自分の勉強はいいのか?」
「おかえりなさい。試験に落ちることはありません。できれば3組に入りたいんですが、さじ加減が」
笑顔でバカなことを言う妹の頭を叩いた。
「公爵令嬢が1組以外認められるか」
「私は目立たず平穏な学園生活を」
「公爵令嬢が1組以外なら悪目立ちで前代未聞だ。ビアードの恥だ」
「フィル、変更します。1組を目指しますわ。」
「わかったよ。ステラにも伝えてやれよ。同じクラスを目指すって言ってたよ。無駄になったな」
「1組なら簡単ですわ」
こいつらは3組を目指していたのか!?まぁ真面目に勉強を始めたからいいか。
せっかくだから付き合ってやるか。妹達に混ざって課題を広げた。
「エイベル、違ってますよ」
人のノートを覗き込み、解説しはじめた妹に驚いた。
「どこまで予習してるんだ?」
「2年生までですかね・・・。嗜み程度ですわ」
曖昧に笑う妹に苦笑した。
これなら試験は余裕そうだな。
試験は無事に合格し3年生になり妹が入学する日を迎えた。
新入生を迎える前日に生徒会役員が全員集められていた。毎年恒例の新入生の役員選出である。定例なら入学試験1位のセリア・シオンと2位のクラム・カーチスが選出される。ただセリア・シオンは昇級して6年に編入した。1年生から2人を選出しなければならなかった。
「定例通りでクラム・カーチスは決まりであと一人か」
うちの妹は3位だったが王家の行事を全て欠席しているため生徒会長であるクロード殿下の評価は低い。
「殿下、3位のレティシア・ビアードでよろしいのでは?」
カトリーヌ・レート嬢の声に視線が集まった。
「生徒会役員は生徒の模範にならないといけない。」
「俺も賛成します」
マールがうさんくさい笑顔で余計なことを言いやがった。
妹は目立つことが嫌いで、クロード殿下と関わりたくないので生徒会役員は絶対に嫌がるから選考落ちしてほしい。まさかあいつが3位とは思わなかったよ・・・。結果を知れば両親は喜ぶだろう。試験の後にたぶん1組には入れるから大丈夫と笑っていたけど、余裕だったようだ。
「殿下、うちの妹は体が弱くお役に立てません」
「俺がフォローしますよ。倒れた時は彼女の仕事を引き受けます」
マールに頼るなら俺がやるけど邪魔しないでほしい。
「ビアード公爵令嬢を押す理由は?」
「彼女の一番の友人は無属性の伯爵令嬢です。派閥内での評判もよく品行方正、差別意識もなく、平等の学園の精神に相応しいと思います」
なんで妹のことに詳しいんだ。
あいつはマールが苦手だから、関わることはない。社交もマール公爵家は避けている。母上は妹の選り好みを了承している。ビアードに必要な社交はしっかりこなしているから問題ないらしい。ステラと妹が親しいのも有名ではない。派閥も家格も違うから公的にはほとんど顔を合わせない。まさか調べているのか・・?
「カトリーヌは?」
「レティシアは下位貴族へのフォローが上手く、令嬢達にも慕われてます。彼女に惹かれてビアード家門入団者が増えてます。殿下、彼女はバドマ令嬢とも親しくしてますのよ」
妹は派閥に関係なく親交を深めている。他派閥の令嬢と仲良くなりたいから協力しろとお茶会に付き合わされた。隣に座って、妹の言葉に頷き合図されたら笑うだけでいいと言われ連れ回された。
全部妹が代弁して話していたが十分な成果が得られたと感謝された。
母上が妹の味方についたから断れなかった。母上達によるお茶会の作法の指導が厳しく父上の指導のほうがよっぽど優しかった・・・。
現実逃避している場合ではなかった。
クロード殿下の興味を引いてしまった。
「カトリーヌと犬猿の?」
「はい。あの子は殿下のお役にたちます。私が面倒をみても構いません」
「カトリーヌがそこまで評価するのは珍しいな。大事な行事を欠席されては困る。エイベル、どうなんだ?」
レート嬢は殿下の信頼を得ている。
倒れないとは言えない。
「学園生活に支障はないと思います」
「殿下、彼女の推薦者として不足は俺が対処します。俺が全面的に指導しても構いません。」
マールはどうしても妹を役員にしたいらしい。マールに預けられたら妹は嫌がるのが目に見えている。ただでさえ少ない食事の量がさらに減るだろう・・・。
「エイベル、兄としてではなくビアード公爵嫡男としての評価を」
殿下は妹を役員にする意見を取り入れようとしている。クロード殿下の探るような静かな視線に正直に答えるしかない。
「ビアード公爵令嬢としてふさわしい教養は身についています。」
「彼女を知っているもので反対意見のある者は挙手を」
挙手しているのは俺だけだった。
そういえば妹の社交は評判が良いと母上が誇らしげに言っていた…。
「候補はクラム・カーチスとレティシア・ビアードにする」
次の議題に移った。妹の望む目立たない平穏な生活は難しいらしい。
昼休みに妹に生徒会役員の話を伝えると嫌な顔をした。
呼び出しの時は迎えに来てほしいと頼まれたので引き受けることにした。クラスメイトに妹の友人のステラとフィルがいるのはありがたい。
手のかかる妹に付き合ってくれる二人には感謝している。
二人なら妹を慰めてくれるだろう。
***
妹とクラム・カーチスの呼び出しの迎えを引き受けた時にマールに不服そうに見られたけど気にしない。妹に近づくのはやめてほしい。
妹はクロード殿下からの生徒会役員への誘いを社交用の顔で聞いていた。
「ご命令でないなら、辞退させてください」
「ビアード嬢を是非という声が・・。」
「お兄様のお手伝いでしたら、妹として」
「君を推薦したのは、リオとカトリーヌだ。」
妹が一瞬だけ驚いた顔をした。まさか二人に指名されるとは思わないよな。無理かもしれないが援護することにした。
「殿下、妹は体が弱いので、有事の際に役に立たないと・・」
「二人からはそれでも欲しいと言われている。私は面識がないが二人が押すなら是非迎えいれたい」
殿下の言葉に妹は何度か瞬きをして、諦めたときに見せる笑みを浮かべた。
「かしこまりました。精一杯務めさせていただきます」
「レティシア、大丈夫なのか?」
殿下に向けた顔が俺に向いたら弱った顔をしていた。相当嫌なようだ・・・。穏やかな顔を作って殿下に向き直った。
「できればお兄様のお傍にいたいですが、私は殿下の護衛としては役不足です。カトリーヌ様に師事させていただきたいです」
「リオが責任もって面倒みるって言ってるけど」
殿下が爆弾を落とした。
「お気遣い不要です。マール様のお手を煩わせるならエイベルの睡眠時間を削ってでもお願いしますわ」
マールの世話になるなら指導はいらないと言っている。クロード殿下の言葉を笑顔で否定するのはやめろ。妹の無礼は気にせず殿下はマールに視線を向けた。
「リオが女性に嫌われるのは珍しいな。よろしく頼むよ。カーチスはどうする?」
「俺も精一杯務めさせていただきます」
無事に二人の了承を得たので殿下が特別室の鍵を差し出した。弱った妹のために案内役は引き受けた。マールに睨まれたけど気にしない。案内した部屋の設備に妹は頬を膨らませていた。特別室の作りや設備は多種多様だ。部屋は上級生から下級生に譲られる。1年生の役員は譲られない限りは一番簡素な作りの部屋になる。俺は設備の整った部屋を譲り受けた妹のためにキッチン設備のある部屋を選んだ。複製した鍵を渡して頭を撫でてやると満面の笑みを浮かべた。元気が出たならいいか。俺の部屋が妹に私物化されるのはいつものことだし。部屋を整えはじめた妹は放っておいて、腹を抱えて笑うカーチスの部屋を案内することにした。
「すみません」
妹のはしゃぐ様子への笑いが止まったようだ。妹の外面に騙されている奴は素を見るといつも驚く。
「気にするな」
案内を終えて生徒会室に戻った。
「エイベル、御苦労だった」
「いえ、妹が無礼をすみません」
「あの程度ならいい。」
クロード殿下の笑みに嫌な予感しかしなかった。
「レート嬢、妹をよろしくお願いします」
「責任持って預かるわ。マール様には申しわけないけど、本人の希望だもの。」
「何かあれば叱りますので、遠慮なく」
「私はレティシアが叱られる場面は想像がつかないけど。まさかあの子に苦手な相手がいるなんて思わなかったわ」
楽しそうなレート嬢はマールで遊びたいんだろう。
マールはいい加減に妹を諦めてほしい。
「妹はレート嬢の顔に泥をぬらないように努力するそうです。」
「私だけ?」
「はい。」
妹の話題に耳を傾けているマールは明らかに避けられてるんだから、取り巻きは別をあたってほしい。
妹が願う目立たない平穏な生活を送れる気が全くしなかった。




