第六話 社交
社交デビューが無事に終わりました。翌日からはお茶会の招待状がたくさん届きました。残念ながらルメラ男爵家からの招待状はありませんでした。ビアードに必要な茶会がわからないのでビアード公爵夫人に相談しました。
「お母様、どのお茶会に参加すればいいでしょうか」
「最初は下位からでいいわ。上位貴族の探り合いはまだいいわ。」
何枚かの招待状を渡されたので、この中から選べばいいんですね。
ビアード公爵夫人が優しいです。生前は最初から王家や上位貴族の貴婦人ばかりのお茶会に参加していました。
「わかりました。お母様、グレイ伯爵令嬢とお友達になりました。今度、お招きしても良ろしいですか?」
「グレイ伯爵令嬢って・・」
ビアード公爵夫人が咎める視線をむけました。心配している理由はわかります。
「お母様、私は情報を流したりしません。心配でしたらうちの派閥にいれましょう。」
「様子をみましょう。グレイ伯爵家程度ならどうとでもなるわ」
ビアード公爵夫人にじっと見つめられ探られてます。
敵対派閥の令嬢を初めての友達に選んだことをまずいのはわかってますわ。生前の親友のセリア・シオン伯爵令嬢は見つかりませんでした。きっと社交嫌いのセリアは挨拶が終わってすぐに帰りましたわ。家の利はありませんが、ステラが無属性のことで傷つけられるのは嫌だったんです。会場で一人ぼっちだったステラを見て、寂しくないように一緒にいたいと思ったんです。私がステラが好きで一緒にいたいのが一番の理由ですが。
「わかってます。ステラとはお友達です。ただ家の害になるなら、切り捨てます」
「わかっているならいいわ。」
ステラを切り捨てるつもりはありません。そうなる前に必要ならグレイ伯爵家を掌握します。私も嗜み程度に謀はできます。
ビアード公爵夫人のお許しが出たのでステラにお手紙を書き、招待状への返事も書き終わりました。ルメラ男爵家に繋がるまで頑張りましょう。
***
伯爵家のお茶会に来ています。私は下位貴族のお茶会は初めて参加しました。質の悪さに驚きましたわ。お茶やお菓子ではなく、気配りや会話の内容に息を飲みました。
直接的な下世話な言葉が飛び交っています。流暢な美しい言葉で翻弄し探り合ってこそ貴族ですのに・・。これが上位貴族と下位貴族の違いなんでしょうか。
「ビアード様にお会いできるなんて光栄ですわ」
「本当に。公爵家の方に満足したおもてなしができるかしら」
それは思っていても言わないでください。困惑した表情をするなら招待状を送らないでください。笑顔で流します。
「そういえば、ビアード様は体が弱いんですって?」
上位貴族のお茶会ではあからさまな非難の目を向けられません。
「お恥ずかしながら、兄のように丈夫ではございません。」
弱弱しく微笑みながら答えます。弱くはないですがエイベルほど丈夫ではありません。
「まぁまぁお可哀想に」
ずっと領地に籠っていた私の情報は少ないです。王都から離れたターナー伯爵家に令嬢が訪ねることはありません。きっと私の情報を引き出し、噂のネタにしたいんでしょう。そんなことさせません。笑みを浮かべます。
「お恥ずかしながら私は社交に疎いもので、皆様のことを教えてくださいませんか」
「ビアード公爵令嬢の頼みでしたら」
お家自慢がはじまりました。相槌を打ちながら、聞き流します。貴族は家の自慢が大好きです。あとは終わるのを待つだけです。無事に終わって、自室に帰った私はベットに倒れこみました。上位貴族の相手をするほうが楽な気がしてきましたわ。私は生前も社交はこなしてきましたので、上位貴族にのまれるようなことはありません。
えらそうなことを言いましたわ。ただどんなに社交の経験を積んでも上位貴族の中には、敵わない方々もいます。私は派閥に関係ない大きいお茶会と武門貴族のお茶会に積極的に参加することにしました。曲者揃いの同派閥のお茶会には参加するつもりはありません。
***
私はなぜかお父様の命令でマール公爵家の夜会に参加しております。エイベルがエスコートのために同行してくれました。マール公爵家は私では敵わない社交の天才達が集まっております・・。怖気づいてはいけません。せっかくなのでビアード公爵家に役にたちそうな伝手でも探しましょう。
生前はマール公爵家の皆様には可愛がっていただきました。お母様のローゼ・ルーンのお説教から何度も救っていただきました。マール公爵夫人のローズ・マール様はルーン公爵夫人のお姉様です。私にとって頼りになる心優しい伯母様でした。
懐かしいマール公爵夫妻にご挨拶すると探られるように見られています。マール公爵家次男のレイヤ様とリオも参加してます。
挨拶は終えたので、令嬢の熱い視線を受けるエイベルはダンスに送り出しました。
これで壁の花になれますわ。
「美しいご令嬢、よければ1曲」
足を止めて手を差し出す異国の令息に微笑みかけ手を取り踊ります。
「美しい、ダンスも軽やかだ」
「ありがとうございます。貴方のおかげですわ」
褒め言葉を笑顔で躱しながら踊ります。文化の違いか異国の方の社交辞令の褒め言葉の嵐が凄いんです・・。社交辞令を本気にするほど、子供ではありません。
踊り終えたので礼をして離れました。
「ビアード嬢、私とも一曲」
マール公爵にダンスを申し込まれるのは驚きましたが、笑みを浮かべて頷きます。身長差をものともせずにリードしてくださる姿がさすが伯父様ですわ。
「ビアード嬢はダンスもうまいのか」
「お兄様と一生懸命練習しました。足を踏むと怒られるので必死で覚えましたわ」
『その年齢で中々の腕前だよ』
『マール公爵にお褒めいただけたと兄に自慢しましょう』
『家の息子が世話をかけたね』
『とんでもありません。こちらこそ兄共々お世話になりましたわ』
「時に、ビアード嬢、異国語はいくつ話せるかい?」
「はい?」
「流暢な海の皇国語を話せるようだが・・」
うっかりしてました。私は海の皇国語で会話してましわ。いつから言葉が変わったんでしょうか・・。生前の勉強のおかげで異国語は得意です。先ほどの方との会話も聞かれてるとすると・・。
「二か国語です。」
はじめて伯父様の笑顔が怖いと思いました。ビアード公爵令嬢が異国語に詳しいなんておかしいですよね・・。まさか異国語で話しかけられてたなんて気づきませんでした。
「そうか・・。今度、是非ゆっくり話したい。今日は息子に譲ろう」
リオに差し出される手を礼をして重ねます。私は関わる気はありませんのにこの状況では断れません。
「君には驚かされるよ」
小さく微笑んで首を傾げます。時々、会話の中に異国語を挟んでくるので、首を傾げてごまかします。勘弁してください。どうして覚えているか聞かれたら困ります。
リオとのダンスに目を丸くしそうになりました。
リオはダンスが下手でした。貴族としては十分ですが、私の知ってる、この思考が駄目です!!姿形は同じでも別人です。ダンスをおえて礼をして離れます。
またダンスを申し込まれたので違う方の手を取り踊ります。私はダンスは得意なので考え事しながらも簡単ですわ。
さすがに踊り疲れたので、壁の花を目指すことにしました。足を止めると笑みを浮かべるリオにグラスを差しだされました。断れないのでお礼を言って受け取ります。
「ビアード嬢、外交官に興味ない?」
「ありません」
「たくみな異国語を話せるのに?」
「嗜み程度ですわ。私はお兄様のお役にたてるように覚えただけです。」
「そうか・・。」
探られるように見られてます。
この顔は生前に覚えがありすぎて戸惑います。目の端にチョコケーキを見つけたので、チョコケーキを取って笑顔で圧力をかけて差し出します。リオはチョコを食べてる間は大人しいはずです。視線が外れたのでほっとしました。
なんと蜂蜜菓子がありました。移動して蜂蜜ケーキを手に取りました。口に運ぶとほのかな甘みがたまりません。まさか蜂蜜に出会えるとは思えませんでした。蜂蜜は高価で希少なものなので、中々口に出来ません。
「好きなの?」
掛けられる声に我に返りました。
「失礼しました」
リオに視線を向けられており、社交用の顔を慌てて作りました。リオの存在を忘れてましたわ。
「抜け出さないか?」
「いえ、許されません」
残念そうな顔で見られています。夜会を抜け出すなどありえませんわ。お皿の上のケーキを食べ終えて逃げましょう。視線をお菓子に戻し急いで口に運びます。
「シア」
お皿を置くと慣れ親しんだ呼び名が聞こえて頭が真っ白になりました。ゆっくりと顔をあげ声の主の顔を見ます。
向けられる探るような視線は私のリオではありません。目の前のリオに愛称で呼ばれた理由がわかりません。私がシアと呼ばれたいのは一人だけです。令嬢モードの笑みを浮かべます。
「やめてください。」
「ごめん。」
「失礼します」
リオに視線を向けずに礼をしてエイベルを探します。懐かしい呼び名に胸が痛みます。エイベルを見つけたので腕に抱きつきました。ご令嬢の視線は痛くても、リオと一緒にいたくありません。いつになったら別人を受け入れられるんでしょうか。同じ声で私のリオと同じ呼び名は聞きたくありません。シアは私のリオ以外には絶対に呼ばれたくありません。
今世のリオとは色んな意味で関わりたくありませんわ。気分が晴れないのでエイベルをからかって遊びながら夜会が終わるのを待ちましょう。今回の夜会に参加する意味が全くわかりませんわ。
***
苦行のマール公爵邸の夜会も終わりうちに帰りました。
さてもう一つ苦行があります。
明日は王家のお茶会があります。目の前に調合した弱い毒薬を見ながら悩みます。これを飲めば明日の朝には腹痛と吐き気に襲われます。
やはり思い切りが大事ですよね。
ほろ苦い薬を飲み込み、日記を書き上げ眠りにつきました。
翌朝は予定通り腹痛と吐き気に襲われました。
食事は断り、水分だけ摂ってます。
医務官に診察され療養の指示が出たので王家のお茶会は晴れて欠席になりました。
なぜかエイベルに睨まれてます。
「お前、」
「お兄様、気分が悪いので後にしてください」
「そんなに嫌なのか・・」
「なんのことだか存じません」
布団を被って眠ったフリをしましょう。事実を知られればお説教される自覚はあります。
それでも王家は怖いんです。私はクロード殿下やアリア様のいらっしゃるお茶会なんて出席したくありません。関わらないことが一番なんです。
しばらくするとエイベルが扉の方に歩き出しました。学園に戻るのでしょう。
「行ってらっしゃいませ」
エイベルが部屋から出て行き、人の気配がなくなったのでベッドから起き上がり日記を取り出し読み返しました。
そういえばエイベルに王都に遊びに連れて行ってもらう約束がいまだに叶っておりません。ロキ達が心配なんですが私はビアード領を抜け出すことは許されません・・。
そして幼いうちに人気のない婚約者探しは無理でした。
ビアード公爵に勝てる方に見当もつきません。試しにフィルに求婚したらフラれましたわ。
嫁に来るならいいけどと笑われながら慰められました。
全然うまくいきません。もう婚約はビアード公爵夫妻にお任せしますわ。夫妻の命令ならどんな相手でも耐えられますわ。ただ成人までは私の婚約者は決める予定はないそうです。
婚約者作戦は諦めます。徹底的に人気のある殿方を避けるしかありません。
全然うまくいきませんわ。優秀な参謀のいないやり直しに不安しかありません。
リオ兄様、夢でもいいから会いに来てください。
日記を閉じて、ベッドに入りリオとの懐かしい思い出を浮かべてふて寝しましょう。
生前でクロードの婚約者時代は他国の王族や貴族を接待し外交に周り、二度目の人生は冒険者として世界を渡り歩いたレティシアは異国語が得意です。体に染み付いているのでフラン王国を訪問する友好国の異国人とは無意識でも話せます。
ダンスは生前の生家のルーン公爵家の求めるレベルが高かったので評価が厳しいです。リオは同世代の中ではダンスは上手いです。ただ生前は3歳からダンスの特訓をしてきたレティシアや、従妹に負けないために技術を磨いたリオに比べると明らかに技術が劣ってしまいます。
最初の人生では社交デビューでクロードと踊るのが決まっていたため、クロードと背丈が同じリオを相手に厳しいダンスの特訓をさらに受けたためダンスの腕は二人が同世代の中飛び抜けていました。
今世のリオは下手と評価されてもレティシアが顔に出さないので気づくことはありません。
読んでいただきありがとうございました。