第五十七話 前編 他国の留学生
隣国のラル王国から留学生が来ています。
二週間滞在しフラン王国の文化を学ぶ予定です。
ラル王国第二王女のエリザベス・ラル様、第三王女のシャルロッテ・ラル様、ラズ侯爵家のルイーザ・ラズ様とグルト・ラズ様です。
私と同じクラスにはグルト・ラズ様がいますが接待役はカーチス様なので私は関係ありません。
武門公爵家の令嬢は接待から外されるから気楽でいいですわ。
ルイーザ・ラズ様の接待役のアリス様にラル王国語を教えるように頼まれ指導しました。
聡明なアリス様はすぐに覚えたので、きっと今頃接待を頑張っているでしょう。
グルト様は容姿端麗なため令嬢達が見惚れてます。できればあまり親しくはなりたくありません。
「ビアード公爵令嬢はどなたですか!?」
大きな声で教室に飛び込んできたのはグルト様の妹君のルイーザ・ラズ侯爵令嬢です。淑女の行動ではありませんが他国の令嬢には注意はしません。
すでに自己紹介も挨拶もしましたが忘れられてるんでしょうか・・・。
「ラズ侯爵令嬢、お呼びでしょうか」
「貴方が・・・」
じっと見られてますが、嫌な予感がします。
2回目ですが自己紹介をしたほうがいいでしょうか…。
「確かに顔立ちは整ってる・・・。マール公爵家に認められたのは貴方ですか!?」
自己紹介はいらないようですわ。勢いが良すぎて体が後退ります。
「違います」
「リオ様の婚約者候補ですよね!?」
「違います」
「私を認めてくれますか!?」
言葉が通じてるんでしょうか。
何を認めてほしいかわかりませんが私にはリオのことで認める権利はありません。
ラル王国語で話すべきですか・・?でも流暢なフラン王国語で言葉は返ってきています。
「ビアード公爵家はマール公爵家とは同派閥なだけで、婚約に口出しすることはありません。私が見極めるのは兄の恋人だけですわ。私個人としてもマール様とは同じ生徒会役員というだけで、私的な関係は一切ありません」
クラスメイトの視線が突き刺さってますが、なんででしょうか・・・。
特にカーチス様の視線が痛いです。フィルだけが笑ってステラが心配そうに見ています。
「ルイーザ、困らせるなよ。リオと彼女は関係ない」
「マール様はビアード公爵令嬢に夢中って」
留学して2日でどうして勘違いしてるんでしょうか。
呆れた顔を見せないように穏やかな笑みを浮かべます。
「勘違いですよ。マール様の遊びに巻き込まれているだけです。一切タイプでもありませんし、あら?そろそろ授業が始まりますので戻られたほうが」
「ルイーザ様、戻りましょう。レティシア様失礼しました」
アリス様が凄い勢いで入って来て腕を引っ張って連れ去っていきましたが、大丈夫なんでしょうか・・。
慌てて連れ戻しに来たんでしょうか。
アリス様頑張ってください。接待は大変ですよね・・。
「妹がすまない」
笑顔のグルト様に心のこもっていない謝罪をされ頭を下げられました。
できれば止めて欲しかったとは言えないので穏やかな顔を作ります。
「いえ、お気になさらず」
「マールの夜会で踊ったの覚えてる?」
微笑みかけられても全く記憶にありません。ビアード公爵家に関係ない家格の低い方は覚えておりません。
「申しわけありません」
「昔の話だから仕方ない。桃色のドレスでずっと兄と一緒だっただろう?」
マール公爵家で初めて参加した夜会でお会いしたんでしょうか。エイベルがマール公爵家の夜会に参加したのは一度だけ。
よく覚えてますね・・。
「お恥ずかしい所をお見せして申し訳ありません」
「当時からリオに付き纏われてただろう?」
愉快な顔で見られてます。
付き纏われていた・・?
この会話を聞いて令嬢に勘違いされては困ります。
「からかうのはやめてくださいませ。夜会に慣れない私を気にかけてくださっただけですわ。夜会の雰囲気が壊れないようにマール公爵家として動いただけですわ」
「うちの妹はリオが初恋だから迷惑をかけたら教えてくれ」
「お気遣いありがとうございます」
教えたらきちんと止めてくださるのでしょうか?
授業が始まるので礼をして席に着きました。
留学生の滞在中は教室で昼食を食べます。
カーチス様が接待役ですが、無礼な生徒がいれば諌めなければいけません。
留学生への無礼は許すなとクロード殿下の命令です。
1組は上位貴族が多いので他国の貴族に無礼を働くような愚かな貴族はいないと信じたいですが・・。マートン様達が空気を読むことを祈るばかりですわ。
***
接待役の役員は生徒会の日常業務から外されます。
そのため私達にいつもより多い仕事が回ってきます。
とはいえ書類仕事は気楽です。最近はレオ様も手伝ってくださいます。
エイベルの部屋で3人で処理してます。
「レオ様はお姫様の接待はよろしいんですか?」
「目当ては兄上だから問題ない。臣下に下る俺は関係ないよ」
「クロード殿下は大変そうですね。いつもより空気が冷たくて近づくことが怖いですわ」
「兄上を怖がるのはレティシアくらいだよ」
「皆様のように強靭な心を持てるように精進しますわ。レオ様、殿下が卒業したら生徒会に入ってください」
レオ様が嫌そうな顔をするので笑ってしまいました。
表情豊かになったレオ様に嬉しくなります。
情操教育の成果でしょうか。
特別なことはなにもしてませんが。
「冗談ですよ。時々お手伝いしていただけるだけで充分ですわ。平和ってすばらしいですわ」
「お前はよくこの書類の山を見て言えるな」
エイベルの呆れる声にさらに笑ってしまいます。
私はもっとすごい書類の山を見ましたので、これを山と言ったらクロード殿下からブリザードが当てられますわ。
クロード様はお姫様に付き纏われ、いつも笑顔ですが時々空気が冷たくなります。留学が終わるまでは殿下の傍には絶対に近寄りたくありません。ルメラ様が問題をおこさないように祈るばかりです。
「接待よりも気楽です。最近は忙しかったので落ち着いて良かったです」
この時は平穏な時間は短いことは知りませんでした。
****
翌日の昼休みにアナが教室に飛び込んできました。
「レティシア様、アリス様が大変、呼んできてって!!」
慌てるアナに手を引かれて、庭園に行くと目を丸くしました。
「私と決闘してください」
ラズ侯爵令嬢がリオのファンの令嬢達に指をつきつけています。令嬢は決闘などしません。
アリス様の止める声も聞こえないようです。
「ごきげんよう。ラズ侯爵令嬢、事情を聞かせてください」
「ビアード公爵令嬢」
「この場は私に預からせてくださいませ。」
「ビアード様がおっしゃるなら」
令嬢達に礼をして見送り、不満そうなラズ侯爵令嬢を見つめます。
「ご令嬢達が気に障ることを致しましたか?」
「リオ様の婚約者として認めてもらうためです!!」
堂々と言われた言葉の意味がわかりません。
令嬢達に認める権利はありません。もしかして外堀を埋めたいんでしょうか・・。
「マール様はなんて?」
「認めないって。全然相手にしてくれません」
不満そうに話す様子にため息を飲み込みました。
もしリオと婚約するための味方が欲しいならクロード殿下かリオ本人が適任です。
マール公爵家に申し込むのが一番ですが、学園には今はリオしか在学してません。
分家の方もいますが本家のリオの婚約に口は出せません。
ただクロード殿下の耳に入れたらブリザードが吹きそうなので、選択肢は一つしかありません。
関わりたくありませんが、諦めましょう。
マール公爵家と親交が深いリール公爵家の紹介もありますが、愛らしいエイミー様にはお任せできません。やはり選択肢は一つ・・。
「ご令嬢達ではなく、マール様とお話してください。アリス様、私が任されますので食事に行ってらっしゃいませ」
困惑しているアリス様の肩を叩いて労うと弱った笑みを向けられました。
勝気なアリス様のらしくないお顔に相当苦労されているようです。
海の皇女様を接待していた自分と重なりますわ。
ラズ侯爵令嬢を連れて、リオの教室を目指しましたがいませんでした。
サイラス様を見つけたので礼をします。
「ごきげんよう、サイラス様。マール様はいらっしゃいませんか」
「たぶん部屋にいると思うけど」
早々に片付けたい案件ですが、いないなら仕方ありません。
放課後にしましょう。面会依頼の手続きをあとでしましょう。
「わかりました。また伺います。失礼します」
「待って、呼んでくる。ここにいて!!」
サイラス様が勢いよく飛び出して行きました。
早々に話し合っていただきたいので、甘えましょう。しばらくするとリオと一緒に戻ってきました。
「レティシア、どうした?会いに来てくれるなんて嬉しいよ」
上機嫌なリオの顔を静かに見つめます。
今は特に遊びに付き合う余裕はありません。
迷惑と言いましたが伝わっていないことを非常に残念に思います。
ため息を我慢して穏やかな顔を作ります。
「私、お願いがあります」
「なに?」
「ラズ侯爵令嬢とお話してください。マール様の婚約者になるために令嬢達に決闘を申し込むほど追い詰められてますわ」
「え?」
戸惑う顔をされる気持ちはよくわかります。
決闘なんてクロード殿下に知られたら恐ろしいです。
令嬢達と揉めたのも耳に入れば・・・。
寒気がしてきました。
当事者同士で収めてもらうのが最善です。
色恋や婚約は部外者は関与すべきではありませんが今回だけは言わせてもらいましょう。
「私が口を挟むのは筋違いです。ただ想いを傾けてくださる方とはどんな答えであれ真摯にお付き合いされたほうがいいですわ。それに一歩間違えれば外交問題です。私は失礼しますので1年1組まで送ってさしあげてくださいませ。」
物言いたげな視線が向けられたます。最近はなぜかこの不思議な視線を向けられます・・。
口を挟んだことが気に入らないんでしょうが私だって関わりたくありませんでしたわ。無礼にあたるので、口に出せませんが不本意なのは私のほうですわよ。
「俺はその言葉は君にだけは言われたくないんだけど」
私にだけ?確かに後輩で無関係な私が言うのも筋違いです。
私よりも視線をご令嬢に向けていただきたいんですが、ずっとリオの視線が向けられてます。
リオのことで一番頼りになるサイラス様に任せましょう。
きっと今世も特別な絆で結ばれているはずです。
「はい?サイラス様、助けてください。言いたいことがわかりません」
「リオの言葉を全部聞き流すからだと思うよ」
苦笑するサイラス様はリオの遊びに何も思わなんでしょうか・・。
迷惑なのでできれば止めて欲しいんですが、もしかしてサイラス様は鈍いのでしょうか・・。
「私は遊びにお付き合いするほど暇でありません」
「常に本気だと言ってるだろう」
不満そうな声を出すリオに視線を向けます。いい加減に当事者同士でお話していただきたい。
個人の自由とわかっておりますが私はどうしても好きになれません。
「言葉の捉え方は様々です。数多くの令嬢に囁かれた言葉に何も感じません。愛の言葉は望まれる方に捧げてください。ビアード公爵令嬢には不要ですわ。同じことをエイベルがしましたら沈めてますわよ。ラズ侯爵令嬢としっかりお話してくださいませ」
私はお付き合いするのが面倒なので礼をして立ち去りました。
エイベルが不特定多数の令嬢に愛を囁きはじめたらお説教しますわ。
エイベルが口説いている姿を想像したら寒気が・・・。ある意味恋愛方面にポンコツでよかったかもしれません。
リオがしっかりと宥めてくだされば収まるのでクロード殿下には報告せずに私の胸に留めましょう。
恐ろしい報告をしたくありませんもの。
教室に戻って食事を再開しました。
疲れたのでロキを抱きしめて生気を回復させましたわ。
「レティシア嬢、責任持って回収して。あれ、無理」
食事を終え授業の準備をしていると難しい顔をしたサイラス様に肩を叩かれました。
強引にサイラス様に連れられ教室に行くと、リオとラズ侯爵令嬢が言い争ってます。
「俺は君を選ぶ気はない」
「私の何が気に入らないんですか!?嫁入りでも婿入りでも構いません」
「家の利もない。俺はもう心に決めた人がいるんだよ。マールの許可も取ってある。彼女さえ頷いてくれれば」
「私もリオ様と心に決めてます」
「押し付けられるの迷惑なんだよ」
「いずれ分かり合えますわ」
リオはともかく家格の高いラズ侯爵令嬢をサイラス様は止められませんね。
二人のくだらない言い争いも周囲の視線も、頭が痛くなってきました。
「サイラス様、放っておきましょう。授業が始まれば収まりますわ」
「いや、先生は二人を見て立ち去ったよ」
すでに授業が始まってるんですか・・。
先生、止めてほしかったですわ。
きっとアリス様が心配してますね。この事態を殿下が知られても恐ろしいです。
きっと私とアリス様が怒られるでしょう・・。関係ないのに・・。
ラル王国語で話しましょう。
『恐れながらお二人共お立場を思い出してください』
言い争いが止まりました。
この隙にしっかりと言い聞かせます。
子供でも貴族として許されません。
『マール様は紳士としていかがなものかと。ラズ侯爵令嬢もラズ王国の淑女は声を荒げて、言葉を聞かないものなのですか?私にはお二人が上位貴族として相応しい行動されているようには見えません。私的な場では構いませんが公衆の場ということを思い出してくださいませ』
二人に見つめられたので笑顔で圧力をかけます。
「授業が始まっておりますので、お話は後に致しましょう。ラズ侯爵令嬢、お送りしますわ」
不満そうな顔のラズ侯爵令嬢の手をとり、1年1組を目指します。
「どうして邪魔するの!!」
「心が欲しいのなら、相手の気持ちに添えないと駄目だと思いますよ。まだ時間はあります。落ち着いてくださいませ」
無言のラズ侯爵令嬢を教室に送り届け、先生に謝罪したら許してもらえました。
私も授業に遅刻しましたがフィルがごまかしてくれたおかげで咎められませんでした。
殿下に素行不良で報告されないことに一安心ですわ。
***
放課後にエイベルの部屋でレオ様と一緒にお菓子を作っているとマナが来ました。
「お嬢様、ラズ侯爵令嬢がお会いしたいと」
私の至福の時間が終わりを告げました。
レオ様に任せて部屋に行くと、お茶を飲んでいるアリス様とラズ侯爵令嬢がいました。申し訳なさそうな顔をするアリス様に笑みを浮かべます。
「お待たせして申し訳ありません。どうされました?」
「どうしたら心を掴めるか教えてください!!アリスに聞きました。」
「私がノア様とお話できるようになったのはレティシア様のおかげとお話しましたら・・」
人選を間違えてますわ。苦笑するアリス様に鬼気迫るお顔のラズ侯爵令嬢・・。
「私は恋愛経験はありませんので・・。ノア様のことはよく知っていただけです。マール様のことは何も知りません」
「どうやって心を射止めたんですか!?」
「純粋なご令嬢には勘違いされていますが、心など射止めてません。マール様の遊びです。マール様はたくさんの恋人がいます。なびかない私を面白がって構っているだけですわ。でも心に決めた婚約者がいたとは知りませんでしたわ」
「レティシア様では?」
不思議そうな顔のアリス様。
とうとうアリス様まで・・・。
「ありえません。アリス様、騙されてはいけませんよ。マール様は女好きで手が早い上に人の話を聞きません。容姿端麗ですが恋人にしても、幸せになれないタイプですわ。私は口下手で乱暴ですが兄のほうがよっぽど大事にしてくれると思います。アナ達にもマール様は駄目ですと言い聞かせてますのよ」
「え?」
ラズ侯爵令嬢の戸惑う顔に曖昧に笑いかけます。
「初恋を壊してごめんなさい。私はマール様と一緒にいて幸せになれるとは思えません。婚姻したら愛人や隠し子に押しかけられますわよ。頼りになりませんし、人のことを騙しますし、性格悪いですし、おすすめできるのは、マール公爵家の皆様が優しいことと大きな書庫があることだけですよ。マール様と婚約したいなら、本人よりマール公爵夫妻にお許しをもらうべきですわ」
「レティシア様、落ち着いてください」
アリス様の咎める声に力が入ってしまい淑女らしくない口調だと気付きました。
「ごめんなさい。つい・・・」
「優しくて、頼りになって、ダンスが上手で外国語も巧みで・・・」
一つも当てはまりませんわ。
「別人ではありませんか?」
ラズ侯爵令嬢は虚ろな目をしてふらふらと去っていきアリス様が追いかけていきました。
「マナ、私はなにか間違えました?」
「いえ、問題ありませんわ」
マナの言葉を信じてエイベルの部屋に戻ってお菓子作りを再開しました。
翌日からラズ侯爵令嬢のお茶に頻繁に誘われるようになりました。
リオのファンの令嬢とのトラブルはなくなったので一安心です。
クロード殿下に怒られなくて良かったですわ。
エイベルの部屋でレオ様のお茶を飲みながら、平穏という幸せを噛みしめるのが至福の時間と思えるなんて人生は何があるかわかりません。
目の前の書類の束に眉間の皺が取れない兄は気にしません。




