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00.
拝啓、今世の御父様。
御父様が亡くなったあの日から早一月。
シスルは、新たな日課をこなしつつ
大きく変わった予定を修正しながら日々を過ごしています。
まず聖都に散発的にやってくる残当の聖国騎士を駆逐しながら
日に三度の炊き出しと、一度の大規模浄化魔法の行使。
聖国中から集められてきた潤沢な食料を
荷車を人力で轢いてやって来た納税担当者達にとにかく十分な食事を取らせ、必要なだけ浄化と治療を施し、適度に休ませてから軽く事情を説明。
その間に納税記録と担当者の口頭から割り出した各地の人口に合わせて、適切と思われる量を分配して送り返し(※荷車が足りない場合は追加を聖都から人員付きで供出)ました。
「くれぐれも横領などせず、分配して食べる様に。
今後、法についてはひとまず帝国法を基礎とし、カレント領法も部分的に適応します。
不正が発覚すれば厳正に処罰しますが
以後は新たに指定した(※以前は収穫の九割だった物を一律三割まで減らした)納税は年に二度(※以前は二ヶ月に一度だった)で良いので、
仕事は交代で休み、毎日身を清めて夜は眠る様に。
魔獣や賊、騎士による略奪があれば伝えなさい。
定期的に巡回は回しますが、必要なら都度対処します。」と通達するも
全員一度では意味を理解できず、
理解できるまで個別に説明をする羽目になりました。
並行して倒した騎士の装備と、国庫の中の金品や貴重品の整理を行い
聖都どころか聖国中の民に配っても尚、カレント領全域…帝国北方全域の備蓄に回せる程の魔法で保存された莫大な食料その他と
国庫に収蔵されていた呆れるほど大量の国宝・贅沢品類。
ある意味最も重要な回収した騎士鍵(既に旗騎含め聖国所有の騎体は全て回収済み)も片っ端からインベントリに放り込んで整理し
序列別に目録を制作。
必要物資も各所に適量分配を行い、前述の布告――要約すると
・罪を犯すな
・飯を食え
・身体を清めて夜は寝ろ
・交代で休め
・何かあったら言え
を徹底して、気がつくと一ヶ月。
《屍の城》が聳える半死人の街だった聖都は
ようやく静かに、それでも着実に
人らしい営みを取り戻しつつありました。
01.
「そもそもこの国で民を飢えさせる方が難しいと思うんですけどねぇ…」
半島の殆どが開拓済みの農地であり、
国民のほぼ全員が事実上の農奴で純粋な第一次産業者。
食料生産に寄与しない僅かな職人達の第二次産業者は、農奴に比べればまともな生活をしていたとはいえ極貧状態。
販売や流通を担当する第三次産業に従事している者は皆無と言って良く、
肥沃で広大な農地で休み無く働く国民一人一人が、最低でも毎日数人分の飲食物を作り出す中で
どうして国民が毎日大量に餓死する様な政策を敷くのか、本当に理解に苦しみます。
国庫にやたら大量に死蔵していた金・銀・銅貨は全て他国で鋳造されており、種類もバラバラ。
聖都の港を窓口に帝国以外の国と嗜好品をやり取りをする事にしか使われておらず
完全に聖貴族の遊興費でした。
輸入していたのも贅沢品ばかりで、逆に主な輸出品目は農作物と鉱物…そして奴隷。
加工品としては非常に高価で極めて強力ながら、
現状オーダーメイドで年に数点しか作れない騎械用の大型魔法付与装備。
「自国のモノを国ごとの貨幣と交換して、
その貨幣を作った国の産物との交換に使ってたんでしょうねぇ…頭が悪すぎる…」
経済をまるで理解していないとしか思えない愚行です。
当然聖国内では一切お金も物も回っておらず
この聖都を極点に、無限に民を飢えさせる
収奪と恫喝しかしない、完全に末期に陥った全体の1%にも満たない特権階級の為の徴収機構と化した腐りきった自称聖なる国というのが、この国の実態でした。
カレント家でも把握はしていましたが、実態がここまで酷いとは…
現時点であらかた処刑した聖貴族と呼ばれる連中も
全員聖職者の位階を持った特権階級を自称していましたが
最低限の教育すら受けていないこの国の民達よりも更に数段話が通じない
完全なる異次元の存在だったので、捕縛・処刑の諸々の描写は割愛します。
そういえば聖国の民達。
意外な事に大陸共通語の識字率は高く
聖都ではほぼ読む分には全員が、半分は簡単な文章なら書く方もこなすという嬉しい誤算がありました。
聖典を使った説教でもやっていて、その効果かな?……などと思ったのですが
単に『お触れを読めないと命に関わる』という事で、数代掛けて口伝してきたのだとか。
職工達は仕事で必要なので簡単な計算も出来て
逆を言えば聖都四万の民の内、教育制度も無いのにソレが出来ない者は文字通り処分されていたという事らしく…
まったく開いた口が塞がりませんでした。
何度か指示を出したり、事情聴取をした時も
知識の不足はともかく、オウム返しやサボタージュも無く
今は城壁の外に晒されている聖貴族だったヒト達より余程優秀な国民達…
「(大事にしてあげよう…)」
ホロリとしつつ、そんな事を思案しながら
当座の食料分配、衣服や寝具等布類の配給手配を処理。
次に聖都に大量に存在する、住処の無い路上生活者の一時居住施設建設の進捗等を捌いていると
「シスルさま、ご報告に来ました」
「待っていましたよ、ヨアヒムさん」
勢い余って悪趣味な城を吹き飛ばしてしまったので、
炊き出しをした後、大通りにインベントリから引っ張り出した外征用の幕屋を建てて暫定政庁とし
そこで生活しているワケですが…
外から持ち込んだ適当な執務机と椅子の他には
魔導具の照明と簡易な寝床。
あとは諸々の差配や記録を書き溜めた大量の羊皮紙(正確には羊の様な別の生き物の皮)のロールを突っ込む壺と簡単な棚くらいしかない殺風景な執務室でしかなく
およそ私の年頃の令嬢らしい飾り気などは無縁で、思い返すたび少し気分が滅入ります。
当然鍵付きの扉などという気の利いたものは付いていないので、
緞帳の様な分厚い布をくぐって
浅黒い肌に白と茶の斑髪のおじさん(最初はお爺さんかと思ったのですが)が声を掛けてきたので、作業は止めずに思考の一部をそちらに向けます。
頼んでおいた職人区の産物が揃ったらしく、口頭で説明を受け
搬送用の梱包と、職人達への給与の説明(給与の概念から説明が必要でした)。
急がせた分の休暇を指示し、念の為命令書を作ってヨアヒムさんに預けます。
職人達の中で唯一、私の眼を見て話せる聖国人だった彼には、聖国職人達のまとめ役の様な事をしてもらっているのですが
「それと、ご要望の品が揃いましたんでご確認をお願いいたします…」
「え゛、そっちもですか?仕事が早すぎですよ…」
ソレとは別に、彼自身に頼んでいた職人の仕事の報告に、流石に手が止まります。
幕屋の外から運ばれてくる、木箱に収まった寸法の揃った非常に質の良い革手袋が数十双。
騎士が使う為の補強や付与も施され、縫製も加工も非常に丁寧で手触りも極上。
カレント伯領を示す紋章の箔押しまで済んでいて(図案を渡しただけなのですが…この短期間で箔押しの型まで…?)
ここまで来ると同じ重さの金より高価な品を、頼んで三日でこの数仕上げてくるとは…
適した部位が限られるので、一頭から一双しか作れない特注品を
採寸から三日で仕上げてくるのは、彼が凄まじく優れた加工系魔法の使い手だからなのですが…
流石に間違いなく徹夜仕事。
ちゃんと夜は寝る様に言ってるのに、限界まで働こうとするのは聖国人の要改善点ですね。
「最近寝過ぎで眼が冴えちまって…申し訳有りません…」
「街長がそんな調子じゃ、他の人が休めないじゃないですか」
「気を付けます……ところで街長ってなんですか?」
「あぁ、それは…」と、眼を向けると
厄介事の気配を感じ取ったのか、わずかに表情が引き攣っていて笑ってしまいます。
ほんの一月で、随分と人間らしくなったこと。
「ヨアヒムさんには正式に、職人街の取り纏めとして職人街の街長を命じます」
「…はい、仰せの通りにいたします」
拒否は無し。
まぁ気の毒ですが、拒否権を与える気も無いのです。
実際必要な役職ですし、彼はそういう事に向いています。
幾らか話した実感としても、ステータス的にも。
「私は暫く留守にしますが、その間も今の調子でお願いします」
「仰せの通りに致します…ところで、どちらへ?」
「領地へ戻り、その後帝都へ。
聖国を落したことを報告しに行きます。」
ヨアヒムさんが顔色を変える。
瞳が揺れ、発汗も幾らか。
強い不安・僅かな猜疑・無自覚の恐怖…本当に人間らしくなったこと。
「あなた達を見捨てたりなんかしませんよ。
用事を終わらせて戻って来ますから」
「そう、ですか…」
溜め息、強い安堵
情動パラメーターの動きが見えているコチラからすると
正直幾らかくすぐったい反応。
「(本当に懐かれましたね)」
糧を与え、法を敷き
調停を行い、仕事を任せて、事あれば外敵から戦う力の無い民を守る。
「御父様の言っていた、貴族の務めを果たしているだけなんですけれどね…」
悪い気はしない。
貴族…カレント領の領主を死ぬまで生業にする価値もあると思う。
このまま、派手に動かず生きても良いかもしれない。
…それでもシスルには欲しい物がある。
「明日には発ちます。
他の街長も任命していくので、留守を任せます」
「はい」
跪いて首を差し出すのではなく
二本の脚で立ち、腰を折る丁寧な立礼を返すヨアヒムさんに告げる。
「まずはこの半島を貰ってきますよ。」
出来たての手袋をして
「誰にも文句は言わせません」と、嗤った。