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「邪魔」
操作画面は完全にゲームと同じ、ただ思ったとおり手足の様に動く《ハインツ》が
奇妙なほどに同じモーションしか取らない聖国の機士達を容赦なくなぎ倒していく。
九十二、九十三
グスタフの始末をつけた後、いくらか些事を片付けて
国境を超え、聖国側の砦を既に四つ落としながら
シスルの駆る《ハインツ》は一瞬も速度を落とさず、最大可動で走り・飛び・斬り続けている。
「停まれ!帝国の騎士よ!我が名は―――」
「ウルサイ」
聖国側の上級騎士が駆る騎体、砦付き筆頭であろう第四十序列級が
使いづらそうな装飾剣を掲げ、雄々しく名乗りを上げるのを
左手の盾を胸部に叩きつける様に突撃→視界を塞ぎ、鋸引く様に当てた剣で腹部から胸部のコクピットを磨り潰す。
外部スピーカーが入りっぱなしだった推定筆頭が潰れる音が月夜の戦場に響き渡る。
九十四。
剣を背後に引き切った勢いを殺さず、盾で推定筆頭の残骸をカチ上げながら
敵機ごと《ハインツ》が右前方に旋回。
一回り小さな下位序列群の騎体に向けて吹き飛ばす。
指揮官たる上位機をまるごと投げ渡された下位機が、押しつぶされて体制を崩す。
その股座を蹴り上げ、騎体が浮いたところで《ハインツ》を加速。
すれ違いざまに背骨側から剣先を叩きつけ、肩甲骨にあたるフレームの隙間からコクピットを潰す―――九十五。
指揮官機は起動しているだけで周囲の騎体の性能を上げ、士気値やZone of Control.を広げるので
優先的に潰せば戦闘を有利に運べる。
何より頭を潰せば追撃の統制も取れなくなる。
こちらは圧倒的なアドバンテージがあり、まだまだ余裕があるとはいえ単騎駆けなのだから
出来る限り頭から順に潰すに限ります。
歩兵戦力は現状、何万居ても相手に成らないので無視するとして
一つの砦に下位機が四十~五十機(予備機含む)
ソレを従える中位機が四~五機
その上に筆頭が一機。
砦を四つ、今最後の五つ目を落とすまでに九十五――九十六、百機近くを斬って来た。
まず最高効率で駆け抜けて約百機。
「いい加減飽きてきました…」
最初はそれなりに楽しかったのですが
わかっていた事とはいえ、ここまで酷いと作業と言うしかありません。
「全員プリセットモーションじゃ、カカシ相手と変わらないじゃないですか」
ここがゲームの世界だからなのか、それとも他に理由があるのか。
魔力を馬鹿食いするマニュアル操作は帝国でも一握りの最上位騎士以外は使わない、
というか「実戦では普通使えない、旗騎同士の決闘くらいだ」と、御父様が言っていました。
となれば、大陸との陸路を何百年も帝国に抑えられ、
最前線を帝国以外に持たない半島国家に過ぎない聖国騎士団の練度は推して知るべしといったところ。
本来ならゲーム本編開始時――
シスルが16歳になる頃には、他でもない我がカレント領を実質的に取りこんで
そこから各地に広がり、実戦経験も積んで、それなりに厄介な存在になるのですが…
まぁそれでも文明系RTSにありがちな蛮族くらいの脅威度でしか無いのですが。
現状技術や生産力は悪くないけど戦力的には煩く喋るチュートリアルステージでしか無いのが悲しいところ。
「九十七、九十八…九十九…百!」
進路を塞ぐ中位機を適当にあしらっていたらサブ目標を達成。
戦闘中にも関わらず、コクピット内にいきなり鍵が出現しますが、
今は使いようがないのでインベントリに放り込む事にします。
「『聖なる光・聖なる言葉・癒やし・与えよ』」
狙っていた実績を達成した以上、雑魚に付き合う必要も無いので
やかましく喚き立てる聖国機士の罵倒・静止の声を置き去りに
聖国王都に向けて《ハインツ》を全力で走らせ、回復魔法を連続使用。
戦闘による損傷は皆無でも、これだけ走り続ければ関節は灼け付き
敵を蹴りつけた脚は削れ、斬りつけた手首や肘がいう事を効かなくなる。
通常、最上位の機体を最高位の騎士が駆っても
せいぜい十数機を相手にすれば腕が潰れる。
最高速度ではそう長い距離を走れないし、そもそも魔力が持たない。
そうなれば自陣に戻り、触媒と専用の設備を使って
専門の術士に回復魔法を掛けさせる必要がある。
この消耗と回復の必要性が騎戒と騎士の行動にとって、最大の制限であり
騎士が国の盾であり、騎戒が侵略に向かず、もっぱら防衛戦力と考えられる理由なのですが――
その制限を無視して、シスルは夜が白み始めるまで速度を落とさず、聖国首都の存在する半島の端まで
最短最速で《ハインツ》単騎で駆けて来ました。
ただでさえ召喚・維持に莫大な魔力を消費する《ハインツ》を
魔力を馬鹿食いするマニュアル操作で走らせながら最上位の回復魔法を連発して一昼夜走らせるのは、
ゲーム時代から無尽蔵の魔力を持つシスル・アル・カレント以外には出来ない
キャラクター性能を悪用した特殊戦術…なんだけど、実際やってみるとゲーム同様気味が悪い程強いですね、コレ。
「まぁこれが有ってもシスルでゲームをクリアするのは難しいですし…」
シスルが由来不明の罪悪感をごまかしている間に、
真っ赤に赤熱し、火の粉さえ散らしていた《ハインツ》の関節各部が
インベントリの各種触媒を消費して、光りに包まれて新品同然に修復していく。
「中途半端に化学的で、中途半端にファンタジーなんですよね…」
その後も何度か回復魔法をかけつつ
代わり映えのしない半島の景色を飛ぶ様に駆け
聖国首都を見下ろす丘陵で、初めて《ハインツ》を停止させる。
「《聖浄の弓を構えよ:つがうは鏑矢》」
《ハインツ》の左手から盾が消え、代わりに浮かんだ光芒から騎体全高に匹敵する長弓が姿を表す。
機械照準など無いその弓を、同じく光芒から生み出された鏑矢をつがえて押す―――
ふいに今世の父、ハンス・アル・カレントが聞かせてくれた英雄譚を思いだす。
初代カレント当主が戦場でそうした様に、《ハインツ》の手から放たれた青い鏑矢は
青い光の尾を引き、想像していたよりもずっと綺麗な音を響かせながら
朝焼けが照らす、聖国が誇る白亜の聖王城に突き立ったのでした。
「卑劣なる聖国に告ぐ。
我が名はシスル・アル・カレント―――
始祖ハレス・アル・カレントの約定に従い、破約の報いを。
謀略に命を散らした我が父、ハンス・アル・カレントの報仇を――
卑劣なる聖国王家に、カレントが終わりを告げに来ました。」